第3話 魔族と人族

 森の泉で負傷して気を失っていた魔族の少女を自分の家に連れて帰り、傷の手当てを施してから2日が経った。

相当衰弱が酷かったのか、彼女は依然として目を覚まさずにベッドで横になっている。

意識がない状態でポーションを飲ますのは、気管に入り込んだりして危険なので、傷の手当ては包帯にポーションを染み込ませることで行っていた。そのせいで少し時間は掛かったが、傷口はほとんど塞がり、目立った外傷は見られなくなった。

ただ、体力の回復と言う面では、直接飲まなければ効果がほとんど無いので、彼女が未だに目を覚まさないのはそのせいかもしれない。


僕は森から戻って村に入る際に、怪我をした子供とは言え、魔族の少女を村に招くのはまずいだろうと考えた。その為、村に入る直前に横抱きにしていた彼女を背負っていたカゴに入れ、彼女の外套で覆い隠し、更にその上から薬草を置いてカモフラージュした。

実は村にある聖石碑は、魔物を寄せ付けない結界であると同時に、村人以外の侵入を感知する為のものでもある。その為、村人以外が入村するためには所定の手続きを踏まないといけないのだが、これには裏技がある。登録されている村の人の魔力で他人を完全に覆ってしまえばいいのだ。

とはいえ、この方法はかなり魔力の扱いに習熟していなければ出来ないことらしく、村のおじさんから聖石碑について教えられた際に、「この村にそんなことが出来る奴なんて居ないけどな」と冗談話のように笑いながら言っていたのを覚えていたのだ。

そんなこと試した事もなかったが、何となく出来るような気がした僕は、実際祈るような思いでカゴを包み込むように魔力を操ると、意外と簡単に出来てしまった。少し拍子抜けだったが、お陰で誰にも気付かれずに少女を連れて家に戻ることが出来た。


母さんには魔族の少女のことを話そうか迷ったが、あまり心労を掛けたくなかったので、結局何も言えなかった。そうして、少しドキドキしながら自分の部屋へ少女を運んだ。

体調を崩していた母さんは、僕の摘んできた薬草で作ったポーションが効いたようで、ある程度回復したが、元々病弱で体力があまり無かったために、中々ベッドから起き上がれずにいた。

よくあることではあるが、それでも心配なので、僕は母さんの部屋へ行ったり、少女が目を覚ましていないか自分の部屋へ戻ったりと、この2日間、忙しなく家の中を動き回っていた。

母さんはどことなく僕がいつもの様子とは違うことに気づいていたかもしれないが、結局何も言われることはなかった。


ただ、長時間少女の側を離れるわけにはいかなかったので、秋の終わりの忙しい時期だというのに、僕は母さんの体調を理由にして、冬の準備を断っていた。

そんな僕を村の人達は笑顔を浮かべて、「いいよいいよ、気にするな!」と言ってくれたので、その言葉に罪悪感でいっぱいだった。

それでも、自分が少女を助けると決めたからには最後までやり通したかった。僕は罪悪感から意識を逸らして、少女の看病に努めた。



 そうして、看病して2日目が終わろうとしていた夜中、少女はようやく目を覚ました。


「・・・う、うぅぅ・・・」

「っ!!?」


少女を寝かせている自分のベッドの隣に椅子を持ってきて、いつ彼女が起きても対応できるようにしていると、彼女が苦しげな呻き声をあげた。目を覚ますかもしれないと思った僕は、椅子から立ち上がって彼女の顔を覗き込むようにして様子を見守った。

そしてーーー


「・・・こ、ここは・・・?」


ゆっくりと目を開いた彼女は、吸い込まれそうな程綺麗な翡翠色の瞳をしていた。そして、焦点の定まっていないぼんやりとした様子で、弱々しい声をあげた。

正直、魔族は野蛮な生物という事を教えられてきたので、意思の疎通が出来るのかという不安もあったが、言葉が交わせるのなら大丈夫だろうと楽観的に思っていた。


「ここはダルム王国のフーリュ村だよ?」


彼女の質問に、僕はゆっくりとした口調でここの場所の事を教えた。


「・・・フーリュ、村?ど、こ?私は・・弟に、薬草・・・」


彼女は自分の状況を思い出すように何かを呟いていると、やがて目の焦点がハッキリとしてきたようで、僕と目が合った。


「・・・っ!!ひ、人族っ!!!」


彼女は僕の事を認識すると、目を見開いて驚き、憎しみと恐怖が混じったような表情で、大声を上げて身体を起こそうとした。

しかしーーー


「っ!危ない!!」


衰弱していたためか、彼女は身体を起こそうとした手に力が入らなかったようで、バランスを崩してベッドから落ちそうになってしまった。咄嗟に僕は彼女の身体を支えようと手を伸ばし、ベッドから落ちる寸前のところで抱き止めた。


「くっ!人族が!離せ!」


僕の腕の中で暴れる彼女は、無茶苦茶に腕を振り回してくるが、力が入らないのか、ペチペチと僕の背中を軽く叩くことしか出来なかった。


「暴れないで。君に危害を加える気は無いから落ち着いて」


僕は取り乱すように暴れる彼女に優しく語り掛けるが、中々聞き入れてもらえなかった。


「人族が!私に何をするつもりだ!子供でも油断するものか!」


すると彼女は腕に力が入らない事が分かったのか、今度は僕の背中に爪を立てて引っ掻いてきた。


「っ!う、ぐぅぅぅ・・・」


彼女の爪が鋭いためか、背中を鈍い痛みが走ったが、歯を食いしばってその痛みに耐える。


「私を人族の奴隷商にでも売るつもりか!?そうはさせるか!絶対に逃げのびてやる!!」


彼女は叫びつつ、遠慮なしに両手で僕の背中を引っ掻き続けるが、僕も痛みに耐えながら話し掛けた。


「だ、大丈夫だから。僕は君に何もするつもりはない。ただ、助けたかっただけなんだ」

「白々しい嘘を!!」

「落ち着いて、君が魔界からこの人界へ来てから何があったかは知らないけど、君は森で倒れてたんだ。身体中に魔物から受けたような傷で血だらけになって」

「魔物から受けた傷だと!そんな事、なんて・・・」


僕が彼女を見つけた状況を説明すると、何かを思い出したのか、彼女の動きが止まった。


「・・・そうだ、私は人界にしかない薬草を求めて・・・それに、あの時私はグリフォンに襲われて泉に落ちて・・・それから・・・」


自分の身に起こったことなのだろう、記憶の糸を手繰り寄せるように呟き、次第に彼女は落ち着きを取り戻していった。


「大丈夫。もう心配いはいらないから」


静かになった彼女に言い聞かせるようにそう伝え、僕に襲い掛かってきていた彼女の身体をベッドに戻した。僕がゆっくりと抱き止めていた身体を解放すると、彼女は包帯が巻かれた自分の身体を見つめ、怪我の状態を確かめるように身体中を擦っていた。


「・・・なんで?グリフォンから受けた傷が、無い!?」


驚く彼女に、僕は視線を合わせるよう椅子に座り直すと、状況を説明した。


「包帯にポーションを染み込ませてあるんだ。少し時間は掛かったけど、怪我はもう大丈夫なはずだよ?ただ、僕が君を見つけた時にはかなり衰弱してたから、ポーションを直接飲んだ方が良い。飲める?」


僕は彼女の感情を窺うように表情に注意して語り掛けると、彼女は困惑した顔で固まってしまった。


「・・・何で人族が私にそこまで・・・ポーションはそれなりに貴重な品だぞ?お前になんの利点があって・・・」


疑うような彼女の眼差しに、僕は笑顔で答えた。


「別に何も。僕がそうしたいと思ったから、そうしてるだけだよ。迷惑だったかな?」

「・・・私は魔族だぞ?」


僕の言葉に、彼女は怪訝な表情で疑問の声を重ねてきた。


「分かってるよ。それでも、僕には君の事が魔族である前に、一人の女の子だと思ったから」

「・・・変な人族の子供だ」

「君だって子供じゃないか」

「ふん!私は弟がいて、お姉さんだからな!もう子供じゃない!」

「いや、下に弟が居るから子供じゃないなんてことないでしょ?それとも、魔族だとそういう考え方なのかな?」


自慢げに自分は子供ではないという彼女に、魔族の文化を知らない僕は頭を傾げた。

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