第18話 王都へ

 神殿騎士様との模擬戦は、予想外の展開で終わりを迎えてしまった。


最初に僕の実力を確認するためなのだろう、様子見で力を抜いてくれていたという騎士様は、「少し本気を出す」と言った後、何故か次第に表情を怒りに染め上げ、模擬戦にもかかわらず攻撃に殺気が込められていた。それでも僕にとっては苦にならないほどの速度だったので、普通に避けていった。


本当なら騎士様の火魔法が木剣を破壊した時点で、僕の負けが宣言されると思って審判の方を見たのだが、何故か難しい表情をしながら模擬戦を見続けている為、僕も仕方なく続けたのだ。


ただ、さすがに丸腰の状態で怪我もせず、上手に一撃受けて負けるというのは難しかったため、とにかく避け続けて弱腰の姿勢を見せることで、勇者としての適正無しと判断されるだろうと思ったのだが、ここで更に予想外の事態が起こる。何と模擬戦の相手をしてくれていた神殿騎士様が、急に倒れてしまったのだ。確かに直前には息を切らし、体力的に限界が近かったような気もするけど、倒れるほどだったかと言われれば、そこまででは無かったはずだ。


突然の事に呆気にとられてしまったが、僕が立ち尽くしているうちに、審判を勤めている神殿騎士様が声をあげた。


「そこまで!どうやら彼は持病が発現してしまったようだ。まったく、体調管理は大事だと普段から言い聞かせているのだがな。だが、結果は結果だ。勝者・・ライデル」


「あ、はい」


気絶するような持病を持っている騎士様が、わざわざ模擬戦の相手をしてくれるなんて申し訳なく思いながらも、倒れてしまっている騎士様と審判の騎士様に深々と一礼をしつつ、この後の展開に頭を悩ませた。模擬戦に勝ってしまったということは、勇者候補として王都に連れていかれるということだからだ。


「・・・このあとの事について説明する。着いてこい!」

「は、はい!」


模擬戦は終わったというのに、それを見ていた他の神殿騎士様や、様子を見守っていた村の人達は静まり返っていた。審判を勤めた神殿騎士様の言葉に返答しながら周りの人達の表情を伺うと、村の人達は安堵の表情を、神殿騎士様達は驚愕といった表情を浮かべているようだった。


(・・・もしかして、僕の実力って自分で思っているより凄いのかな?)


今まで誰かと比べたことなんて無かったので、自分の実力がこの国でどれほどのものか分かっていなかった。模擬戦の相手をしてくれた騎士様の攻撃を避け続けるというのは、もしかすると凄いことだったのかもしれないと、終わった今になって焦りを覚える。


とはいえ、持病のある騎士様に勝った程度であればそんなに大したことないのではないかとも考えられるのだが、これから自分がどんな状況に巻き込まれていくことになるのか、先を歩く神殿騎士様の背中を見つめながら、内心で深いため息を吐いていた。



 教会の中に入ると、無機質な表情を浮かべる神殿騎士様から、今後の予定について聞かされた。それは既に決定事項となっており、僕に選択の余地はおろか拒否権さえも無いものだった。


そしてその予定によれば、僕は明日にでもこの村を離れて王都に向かわなければならないようだ。そこで教会本部から勇者候補生としての洗礼を受け、更にその後は議会から承認を受け、最終的に国王陛下よりのお言葉を頂戴するのだという。


その後、真の勇者に選定されるかは以降の功績によるらしい。判断基準は、戦場に出て魔族を倒すのが一番の近道で、その他にも魔物の被害に困っている住民を助けることも加点要素になってくるのだという。最終的には議会において、我が国の最終勇者候補を選定し、人界5か国会談において人族の勇者が決定されるのだという。


功績については、自分の判断で行動するというのが大抵なのだが、時には国家からの依頼で動くこともあるらしい。


王都からかけ離れた村に住んでいている僕は、この国の行政の仕組みなんて知らなかったこともあり、説明の度に首を傾げる僕に対して、騎士様は苛立ちと侮蔑の眼差しを浮かべていた。その様子を見た神父様が慌てて駆け寄り、簡単に行政組織について教えてくれた。


曰く、ほとんどの国家は『国王陛下』を頂点とした組織を作っており、その下に各大臣や行政機関の長達が議論して国家の方向性を決める『議会』なるものがあるらしい。また、議会と同等の権限を有しているのが『教会』ということで、その武力行使機関として『神殿騎士団』がある。そして議会の下に『国防軍』があり、国防軍の下に『衛兵隊』がある。


その違いは、国防軍は魔族などの外敵から国を守る組織であり、衛兵隊は国内の治安維持や魔物を討伐する組織となっているとのことだ。また、更にその下に『冒険者協会』という組織があり、衛兵隊でも処理しきれない国内の問題に対処する組織で、魔物の討伐から畑の手伝いまでを生業とする、所謂何でも屋のようなものらしい。


余談だが、国王陛下の身辺警護として『近衛騎士』という組織があるのだが、これはどの組織の下にもつかない、国王陛下直轄の組織らしく、近衛騎士に選ばれるのは大変に名誉なことなのだそうだ。


様々な説明を受けたものの、受け取った情報量が多すぎたこともあって、僕の記憶に残ったのは明日にはこの村を旅立たなくてはならないということと、これからとても面倒なことが待ち受けているということだった。当然それを表情に出すわけにはいかず、説明の終わった神殿騎士様に恭しく頭を下げるが、僕の心の中は困惑と不安で一杯だった。特に僕にはこの村を離れるに当たって、どうしても確認しておかなければならないことがあった。


「あ、あの、神殿騎士様?」

「何だ?」


僕の問いかけに騎士様は嫌そうな表情を浮かべたが、それに構わず僕は口を開いた。


「僕には母親が居ますが、とても病弱で・・・この村を離れるとなると、とても心配なのですが・・・」

「・・・・・・」


僕の言葉に、騎士様は顎に手を当てて何かを考え込むようにしてしばらく俯いた。少しして顔をあげると、うっすらと笑みを浮かべながら口を開いた。


「それならば、教会から定期的にポーションを届けさせる。その際に母親の容態を報告させれば、お前も安心だろう?」

「そこまでしていただけるんですか?」

「当然だ。お前も、お前の母親も、我らの信仰する豊穣の女神、アバンダンティア様の信徒なのだから」

「ありがとうございます」


僕は騎士様の言葉に感激と安堵感でいっぱいになり、何度も深々と頭を下げたのだが、僕のその様子を見る騎士様の表情は、少しだけ怖く見えたのだった。

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