第2話 出逢い
この大陸には四季があり、春夏秋冬には様々な景色が見られる。今は秋も終わりに差し掛かり、村全体が冬の準備で忙しくなってきた。
僕も村の大人達に混じって魔物を討伐し、その肉で干し肉を作ったり、牙や毛皮、魔石などを行商人に売って、塩や砂糖などの調味料や、生活必需品等を準備していった。
ここ最近では、僕が村の中で一番の狩猟成果を挙げているので、大人達は僕の事を認めてくれているし、友達からも尊敬の眼差しで見られることが多くなった。だからだろうか、僕は同年代の友人達と比べると、歳の割にかなり大人びているらしい。そのためもあってか、時間があるときは友達から剣技を教えて欲しいと頼まれるほどで、若干我流ではあるのだが、僕は快くみんなに剣の扱い方や鍛練方法などを教えていた。
そんな忙しい秋の終わり、今日は村のみんなとは別行動をすることになった。というのも、季節の変わり目のせいか、母さんの体調が少し思わしくないので、ポーションを作るための薬草採取をすることにしたのだ。
「ごめんねライデル、私の為に色々としてもらって・・・」
「母さんが謝る必要なんてないよ!僕が帰ってくるまで、ちゃんと安静にしててよね!」
申し訳なさそうにする母さんに、僕はそういったことを気にして欲しくなかったので、満開の笑顔でそう伝えた。それはいつものやり取りで、僕も母さんの気持ちは嫌というほど分かっているつもりだ。
「大丈夫よ。私のことは心配しなくて良いからね?気を付けていってらっしゃい!」
「うん。行ってきます、母さん!」
大きなカゴを背負い、革の胸当てを装備して、短剣を腰に差したいつもの格好で家を出て森に向かった。目的地は森の中層にある泉に群生する良質な薬草だ。そこまでは少し離れているので、僕は魔力を身体中に浸透させて身体強化を行い、思いっきり走り出した。ぶつからないように注意しながら、自分が地面を蹴る音を置き去りにするような勢いで村を出て森を進んでいくと、1時間ほどで目的の泉へと到着した。
その泉は、直径100メートル程の綺麗な円形の泉で、透き通った水色の水面に光が反射し、とても幻想的な光景を醸し出している。
「周囲に魔物は・・・いないようだね。よし、さっそく始めよう」
僕は泉周辺を注意深く索敵してから動き出した。目的の薬草は、泉から少し離れた日当たりの良い場所に生えていることが多い。その為、僕は陽が当たっている場所を重点的に回って、薬草が生えていないかを確認していった。
1時間ほど掛けて、所々群生している薬草の中から質の良い物を選んで採取し、背負っているカゴの中身が半分位になった。僕は少し休憩するために、泉で顔を洗おうと思って水辺に近寄ると、そこに誰かが倒れているのに気づいた。
「っ!?こんな森の中で・・・いったい誰が?」
その人物は、泉から岸に這い上がろうとしたところで気を失ってしまったようで、着ている外套がずぶ濡れの状態でうつ伏せに倒れ込んでいた。僕と同じ位の身体の大きさから察するに、子供なのだろう。頭まですっぽりとフードを被った状態だったので顔が見えず、男の子か女の子かも分からない。
「さすがにこんな森の中で子供が一人なはずはないし、近くに親は・・・」
可能性としては親と一緒に森に入り、何らかの理由で別行動となって、泉で遊んでいたら何かのはずみで溺れてしまったとかだろうか。ただ、それだと外套を着込んでいる理由が分からない。
僕はゆっくりとその子に近づきながら、一旦疑問は全て棚上げして、安否を確認すべく、首筋から脈を確認しようとフードをそっと外した。
「っ!!ま、魔族・・・」
フードを外すと、肩に掛かるくらいの長さをした、赤みを帯びた黒髪をしていた。しかし一番の驚きは、この子の耳の近くから生えている2本の小さな角だ。それは幼い頃から母さんや村の人達から教えられてきた、野蛮で乱暴と言われる魔族の特徴だった。
咄嗟に僕はこの子から飛び退き、腰に差していた短剣を抜き放って警戒体勢をとる。
本来、海を隔てた魔界に居るはずの魔族が、人界へ単独で来るとは思えない。しかも相手はまだ子供なので、確実に親か他の魔族が居るだろうと周囲を警戒するのだが・・・。
「・・・やっぱり誰も居ない?それとも、あの子を囮に隠れてる?」
どんな気配も見逃すまいと、短剣を水平に構えながら慎重に周辺を探るのだが、僕の技量が低いのか、相手が上手なのか、周辺からは他に誰の気配も感じなかった。
「・・・まさか、本当にあの子一人なのか?」
母さんからは、魔族を見たら逃げなさいと教わった。村の人達は殺せるのなら殺した方が良いとも教わった。それはきっと村の人達の大半が、魔族との戦争によって大切な人を失っているからだろう。そして、僕の父さんも魔族との戦いで死んだらしい。正直それは3歳の頃の事で、父さんの記憶もなければその実感も無い。だから魔族の恐怖や残忍性は、話で伝え聞くだけだった。
「魔族は命ある限り人族を殺そうとする・・・ここで僕がやらなきゃ、村の人達が襲われるかもしれない・・・」
僕は構える短剣の柄を握り直し、未だ気を失っている魔族の子への覚悟を決める。
「ゴメンね。もしかしたら君は何もしないかもしれないけど、僕が放置したことで村を襲わせる訳にもいかないんだ・・・」
僕は自分への言い訳のようにそう呟き、女神様へ祈りを捧げる。
「慈悲深き、我らが女神アバンダンティア様。命を刈り取る行いを許したまえ。願わくば、この者の魂に安らぎの救済を」
祈りを終え、この子が苦しまないよう、一瞬で絶命させるために魔力による身体強化を施す。そしてゆっくりと歩みより、傍らに膝を着くと、逆手に持った短剣でこの子の心臓を貫くために構える。幸いなことに、この子はうつ伏せになっていて、どんな顔をしているのかはよく見えない。僕が罪悪感と共に背中側から心臓に向けて短剣を振り下ろそうとしたその瞬間、この子が急に寝返りをうって仰向けになった。
「っ!!お、女の子・・・」
初めてこの子の顔を直視し、僕は手が止まってしまった。彼女はぷっくらとした頬に、あどけない顔をしているようで、どう見ても僕とそれほど歳の変わらない女の子だった。
「ダ、ダメだ!女の子でも魔族は魔族。村を襲うかもしれないし、拘束しても魔族は魔法が得意だから、僕の考えも及ばないような魔法で抜け出して村を焼き払うかもしれない・・・」
彼女の顔を見て、一瞬殺さずに何とか出来ないかという事を考えたが、僕の勝手な判断で村を危険に晒すことは躊躇われた。ただ、そんな僕の考えに追い討ちをかけるように、女の子は気を失いながら呟いた。
「・・・ゴメン、カーク・・・お姉ちゃん・・・待ってて・・・」
「っ!!」
女の子は一筋の涙を流しながら、苦しげに誰かの名前を呟いた。その様子を見た瞬間、僕は短剣を鞘に収めた。
「・・・そうだよね。魔族にだって、自分の帰りを待つ家族が居るんだよね・・・」
女の子の言葉に、僕は家で待っている母さんの姿を思い浮かべた。もし僕が戻らなければ、母さんがとても悲しんでしまうだろう。この女の子も家に戻らなければ、きっと家族がとても悲しんでしまうだろう。そう思い至ったとき、僕はこの女の子の事を助けてあげたいと決意していた。
「・・・よく見ればこの女の子、怪我をしてる」
落ち着いて彼女の事をよく見ると、顔には鋭い爪で引っ掛かれたような傷が付いていた。おそらくは魔物にやられたのだろう。更に女の子の状態を確認するため外套を脱がすと、麻でできた長袖と短パンに、革鎧を装備しているだけだった。魔界から人界に来たにしては随分と軽装だ。荷物は斜め掛けの鞄を肩に掛け、腰のベルトには小さめのポーチが付いている。
そして、ぱっと見ただけで分かるくらいに服や装備は所々切り裂かれ、血が滲んでいて、かなりの重傷であることが分かった。呼吸も荒く、濡れた服の影響で体温が奪われていたので、このまま放置してしまえば確実に死んでしまうだろう。
「僕が助けるって決めたんだ。絶対に死なせない」
僕は彼女を横向きに抱えて立ち上がると、負担を掛けないように気を付けながら、最大限出せる早さで帰路についた。
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