第31話 ワイバーンの巣

 ガブスさんに妖しげな店に連れて行かれた翌日、僕は予定通りにワイバーンの討伐へと出掛けた。


出発前にはガブスさんが見送りに来てくれ、昨夜の出来事についてお店の人から話を聞いたらしく、呆れたように笑われてしまった。「せっかくの俺の奢りなんだから、気にせず楽しめば良かったのに」と笑いながら言われたのだが、「僕にはまだ早いです」と、今後もああいったお店は遠慮したいことをやんわりと伝えておいた。


そんな僕の様子にガブスさんも仕方ないというような態度になり、これから向かうワイバーンの討伐について激励をしてくれた。その最中、唯一同行するファルメリアさんは、2頭の馬の状態を確認するなど、黙々と駐屯地から借りた馬車の準備をしていた。


そうして夜明けと共に目的地へと出発したのだが、荷台の方には物資が一杯で、僕が座るのは御者席の隣しか無く、鋭い視線を浴びせてくる彼女の隣で、居心地悪く肩を竦めていくしかなかったのだった。



 道中、ファルメリアさんと少しでも仲良くなろうと考え、様々な話題を振ってみたのだが、彼女は完全無視を決め込んでおり、僕の問いかけに迷惑そうな表情さえ浮かべていた。


それでも、途中の休憩ではちゃんとお昼の準備をしてくれ、夜営の準備もテキパキとこなしてくれた。食事については味付けも丁寧で、保存食の干し肉や硬いパンを使って、これほど美味しい食事を作れるのは驚きだった。また、物資の中には予備の武器なども含まれており、その整備も完璧にこなしてくれていた。


やるべきことはやってくれているので、それ以上言うことは無いのだが、こうも会話がないとどうしたら良いのかわからなくなってしまう。ただ、彼女と行動を共にするのも、この任務の期間だけだろうと考え、翌日には僕の方からの会話も控えるようにした。



 そうしてデラベルを出発した翌日の昼過ぎ、僕達は既に目的地近辺まで到着していた。ワイバーンの目撃情報があったという場所へは、ここから馬車を降り、更に歩いて1時間程の場所だということで、僕は装備の最終確認を行っていた。道中のファルメリアさんからの冷たい視線に晒されながらも、僕はここに来るまでに感じていた違和感について考えていた。


(ここまで人里を離れて森の奥の方まで来ているというのに、魔物1匹遭遇しないなんておかしい・・・街道は綺麗に整備されているけど、ワイバーンを目撃したにしても、慌てて逃げ帰ったような痕跡もない・・・何かおかしいけど、決定的なものは分からない・・・)


違和感は残るものの、誰に聞くことも出来ず、かと言ってこの任務を中止することも出来ず。悶々とした状況ながらも、地図に印されている目的地まで行くしかない。


僕の装備は、聖騎士様の制服に王女殿下から渡された純白の剣と、元々持っていた短剣を腰に差し、陛下から下賜された仮面を被っている。支給された物資の中には弓などもあったが、最悪、遠距離攻撃手段は持っているので、特に使うつもりはなかった。


「じゃあ、行ってきます」

「・・・・・・」


ファルメリアさんは馬車を見張ってもらう関係でこの場に残ることになるので、一応出発の挨拶をしたのだが、無表情のまま見送られてしまった。



 そうして馬車の停車場所から移動し始めた僕は、先程から感じていた違和感が、現実的な疑問へと変わっていった。


「おかしい。停車場所からここまでの道中には、新しい足跡が無い。これじゃあまるで何年もこの近辺には誰も来ていなかったようだ」


鬱蒼と茂る森の中を進んで行くが、そこは人が歩けるような整備された道など無く、まるで獣道のようだった。最近この近辺でワイバーンを目撃したという話から、人が通った痕跡くらい無いのはおかしい。


「王女殿下が、近づく者を全て疑えって言ってたけど、まさか・・・」


嫌な予感に気を引き締めながらしばらく進んでいくと、急に視界が開け、目の前には切り立った巨大な山の崖が見えてきた。


「・・・巣だ」


崖の上の方を見上げると、そこには山肌をくり抜いて作られたワイバーンの巣が無数にあった。その規模と、遠目から見る巣の状態を確認すると、ここ数日で出来たようなものではなく、何年も前からずっとここにあるような印象を受けた。


「もしかして、ここは元々ワイバーンの巣だったんじゃ・・・これだけの数だ、付近に他の魔物が居なかったり、動物が少なかったりしたのは、こいつらが食料として食べていた結果・・・だったら何で僕は、この場所に行くように仕向けられたんだ?」


崖の上空に見えるワイバーンの数は、50匹やそこらなんて数ではなく、200匹は優に超えている。これだけの規模になるには、それこそ数年から数十年は必要なはずだ。ここを開拓するのに邪魔だったワイバーンを討伐する為に僕を派遣するなら分からないでもないが、それでは嘘の理由を伝えてくる意味が分からない。


「とにかく一度引き返そう。事前情報から大きく逸脱しているんだから、その理由も確認しないと」


そう思い、ワイバーン達に見つからないようゆっくりと反転して、もと来た道を戻ろうとしたのだがーーー


『キィィィン!!!』

「っ!?」


突如、辺りに甲高い警笛の様な音が鳴り響いた。その音に反応してか、上空や巣にいたワイバーン達が一斉に警戒するように周辺を見渡し始め、すぐに眼下にいた僕の存在に気づいたようだった。


『『『ギィィィィィ!!!』』』


200匹を越えるであろうワイバーンの大群から威嚇するような咆哮が発せられ、背中を嫌な汗が流れていく。この数に襲いかかられるとなると、剣術だけでは対処不可能だ。そうなると雷魔法を使って広範囲の敵を一気に殲滅しなければとも思うが、どうやらこの場所は元々彼らワイバーンの巣だったはずだ。人間の勝手な都合を押し付けて全滅させてしまうのは可哀想だ。


(・・・となると、まだ完璧に制御しきれている訳じゃないけど、身体が動かなくなる程度の威力で全てのワイバーンを感電させる!) 


雷魔法は威力が高すぎるのが欠点だ。魔物に使えば食べられるお肉の部分まで黒焦げになってしまうので、如何にして威力を下げるかの制御に時間を費やしていた。その甲斐もあって、魔物を動けない程度に痺れさせる事が出来るようになったのだが、まるで裁縫をする時の、針に糸を通すくらいの繊細さでなければそこまで威力を落とせないのだ。


(こんな数相手に試したこと無いから、何匹かは命を奪ってしまうかもだけど、僕も死ぬわけにはいかないから、許してね)


いつかまたリーアと再開する。その約束を果たすまでは死ねない。その強い想いの元、僕は魔力を身体に浸透させ、上空から襲いかかろうとして来るワイバーン達に向かって両手を向けたのだった。




 私の名前はファルメリア。元々は魔界にあるグレーシス国の国防軍で、兵士として人族との戦争の前線に立っていた。


しかし、ある日の戦闘で片目と翼を失うほどの負傷をしてしまい、そのまま捕虜となってしまった。魔力を封じる首輪を付けられ、戦犯奴隷としての調教を強いられた。憎き人族に頭を下げなければならないという屈辱に満ちた日々が続き、私は感情をひた隠しにしながら恥辱に耐えていた。


そんなある日、私に対してある人物の世話係をしろという指示がきた。その人物はこの人界で勇者候補に挙げられるような人物らしく、「何故魔族である私が?」と疑問に思ったが、続く指示を聞いて腑に落ちた。


人族では血筋が何よりも重要視されており、貴族とは、何をしなくとも全てにおいて平民より上である、という理解しがたいプライドを持っている。私が世話係を命じられたのは、貴族から見下されている平民の勇者候補だったのだ。


表向きの指示はただの世話係だが、裏の指示としてある事を命令されていた。1つは、大規模なワイバーンの巣で、彼を事故に見せかけて亡き者にするということ。それが失敗した場合、色仕掛けで彼を篭絡し、隙を突いて殺すということだった。


どちらにせよ憎き人族を殺すことが出来る命令に、私は喜んで従うことにした。



 初めて暗殺対象の彼に会った時、正直まだ子供じゃないかと驚いた。身長は170センチ半ばで、ある程度筋肉質な体型をしており、肉体的にはほとんど大人だと伺えるが、幼さの残るその顔には、殺意や憎しみが沸き上がる事はなかった。


未だ独り身で、もう数年もすれば30歳になるが、私にだって人並みに結婚したいという願望はある。いつか子供を生み、幸せな家庭を築きたいと考えているのだ、少なからず母性本能だってある。


(ダメっ!この子に情を持つわけにはいかない!私は最悪、この子を自分の手で殺さないといけないんだから!)


そう考え、彼には極力関わらないように徹し、何を話しかけられても無視を決め込んだ。そんな私に彼は困ったような表情を浮かべるも、怒るということはなかった。まるで私の置かれている状況を理解し、心配さえしているかのようだった。


彼に対する申し訳なさもあり、目的地までの道中は出来る限りの事をした。食事の準備から夜営の準備まで、完璧にこなせたと自負している。私の準備した食事を満面の笑みを浮かべて食べている彼を見ていると、将来自分に子供が出来たとしたらこんな感じなのかと考えてしまった。



 そうして遂に目的の場所付近へ到着し、彼は一人で森の中へ入っていった。それから数分後、私は指示通りに弓と、本来は味方に警笛を鳴らすための矢を携えて彼の後を追跡した。


ワイバーンの巣に到着すると、その数は優に200匹は越えているであろう大規模な場所だった。いくら人族の勇者候補と言えど、この数をたった一人で相手にするのは不可能だと思える程だった。


難度6のワイバーンは、その身体を強固な鱗で覆われており、生半可な斬撃や魔法ではダメージを与えられない。そんな魔物が、空を覆い尽くすほどの数いるのだ。とてもではないがたった一人では勝機はないはずなのだが、私が指示を受けた際に言われたのは、「彼はこの程度では死なないかもしれない」という常識を疑うような言葉だった。いくら勇者候補に推挙されるほどの実力といっても、さすがに有り得ないはずだ。


(君に恨みがある訳じゃないんだけど・・・ゴメンね)


心の中で懺悔の言葉を口にしながら、私は警笛付きの矢を弓につがえ、上空目掛けて打ち出した。


『キィィィィン!!!』


甲高い音が周辺に響くと同時、私はこの場を一目散に離れた。もし見つかってしまえば、私もワイバーンの餌食になってしまうからだ。


(もし死後の世界があるのなら、彼には謝らないとね・・・)


そんなことを考えながら、私は後ろを振り返ることなく、来た道を一目散に疾走して戻るのだった。

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