第32話 撃退と遭遇

帯電網たいでんもう!」

『『『ギィィィィ!!!』』』


 威力を極小にまで制御した雷魔法の巨大な網を、上空から迫りくるワイバーン達に向かって放った。すると、雷で出来た網に触れたワイバーン達は、悲鳴のような咆哮を上げながら、上手く体を動かすことが出来ずに次々と地面に落下していった。体表にはそれほど焦げた形跡もないように見えるので、威力の加減が上手くいったのだろう。


「よし、成功だ!あとはこの精度を維持して繰り返せば・・・おっと!」


雷魔法によって数十匹のワイバーンが落下していく光景にホッと胸を撫でおろしていると、死角となる頭上から別のワイバーンが襲いかかってきた。体長5メートルはあるその巨体では、ただの体当たりでも身体中の骨が粉砕するか、下手をすれば死んでしまいそうな迫力がある。それが更に鋭い牙による噛みつきや、どんなものでも切り裂きそうに見える程の鋭利な爪による攻撃なら、即死は逃れられないだろう。


身体強化によって飛躍的に瞬発力が向上している僕は、死角からの攻撃にも即座に対応し、十分な余裕をもって躱してみせた。ただ数が数なので、僕が雷魔法で打ち落とす以上に攻撃を掻い潜って接近してくるワイバーンが多いのだが、その全てに冷静に対処する。これほど落ち着いて対応できているのは、この身体強化の状態と、雷魔法を使う時に生じる景色の見え方のお陰だ。


具体的な原理は分からないが、何故か雷魔法を使っていると、周りの景色がゆっくり動いて見えるようになるのだ。それはまるで、時間の流れに自分だけ取り残されたような感覚になるものだった。身体強化をしていない状態だと、自分も同じ様にゆっくりとしか動くことが出来なかったのだが、一度ひとたび身体強化を行えば、ゆっくりと流れる時間の中で、僕だけはいつも通りに動けるような感覚だ。


そうして僕は縦横無尽に相手の攻撃を躱しながらも、雷魔法を適宜放ち、少しずつその数を減らしていった。



 半分ほどの数を地面に落とした頃、急にワイバーン達は僕から距離をとるように、かなり上空へと上昇していった。逃げてくれたのかと思ったが、残念ながらそれは甘い考えだった。


「あれは・・・ワイバーン・ロード・・・か?」


ほとんどのワイバーンが離れていくのだが、崖の上から1匹だけ、これまでのワイバーンの2倍ほどの大きさの個体が現れた。基本的に灰色をしているワイバーンと違い、そいつの体表は赤黒い色をしていた。これほどの規模の巣なのだ、ワイバーン達を統率する存在がいてもおかしくはないと考えておくべきだった。


『GYAAAAAAAAAAA!!!!!』

「っ!!」


明らかに僕に向かって敵意を剥き出しにするような咆哮に、耳がキーンとしてしまう。どうやら相手は僕との一騎討ちを望んでいるようで、他のワイバーン達が動く気配は感じられなかった。


「ここまで仲間がやられたんだから、群れのおさとして力を誇示する必要があるってことかな?」


魔物の社会構造は単純だ。より強いものが群れを率いる、それだけだ。同時に、群れが危機に陥った場合は、その原因を取り除くように動く必要があり、ここで逃げては2度と群れの長に就くことは出来ず、従えていたはずの群れから排除されるらしいと、村の狩人のおじさんが言っていたのを思い出した。


「今の状況・・・事前に聞いていた話とかなり違うし、一旦戻って確認したいからな・・・」


この任務に違和感を抱いている僕は、ワイバーン・ロードを討伐するつもりはなかった。かといって、相手もこのまま黙って見過ごすようなことは無いだろう。


となれば・・・


雷撃らいげき!」


崖の上から睥睨するようにこちらに視線を向けてきていたワイバーン・ロードに向かって、先制の雷魔法を放った。狙いは直撃ではなく、以前グリフォンに対して行った様に閃光による目潰しが目的だ。


『GYAAA!!!』


狙い通り、相手は悲鳴じみた咆哮と共に顔を逸らして悶えているようだった。その効果はワイバーン・ロードだけでなく、上空に待避していた他のワイバーン達にも及んでおり、その多くが何かを叫びながら不安定な飛行をしていた。


その隙に僕はこの場を離脱し、ファルメリアさんが待っている馬車の元へと走った。



 ワイバーンの巣から離れ、追撃してくるような気配も無いことを確認した僕は、走る速度を落としてこれからの対応を考えていた。


(まず事前に貰っていた情報がかなり違う事をレグナーさんに伝えて、その上でどうするのかの判断を聞いた方が良いかな?)


今まで組織に所属して任務を行うという経験の無い僕は、状況に著しい変化や違いがあった場合は、自分で勝手に判断せずに確認した方が良いだろうという考えの元、都市デラベルの駐屯地でどのように説明するか思考を巡らせていた。すると、急に背筋に悪寒が走った。


「っ!!」


直感に従い、反射的にその場から飛び退くように後退すると、一瞬前まで僕が居た場所を、巨大な風の塊が通りすぎ、近くの木々の根本近くの幹を、円形の形に切り取るように消失させていった。


「なっ!?」


根本を失った木々が次々倒れていくその光景に驚きの声をあげるも、明らかに敵意のある魔法攻撃を受けていることに気づき、周辺の気配を注意深く探る。しかし、僕を集中させまいとするように、次々に風魔法の刃が飛んでくる。そもそも風魔法は視認し難く、避ける事に神経を集中させなければならないので、中々相手の居所を探ることができない。


「くっ!」


縦横無尽に攻撃が仕掛けられてくるため、相手の正確な居場所も数も不明で、その上これが人の手によるものなのか、高位の魔物の攻撃なのかも不明だ。だが、一応神殿騎士様の制服を身に付けている僕を攻撃してきているのだ、人からの攻撃とは考え難いだろう。


「それなら!」


僕は王女殿下から渡された剣を抜き放ち、身体強化の膂力にものを言わせて、ただ単に思いっきり地面に振り下ろす。


「はぁぁ!!」

『ドゴンッッ!!』


思ったよりもかなり深く地面は抉れ、その勢いで土煙が激しく舞い上がり、周囲から僕の姿を隠してくれる。しかし、それにもかかわらず風の刃は襲いかかってくるが、砂煙が攻撃の軌道を明確に示してくれる。


(そこかっ!)


攻撃の軌道を逆算して相手の居場所に目星を付け、砲弾のようなスピードで飛び込む。当たりを付けたのは、10メートル程離れた木の枝の辺りだ。相手が鳥系の魔物であれば、今日の夕食が豪華になると考えながら剣を水平に構えて間合いを詰めようとした時、僕の目に映ったのは、目深に暗緑色のフードを被った怪しい人物の姿だった。


「なっ!人っ!?」


僕が相手の姿を捉え、攻撃体勢をとっているにもかかわらず、その怪しい人物は冷静だった。2メートルはある巨躯の偉丈夫が、ワンドを投げ捨て、肩に背負っている長剣を抜き放つと、僕の攻撃に合わせて迎撃の姿勢をとった。その姿には、微塵の隙も感じられない。


(っ!この人、かなりの実力者だ!)


理由はわからないが、神殿騎士様の制服を着ている僕を攻撃してきたのだ。人違いです、なんて事はないだろう。目的は神殿騎士様を害すること、あるいは単なる腕試しか。一つ言えることは、相手から発せられるこの殺気は、どう考えても穏便に僕を見逃してくれるような考えは無いことが伺えた。


「シッ!」

「・・・・・・」


僕の水平斬りに対し、相手は緩やかな動きで剣の切っ先を回すように動かしてきた。そして、斬り結ぶと思った次の瞬間、僕は力の向きを完全に逸らされ、地面に向かって真っ逆さまに落下していた。


「っ!?くっ!」


自分の状態を瞬時に把握し、身体を反転させて着地を試みようとするが、僕の着地地点に向かって複数の風魔法が放たれてきた。このままでは、着地と同時に身体を切り刻まれてしまうが、その攻撃で、恐らく襲撃者の数は3人だということに気付けた。


「はっ!」


落下途中、体勢を立て直した僕は木の幹を蹴りつけ、強引に落下場所を変更し、襲い掛かってきていた風魔法の脅威から逃れた。そして、地面に着地するや否や、もう一度樹上で長剣を構える襲撃者に向かって突撃していく。


「はぁぁ!」

「・・・・・・」


逆袈裟斬りに斬りかかる僕に対して、またも緩やかな動きで長剣を操る姿をじっと見据える。


「くっ!」


今度は真横に力を逸らされ、危うく幹に激突しそうになる直前に身体を回転させてなんとか回避し、その勢いのまま相手から離れないように再度攻撃を仕掛ける。というのも、この剣を持つ人物からあまり距離をとり過ぎると、周辺にいる仲間が僕に向かって魔法攻撃を仕掛ける機会を作ってしまうからだ。それに・・・


(この柔らかい剣筋・・・今まで見たことが無い。なるほど、力に対抗するのは力ではなく技術ということか。勉強になる)


僕は剣技も魔法も、ほとんど独学で鍛練してきた。村のおじさん達から剣術を学んだり、魔法についてはリーアから学んだりしたが、あくまでも基礎であって、そこからどう応用するかは自分で工夫してきたつもりだった。


しかし今、目の前の襲撃者の扱う剣術は、自分の考え付かなかった形であり、それが僕にとっては衝撃的で、学ばない手はないと考えた。


 

「はぁぁ!」

「・・・・」


 それから数度、攻撃を仕掛けていく。ほとんど密着状態で相対している影響だろう、周囲からの魔法攻撃は全く放たれてこなかった。その為、僕は相手の一挙手一投足に集中して、その剣術を分析していった。


(そうか、この剣技の要点は脱力だ。肩の力を抜き、あらゆる攻撃を受け流しつつ、自らの望む方向へ力を逸らしている。まるで激流に佇む岩が、水の流れを前から後ろに受け流すようだけど、望んだ向きに力を逸らすという部分が、この技術の最大の要点なんだ!)


そう分析した僕は、すぐさまその技術を自分の中に取り込む。


「っ!?」


小さく息を吐き、相手と同様に肩の力を抜いて剣を下段に構えて見せると、目深に被ったフードの奥から、驚いたような雰囲気が伝わってきた。


「シッ!」

「ぬうっ!」


逆袈裟斬りに攻撃を仕掛けた僕の剣筋に合わせるように相手の長剣が動くが、僕は更にその動きに合わせて攻撃を途中で止め、胴を狙った攻撃から頭部へ角度を大きく変えた逆袈裟斬りを放った。その変化に驚きを見せた相手は、初めて声を漏らしたが、首筋付近を狙った僕の剣の軌道を躱す為に、上半身だけ仰け反り、ギリギリで躱して見せた。


(うん。この体捌きだと柔軟に剣筋を変えられる。これがこの人の技術なんだ)


感動しながらも油断無く剣を構える僕だったが、体勢を整えた相手の姿を見て目を見開く。


「っ!?な、何で魔族がこんな所に!?」


僕の攻撃を躱した影響でフードがめくれ上がり、襲撃者の素顔がさらけ出された。浅黒い肌の壮年の男性なのだが、驚くべきは頭に生えている魔族特有の角だった。

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