第33話 勅命

 時は遡り、リーアが魔界会談から戻った数日後の事ーーー



 魔界の英雄候補が一同に集結し、各国のお偉方が見守る中で行われたダグラスさんとの手合わせも滞りなく終わり、私はダスティニア国へと戻っていた。


次代の英雄候補の一人として、魔界全体に存在を認知された私は、国王陛下から依頼があるとのことで、王城へと参上した。その格好は魔界会談の時の様なドレス姿ではなく、聖典執行部隊の隊服である漆黒を基調とし、紅い剣とワンドが描かれた軍服に身を包んでいる。自分の成長してきた胸が気になってきた私は、大きさを抑え込むような下着をつけることで、体型を隠すようになった。


(陛下からの依頼か・・・多分、魔界の英雄になるための作戦か何かだろうけど、無理難題じゃ無ければ良いんだけどな・・・)


案内役の近衛騎士の後を歩いている間中、私の思考を埋め尽くしているのは、陛下からどのような依頼が告げられるかだった。


(さすがに戦場での実戦経験が無い私を、いきなり人族との戦場に投入するとは考え難いけど、少なからず困難な作戦に参加させ、その力を宣伝しようとはするわよね・・・)


いずれは人族との戦場の最前線に投入されるだろうが、今の私が行ったところで他の兵士との連携をとる手段が分からない為、下手をすればただの足手まといになってしまう。となれば、先ずは魔物の討伐でもして、他の人達との連携を学ばせられると思ったのだが、陛下からもたらされたのは予想だにしない言葉だった。



「よく来てくれた、リーア嬢」

「はっ!お呼びとのことで、急ぎ馳せ参じました」


 案内されたのは謁見の間ではなく、陛下の執務室だった。陛下の座る重厚な執務机の前にて臣下の礼を取る私に対し、陛下は先ず労いの言葉をかけてくれた。


「うむ。魔界会談の際の手合わせは見事だった。これで英雄への道に一歩近づいたというもの。私も鼻が高いよ」

「もったいないお言葉でございます」


先日の手合わせについてお褒めの言葉をいただくと、陛下の雰囲気が少し変わった。


「さて、今日呼び出したのは他でもない。私からリーア嬢に頼みたいことがあったからだ」

「陛下からの依頼とあらば否もなく。して、どのような内容でしょうか?」


国王陛下からの依頼を拒否するようなことなど出来るはずもなく、私は淡々と答えたのだが、続く言葉に陛下への礼儀も忘れてしまうほどの衝撃を受ける。


「うむ、実は我が国が内密に進めている作戦があるのだが、その作戦への参加を命じたいのだ」

「・・・どのようなものでしょうか?」

「人界侵攻作戦だ」

「・・・っ!?ぐ、具体的にお聞きしてもいいでしょうか?」

「昔から人族との戦場になっているのは、魔界と人界の間にある大陸だということは、リーア嬢も知ってのことだろう?」

「・・・はい」


陛下の問いかけに、私は小さく答えた。


「詳しい説明は省くが、近年の戦況は互いの種族をいたずらに消耗するような結果になってしまっている。既にどちらも引くに引けぬような状態の為、現状を打破する解決策として、人界のある場所に魔族の支配する地域を築き、そこから人族へ大規模な攻撃を仕掛け、一気に流れを魔族に引き寄せるというものだ」

「・・・橋頭堡きょうとうほを人界に作るということですか?しかし、そのような事が可能なのでしょうか?」


陛下の言葉を否定するかのような無礼な言葉だったが、今の私にそれを気にしているような余裕は無かった。陛下も私の言動については特に咎めるでもなく、そのまま言葉を続けた。


「リーア嬢の疑問ももっともだが、今までは人道的な見地から人族の領域に手を出さなかっただけだ。だが、戦禍は広がるばかりか、現実問題として食料生産量も減少傾向が続いている。このままでは遠からず、国民の中から餓死者が出るやもしれん。今手を打たねば大変なことになるだろう。空を飛べる我らであれば、魔界から人界へと侵入するも容易い。そして、辺境の小さな村落程度であれば、人族の目も届き難いということだ」


陛下の話す理屈は分からないでもない。確かに現状では戦禍は広がり続け、魔界の各国ではそれまで戦いに関係ない仕事に就いていた者達でさえも兵力として招集しているような状態だ。このままでは戦争に関係する仕事ばかりに人手を取られ、それ以外の産業は危機的な人手不足に陥るだろう。もしそんな状況で何らかの災害や、天候の長期的な悪化による農作物の不作が起これば、食糧不足が魔界中で起こってしまう。それは分かる。


しかし、いくら空を飛んで人界へ潜入したとしても、そんなに簡単に事が運ぶとは思えない。村を占拠するとしたら住民はどうするのか。拠点を作るにも物資はどうするのか等の疑問は尽きないが、陛下の様子を見るに、既にこの作戦は動き出しているようで、今更私が何を言ったところで中止になることはないだろう。


「分かりました。この作戦において、私はどの様な役回りをすれば良いのでしょうか?」


全てを諦めつつも、私は自分に期待される役割について確認することにした。


「うむ。リーア嬢は未だ実戦の経験が無いと聞く。そこで、今回は現英雄であるグラビス殿と共に、実戦や指揮の経験を積んでもらいたい」

「英雄である叔父様が動くというのですか?」

「そうだ。それだけこの作戦の重要度は高いということを認識しておいて欲しい。詳しい内容は後ほど別の者に説明させるが、リーア嬢には一個中隊規模の国防軍の部下を預け、特別顧問としてグラビス殿に同行してもらう形式を取る。難しい作戦だが、君なら出来るはずだ」

「一個中隊規模の部下・・・」


突然の大きな話に、私はしばらく固まってしまう。そんな私の様子に陛下は気を悪くするでもなく、執務机の上に置いてあったものを取り上げた。


「そうそう、リーア嬢にはこれを渡しておこう」

「・・・仮面と剣、ですか?」


陛下が取り出したのは、漆黒に銀色の線が入っている仮面と、同じく漆黒の鞘に収まっている剣だった。その仮面は顔の全面を隠すような形状をしており、また、陛下の許可を得て刀身を確認した剣は、刃まで漆黒だった。私はそれらを受け取りながらも、陛下の真意を計りかねていた。


「戦場ではこの仮面を着けるといい。英雄とはその存在だけで味方の士気を高め、相手に恐怖を抱かせるものだが、リーア嬢の外見は少々迫力に欠けるところがあるからな。またその漆黒の剣は、我が国の最新技術の結晶で、剣でありながらワンドの機能を組み込んだものだ。この漆黒の仮面と剣が、人族からの畏怖の対象となるような活躍を期待している!」

「はっ!」


陛下の言葉に恭しく頭を下げると、今後の予定についての確認を少しして退室することとなった。



(畏怖の象徴か・・・)


 私を迎えに来た近衛騎士の後を歩きながら、私は陛下から手渡された漆黒の仮面と剣を見つめて内心で呟いた。魔界では武力において男性優位の風潮が強い。その為、戦場では女性であるというだけで見下されることもある。それが有利に働くこともあるが、英雄に求められている役割を考えれば、私の外見ではダメなのだろう。


(・・・複雑な気分だけど、もし本当に私が魔界の英雄に選ばれるようなことがあれば、私の容姿が人界中に広まることになってしまうかもしれない。それはつまり、ライデルが私の所業を目にするかもしれないということ・・・)


未だ人族を殺すことに対して躊躇いを持っている私は、顔を隠せることに関して前向きに捉えることにした。自分の素顔が人族の間で広まらないのであれば、ライデルも私の現状を知ることは無いと考えたからだ。


(陛下からの依頼を受けた以上、私はもう後には引けない・・・魔族の一員として、やるべきことをやらなければ・・・)


決心がついたわけではないが、この仮面と剣を受け取ったことで、英雄としての心構えが一歩前進してしまったような気がした。

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