第3話 奴隷無双


 「そこまでだ」


 そう言って強姦3人衆に対し颯爽と登場するのは小汚い小太りのおじさん。酔いは俺の能力で覚ますことができたものの、一見しただけでは小太りの小汚いおじさんでは役者不足も甚だしい。


 「あァ〜?、なんだオッサン。混ざりテェのかァ?」

 「アニキ、コイツ死にたいらしいですゼェ!」

 「ギヒャヒャヒャッ!お前に何が出来るんだよオッサン!!」


 不快な声だ。耳がキンキンする。因みに俺はというと少し離れた位置から隠れて動画を撮っている。俺がおじさんに与えた命令は一つ。


 『殺さない限り何をしても良いからこの先で襲われている女の子を助けろ』


 暴力で解決するには正当性が必要。俺はそれをつくる。正当性があるとはいえ関係の無いおじさんが暴行罪で捕まるのは可哀想だ。そして何よりも、無事...と言っていいのか分からないが女子高生を助けなければ。そしてこの不届き者共に地獄のような天罰を与える。今日の俺は主に期末テストの性で機嫌が悪いんだ。


 「こねぇならこっちから行くぞ、オラァ!」


 女子高生を押さえていた男が1人離れ助走をつけおじさんへと殴りかかる。それをおじさんは上半身を逸らすだけでかわして空いた胴に一発。


 「クソガッァァァ!!」


 まだ吠える相手に対し、流れるように相手の首根っこを掴み顔面を二度,三度と殴り相手の意識を飛ばした。


 「ガッッ」


 おじさんは一瞬にして1人を戦闘不能にしてしまった。


 「こんのヤロウがァぁぁぁぁ!!」


 女子高生を押さえていたもう1人の男が仲間をやられたことにより、怒り狂い女子高生をその場に突き飛ばしおじさんへと飛び掛かる。


 「それはもう見飽きたよ」


 小汚い小太りのおじさんとは思えないイケボと跳躍力で後ろに飛んで回避し、またもや無鉄砲に突っ込んで来た敵の腕を掴み背中から地面に叩きつける。


 「グァッ!!」


 有利を取ったおじさんはそのままへたり込む相手をサッカーボールのように蹴り飛ばして壁に打ち付けた。ピクピクと痙攣していて戦うことは不可能だろう。残るはアニキとか呼ばれてたやつ1人。


 「やってくれんじゃねぇかオッサン。オレの仲間を傷つけて......どうオトシマエつけようってんダ、なァ!?」


 頭を掻きながらポケットからその男は鞘付きのナイフを取り出し、恐怖から動けずにいた女子高生の背後に周り首元にナイフを当て、おじさんに見せつける。


 「それ以上前に来てみろ。この女がタダで済まないゼ?さァ!どうする!?オッサン!!」


 今まで無双していたおじさんが硬直してしまう。

 

 『ご主人様!マズイです!どうすればよろしいでしょうか!!』

 

 さっきまでのイケボと行動が嘘みたいな声でおじさんが俺の脳に直接語りかけてくる。


 『ちょっと待ってろ....』


 頭をフル回転してなんとかこの場でできる自分の役割を考える。

 

 『...隙さえ作ればナイフを奪うことは可能か?』

 『.......はい、何とかして見せます。ご主人様』

 『分かった。後は全部任したぞ』

 

 俺はその辺に落ちてた小石を拾い上げ相手の死角から勢いに任せて投げた。相手の注意は完全におじさんにいっている為、気付かない。

そしてそれは...


「イタっ!だ、誰だァ!!!!出て来ぃ!!」


 相手の頭頂部に見事命中。おじさんから注意を逸らすことができた。


 『流石です。ご主人様』


 おじさんに言われてもあまり嬉しくはないが素直に受け取っておこう。


 「なッ!?」


 おじさんは一瞬で距離を詰め男のナイフを持つ腕を凄まじい握力で女子高生から引き剥がし、その男は堪らず握っていたナイフを落としてしまった。そのナイフをおじさんは俺のいる方へと蹴った。


 「さぁ、立場逆転だ」

 「わ、悪ぃ。悪かった。謝る、もうこんなこと二度としねぇ。だから許してくれ。許してください」


 男の顔が青ざめる。かと思いきや男は土下座をし命乞いを始めた。ここで逃せば、またコイツらはどこかで女性を襲うのだろう。


 『どうしますか?ご主人様』

 『俺がする命令は最初から変わらない。まぁ、せめてもの慈悲だ。全員カタタマは残してやれ』

 『了解しました。ご主人様』


 このぐらいでいいだろう。録画を止めた。その後強姦3人衆の身に何が起きたかは語るまでもない。



 『あの子はどうしますか?ご主人様』


 一方的な蹂躙を終え、被害者の女子高生に向き直るおじさん。直接的な被害は少ないのかもしれないが恐怖や不安は一生物のトラウマとなるかもしれない。今は泣き止んでこそいるが、肩が震えているのが遠目にもわかる。


 『おじさんに一任する。彼女を助けたのは他でもないおじさんだ。今日の出来事を忘れるくらい面白い話とかしてあげてくれ。俺は席を外す。終わったら呼んでくれ。少し1人になって考えたい』


 転がっている3つの死体...いや、死んではいないか。を見つめながらそうおじさんに指示を出した。


 『...分かりました。ご主人様』


 おじさんが女子高生に話しかけたのを横目に俺は路地の壁にもたれ掛かかった。


 今まで、この能力を使った事がない分、今日は色々と考えさせられる結果となった。"小太りのおっさんが実は武道の達人だった!"という線は恐らくない。これは俺の能力によって身体にバフがかかったのだろう。


 そして、実際に強姦を見て気づいてしまったのだ。自分が望んでいるこの能力の使い方は、本質的には彼らと同じ事をしようとしていたのではないだろうか。だったら俺みたいな偽善者に彼らを裁く権利も、憤りを覚えることすらもできないのではないだろうか。

 でも、あんな光景を見た後でも、俺のゲスい性癖が変わる訳でもなくて———


 『ご主人様ー、おーいご主人様ー!』

 『...終わったか?』


 物思いに耽っていたせいで反応が遅れてしまった。


 『はい、前を向いてもらえたと思います。私が手を握ってびっくりされた時には完全にやらかしたと思いましたが......まだ明るいですしすぐにでも安心していただきたいので先に帰らしました。警察には証拠もありますし、私の方で不届き者をお届けさせていただくことになりました』

 『了解。ってか知っていたのね。俺が動画撮ってた事』

 

 それをおじさんに話した覚えは一ミリも無いのだが。


 『ご冗談を〜ご主人様の事ならなんでも知ってますよ〜例えば好きな食べ物から気になってる人まで!』


 それは初耳だ。奴隷にはそんな要らなそうなオマケまでつくのか。俺は腰を上げておじさんの方へと向かう。


 『今日はありがとう。おじさんのおかげで人を助けることができた』

 『奴隷にお礼を言う人なんて居ませんよ』

 『少し言いにくいが、この後処理が終わったら奴隷を解放させてもらう』

 『.......そう...ですか』

 

 その間はやけに違和感を覚えた。


 『奴隷になんて本当はなりたくないものじゃないのか?』

 『ご主人様との時間が今はただただ幸せですよ』

 『...そう言うものなのか。でもこれは決定だぞ』


 メインヒロインが小太りの小汚いおじさんなんてのはこちらから願い下げだ。どうせ解放したら記憶は消える。酔い潰れていたしさほど影響は出ないだろう。それに、長時間おじさんを拘束するのはこちら側にもリスクがある。

 

 『そう...ですね。ご主人様は秘密主義ですもんね』

 『秘密主義...か。まぁ確かにバレていいような能力じゃないしな』

 

 手を振ってるおじさんと気を失ってる男3人が見えた。こうして脳内で会話をするのもリスク分散になる...というか当たり前のように脳内で会話しすぎて忘れてたがこれも奴隷の大きな利点だな。


 『あ、そうそうご主人様、不思議なことがあったんですよ』

 『なんだ?』

 『あのご主人様が助けた女子高生ご主人様の本名を急に呟いてたんですよね〜』

 『...おじさんが俺について話した訳じゃなくて?』

 『いえいえ!ご主人様の秘密主義は知っていましたからご主人様について触れてもいません』


 それは一体どういうことだ?おじさんが嘘をつく必要も意味もない。ましてや奴隷がそんなことするはずが無い。


 『......ちなみに、俺の名前はなんだと...?』

 『有澤ありざわ 魁斗かいとだと、間違いなくご主人様のお名前をおっしゃっていました』



——それは、おじさんの言う通り。間違いなく、俺の本名であった。

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