第二章 勇者候補と英雄候補
第16話 神殿騎士
教会の神父様から勇者の神託が降りた事を宣言されてから、僕の状況は一変した。村の誰もが僕に神託が降りたことを知っている影響か、昨日まで普通に接していた知り合いの人達がどう僕に接していいのか分からない為か、急に余所余所しい態度をとられたり、中には拝んでくる人までいたほどだった。
ただ、親しい友人でもあるフランクとラナについてはそんな事は無く、普段通りに接してくれていたことが少し嬉しかった。
母さんは、僕が勇者となってしまうことに不安な表情を浮かべていた。その大きな理由は、人族としての象徴たる勇者の役割が言わずもがな、戦場に立つことだからだ。父さんを魔族との戦争で亡くしている母さんにとって、僕が同じように死んでしまうのではないかと、とても心配していた。
僕としても、好き好んで魔族と戦いたいというわけではない。向こうの国にはリーアが居るのだ。しかし、国家から勇者と認定されれば、戦場に行くことを拒否するなど出来ようはずもない。そんなことは母さんもよく分かっているので、その葛藤に悩んでいるようだった。
身体の弱い母さんに心労を掛けることになってしまい申し訳なく思うのだが、自分にはどうすることもできない現状が、とても歯痒かった。
そして洗礼の一月後には、水色の軽鎧に身を包んだ神殿騎士と名乗る方々が、鎧と同じく水色の魔導車で村へと到着し、村長が青い顔をしながら対応していた。魔導車とは四輪の乗り物の事で、魔物から採取される魔石を燃料として動き、人や物を長距離移動させる為のものらしい。初めて目にするその魔導車に、村の人達はもの珍しさもあり釘付けになっていた。
ただ、ここは小さな村の為、10人を越える大所帯で来られた神殿騎士の方達を泊めるような宿泊施設はなく、一先ずは逗留場所として教会を使うことになったと後で聞いた。
翌日、呼び出された僕は教会へと足を運ぶと、野営用のテントがいくつか教会前の広場に設営されていた。どうやら人数的に教会の中も狭いらしく、外を拠点としているようだった。そして教会内へと入ると、冷や汗を流しながら困った表情を浮かべる村長と神父様が目に入り、同時に2人が対峙している一人の神殿騎士の姿にも意識が向いた。
その神殿騎士様は長身の20代位の男性で、体格に恵まれているのか、軽鎧の上からでも筋骨粒々としていることが分かる。整った顔立ちに、村では見ない珍しい水色の髪を短く切り揃え、まるで絵本に描かれているような王子様然とした風貌だった。
「あ、あの、呼ばれて馳せ参じました、ライデルと申します」
微妙な雰囲気だったこともあり、僕は恐る恐るといった様子で教会内にいる皆さんに声をかけた。
「・・・お前がライデルか・・・」
その神殿騎士の方は、僕の声に反応するようにゆっくりとこちらに向き直り、頭の天辺から足先まで値踏みするような視線を向けてくると、何故か不機嫌そうな声で僕の名を口にした。その様子に萎縮してしまうが、何とか勇気を出して返答する。
「はい、そうです。あの、神殿騎士様が来られたのは、先日僕に降された神託の件でしょうか?」
「そうだ。その件で教会本部より確認のため、私が派遣されたのだ」
「確認・・・ですか?」
その神殿騎士様は、僕に神託が降された事自体を信じていないかのような、卑下した視線を向けてきていた。
「お前が本当に勇者足り得るのか、その実力を確認するということだ」
突然の言葉に、僕はすぐに神殿騎士様の言葉の意味を理解することが出来なかった。神託が降されたという事は、それは神からのお告げであると聞いているので、それを確認すると言うことは、神の言葉に疑問を唱えることになるのではないかと考えたからだ。そんな僕の感情が表情に出てしまっていたのか、神殿騎士様は不快げに鼻を鳴らして口を開いた。
「ふん!これだから田舎の連中は学がなくて困る。いいか、今回の神託はあくまでも女神様が勇者足り得る可能性がある存在を見つけられたということだ。現にこの国、いや、この大陸において、勇者候補は他に5人いる」
「ご、5人も・・・」
神殿騎士様の話に、一瞬僕が勇者として戦わなくても良いのではないかという考えが浮かんでしまった。ただ、そんな僕の反応を神殿騎士様は真逆に捉えられてしまったようだ。
「ふんっ!驚いたか!?自分は女神から選ばれた特別な存在だとでも思っていたか?残念。それは大きな間違いだ!お前はそうなる可能性があるかもしれないというだけの存在だ!」
神殿騎士様は、嫌らしい笑みを浮かべながら僕を見下してくるような言動をするのだが、正直に言えば、昨日の母さんの顔が脳裏に浮かんできて、如何にその確認というのをやり過ごして勇者にならないで済むにはどうすればいいか、という考えで頭が一杯だった。
「とにかくこれからお前の実力を確認させてもらう。内容は簡単だ。私の部下と模擬戦を行い、勝てば勇者候補生として王都に同行してもらう。そうなれば莫大な褒賞金がお前の家へと送られることになる。こんな田舎の村では使い切れない金額だろう。泣いて喜べ!だがそれも、模擬戦に勝利出来ればの話だがな」
そう言うと神殿騎士様は、話は終わりだとばかりに教会の出口の方へと移動し、扉を開くと僕の方へと視線を投げてきた。どうやら言外に付いてこいと言っているようだ。仕方なく歩き出そうとした僕に、教会の神父様が申し訳なさそうな声で話し掛けてきた。
「すまないな、ライデル君。こんな面倒な話になるとは想像しておらなんだ・・・」
「この村から勇者が出たとなれば、村起こしにもなるかと思ったが、どうにもそんなに簡単な話では無いようだ。ましてやライデルはまだ成人したばかりなのだから、すぐに戦場に立つことも無いだろうと思っていたが・・・どうやらそうでも無いようだ。無責任に喜びの声を上げたワシらを許して欲しい・・・」
「頭を上げてください。僕は大丈夫ですから」
神父様に続いて村長も僕に頭を下げてきた。みんな勇者という肩書きに浮かれて、何をするのかという実像が見えていなかったようだ。ただ、それは正直僕も同様で、いくら神託で勇者と言われたとしても、15歳の僕がすぐに戦場に立つことは無いだろうと思っていた。
おそらくは教育や鍛練をつけられるのではないかと思っていたのだが、神殿騎士様がすぐに僕の実力を確認しようとする事から、最悪このまま勇者認定されてしまえば、すぐさま戦場に連れていかれるのではないかとさえ感じていた。
「おいっ!早くしろ!!」
「す、すみません!すぐに行きます!」
僕が神父様達とやり取りをしていると、神殿騎士様の苛ついた声が飛んできた。僕は慌てて教会の出口へと走って行った。
「お前の得意な戦闘スタイルは魔法か?剣術か?」
「・・剣術です」
相変わらず不機嫌そうな表情をしている神殿騎士様の問いかけに、僕は一瞬迷いを見せてしまったが、剣術を選ぶことにした。というのも、僕の唯一の魔法適正である雷魔法は、殺傷能力が高すぎるのだ。触れるものみな灰塵と化す雷魔法は手加減も難しいことから、容易に手心が加えられそうな剣術を選択した。
「なら・・・ほらっ!これがお前の得物だ!」
「・・・これ、ですか・・・」
教会前の広場、神殿騎士様の野営用テントの周辺には、僕の実力を確認するためなのだろう、他の神殿騎士様も僕に視線を向けてきていた。その騎士様達の表情は、先程の騎士様同様に不機嫌を絵に描いたようなものだった。
そんな騎士様達から少し離れた場所で、先程の騎士様が立木に立て掛けられていた木剣を、僕に向かって投げつけてきた。僕はどうにかキャッチしてそれを確認すると、ささくれだった柄に、少し力を加えたら折れてしまいそうな刀身を晒すボロボロの木剣だった。
「何か文句でもあるのか?勇者足るもの武器を選ばず、己の実力で危機を乗り越えるものだ!」
「あ、いえ、文句などありません」
威圧的な神殿騎士様の言葉に、僕は大きく首を横に振った。僕としては、このボロボロの木剣なら攻撃を防いだ際に壊してもらい、降参の言葉を口にし易くなったと思っただけだ。
「よし、では・・・ミゲルっ!!」
「はっ!!」
僕の方を厳しい視線で見つめてきていた一人の騎士様が返事を返すと、こちらの方へと小走りで駆け寄ってきた。
「こいつの実力の判断に、お前との模擬戦を行う。審判は私が引き受ける。神殿騎士として、この田舎者の世間知らずに世界の現実を教えてやれ!」
「はっ!自分の全霊でもって、こやつに教会の試しを行います!」
2人の会話を少し聞いただけでも、僕が歓迎されていないことは一目瞭然だった。ならば何故そんなに嫌悪感を抱きつつも僕の実力を試そうとするのか理解できない。僕達に口止めして、教会には何かの間違いだったと報告すれば良いのではと考えてしまうのだが、そういったことが出来ない事情でもあるのだろうか。
考えても答えの出ない疑問に頭を悩ませていると、対面に立つ神殿騎士様が腰に提げている剣を抜いて正眼に構えてきた。
「えっ!?」
あまりの状況に思わず疑問の声が漏れてしまった。
「何だ?何か言いたいことでもあるのか?」
審判を勤める神殿騎士様に呆れたような声で問いかけられてしまったが、さすがにこの状況は確認しなければならなかった。
「あ、あの、神殿騎士様は真剣なのですが・・・」
「当然だろう。お前は一応勇者としての能力があるかもしれないと神託が出ているのだ。その実力を試すための模擬戦として、本来はこの場にいる全員の神殿騎士とお前とで戦うべきものなのだが、さすがにそれは可哀想だろうという私の慈悲深い判断で一騎討ちとしたのだ。その木剣で真剣程度何とかしてもらわねば、到底勇者候補足り得ないだろう?」
神殿騎士様は嫌らしい表情を浮かべながらそう口にしてきた。その言葉に、周囲で見ている神殿騎士様達もニヤニヤとした表情を浮かべている。そんな異様な様子に、この村の神父様や村長、騒ぎを聞き付けて集まってきた村の人達は心配した表情を浮かべていた。ただ、身分の違いもあるため、誰も何も言えなかった。
「・・・分かりました。それで構いません」
おそらくこの神殿騎士様達は、僕の事を勇者候補としたくないのだろう。それならば僕も相手の思惑に乗って、怪我をしないように負ければ良いと考えた。
「質問はもう無いな?では・・・始めっ!!」
さっさと済ませたいのか、投げやり気味な声を浮かべた模擬戦開始の合図が響いた。
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