第17話 ライデルの実力
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俺の名はミゲル・アーマー、25歳。3年前に神殿騎士として叙任された、将来を有望視されている子爵家の3男だ。
教会の秩序行使機関である神殿騎士には序列が無く、教会内の役職に従って権限が違う。教会は大神官を頂点にした組織形態をしており、その下に神議長、神議官、神務長、神務官、小務官、平の信者となっている。
今の俺の役職は神務官だが、商会を営む実家からの献金のお陰もあって、来年には神務長への昇進が約束されている。まだ25歳という年齢を考えれば、教会内でも屈指のスピード出世だ。当然その役職に見合うだけの実力も兼ね備えている。
俺の得意とする戦闘方法は、火魔法を併用した魔法剣技だ。中級火魔法で相手を混乱させ、その隙に止めを刺す。魔物相手でも、魔族相手でも効果の高い戦法だ。しかも俺の装備している剣は、魔法発動の補助・強化を行うワンドの機能が内包されている最新型だ。通常の剣と思って斬り結ぶと、先端から火球が飛び出て、相手の顔をこんがりと焼き上げるっていう筋書きだ。
(ククク・・・こんな田舎じゃお目にかかれない高級武具だぞ!無様に焼かれてのたうち回り、己の立場を知ることだな!)
この世界は厳格な身分制社会だ。国家は王族を頂点として、公爵ー侯爵ー伯爵ー子爵ー男爵ー準男爵ー平民の順で成り立っている。平民は上位者である貴族に対して絶対服従の立場となっており、本来なら貴族である俺に模擬戦をしてもらえることに泣いて喜ばねばならない。
(まぁ、こんなクソ田舎じゃあ貴族様のありがたみも分からんか。一番上位者の村長でも、平民と大して変わらん準男爵だからな・・・この茶番が終わったら、村全体に貴族様に対する態度ってもんを教育してやらねぇとな)
そう、この模擬戦は茶番だ。教会が崇める豊穣の女神、アバンダンティア様より勇者の神託がなされていると平民どもは思っているが、実際は成人の洗礼の際に特殊な魔道具を用いて、その者の潜在魔力量を確認しているだけだ。剣術においても、魔法においても、魔力というのは重要な要素だ。身体能力の強化を行えば、自分よりも遥かに剣術に優れた人物も一蹴できるし、魔法に至っては言うまでもない。
つまり、眼前のこいつは勇者候補足り得る魔力量を有しているのだろうが、残念ながらそれだけでは強者とはなれない。何故なら魔力の運用には、生来の才能と、それ以上に教育が必要不可欠だからだ。いくら魔力量が多かろうが、それを繊細かつ正確に制御する術を学ばなければ意味がない。精々が身体能力の向上止まりで、高度な魔法など扱えようはずもない。しかも、こんなクソ田舎に魔法に精通した者など居るはずもない。
結論、俺の目の前にいるこいつは、身体強化に任せた腕力で剣を振るうだけの脳筋野郎が妥当だろう。
そもそも魔法の才能は遺伝する事が多いが、極稀に突然変異したように、平民にも大量の魔力保有者が現れることがある。ただ、幼少期から教師を雇って魔力の運用を学べるのは、金銭的に余裕のある貴族だけだ。だからこそ貴族と平民の間には、圧倒的な人間としての差があるのだ。
(お前ら平民は、俺達貴族様に搾取される存在なんだと言うことを、この模擬戦で思い知ってもらわないとな!)
平民にも立身出世の道がある。そんな幻想は早々に砕いておく必要がある。そうでなければ愚かな平民どもはその幻想に憑りつかれ、下手をすれば反乱という馬鹿げた行動に出る可能性もあるのだ。
(さて、殺しはしないが、半年はベッドの上で寝ててもらおうかね!)
俺は模擬戦の開始の合図を今か今かと待ちわびながら、腰の剣を抜き放ち、いつでも火魔法を発動できるように魔力を込めた状態で正眼に構えた。
そしてーーー
「では・・・始めっ!」
開始の合図と同時、俺は一気に奴との距離を詰めながら剣を上段に振りかぶり、間合いに入った瞬間、袈裟斬りに斬りかかった。
「おらぁぁぁ!!」
「っ!!」
俺の移動速度に驚いたようで、奴は驚きに目を見開いてるが、もう遅い。先ずはその右肩を潰させてもらう。切断はしない。峰打ち気味にしてしばらく使えなくするだけだ。
「シッ!!」
その一撃に手応えは無かった。そして、俺の姿を目を見開いて見ていたはずの奴の姿までもが消えていた。俺は剣を振り下ろした姿勢のまま、内心で焦りを浮かべながらも、平静を装って奴の気配を探した。
「あの・・・模擬戦なので、出来れば木剣を狙って下さいませんか?」
「っ!!?」
突如、背後から危機感の無い奴の声が聞こえ、俺は勢いよく後方に飛び退いた。さっきまで俺が居たすぐ後ろに、奴は剣を構えるでもなく、申し訳なさそうな表情をしながら俺に語りかけていた。
(な、何だ?何が起こった?何であいつが俺の背後を!?それに、俺の攻撃を見切っていた!?いやいや、それよりもだ!何であいつは怯えるでもなく、申し訳ないような表情をしているんだ!?)
あまりの出来事に混乱してしまうが、はっきりと認識できるのは、俺が奴から見下されているという事だ。だってそうだろう、相手の背後を取ったにも関わらず、攻撃するでもなしに語りかけてくるなんてあり得ない。しかも、攻撃を避けてしまって申し訳ないとでも言うような顔をしているんだ。これほどの屈辱はない。
「ふ、ふん!少しはやるようだな。どうやら俺も少々手加減が過ぎたようだ。次はもう少し本気を出す。気を付ける事だな」
「あっ、やっぱりそうなんですね?お気遣いありがとうございます!」
俺の言葉に、さも見切って当然の一撃だったとでも言うような奴の返答を聞いて、怒りのあまり声を上げそうになってしまったが、ぐっと堪えた。ここで声を上げることは、俺のプライドが許さなかったからだ。
(絶対に地面に這いつくばらせてやる!!多少痛い目をみせるだけにしようかと思ったが、腕の1本は奪ってくれる!!)
この模擬戦は平民の幻想を潰やす目的なのだ。多少結果が血生臭くなったところで、俺にお咎めなどない。
今度は魔力による身体強化を行い、万全の態勢で奴を叩く。今の俺の状態なら、難度6のワイバーンだろうと負ける事はないはずだ。
「キエェェェイ!!!」
裂帛の気勢をあげ、先程とは比べ物にならない速度で間合いに踏み込む直前、剣を水平に構えようとする動きに連動して、あらかじめ魔力を込めて準備していた剣の切っ先を奴に向ける。
『我が魔力によりて具現化せよ!求むるは火!発現せしは球体!
身体強化を施しながら、移動中に正確に詠唱を読み上げるという俺の高等技術を晒してまで仕掛けた火魔法に対して、奴の瞳にはまったく驚きも怯えも見てとれなかった。人の頭ほどの大きさの火球が殺到しているというのに、奴はいたって冷静に身体を半歩引き、真半身になりながら避ける寸前、わざわざ木剣を火球に当てたように見えた。
「あ~!」
わざとらしい奴の驚きの声と共に、木剣が宙を舞う。そのあまりにも俺をバカにしたような言動に、血管が切れたような気がした。
「き、キサマ~!!!」
既に間合いに入った俺は動きを止めることなく、丸腰となった奴に向かって、剣の切っ先を心臓目掛けて突き込む。もはや奴が俺の前で息をしていることすらも許すことは出来ん。今すぐここで息の根を止めたい衝動に駆られ、渾身の力で仕掛けた。
しかしーーー
「うわっと」
あろうことか、奴は渾身の俺の突きを事も無げに躱して見せたのだ。
「くっ!このぉ!」
そこで俺は止まらず、2撃目3撃目と連続して攻撃を仕掛けるのだが、奴はことごとく俺の剣を避け続ける。ここまでくれば、何としても奴を斬り伏せなければプライドが許さなかった。しかし、避け続けながら奴は「あの、武器を破壊されてしまったので、僕の負けですよね?」と呑気な言葉を掛けてくる始末だ。
(キサマが負ける時は、その血で大地を染め上げた時に決まっているだろう!!)
心の中で絶叫しながら攻撃を続けていたのだが、やがて身体強化を続ける集中力も持たなくなり、いつしか完全に息が上がってしまった俺は、剣を構えることも覚束なくなっていた。
(ば、馬鹿な・・・こんなクソ田舎のサルみたいな平民に・・・この俺が・・・)
肩で息をしながら、剣を握っている自分の手元をぼんやりと見つめ、絶望的な思いが湧き上がってきた。このまま模擬戦を終えてしまえば、俺の出世の道に暗雲が立ち込めてしまう。
(まだだ、こんなところで俺は立ち止まっていい存在ではない!)
そう思うのだが身体は思うようには動かず、焦りと不安で目の前が真っ暗になってきた。そして、一番恐れていた音が耳に入ってきた。
「チッ!!」
「っ!!」
明らかな舌打ちだった。今回の神殿騎士部隊を引き連れる部隊長。神議官であり、この国の絶対権力者たる王族。その第3王子であるお方の苛立ちを感じる舌打ちに、息を飲んだ。
(ま、まずい!このまま平民相手に無様を晒せば・・・処分されてしまう!)
窮地に立たされた俺は、とにかく奴に一矢報いようと剣の柄を握り直したその時、首筋にチクリとした痛みを感じたかと思うと、急激に身体から力が抜けていった。
「ご、あ・・・」
そのまま地面に倒れ込み、俺の意識はそこで途切れてしまった。
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