第34話 人界侵攻作戦
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「人界侵攻作戦とは、我がダスティニア国から最も近いダルム王国の西の辺境都市、デラベスから数十キロ離れた沿岸に程近い村に、我ら魔族の拠点を築きます。そしてそこから人界全土への
陛下との話を終え、次に私が向かったのは、王都にある国防軍の基地だった。そこにある会議室のような部屋に案内されると、私の副官として配属される予定のシルビアという女性将校と対面し、軽く挨拶を交わした。
年齢は私よりも一回り上で、長い紺色の髪を頭上でお団子状にしており、見た目には出来る大人の女性といった様子だった。まだ20代で、しかも女性にもかかわらず少佐の階級に就いていることから、その優秀さは折り紙付きのようだ。何でも、軍務において代々優秀な人材を排出している名門家系の出自らしい。
そんなシルビアさんは、自分よりも一回りも年下である私に向かって最上級の敬礼をしながら、尊敬した眼差しで自己紹介をしてきた。私は大仰なシルビアさんの様子に多少萎縮しながらも、無難に挨拶を終え、席に着いたところでシルビアさんが今回の作戦の概要について説明してくれていた。
「この作戦には叔父様・・現英雄であるグラビス殿が同行することになると聞きましたが、具体的な編成を確認しても良いでしょうか?」
確認することは多々あるけれど、一先ずは私が預かることになる部隊の人員について聞くことにした。ただ、そんな私の質問に対してシルビアさんは、何故か不満げな表情を浮かべていた。
「リーア様!次期英雄となるべきあなた様が、私ごときにそんなへりくだった言動をしてはいけません!良いですか?今後部隊の指揮を預かる者として、相応の態度をお願いします!」
「は、はぁ・・・善処します」
「違います!そこは、「分かった」だけで構いません!言動は命令口調で上下関係を明確にし、部下の名前は呼び捨てでお願いします!それから・・・」
「・・・・・・」
どうにも何らかの彼女のスイッチを入れてしまったようで、そこからしばらく指揮官としての立ち居振る舞い講座が始まってしまい、私はただただ相槌を打って話を聞くしかなかった。ただ、彼女の話は非常に有益でもあった。というのも、男性社会である国防軍の中で、彼女は女性として少佐の地位にまで上り詰めている。その経験上、女性ということで周囲に舐められないようにするための努力をしてきたのだという。
いくら優秀で実力はあれど、部下から舐められてしまっては部隊運営は上手くいかない。そういったことを実際の経験として理解している彼女の話は、とても参考になるものだった。
「・・・ということが、指揮官として求められる素養です。戦場では、多くの部下の命を預かることになります。心を殺し、非情に徹してでも部隊全体を生還させる。その覚悟をお願い申し上げます!」
「わかり・・いや、分かった」
「リーア様、あなた様は我々女性の希望の星でもあります。今回の作戦が成功し、戦争の早期終結への道筋が見えたとなれば、次期英雄は揺るぎ無いものとなるでしょう!微力ながら、私は全力であなた様をお支え致します!」
「・・・ありがとう、シルビア」
熱い人なのだろう、彼女なりの信念を感じさせるものがあった。
そうしてその後、シルビアから今回の作戦で私の部下として配属される人員についての説明を受けた。その総数は約120名。内、戦闘要員が30名、拠点建設要員が50名、物資運搬要員が40名ということだった。その内、女性は20名配置されるとのことで、今回の作戦の重要度を鑑みれは異例の人数らしいのだが、指揮官である私に配慮して、女性を多めにしているのだという。
また、最初に拠点を設置する予定の村は、住民が100人ほどの本当に小さな村らしい。一瞬、ライデルの住むフーリュ村かとも考えたが、違う村の名前が出てきたことに、安堵の吐息が漏れた。
住民への対応についても、反抗してくる者に対しては相応の態度をとるが、素直に投降に応じたものは丁重に扱うということだ。そうして村人達には我々の存在をカモフラージュするために普段通りの生活をしてもらい、その奥では魔族の拠点建設を着々と進めるのが今回の大まかな作戦概要だった。
いきなり120人の部隊の指揮官を命じられるということに戸惑いと焦燥と不安はあるものの、副官であるシルビアも頼りになりそうだし、何より英雄である叔父様もいるのだ。多少困った事態が起こったところで何とかなるだろうと、この時の私は楽観的な考え方をしていた。
(何だか流されるままにこんな状況になってしまったけど、今更あとに引くなんて出来ないし、やれるだけのことはやらないと・・・)
シルビアに言われた、「部隊全員の命を預かる」という言葉の重圧が、私に考え方の変容を促してくる。彼女に上手く乗せられてしまったのかもしれないが、少なくとも私は作戦を成功させることと、部隊全員の命を守らなくてはならないと考え始めていた。
「全員傾聴!!只今より、新たに叙任されるリーア隊長からのご挨拶がある!」
国防軍基地に隣接する広大な演習場の一角、シルビアからの紹介の言葉に、用意されている簡易的な舞台の上に立ちあがると、これから預かることになる隊員の面々を見つめた。
全く乱れの無い隊列を組んでいる皆は、私よりも二回りは年上の軍人で、ある程度の修羅場を経験してきているのだろう、精悍な顔つきをしている者が多い。およそ120人の視線は、舞台上の私と舞台下で腕を組んで様子を見守っている英雄である叔父様を行ったり来たりしているようだ。隊員が私に対してどんな感情を抱いているのかは不明だが、内心の不安を完全に抑え込み、表面的には落ち着いた口調を心掛けて口を開いた。
「私はダスティニア国の新たな英雄候補、リーアだ!既に聞き及んでいるだろうが、これから1ヶ月の後、我々は人界に魔族の支配領域を作るための先陣を切る!この作戦の成果如何によっては、未だ長引くこの戦争の早期終結への道筋が見えてくるだろう。各員、この作戦の成功の為、最大の尽力を期待する!!」
予め考えていた口上を言い終わり、全員の様子を伺うような視線を巡らした次の瞬間、部隊の全員が一斉に敬礼のポーズを取った。
「「「はっ!!!」」」
私の言葉に対しての反応に若干驚いてはしまったが、努めてそれを表に出さないように抑え込む。ここに居るのは皆軍人ということもあり、表面的には私の年齢や性別に対しての感情を見せることなく、従順な様子で最初の顔合わせは終わった。
実際には、私の隣に居た叔父様が睨みを効かせていた影響で、皆が従順な様子を見せているだけかも知れないが、今はそれで仕方ないだろうと考えた。部隊の皆から見れば、私なんて戦場での経験も無い、ただの小娘に映るだろう。肩書はあれど、彼らにとって私の実際の力は未知数なのだ。先ずは私という存在の価値を見極めるまでは、彼らとは表面的な付き合いになるだろう。
(部隊の信頼を勝ち取る手っ取り早い手段は、自分の実力を理解させることだって叔父様が言っていたけど、組手でもすれば良いのかな?)
叔父様が言うには、単に力を見せただけでは下は付いてこないとも言っていたが、今の私にとって、その言葉の意味を理解することはまだ出来ていなかった。
そうして明日から、部隊の戦闘要員である30名との連携や、各人の能力の確認など、作戦開始となる1ヶ月後までの準備を開始したのだった。
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