第12話 グリフォン

 お互いの命を全力で守る約束を交わした僕たちは、いよいよこの森の深層、月下草が自生する場所に向けて出発した。


深層までは普通に歩くと大体半日ほどの時間を要してしまうが、そんなに時間を掛けていては朝になってしまうので、移動には基本的に身体強化を施して走って向かう。

リーアはまだ身体強化に不安が残るため、彼女は自分の翼と風魔法を併用し、低空飛行で僕のすぐ後を付いてくるようにした。


道中、余計な力を使わないようにするため、極力魔物との遭遇は避けるように努力する。

彼女の風魔法の索敵もあって、ほとんど遭遇することはなかったが、それでも進路上どうしても避けられない魔物に対しては、僕が手のひらで押し出すように遠くへと吹き飛ばしていた。


リーアは倒していけば良いのにと言っていたが、一々止めまで刺せば時間を取られるし、周囲に血の匂いを漂わせたり、返り血を浴びては余計魔物を引き寄せてしまうので、この方法が最善なんだよと説明すると、彼女は納得したような表情で僕の考えに賛同してくれた。


 そうして、森を疾走すること約3時間。僕たちはようやく目的地である深層の湖に到着した。


「・・・ここなのね?」


既に時刻は深夜。辺りは静まり返り、周囲を確認できるような光源は、頭上に昇る月明かりだけだ。

この深層は表層や中層までと違って、強力な魔物も多く、その異様な気配もあって、リーアは小さな声で確認するように僕に聞いてきた。


「うん。ここで間違いないはずだよ。この湖の真ん中付近にあるあの島に、月下草があるはずだ」


僕は湖のある方角を指差しながら、彼女の質問に答えた。ここからでもぼんやりと確認できるその島を見て、彼女は安堵したようなため息を漏らした。


「良かった。今なら周囲に魔物も居ないようね・・・ライデル、私はあの島まで飛んですぐに月下草を摘んでくるから、ここで待っていて?」


そう提案するリーアに、僕は反論する。


「待ってリーア、落ち着いて?先ずは君の風魔法で周囲を索敵してからにしよう。グリフォンはここら辺を住み処にしているらしいけど、こんなに静か過ぎるのは変な気がする」


強力な魔物が闊歩しているはずの深層なのに、これだけ静まっていることに僕は違和感があった。

そもそも魔物の中には夜行性のものも多い。にも拘わらず、これほど静かなのは逆に不気味だ。


「分かってるわよ、心配性ねぇ。これだけ静かで気配も感じないから、大丈夫だと思うけど・・・探風さくふう


そう軽口を言いながら、彼女は索敵を始めた。ここにくるまで既に3時間を要しているので、当初の緊張感や集中力と言ったものがどこか抜け落ちてしまっている気がする。

ただ、本当にたまたまグリフォンがいないだけだったとしたら、これはチャンスだ。


そう思っていたーーー。


『『『Guryuuuuuu!!!』』』

「「っ!!」」


リーアが索敵の風魔法を放った直後、まるで彼女の魔法に反応するかのように、突如周囲に獣の雄叫びが響き渡った。

その叫び声に反応するように、僕は咄嗟に身体強化を施し、腰の短剣を抜き放って警戒体勢をとった。


「・・・嘘っ!すぐ近く・・・これって、あの島!?」


リーアは索敵で敵の気配を感知したのだろう、青い顔をして叫んだ。


「リーア!落ち着いて、状況を教えて!」

「あ・・・ああ・・・」


僕の問い掛けに彼女は恐怖に駆られたように、掠れた声を漏らすだけだった。

その様子に余程の事態なのだろうと思った直後、何故彼女がそのような精神状態に陥ってしまったのかが分かった。


「グ、グリフォン・・・」


湖の中央にある島から、大きな影が次々飛び立ったかと思うと、それは段々とこちらに近づいてきた。

月明かりに照らされたその姿は、紛れもないグリフォンだった。


グリフォンは4メートル程の体長で、鳥のような頭に、胴体は四足獣に翼が生えたような魔物で、鋭い鉤爪を持ち、風魔法さえ操ると言われている難度七の強力な存在だ。


しかも、僕の予想よりもずっと多い、20体はいるのではないかという数が、僕たちの頭上を旋回して、こちらを見下ろしてきていた。


「駄目・・・こんな数・・・に、逃げないと・・・」


その光景に完全に萎縮してしまったリーアは、身体を震わせながら自分を抱き締めるようにしていた。

しかし、既にグリフォン達は完全にこちらを標的にするように上空から取り囲んでいるので、逃げることすら難しい状況だ。


それに、問題はそれだけではないだろう。これほどまでにグリフォンがここで繁殖しているということは、この状況で逃げられたとしても、もう月下草を採取に来ることは出来ないということだ。

これほど強力な魔物が、これほどの数居座っているのだ。僕たちの実力では断念するしかないだろう。

本来なら・・・


「リーア、僕の声は聞こえてる?」

「・・・あ、ああ・・・どうすれば・・・」


リーアは未だ錯乱状態にあるのか、僕の問いかけに反応を示さなかった。


「リーア!!」

「っ!!」


僕は正面から彼女の肩を掴み、大きな声を出して彼女を正気に戻した。

僕と目が合った彼女は、ハッとしたように気がつくと、うっすら涙を浮かべていた。


それは諦めの感情からか、単に恐怖心からだったのかは分からないが、とにかく今は必要なことを彼女に伝える。


「落ち着いて、リーア。時間がないから、よく聞いてね?」

「ライデル?あなたこの状況で何を?」


僕の言葉に呆然と呟く彼女に、端的にこれからの行動方針を告げる。


「僕はこれから上空に雷魔法を放つ。その効果で閃光も放たれるから、仮に魔法が当たらなかったとしても、たぶん数秒は他のグリフォン達は目が眩んで行動できなくなるはずだ。その隙に、リーアはあの島まで移動して月下草を採ってきて」

「え・・・あ、あなたはどうするのよ?」


リーアは僕の提案に、心配した表情で問いかけてくる。


「僕なら大丈夫。グリフォンの目が眩んでいる内にここから逃げるから、リーアも採取が終わったら全速力で飛んで、森の入り口まで逃げてきて?そこで合流しよう」

「・・・上手くいくかしら?」

「心配しないで?きっと上手くいくよ。僕を信じて?」


僕はリーアの翡翠色の瞳をじっと見つめ、不安を払拭するように笑顔でそう伝えた。


「・・・分かったわ、ライデル。あなたを信じるわ」


彼女の返答を確認し、僕たちは行動を始める。

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