第14話 二度目の約束
グリフォンとの死闘から一夜明けた。
僕は肩の傷が、リーアは魔力欠乏気味で満身創痍になりながらも、なんとか村へと戻ってきた。
想定外の数のグリフォンとの遭遇があったものの、リーアは目的の月下草を採取することが出来ていたようで、鞄の中には根っこごと採取された、綺麗な白い花を咲かせている月下草が数本入っていた。
討伐したグリフォンについては、さすがに素材を持ち帰るだけの余力がなく、その場に残してきた。きっと今頃は他の魔物の餌になっているだろう。
辺りは既に薄っすらと陽の明かりが差し始め、1日の始まりを告げようとしている。
僕は村の手前で、いつものようにリーアにカゴに入ってもらおうとすると、彼女は何かを決意した表情で口を開いた。
「ライデル・・・私、自分の事をあなたのお母さんに伝えようと思うの」
突然の言葉に、僕は少し固まってしまった。
「・・・リーアがそうしたいなら、僕は止めないよ。でも、急にどうしたの?」
「このまま黙ってるのは、良くないと思ったの。私が原因であんなに心配していたんだもの、ちゃんと話して謝りたいの!」
そんなリーアの真剣な表情に、僕も心を決めた。
「分かった。でも、リーアの事を助けるって決めたのは僕だ!リーアが謝る事じゃないよ!」
「そんなわけ無いでしょ!ライデルは私に協力してくれただけで、そんなあなたを、私は危険な目に遭わせてしまって・・・」
申し訳なさそうな表情を向けるリーアに、僕は少し考え込んでから話し始めた。
「・・・実は僕、母さんに隠し事をしたのは初めてだったんだ。最初はリーアの事を伝えようか迷ったけど、言わない事を選択したのは僕だ。でも、ずっと罪悪感はあったし、心配も掛けちゃったから、謝る機会を探してたんだ!だから、2人で謝ろうか!」
そう言って僕はリーアに笑い掛けた。するとリーアも呆れたように笑いながら口を開いた。
「まったく、ライデルは優しすぎよ」
そんなやり取りのあと、カゴに入ったリーアを背負い、心の準備をしながらゆっくりと歩いて家に辿り着いた。
扉を開けると、いつから起きていたのだろうか、母さんがリビングで待っていた。
「お帰りなさい」
「た、ただいま、母さん。ちょっと遅くなってゴメンね?」
優しい笑みを浮かべる母さんに、僕は少しバツの悪い表情で謝った。そんな僕に母さんは、何も言わずに歩み寄ってきて、ぎゅっと抱き締めてくれた。
「大丈夫?怪我はない?」
抱き締めながら僕の体調を確認するように問い掛けてくる母さんに、僕はうっすら脂汗を流し、苦笑いしながら答えた。
「肩を怪我しちゃって、ちょっと痛いかな・・・」
「まぁ、大変!ポーションは?」
「あ、うん、大丈夫。数日ポーションを飲んで安静にしていれば治ると思うから」
「無理しちゃダメよ?あとは母さんに任せて、ゆっくり休みなさい?」
心配して優しく語り掛ける母さんに、僕は真剣な表情をしながら背負っていたカゴを下ろした。
「母さん・・・僕、ずっと母さんに黙ってた事があるんだ・・・」
「まぁ、何かしら?」
僕は意を決して話を切り出すと、母さんは落ち着いた様子で続きを待っていた。
すると、カゴからリーアが出てきて、深々とお辞儀をしながら挨拶をした。
「始めまして、ライデルのお母様。私は魔族のリーアと申します」
リーアの姿を見た母さんは、少しだけ驚いた表情をするも、すぐに穏やかな笑みを浮かべて、彼女の話の続きを見守っていた。
「半月ほど前、森で行き倒れていた私は彼に救われ、以来ずっとこの家でお世話になっていました。ずっと黙っていてごめんなさい!私が悪いんです!どうか彼のことは怒らないで下さい!」
「ごめんなさい、母さん。リーアは魔族だけど、家族思いの優しい魔族なんだ。それに、大怪我を負っていた彼女を放っておけなくて・・・」
リーアと僕が揃って頭を下げていると、母さんは視線を合わせるように床に膝を着いて、僕とリーアの上半身をそっと持ち上げた。
「言ったでしょ?母さんはライデルの選択を信じるって。あなたが自分で考えて決めた行動を、お母さんが怒ることなんて無いのよ?」
「・・・母さん・・・ありがとう」
母さんの言葉に、今まで黙っていた事に罪悪感を感じていた僕は、安心と感謝の想いで胸が一杯になってしまった。
「始めまして、リーアちゃん。ライデルの母です」
「は、はい。始めまして」
母さんの言葉に、リーアは緊張した面持ちで答えた。
「一人で魔界から人界に来なければならないくらい、あなたは大変な状況だったのね?ここにいる内は、自分の家だと思ってくつろいでね?」
「で、でも、私は魔族で・・・」
リーアは自分が魔族であることに後ろめたさを感じているようで、俯きながら呟いた。
「そんなこと気にしなくて良いのよ?ライデルの表情を見れば、あなたがどんな子なのか良く分かるわ。種族の違いなんて些細なものよ?」
「・・・ありがとう、ございます」
そうしてしばらく母さんは、涙を滲ませるリーアと僕の頭を優しく撫でてくれた。
それから僕らは母さんと少し話をした。リーアを見つけてから何があったのか、何をしてきたのかなど、簡単に今までの事を伝えたのだ。
楽しげに話す僕とリーアに、母さんも嬉しそうな表情を浮かべていた。
また、リーアの事情についても話し、今日1日は休養に充て、魔力が回復する明日早々には魔界に帰ることを伝えると、母さんは寂しそうに頷いていた。
しばらくして睡魔が襲ってきた僕たちは部屋へと戻ると、そのまま倒れ込むようにベッドに横になり、次の瞬間には意識が消えてしまっていた。
目を覚ますと、既に辺りは薄暗くなり始めているようで、どうやら半日近く眠ってしまったようだった。
体を起こすと、左肩の痛みに呻き声を上げそうになってしまったので、ポーションを飲んでおこうとベッドから出ようとしたその時、僕の目の前にそのポーションの小瓶が差し出された。
「はい、どうぞ?」
「・・・・・・」
突然の事と、寝起きのまだはっきりしていない思考で、何が起きたのか理解できなかった僕は呆然としてしまった。
「なによ?どうしたの?」
そんな僕の様子に、リーアは首を傾げながら覗き込んできた。
「・・・可愛い・・・」
「っ!!!!!?」
未だ寝ぼけている僕は、目の前のリーアの顔を見つめて、何も考えずに思ったままの事を口にしていた。
そんな僕の呟きに、リーアは跳び跳ねるように距離を取り、顔を真っ赤にして僕の事を凝視していた。
次第に意識が覚醒してくると、僕は自分が発した言葉の事で慌てふためいた。
「あっ、いや、その、何て言うか・・・ちょっと寝ぼけてて・・・」
どう説明したものか焦っていると、リーアが咳払いをしてから口を開いた。
「ま、まぁ、ライデルは怪我もして相当消耗してたから、かなり深い眠りについてたんでしょうね。じっと寝顔を見てても気付かなかったようだし」
「え?寝顔を?」
「っ!!」
「「・・・・・・」」
リーアは取り繕う言葉を探しているようだったが、結局何も言えず、何とも言えない空気が部屋に流れた。
とりあえず僕らは今のやり取りは無かったことにして、ベッドの縁に2人で腰を掛けて話をした。
「ライデルには本当にお世話になったわ。感謝してもしきれない!本当にありがとう!」
リーアは頭を下げながら、改めて僕に感謝の言葉を述べてくれた。
「僕がそうしたかっただけだから、そんなに気にしなくていいよ?摘んできた月下草で、弟さんの体調が良くなるといいね?」
僕が笑顔でそう答えると、彼女も優しげな笑顔を浮かべていた。
そして、腰のポーチから何かを取り出し、僕へと差し出してきた。
「ライデル、あなたにこれを受け取って欲しいの」
「・・・これは?」
差し出された彼女の手には、5センチ程の六角柱をした鉱石のようなものがあった。よく見るとその鉱石の内側を、緑色と黄色の光が不定形に揺らめきながら輝いている。
「これは虹鉱石と言って、魔界にしかない物よ。魔族は幼い頃からこの鉱石に自分の魔力を流すの。すると、自分の魔力の性質がこの鉱石に現れるのよ?」
「なるほど。リーアは風と土魔法が得意って言ってたから、この緑色と黄色はそれを表してるのか・・・とっても綺麗だね!」
「っ!あ、ありがとう」
僕の言葉に、彼女は照れ臭そうに俯いてしまった。
「でも、幼い頃から魔力を流してたってことは、大切なものなんじゃないの?そんなものを貰って良いの?」
「・・・あなたに受け取って欲しいのよ!いい?魔族ではこの虹鉱石を誰かに送ることは、深い意味があるのよ?」
「えっと、どんな意味なの?」
僕が彼女の言う意味について尋ねると、途端に顔を赤くして唇を尖らせた。
「つ、次に会う時に教えてあげる!それまで大事に持ってなさいよ!」
「???分かったよ。でも良かった、またリーアに会えるんだね?」
彼女が魔界に帰ってしまえば、そう簡単に会うことは出来ないだろうと思っていた僕は、彼女の言葉に心が弾むようだった。
「今してる戦争だっていつかは終わるんだから、平和になれば普通に会いに来てもおかしくないでしょ?」
「それもそうだね!僕もリーアの住む魔界に行ってみたいけど、空は飛べないからな・・・」
残念がる僕に、彼女は満面の笑みで口を開いた。
「安心なさい!今の私でも人界まで3日で来れたんだから、あなたから教わった身体強化を使えば、もっと早く来れるわよ!」
「ありがとう!僕は母さんのこともあるし、この村を離れることはないだろうから、いつか君がまた来てくれるのを待ってるよ!」
「いつかじゃなくて、戦争が終わればすぐに来るわよ!その時、私の事を忘れてたら許さないわよ?」
リーアは頬を膨らませながらそう忠告してきたので、僕は笑顔で返答した。
「絶対に忘れないよ!短い時間だったかも知れないけど、僕にとっては一番の想い出なんだから!」
「そ、そう?」
僕の言葉に、彼女は少し照れながらも嬉しそうに笑ってくれた。
それからもう少しリーアと話し、森の入り口で言っていたお互い相手に伝えたいことも、結局再開した時に伝え合うことになった。
そしてその日の夕食は、ささやかながらリーアの送別を兼ねて、少しだけ豪勢な食事会をした。
ただ、明日にはリーアが居なくなってしまうことに、僕は言いようのない寂しさを感じていた。
リーアも同じ気持ちなのか、彼女の笑顔はどこかぎこちないような気がするものだった。
それでもせっかくの食事会なので、僕は出来るだけ明日のことは考えないようにリーアとの食事を楽しんだ。
深夜、皆が寝静まった頃、僕は机に向かってある作業をしていた。
彼女に僕の事をずっと覚えていて欲しくて、あるものをプレゼントするための準備をしているのだ。
人族の風習として、これを異性に渡すのは将来を誓い合う場合だと聞いている。もちろん魔族であるリーアはそんなことは知らないはずだ。だから僕も彼女と再開した時には、このプレゼントの意味について伝えるつもりでいる。
そして翌日早朝ーーー
まだ陽も昇っていない薄暗い中、僕とリーアは既に村を出て森の入り口付近へと来ていた。
母さんとは家を出る前に別れの挨拶を済ませ、お弁当を渡されていた。その際に小声で何か話をしていたようで、リーアは頬を赤らめながら何度も母さんに頷いていた。
何を話していたのか気になったのだが、リーアは頑として教えてくれなかった。
そして、僕の予備装備の革鎧に身を包み、外套を着込んだリーアに、僕は用意していたものを手渡した。
「ライデル、これは?」
僕の手渡したそれをまじまじと見つめながら、彼女は聞いてきた。
「僕が研磨した水晶だよ。人族では幼い頃に水晶の原石を親から貰って、それを研磨して将来大切な人に渡す習わしがあるんだ」
直径にして3センチ程の完全な球体にした水晶は、僕が昔からずっと研磨し続けてきていて、かなりの透明度があった。
僕はそれをネックレスに加工してリーアに渡したのだ。
「そ、その習わしって、どんな意味があるの?」
リーアは興味深々といった様子で、僕が水晶を渡した理由を聞いてきた。
「それは・・・」
「それは?」
「僕も再会したら教えてあげるよ!だから、大切に持っててね?」
僕は昨日のリーアのような感じでそう伝えると、彼女は頬を膨らませて怒ったような顔をしてきたが、次の瞬間には笑っていた。
「ふふふ、分かったわ!次に再会したら、お互いの渡した物について話しましょう!」
「うん。約束だよ?」
「そうね。
リーアはネックレスを首に掛けると、嬉しそうに水晶を見つめていた。
そして最後に握手を交わし、僕らは笑顔のままに別れの言葉を口にした。
「じゃあね、リーア。また会おう!」
「じゃあね、ライデル。また会いましょう!」
そして彼女は翼をはためかせて、魔界へと帰っていった。
僕は彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、いつまでもその姿を見つめていたのだった。
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