約束が繋ぐキミとボク
黒蓮
第一章 運命
第1話 プロローグ
「いたっ!今日の夕飯だ!」
村から程近い森の中、僕は夕飯の食材探しで探索している。背負っているカゴの中には、季節の山菜やキノコ等が既にそれなりの量入っているが、更に食卓を豪華にすべく、森の少し深いところまで足を踏み入れ、ようやく念願のお肉を見つけた。
「ファング・ボアか・・・さすがにあの大きさだと、僕と母さんの2人じゃ食べきれないな」
約20メートル前方にいるファング・ボアは、猪のような魔物だ。体長は2メートル程で、食べ応え十分な大きさをしている。それに、冬に向けてしっかり食べているようで、まるまる太っている容貌は、十分に脂が乗っていて美味しそうだった。また、剥ぎ取れる牙や毛皮等を売れば、それなりのお金にもなる貴重な食料兼収入源だ。
「もうすぐ冬が来るし、母さんに暖かい毛布を買ってあげたいから、悪いけど僕らの糧になってね」
こちらの都合など魔物には全く関係ないだろうが、命を刈り取る際には感謝するようにしている。これは豊穣の女神アバンダンティアを崇める者として、ごく普通の行いだ。僕は物心ついた頃からその教えを、村にある小さな教会や母さんから学んでいて、心の中で祈りを捧げることで精神を落ち着ける事が出来るようになっていた。
「・・・よしっ!」
ファング・ボアに気取られる前に、僕は左腰に
「シッ!!」
瞬間、僕は地面を猛烈な勢いで蹴り出し、刹那の内に間合いに入ると同時、逆袈裟斬りで魔物の首を斬り飛ばす。
『ブモッ?』
首だけになって宙を飛ぶファング・ボアと目が合い、何が起こったのか分からないような呻き声をあげていた。
「ゴメンね。君の事は残さず活用するからね」
倒れ込むファング・ボアの巨体を見ながらそう呟くと、素早くロープで足を縛り、そのまま手近な木の枝に吊し上げて血抜きを行う。その間に頭部を解体して牙を剥ぎ取ると、不要な部分は纏めて土に埋めた。そうして、血抜きして少し軽くなったファング・ボアを、頭上に掲げるようにして持ち上げながら家へと戻った。
この世界には3つの大陸があり、その内の2つの大陸に僕達のような人族と呼ばれる種族と、角や翼を持つ魔族と呼ばれる種族が住んでいる。2つの種族が住む場所はそれぞれ海を隔てて別れており、人族が暮らす大陸を『人界』、魔族が暮らす大陸を『魔界』と呼んでいる。
ちなみにもう一つの大陸は2つの大陸の間にあり、大きさは他2つの半分程で、人族と魔族が互いに領有権を主張しており、住民が誰も居ない争いの中心地となっている。
僕が住んでいる場所は辺境の村で、人界の大陸の端の方にある。顔も覚えていないが、父さんは僕が3歳の頃に魔族との戦争に参加して戦死してしまっている。以来10年間、母さんと2人で生活をしてきた。
母さんは昔から身体が弱く、あまり外を出歩けないので、自然と僕が様々なことをやるようになった。村の人達も僕が幼い頃に父さんが死んでしまった事を心配してか、色々な面で協力してくれていた。
村の皆の手助けに感謝しながらいろんな事を教わり、家事や農作業はもちろんのこと、食費の節約のために森で狩りも出来るようになっていった。
幸いにして、僕には魔力操作の才能があったようで、魔力で身体強化を行い、幼い頃から苦もなく狩りをすることが出来ていた。それらの基本については村の狩人に教えてもらったのだが、そこから自分なりに工夫して鍛練を行い、独自の魔力運用法を身に付けることが出来た。
その結果なのか、僕は身体強化をしての剣技による物理攻撃が得意となっていた。
そんな僕の事を母さんはいつも心配していて、身体が弱いことを申し訳なさそうにしているが、自分が育てた野菜や、狩りで獲ってきた食材を料理して、「美味しい」と言ってもらえることがとても楽しいので、全然苦ではなかった。
「よう!ライデル!今日は大物じゃないか!」
森から家へと戻る帰り道、この村で養鶏を営んでいるおじさんと顔を合わせた。おじさんは僕が持ち上げているファング・ボアを見て少し驚いた顔をしていたが、すぐに笑顔で声を掛けてくれた。僕が初めて魔物を狩った時はまだ8歳だったので、村中が驚いたものだったが、今では僕が自分の3倍はある魔物を担いできても、それほど驚かなくなっていた。
「こんにちは、おじさん!今日は運が良かったよ!お肉が余ったら、後でみんなにも持っていくからね!」
「そりゃ楽しみだ!じゃあ、卵を用意しておくから持っていくと良い!精がつくから、ルディさんに食べさせてやれよ!」
「分かった!いつもありがと!」
「なに、良いってことよ!」
そう言っておじさんは豪快に笑って、手を振りながら去っていった。
この村の人口は約300人の小さな村だ。魔物が生息している森と隣接しているが、教会が設置してくれている
魔物にはその危険度に応じて難度が設定されていて、難度一から難度十までの十段階となっている。
大した訓練もしていない一般人では、難度三までの魔物を複数人で倒すのが精一杯で、それ以上になると、適正な訓練を受けた軍人や衛兵、冒険者でなければ命が危ない。
ちなみに、僕が討伐したファング・ボアは難度三で、本来は大人数人でなければ倒せないような魔物だ。
そうして、自宅へ帰る数百メートルの間に顔見知りの人達から次々に声を掛けられ、みんな一様に僕の成果を褒めてくれた。それは、自分が周りから子供ではなく、一人の大人として認められているような気がして、とても嬉しかった。
「ただいま、母さん!」
庭にファング・ボアや山菜などの今日の獲物を置き、僕が帰ってきたことを早く母さんに知らせるために家に駆け込んだ。
「お帰りなさいライデル。無事で良かったわ」
母さんはリビングのソファーに座っていて、僕の声に振り返ると、安心した表情でいつものように出迎えてくれた。
「母さんは心配し過ぎだよ。今まで怪我らしい怪我もしたこと無いんだし、僕は全然大丈夫だから!」
「だからって、あなたはまだ13歳の子供なのよ?子供の事を心配しない親なんていないわよ」
母さんの言葉に僕は心配されていて嬉しいような、認められていないようで寂しいような、そんな複雑な気分だった。
「僕はもうあの森の表層の魔物くらい苦もなく倒せるんだから、安心しててよ!」
「・・・ごめんなさいね。本当はお友達と遊びたいでしょうに、私の身体が弱いばかりに、あなたには苦労ばかりを掛けて・・・」
俯きながらか細い声でそう呟く母さんに、僕は笑顔で反論した。
「僕だって時間が空いた時には皆と遊んでるよ!それに、僕は自分で家の中を綺麗にしたり、料理を作ったり、獲物を獲ってくるのも楽しんでやっているんだ!母さんが気に病むことなんて一つもないよ!!」
胸を反らして主張する僕に、母さんは優しい笑顔を浮かべながら口を開いた。
「・・・ありがとう。本当にライデルは、私の自慢の息子に育ったわ」
僕はこんな日常が、いつまでも続いていくと信じて疑わなかった。この辺境の村で母さんと共に過ごし、いつか自分も誰かと結婚して、子供をここで育てていくんだと何となく想像していた。
僕たちの事を気に掛けてくれる気の良い村の人達に囲まれながら、一生をここで穏やかに過ごしていくものだと思っていた。
あの少女と出逢うまではーーー
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