第11話 約束
リーアと鍛練を始めてから10日が過ぎた。
僕の雷魔法も少しは上達してきたが、魔法の鍛練を始めて数日の僕では、それほど複雑な魔法の応用は出来ていない。
それでもファング・ボアに試したところ、ほんの少し魔力を込めただけの小さい雷魔法だったのに、一瞬で毛皮が黒焦げになり、口から煙を出しながら絶命してしまった。
僕はそのあまりの威力に、使うのを躊躇うほどだった。
リーアの剣技の方は既に高いレベルで身に付いていて、これ以上僕がどうこう指摘することはなかったのだが、身体強化の方はなかなか苦戦していて、肉体に浸透させる魔力量は約1分程が限界のようだった。
正直、実戦には不安が残るものの、彼女の弟さんのことを考えると、これ以上鍛練に時間を割くことは難しいと判断して、僕達は今夜、月下草の採取へと挑むことに決めた。
「ポーションをこんなに使って大丈夫なの?あなたのお母さんの分も残しておかないとでしょ?」
今夜の準備をしていると、リーアが心配そうに聞いてきた。
「大丈夫だよ。元々ポーションは自分で作ってるし、作り置きもちゃんとあるから気にしないで良いよ」
出来ればポーションは持てるだけ持ちたいところだが、一つ一つ小瓶に入っているとはいえ、嵩張るし、それなりに重くなってしまって、動きを阻害されては意味がない。
その為、僕らはすぐ使えるように腰のベルトポーチに3本と、鞄に予備として5本入れ、計8本をそれぞれ持つことにした。
そして、2人の持つ16本のポーションを使いきることになれば、迷わず逃げるということを予め決めておいた。
死んでしまっては元も子もないし、生きている限り何度でも挑戦することは出来るので、リーアには命を大事に行動するようにお願いしている。
「装備一式も貸してくれてありがとうね。これだけあなたが協力してくれるんだから、今夜でなんとしてでも月下草を採取して見せるわ!」
意気込むリーアに僕は一抹の不安を覚えた。彼女は弟さんの事を気負い過ぎている気がするのだ。
最近は特にその様子を顕著に感じ、鍛練中にたまに別の事を考えているようで、心ここに在らずの時もあるし、よくため息も吐いている。
リーアが魔界から人界に来て、既に17日が経っている。少なからず焦っているのだろう。
そんな彼女に僕も声を掛けて様子を窺うのだが、その度に彼女は目を泳がせながら「何でもない!」と言ってくるのだ。
「リーア、何度も言うようだけど、自分の命を優先して行動してね?今回失敗しても、また挑戦すれば良いだけなんだから」
「大丈夫よライデル、分かってるわ!」
やる気満々の笑顔で返答するリーアの表情を見て、それ以上僕は何も言わなかった。
僕達の装備は、革の胸当てに外套を羽織り、短剣を腰に差しているだけで、グリフォン相手には心許ない装備だが、僕が用意できるのはこれが限界だった。
そもそもこの村に武器屋の類いは無く、たまに来る行商人に注文を出して仕入れてもらうしかない。それに、大したお金もない僕では、新たに装備を新調するだけの余裕もなかったのだ。
リーアはこの装備に自前のワンドもあるが、心許ないという事には変わりがない。
こんな装備にも文句一つどころか、お礼まで言ってくれるので、彼女には申し訳なかった。
リーアとは短い時間だったが、とても濃い時間を一緒に過ごせたと思う。彼女と一緒に鍛練や食事をしていると、僕にとっては当たり前の事でも、彼女が喜んだり、悔しがったり、驚いたりする天真爛漫な表情を見て、とても心が温かくなった。
村の人達は、僕が幼い頃に父さんを亡くしているという境遇から、気を遣ってくれている気がして、僕は何だか申し訳ない気持ちになってしまい、自分自身少しだけ壁を作ってしまっていると感じている。
でも、リーアにはそういったものは無い。むしろ僕と同じような境遇で、色々と共感してくれる事も多く、僕はいつしか彼女に心を許して、本音で接することが出来るようになっていた。
(何だろうな、リーアを思うこの温かな気持ちは・・・)
彼女が僕に笑顔を向けてくれるだけで嬉しくなり、心が温かくなる。それがどうしてなのかは僕には分からないが、それがとても心地の良いものだという事は分かった。
そんなリーアの事をここで危険に晒すわけにはいかないし、彼女の弟さんの為にも万が一なんてあってはいけない。だからこそ僕は、自分の出来る最善を彼女のために尽くそうと思っていた。
陽が暮れてきた頃には準備も整い、いつものカゴを背負って家を出ようとしたところで、母さんが呼び止めてきた。
「ライデル?今から出掛けるの?」
「あっ、うん、ちょっとそこまで・・・すぐ帰ってくるから心配要らないよ?」
突然声を掛けられたことで、僕は少ししどろもどろになりながら返答してしまった。その様子に母さんは何事か考え込んでいるようだった。
「・・・ライデル、あなたには昔から苦労ばかり掛けてきたわ。でもあなたは真っ直ぐに育ってくれた。村の人達からも可愛がられる、私の自慢の息子よ?」
「う、うん。ありがとう」
唐突な母さんの言葉に、何を伝えようとしているのか不安を感じてしまう。
「そんなあなたの決めたことなら、母さんは何も言わないわ。自分の信じる道を歩みなさい。私はあなたの帰りをこの家で待っているわ。だけど、無茶だけはしないでね?」
母さんは優しい表情を浮かべていて、リーアの事も全て分かっているという口調だった。
ただ、最後の一言には父さんの事も関係しているのだろう、寂しげな笑みを浮かべながらそう言ってきた。
「母さん・・・ありがとう。大丈夫!すぐに帰ってくるから、ちょっと待っててね!」
「えぇ、行ってらっしゃい!」
「行ってきます!!」
僕は後ろ髪を引かれながらも、母さんに笑顔を向けた後、家を出て森へと向かった。
森の入り口付近でカゴを降ろすと、リーアが背伸びしながらカゴから出てきた。
「良かったの?ライデル?」
彼女は心配した表情で僕に聞いてきた。
「母さんの事なら大丈夫だよ。君の事を村のみんなに言うようなこともしないよ」
「そうじゃないわよ!」
僕の返答に、彼女は頬を膨らませながら声を荒げた。
「あなたのお母さん、物凄く心配してたじゃない!ライデルは私には命を大事にするように言ってたけど、自分はどうなの?」
「・・・僕?」
「そうよ!私は嫌よ!自分のせいであなたが怪我したり、ましてや死ぬような事になれば、あなたを頼った自分が許せなくなるわ!!」
「リーア・・・」
「ライデル、約束して!あなたも自分の命を優先すること!そして、私が危険になろうとも、絶対に無茶はしないこと!!いいわね!?」
「それは・・・」
彼女の切実な申し出に、僕は言葉を詰まらせてしまった。それは、いざとなれば自分が彼女のために頑張ろうという思いがあったので、彼女のお願いに同意することを躊躇ってしまったからだ。
「ばかっ!そこは分かったって頷いておきなさいよ!あなたの想いは嬉しいけど、私はあなたを失いたくないの!!」
「でもそれは、僕だって一緒だよ・・・」
今の僕達は、お互いを想うあまり、お互いに無茶をしようとする状態だった。
でもそれはお互いに望んでいることでは無く、きっとリーアも僕同様に、もしもの事があっても相手には生きていて欲しいと考えてるようだった。
しばらく沈黙が続き、リーアが意を決したように口を開いた。
「いい?ライデル?私はあなたに伝えたい事があるの!」
「え?それって?」
「でもそれは、月下草を採取して、無事に戻ってきたら言うわ!だから、私の事を死ぬ気で守って!私もあなたの事を死ぬ気で守るわ!」
彼女の言葉に、僕は目を見開いて驚く。そして、僕も彼女の想いに笑顔で応えた。
「分かった!僕も君に伝えたいことがあるんだ!だから僕は君の事を死ぬ気で守る!君も僕の事を死ぬ気で守ってね!」
僕達はお互いの背中を預け合い、無事一緒に戻ってくる事を誓い合った。
「「約束だよ!!」」
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