第30話 娼館
レグナーさんとの話が終わり、駐屯地から宿屋へと向かう道中、僕はガブスさんから繁華街へ出掛けようと誘われた。
ファルメリアさんは一人残って、先程レグナーさんが言っていた地図や食料等の物資を馬車へと積み込んでいる。僕も手伝おうかと声を掛けたのだが、「私の仕事ですので」と、手出し無用とばかりにあしらわれてしまった。
仕方なく、宿屋で明日からのワイバーン討伐について考えようかと思っていたところに、ガブスさんからの誘いだったので、多少躊躇はしたものの、僕に気を遣って声をかけてくれたのだろうと考えると断ることも出来ずに、そのまま着いて行くことになった。
王都で魔導車から見た繁華街の景色と比べると、この都市の繁華街の様子は少しだけ物寂しいような印象を受けるが、僕の住んでいた村と比べれば、建物の数も人の多さも雲泥の差だ。
「勇者候補殿は、酒は飲めるのかい?」
「お酒ですか?さぁ、飲んだことがないので分かりません」
一度宿屋へと行き、武器や仮面を外して私服姿に着替えてから外出すると、ガブスさんは迷うこと無くどこかに向かって繁華街を歩いていく。そうして少し歩くと、不意にそんなことを聞いてきた。お酒というものがあり、それを大人達が美味しそうに飲んでいる姿を見たことはあっても、実際に飲んだことがない僕にとっては返答に困ってしまった。
そんな僕の言葉に、ガブスさんは目を見開いて大袈裟に驚いている。
「せっかく成人したんだから、酒を飲まないなんて人生損してるぜ?よっしゃ!俺が大人の酒の飲み方ってやつを教えてやるよ!」
「え、はぁ・・・よろしくお願いします」
あまり気乗りはしないが、満面の笑みを浮かべながら話しかけてくるガブスさんの勢いに呑まれるように頷いてしまった。
「おう!任せておけ!大人の階段を登らせてやるぜ!」
「・・・・・・」
何故かニヤニヤとした笑みを浮かべるガブスさんに、言いようのない不安を感じるが、今更断るなんて出来ないような状況になってしまった。
「ここだ!」
「・・・あの、本当にここなんですか?」
ガブスさんに案内されて着いた建物は、外見からはとても飲食店を営んでいるようには見えないお店だった。その建物は三階建で、一見宿屋のような佇まいをしているが、表には宿屋や飲食店を示すような看板はなく、扉の上に小さく『娼館』とだけ書かれていた。
僕にはその文字が読めなかったこともあり、このお店の事を表しているものだろうとは思うのだが、結局何のお店かは分からなかった。
一階の部分には扉以外に窓もなく、外からは中の様子が伺えない。上の階を見上げても、全ての窓にカーテンが掛かっており、飲み屋なのか、宿屋を兼ねた食事処なのかさえ不明だった。
そんな外観に更に不安を感じた僕は、ガブスさんに確認するように問いかけたのだ。
「ふふふ、ここは男の楽園さ!酒も飲めるし、可愛い店員とお喋りも出来る。その上、気に入った娘がいればそのまま・・・なっ!」
「っ!??」
言葉を暈しつつ、満面の笑みを浮かべて肩を叩いてくるガブスさんに、意味がわからない僕はただただ困惑するばかりだった。そんな僕のことを気にすることもなく、ガブスさんはその建物の扉を開けた。
「いらっしゃ〜い!」
「おう!2人で頼むぜ!」
扉の向こうには、薄いガウンを羽織っただけの妙齢の女性が、カウンター越しに僕らの方へ笑みを振り撒いていた。妖艶な雰囲気を醸し出す美人な人で、胸元が少しはだけ、その豊満過ぎる胸を隠している白い下着が丸見えな状態なのだが、女性はそれを気にする素振りもなく、当たり前に手を振りながら出迎えていた。
そんな女性に対してガブスさんは全く動揺することもなく、馴れた様子で会話をしていた。
「希望はあるかい?」
「俺は肉付きの良い巨乳ちゃんでお願いするぜ!年齢は20代が良いな!」
「はいよ。そっちのボクは?」
「・・・・・・」
ゆったりとした話口調の女性は、僕に視線を向けて質問してきたが、一体何の話をしているのかまるで理解できない為、何も言えずに固まってしまった。
「あぁ、こいつはまだ未経験なんだよ。経験豊富な娘をあてがってやってくれや!」
「おやおや、初物かい。そりゃあ良いね。そういうのが好きな娘は多いからね。なら、しっかりリードしてくれて、最高の思い出になるような娘を選んであげるよ」
「おう、ありがたい!こいつを男にしてやってくれ!」
ガブスさんも女性も、僕に対してニヤニヤとした視線を向けてくる為、不安と居心地の悪さから、この場を逃げ出したくなった。
「あ、あの・・・ここは何のお店なんですか?」
意を決して質問をした僕に、女性はキョトンとした表情を浮かべ、次いでガブスさんの方へと視線を送っていた。
「あぁ、ちょっと驚かしてやろうと思ってな、内緒にしてたんだが・・・どうも表の文字は読めてなかったようだな」
「そういうことかい・・・ボク?別にここは怖い店じゃないから大丈夫さ。ここは男達の疲れを癒やし、明日への活力を与える場所。せっかく来たんだから、ウチの従業員に身も心も任せちゃいな」
「は、はぁ・・・」
ねっとりとした視線を向けてくるその女性に、何とも言えないような不気味さを感じるのだが、知らない内にどんどんと話が進んでしまい、ガブスさんはカウンター横にある扉から現れた女性に引き連れられ、そのまま階段を上がっていってしまった。
去り際に「楽しんでこいよ」と耳元で囁かれたのだが、何を楽しむのかも分からないので、ただただ困惑したままだった。
そしてーーー
「おやまぁ、可愛らしい子だね~。いくつになるの~?」
現れた女性は20代半ば位だろうか、少しお化粧が濃いように感じるが、とても美人な方で、身長は僕より小さく、綺麗な黒髪をお団子のように結っている。ただ、その女性はとても豊満な身体をしていて、何と言うか僕より小さいのに、迫力がある印象を受けた。
「えっと、15歳です」
「へぇ~、成人したばかりなのかい。良いね~」
舌舐めずりをしながら、僕を上から下まで見定めるような視線を向けてくるその女性は、ベージュ色をしたロング丈の薄いガウンを羽織っているだけなので、その下の黒い下着が丸見えだった。目のやり場に困るのだが、このお店に入ってから目にした店員さんは皆同じような格好をしているので、これが制服なのだろう。
(だからってこの服装は困るんだけど・・・いったい何のお店なんだ?)
困惑しながらもその女性に腕を絡まされ、そのままガブスさん同様に階段へと連れていかれる。強い香水の香りと柔らかい感触が腕に伝わり、恥ずかしさのあまり身を引くように歩こうとするのだが、女性の方がしっかり身を寄せてくるので、その感触から逃れられなかった。
「ふふふ、緊張しなくても良いのよ?私はダリアって言うの。一緒に楽しみましょう?」
「は、はぁ、よろしくお願いしますダリアさん」
歩きながら挨拶を交わすと、僕はダリアさんに促されるまま2階の一室へと案内された。
その部屋の中には、2人は余裕で寝られるだろう大きなベッドと浴槽が最初に目を引いた。やっぱり宿屋なのかとも思うが、寝室にお風呂がそのまま置かれているなんて聞いたことがない。室内を見渡すと、サイドテーブルに2つのグラスとお酒の瓶が数本置かれており、ガブスさんの言ったようにお酒が飲めるようだ。他には小さめなクローゼットがあるだけだ。
「さぁ、先ずは服を脱ごうね~。身体を洗ってあげるからね~」
「えっ!?あ、あの・・・」
ダリアさんの言葉に驚いて固まっている僕をよそに、彼女は僕の服に手を掛けて脱がしにかかってきた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?どうしたの?」
顔が付きそうなほど密着しているダリアさんの手を止めると、一体これから何が行われるのかを確認する。
「か、身体を洗うって、その、お酒を飲む前にはしないといけないんですか?」
「・・・あっははははは!!」
僕の言葉にダリアさんは呆気にとられたような顔をすると、次の瞬間にはお腹を抱えて笑い声をあげた。そんなに僕の質問はおかしかったのだろうか。
「あ、あの・・・?」
「ははは、悪い悪い。ここまで純真無垢だと、逆に困っちゃうね~」
「す、すいません・・・」
ダリアさんの反応に何となく罪悪感を感じた僕は、謝罪の言葉を口にした。すると、彼女は妖しい笑みを浮かべながら羽織っていたガウンを脱いだ。
「っ!?あの?ダリアさんも身体を洗うんですか?それなら僕は一度部屋から出てーーー」
「ここはね、男が女の身体を金で買って楽しむ所さ。坊やももう立派な大人なんだし、女の人とそういうことをするのに興味があるだろ?」
「っ!!」
僕の言葉を遮って、ダリアさんは下着姿のまま抱きついてきた。柔らかな感触と強烈な香水の匂いに頭がクラクラしてくるが、彼女に自分の下腹部の辺りを撫でられた瞬間、ポケットに入れていたリーアの虹鉱石が身体に押し付けられる感触で正気を取り戻し、飛び退くように距離をとった。
「???どうしたんだい?怖がらなくても良いよ?お姉さんに任せれば、天国のような快楽を経験できるよ?」
「・・・す、すみません!そ、そういうのは好きな人とが、いや、あの、と、とにかく、ごめんなさい!!」
言葉に詰まりながらも謝罪を口にすると、僕はそのまま部屋を出て、脱兎の如くこの建物から走り去った。一階に降りたときに、先程の女性がカウンター越しに何かを言っていたようだったが、それを気にする余裕は僕には無かった。
◆
「・・・で、あいつは逃げちまったってわけか」
「旦那、さすがにありゃウブ過ぎだよ。女の良さを教えるには早過ぎだって」
娼館の一室。ガブスはライデルを相手にする予定だった女性から報告を受けていた。ライデルより先に部屋に向かい、それなりに時間が経っていたが、彼は服を着たままで、さして乱れてもいなかった。傍らにいるこの店の従業員も同様で、本来この店で行われるような行為などしていなかった事が伺える。
「所詮これは予備案だからな。失敗しても構わないが・・・女に全く興味がないって訳じゃないんだろ?」
「それなりに興味はあるだろうね。ちゃんと私で反応していたようだったし。ただ、あまりに前知識も何も無いもんだから、緊張に耐えきれなかったって感じだね」
女性の報告に、ガブスは顎に手を当てて考え込む素振りを見せる。
「・・・初めての相手が経験豊富過ぎたのが裏目に出たか。とすれば、同じように経験がない女と自然な成り行きでそうなったら・・・いけそうか?」
彼は独り言のように呟きながら、最後に女性に確認するように問いかけていた。
「まぁ、同じ早さで大人への階段を登って行くってんならありえそうだけど、そんな都合の良い女なんて簡単に見つかるのかね?」
女性のもっともな疑問の言葉に、ガブスはしたり顔で口を開いた。
「問題ない。ちょうど良いのが居るさ」
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