第15話 勇者と英雄


 2年後ーーー


 15歳になった僕は、村にある小さな教会で成人の洗礼を受けた。

それは、この人界に住む人族なら15歳になると誰でもすることで、洗礼と共に個人証という、魔力を流すと名前や年齢等が表示される身分証明書も発行される儀式のようなものだ。

更に、洗礼では極稀に神託といって、女神様からのお告げがなされることもあるが、この村に住む住人からは今まで神託が降りたことはなく、今回の洗礼もいつものように始まり、いつものように終わる、はずだった。


「ラ、ライデル君!き、君に神託が降りた!!」


よわい70を超える白髪の神父様は、驚きを隠せない表情で教会に響き渡るような大声を上げた。


「えっ?ライデルが神託を?」

「ほ、本当なの?神父様?」


僕と一緒に洗礼を受けに来ていたフランクとラナは、神父様の言葉に目を見張って驚き、僕の事を凝視してきた。


「あの・・・いったい、どんな神託なんですか?」


現実感の無い僕は、躊躇いながらも神父様に神託の内容を確認した。


「心して聞きなさい!ライデル君、君はこの人界に住まう人族の希望の象徴、勇者となるのだ!!」



 リーアと別れてから2年。あの頃の僕は、魔族との戦争はすぐに終わると思っていた。

しかし、戦況は日増しに悪化していき、定期的に村を訪れる行商人からは、更に戦禍が広がっているような話まで耳にする。

そんな話に僕は、言い表せられない寂しさと焦燥感を募らせていった。


 2年前から僕の願いはたった一つ、リーアともう一度会って、あの時の約束を守りたい、それだけを想ってきた。


そんな矢先、僕の運命が大きく変わろうとしていた。


「・・・僕が、勇者?」



◆◇◆◇◆◇



 ライデルに別れを告げて魔界へと戻った私は、一人で月下草の採取の為に人界へ出掛けていたことを、叔父さんから一晩中こっ酷く叱られてしまった。

それはもう、目を閉じれば2メートルを優に越える筋骨粒々の長身から、浅黒い肌の顔を真っ赤にして激怒する叔父さんの顔が浮かび、更には怒号が幻聴のように聞こえ、しばらくは夢にまで見る程だった。

ただ、実の娘ではない私の事をそれほどまでに心配してくれていた事については、感謝と申し訳なさがあった。


月下草を採取した経緯については、ライデルの事を伝えようかどうしようか悩んだが、叔父さんの立場や人族との状況を考えて、色々大変だったが何とかなったというざっくりとした説明をすることで、彼の事は伏せておいた。

叔父さんは私の説明に訝しみながらも、まさか人族と協力して採取したとは夢にも考えなかったようで、私が無事に戻ったことに良しとしてしまった様子だった。


 弟のカークの体調は幸いにして、月下草を調合したポーションが効果を発揮し、顔色や体調はすぐに良くなった。

ただ、月下草のポーションでも、病弱な体質を根本から改善するような効果はなく、定期的な服用は必要だった。

それでも今までは1、2ヶ月毎に崩していた体調が、半年は元気に過ごせるようになった。その事に本人もとても喜んでいた。


そして、カークには絶対に内緒という約束をして、ライデルの事について語って聞かせた。

普段中々ベッドから出られなかったカークにとって、私から聞かされる冒険譚はとても刺激的で興味をそそられるらしく、目を輝かせながら私の話に聞き入っていた。


「凄いね、おねーちゃん。そのライデルさんって、伝説の雷魔法が使えるの?」

「そうよ~。しかも私と同い年なのに、魔力操作の精密さは比べ物にならないくらい凄いのよ?魔族の私が人族に負けるなんて、自信無くしちゃうわよ」

「へぇ~、そうなんだ。でも、何でおね~ちゃんはそんなに楽しそうに話してるの?」


カークの言葉に、私は自分が悔しかった出来事を話しているはずが、彼の事を話すことで、無意識に笑顔になっていたことに気づかされた。


「な、何でかな?き、きっと、今までに無い経験をしてきたからよ!」

「ふ~ん、そっかぁ!またライデルさんに会えると良いね?」


あどけない表情で笑顔を見せるカークにつられて、私も笑顔で口を開いた。


「カークが元気になれたのはライデルのお陰でもあるし、魔族と人族の戦争が終わったら会いに行くって約束してるから大丈夫よ」

「そうなんだ。早く戦争が終わると良いね、おね~ちゃん!」

「ええ、本当にそうね!」


この時の私は、戦争なんてすぐに終わると楽観的な考えをしていた。

何故なら、私は魔族でありながら人族のライデルという少年と心を通わせることが出来たからだ。

他の全ての人族と魔族が私とライデルのようになれるとは思っていないが、それでもきっと2つの種族は分かり合える日が来るはずだと信じていた。


そう、信じていた。


しかし、戦争の状況は良くなるどころか日増しに悪化し、戦域は徐々に拡大。叔父さんも度々戦地に呼ばれるような状況が続いた。

私はそんな状況に歯噛みしながらも、いつかライデルと再会することを祈って、魔法と剣技の鍛練に明け暮れた。

当然、彼から教わった身体強化も日々特訓中だ。もっとこれを自在に使いこなすことが出来れば、海峡を渡る日数もグッと減らせることが可能だからだ。


そうして会えない日々が積み重なる毎に、私の彼に対する想いの大きさも、同じように積み重なっていった。



 そして、彼との約束が果たせないまま、2年の月日が流れた。

 

魔力を浸透させるやり方の身体強化は、10分程持たせるくらいには成長する事が出来たが、私自身、当時の彼と比べてもまだまだ劣っていると感じている。

魔法の方は、苦手としていた火属性と水属性は上級まで修め、得意としていた風属性と土属性は特級まで修めることが出来た。

そんな私の成長速度に、叔父さんは舌を巻いていた。


特に、魔力を浸透させる身体強化の方法に驚き、なんと魔族の英雄と謳われている叔父さんが私に教えを願ってきた時には、私の方が驚いたものだった。

しかし、この身体強化の方法は叔父さんをもってしても難しいらしく、いくら説明と実演をして見せても、再現することはできなかった。

私は一度ライデルから、彼の魔力を使って浸透させてもらった体験があったので、何となく感覚的に分かるのだが、それを口で表現しても、細胞の一つ一つに浸透させる緻密な制御が上手く想像できないらしい。


ならばと、ライデルを真似て私が叔父さんの身体に魔力を浸透させようと試みたのだが、他人の身体は全く勝手が違うようで、私には完全にお手上げだった。

事ここに至って、初めて私は彼の天才的な魔力操作の才能に驚かされる事になった。



 そんな事もあって、魔法も剣技も今まで以上の速度で成長し、私以外には誰も真似することが出来ない、新たな身体強化方法を編み出したとして、私はある日、この国の王城へと招かれることになった。

本当はこの身体強化は、人族のライデルという少年から教わったと言いたかったのだが、人族との戦争が激化している現状でそんなことが言える雰囲気ではなく、既に私を取り巻く状況自体がそれを許さないでいた。


「ほう、この者が・・・まだ若過ぎるのではないか?」


招かれた王城の謁見の間、私は魔王陛下の御前にて臣下の礼を取りながら、陛下からの私を値踏みするような視線と言葉に沈黙を守っていた。

玉座に座る陛下は、大人にしては少し小柄で、白く整った顔立ちは華奢な印象を私に抱かせた。

側頭部には捻れた大きな黒い角が2本と、額にも真っ直ぐに伸びた純白の角を生やしている。


「陛下、この者は新たな身体強化方法を独自に編み出し、私も驚くほどの早さで日々成長しております。見た目で判断されるのは、如何なものかと」


魔王陛下の言葉に、傍らに立つ叔父さんが私の実力について絶賛してくれた。

普段厳しい叔父さんからそんな評価を貰えるのは珍しいし、嬉しいことなのだが、それもこれもライデルと再会するための想いから成し得たものだ。


「ふむ、しかしその新たな身体強化は、誰にも使えぬのだろう?魔族の英雄である、お主も含め」

「はっ!確かに扱えるのは此処に居りますリーア以外におりませんが、その効果は従来の身体強化と比べ、ざっと5倍はあるのではないかという調査結果もございます。だからこそ、です」

「お主がそれほどまでに申すか・・・良かろう」


陛下と叔父さんは、事前に何らかの話し合いを済ませていたような雰囲気だった。私は自分の知らないところでどんどん話が進んでいく現状に、少しだけ胸騒ぎを感じていた。


(何?私はどうなるの?魔王陛下と叔父さんは、何故私を王城に呼んだの?)


言い知れぬ不安の中、玉座に座る魔王陛下が立ち上がると、私に向かって手を差し伸ばし、重々しく口を開いた。


「魔族の英雄、グラビスの弟子、リーアよ!そなたを次代の英雄候補へと指名する!これからも一層精進し、人族との戦争に勝利をもたらす希望となれ!!」

「っ!!?」


 この2年間、私の願いはたった一つ、ライデルともう一度会って、あの時の約束を守りたい、それだけを想い続けてきた。

でも今、運命の歯車が大きく変わろうとしていた。


「・・・わ、私が英雄?」

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