第2話 初めてのキス


 『おやすみのキス』作戦


 それは俺が思っている以上に難易度が高かった。


 俺はまず二人の好感度を上げないといけない。だが現実はそう上手くは運ばない。


 というのも、今の俺に抱いているクラスの皆の印象は等しく"ボッチ"だろう。


 また後出しで悪いが俺はこの学校に転校してきてもうすぐ1ヶ月ほど。最初はそこそこ話しかけられたが、俺のブームは一瞬で過ぎた。気づけば周りで友達グループが出来ていて俺は見事に取り残された。自分から話しかける事を躊躇い、好きなゲームやら漫画やらが無いのが災いした。何が好きかを語れないやつに友達になる奴なんて居ないのだ。


 ...こっからどう巻き返すか。俺は途方に暮れていた。


 そんな時だった。


「今日は1〜5時間目まで5教科の期末テストです。各自くれぐれも赤点をとらないように」


 担任のボサっとした黒髪に黒縁メガネの男性教師である田中先生がそんな事を言った。


       これだ。


 頭が良ければ女子だって


 『勉強教えて〜』


 って話しかけてくれるに違いない。それが久礼さん柏倉さんだったら?


〜〜


 「んーもうこんな時間か、続きは俺の家でやるのはどう?」(俺のイケボ)

 『えー!俺さんの家行っていいの?』(俺の裏声)

 「もちろんだよ」(またもやイケボ)


 そのまま家に連れ込み睡眠剤を混入させて...


                  〜〜

 

             勝った。


 間違いなく完璧だ。そして俺はこんなこともあろうかとしっかりと勉強してきた。学力には相当な自信がある。その点も抜かりなしだ。




 そして、待ちに待ったテスト返しの日がやってきた。


 「テスト返すぞー満点は1人、学年平均は63点でこのクラスで赤点は1人だけだ」


 満点という単語が出て確信する。俺だと。


 「赤点はお前だけだぞー夏休み補習な」


 ん?どういう事だ?え、俺じゃないの??しかも赤点!?


 クスクスと、クラスで笑われながら俺はテストを受けとる。


 そんな時だった。こんな声が不意に聞こえてきた。


 「すごー!久礼さん満点?マジで天才じゃん!」

 

 ...クレイサンマンテン?久礼サンマウンテン?なんだ...ただの山か。


 ...ってんな訳あるかぁぁぁ!!

 

 クソ...こんな筈では...いやいや、偶然この教科だけだ。そうに違いない。



   2時間目


 「勉強が足りてませんね〜夏休みはないと思いなさい」

 「久礼さんまた満点!?」



   3時間目


 「....もうちょっと...頑張ろっか!」 

 「久礼さんヤバすぎ!!」



   4時間目

 

 「もっと勉強しなさい。追試をクリアしないと単位は無いものと思いなさい」

 「久礼さん本当に同じ人間!?」



   昼食を挟んで5時間目


 「このままではちょっとヤバいね。夏休み一緒に頑張ろ!」

 「久礼さん5教科満点!?そんなことある!?」


  6時間目を終えホームルームで5教科のテストの個票が返された。


 「そりゃ学年一位よね〜満点だもん」


 .....死にたい。こんな屈辱生まれて初めてだ。俺の机の上にはぐしゃぐしゃに丸め込んだテストの個票があった。


 「お、バカボッチだ!」

 「やめなよ〜」


 「......あ、あはは、、」

 

 何故だ。何故だ何故だ何故だ。


 「ちなみにお前の次俺な!見事ドベ脱却!!1年間の長い戦いだったッ!」

 「「わっははははは」」


 俺は、俺は何をしているんだ?笑い物になりたかったのか?


 「あは、、.....はは」


 自分で自分が嫌になる。おかしい、勉強はちゃんとした筈だ。だって俺は...期末テストに向けてずっと勉強を.....した筈...だよな?


 ——頭が痛くなってきたので、俺はもう考えるのをやめた。

 


 その日の帰り道は、何も考えずにただとぼとぼと歩いていた。帰り道も全く違う方向で、夕焼けに照らされるまま。


 どこまで歩いただろうか。転校してきてそこそこ経っているのに、俺は自分の通学路以外道など知らない。知らない店、知らない風景、知らない路地、夕方から酔い潰れて道の上で寝ている知らないおじさん。


 ——そんな目新しい景色に夢中になっていたその時だった。


 「.....たす.......け...て」


 小さく、俺以外の誰に届いたのか分からない程小さく、掠れた声で助けを呼ぶ女性の声がした。


 最初は耳を疑ったが、声のしたと思われる方へと恐る恐る進んで行く。

 何回か角を曲がったところに、開けた場所がありそして俺は見てはいけない物を見てしまった。

 

 「ッ!!」

 

 声を無理やり押し殺しそっと覗いたそれは、

 大柄の男2人が後ろからその女子高生の口や腕を押さえつけ、それを愉快そうに見ている男がさらに1人。


 幸い、俺の存在はバレていないが、その女子高生の方は服は下着が見える程脱がされ、

茶色の髪はボロボロで今も懸命に泣きじゃくりながら抵抗している。が、見ているだけだった男が今まさに動き出した。

——事態は刻一刻を争う。

 


 俺が戦う?武器もなければ力もない。返り討ちにされて終わりだ。


 助けを呼ぶ?辺りは閑散としているし、通りまで出たところで誰か来てくれる保証は...

 

 「...なんだよいるじゃねぇか、確実な援軍奴隷が」


 急いで来た路地を戻り、俺はその人の目の前で覚悟を決める。できれば、誰も見ていませんように。


 酒くさいし、いびきがうるさい。鼻と耳がどうにかなりそうだ。


 「これが俺のファーストキスってことは内緒な?」


 今日俺は、道端で泥酔している小太りなおじさんと、初めてのキスをした。


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