第四節 終幕 ある少女の物語

 私が、この世界に来て約九年程が経過しただろうか。思い起こせば楽しい日々だった。明日の私は一体何を思うのだろう。うんん。きっと明日も明後日も、その後にだって……。


 パタンと日記を閉じる。これで一体何冊目に成る日記だろう。


 書き綴った私自身が体験した物語りが本棚にズラリと並ぶ。その中に、新たに綴ったこの日記も加えた。


 青き星明かりの元、窓越しに映るのは人々が賑わう私達が造った町。楽園の下準備はもう間もなく完成の時を迎える。


 シフは人々との橋渡しを、レイクリットは定めた法により皆が安心して暮らせる様に、アルフレート君は……実は今何をしているのか知らないや。何でも今後の為に必要な研究をしているんだとか。他の皆も忙しい日々を過ごしている。


 人々を呼び込む事を決めてから、もう六年も経ったのか。時間の流れって思った以上に早く感じるものね。あれから、楽園創りは、それはもう捗ったわ。予定していた数倍も早くこの時を迎えたのだもの。


「巫女様。そろそろお時間です。ご支度はお済でしょうか」


 ノックの後に扉越しで声が聞こえて来る。


「えぇ。大丈夫よ。でもシャルロット。私に態々畏まった言い方をする必要は無いって何時も言ってるでしょ」


「いえ、ですが。今や巫女様は、この世界で一番の」


「だから、そう言うのは要らないって言ってるでしょ。私は堅苦しいのは嫌いなのよ。せめて二人で居る時ぐらい、肩の力を抜いて頂戴」


「わ、分かりました。巫女、様」まだ固いけど、これ以上は言っても仕方なさそうね。


「それじゃあ、時間も勿体無いし、行きましょうか」


「お供いたします」


 壁に掛けていた、真っ白な礼服を羽織り廊下へ出る。階段を降りて扉の前へ。大きなその両扉が私の到着と同時に開かれて行く。扉の先、屋敷の前には既に準備を終えて居たレイクリットが台座を用意して待っていた。


 近くに居たシフの手を借りて、その台座へ上り、集まる人々の視線を私に注目させる。私の到着と同時に一斉に辺りは静まり返り、あの言葉を待っている。


「皆、今日まで楽園の為にずっと頑張ってくれてありがとう。当初から予定していた通り、この大陸で出来ることは全部終わり、食料も、家も、道具だって、私の能力を使わずとも用意出来る様に成りました。お陰で、私は次の計画の為に蓄える必要があった魔力を十分に用意する事を達成出来たのです。これも全部、皆が頑張ってくれたお陰よ」


 私の前向上を聞く皆は、辛抱強くあの言葉を待っている。楽園創りに協力してくれた、皆には感謝しているし、もっとお礼も言いたいのだけど。これ以上待たせるのも酷な話よね。


「こほん。えっと。皆もう待てない見たいだし、長話もこれくらいにしましょうか。新たな楽園計画を実行するのは、もう少しだけ先に成る。多分大変なのはこれからよ。だけど、その前に今日までの皆の頑張りを祝う意味も込めて、第九回ゲーム大会の開催を此処に宣言するわ。皆盛大に祝って、労い、楽しんで頂戴」


 カチッと手にしたスイッチを押して、用意していた花火を打ち上げる。ドーンと夜空に花開く花火の音と共に、集まった皆が「わーー」っと賑わう。


 生活水準がかなり整ったとは言え、娯楽がまだ少ないこの楽園に置いて、年に一度開催されるゲーム大会は、皆のストレス解消も兼ねた大規模な祭りと化して居た。祭りの規模も年々増して行き、今では声の主がくれた、この大地全土を舞台として繰り広げている程だ。


 行き場を無くし、倒れ伏した者。ありもしない罪で殺されそうに成った者。ある事を境に誰にも見向きされなく成り、忘れ去られてしまった居場所無き者。


 そんな彼らが、最後を楽しく、そして生きていて良かったと思わせる楽園。この誰もが心から笑顔で居られる場所。今この時、この瞬間。この刹那を、そして何気ない日常すらも喜ぶ事の出来る夢物語を必ずこの手で。


 祭りを楽しむ皆の表情を胸に刻み、改めて楽園を創り上げる事を一人、あの青き星に誓う。最早楽園の夢は託されたからという理由だけでは無くなった。多くの願い、多くの理想。それに続く私自身が本気で叶える事を夢見ている。だから、どんな事が遭っても、あの儀式を成功させなければ。例え何が起ころうと。


 なぜだか、この時から既に、嫌な予感はしていた。でも、それはあくまで予感であって、予知じゃ無い。不確定の要素を言及して皆を困らせるのは、したく無かったから誰にも言わなかった。


 多くの者が年に一度の祭りに賑わう中、レイクリットは祭りに溶け込んで居ない者を発見する。


「ふむ。何やら怪しい鼠が紛れ込んで居る様だな。丁度良い、アレの練度を上げる次いでに、少し調べさせるか」


 レイクリットは、シャルロットを通してある場所へ文を送る。


「ん。あれは、アルフレートか。珍しいな、最近は工房に籠って研究を続けていると聞いていたが」


 文を持たせたシャルロットを見送っると、入れ違いにアルフレートがこちらにやって来た。


「やぁ、レイクリット。今年も祭りは盛況見たいだね。……所で、シフがどこに行ったか知らないかな」


「シフか? あやつは、今巫女と行動していると思うが」


「そっか。それじゃあ仕方ないか」


 アルフレートは、怪しげな薬瓶を片手に明らかな様子で落ち込みだす。


「アルフレートよ。お主、またシフを実験台にする気で居たのか」


「そりゃそうだよ。僕の実験に協力してくれるのは、シフだけだもの。と言うかシフ以外は僕の方がお断りだし」


「お主は変わらんな」


「それは、お互い様じゃないか。最初から居た僕達の中で変わったのなんて、あの蝙蝠と精霊ぐらいのものでしょ。っとそうだった。その精霊から、ちょっと頼まれごともされて居たんだ」


 アルフレートは、そう口にして、一枚の紙切れを取り出して手渡して来る。


「はい、これ。精霊はレイクリットが造った方じゃ無くて、悪魔が造った方に協力するらしいよ。残念だったね。振られちゃって」


 紙切れに書かれた無い様は、余計な一言を除いて概ね、アルフレートが口頭で口にした通りの事が書かれていた。


「そうか。だが、バランスとしては丁度良いで有ろう。我らが全土を、あやつらには我らの手が届かぬ裏を担当する手筈で有るからな」


「でも、本当に巫女に言わなくても言いの? やろうとしている事自体は楽園の為なんだし、話しても文句は言われないと思うけど」


「巫女は、あやつは優し過ぎるのだ。だが、その優しさこそが我らの要に足り得る。ならば、あやつには無知で居て貰う方が都合が良いであろう。なに、我らが気付かせなければ良いだけの話だ。今の日々を続ける為にも」


「僕は、教えておく方が良いと思うけど。せめてシフだけでも」


「シフの奴は、巫女の側に居る事が多いで有ろう。あやつの事だ、気を抜いた時に、口を滑らし兼ねん」


「確かに」


 二人で話す中、遠くから声が聞こえて来る。


「おーい。二人とも、こんな所で何をしているの?」


 シフの背に乗る巫女が元気にこちらへ手を振る姿が見えた。


「噂をすればって奴だね」

 

 儀式の日、この世界に楽園を創り上げる計画の第二段階。声の主が与えてくれたこの大陸だけでは、真に楽園の完成を求めるので有れば手狭に過ぎる。それに、楽園へ向かい入れる者は種属等関係無く居れる予定なので、適した気候の土地が必要にも成ってくる。


 だからこそ、私は、かつて声の主がしてくれた様に新しくこの世界に大陸を創ろうとしているのだった。


 当然それは、とても大変な行為だ。どんな土地を創るのか、どんな気候にするのか、それらは声の主がくれた、この知識が有れば考えるだけで有れば簡単。だけど、それを能力で作り出すと成ると、莫大な量の魔力が必要に成る。


 それは、到底一人の人間程度では一生が掛かってもかき集める事なんて出来ない量だ。


 でも、それを私は知恵を振り絞り、友の協力を得て、そして何より私が理想とした楽園を求めた、この世界に住まう者達が力を貸してくれた事で、約六年の期間を掛けて集める事が出来た。


 魔力を溜める装置。一時的に魔力を増幅させる薬品。そして、毎日行われた魔力の貯蓄。


 今日、それらを遂に使う時。つまり、新たな大陸の創造をする儀式が行われる日でも有る。


 だけど、単に大陸を創るだけではダメだ。以前の様に、シフやレイクリット達同様に新たな来訪者を巻き込んで仕舞いかねない。


 シフ達は、偶々この世界で生きて行く事を決めたけれど、今回は、元の世界に居場所を持つ人達が迷い込んでしまうかも知れない。


 これから創る大地は声の主がくれた、この大地よりも広大な土地を創るのだ。もし、その人達を巻き込んで仕舞えば、見つけられるのに何年掛かるか分からない。


 だから、この世界に成るべく不可を与えない様にもしなければ。


 緊張からか、水浴びを済ませたと言うのに、もう汗が出て来る。私自身大陸なんて創るのは初めてなんだもの。そりゃミニチュアを創って沢山練習したとはいえ、やはり規模が違い過ぎる。


 すーー、はーー。と何度も深呼吸を繰り返し、儀式様に仕立ててくれた礼服に袖を通す。白と紺色に上下で別れた服。


 シフが私に名付けた巫女と言う名の役職。その役職は、どうやら色々な世界で存在するモノらしく、私の名前にちなんで、それら巫女と呼ばれた役職の衣装から私に似合いそうなモノを考えて、この衣装を仕立ててくれたのだとか。


 シフが付けた私の名前の由来はともかく、可愛い服だから、それに、私の為に考えて用意してくれたと言うだけで嬉しかった。


 だからか、袖を通すと期待に応えなきゃ、と気持ちが引き締まる。


「巫女様。そろそろお時間です。ご支度はお済でしょうか」


 何時もの様にシャルロットが呼び出しに来た。


「えぇ、大丈夫よ。入って頂戴」


「失礼いたします。…………」


「どう、かしら。似合ってる?」


「えぇ。それはもう。大変お似合いでございます」


「それなら良かったわ」


 微笑みながら答えてくれたシャルロットに、満面の笑みで言葉を返す。


 準備を終えた私は、シャルロットと共に屋敷の外へと向かい、待ってくれていた、シフ、レイクリットと合流し、儀式の為に建てた神殿へと向かって歩き出す。


 残念だけど、今日この衣装を来ている姿を見せられるのは、この三人だけ。他の皆は儀式を成功させる確立を少しでも上げる為に他の場所で、それぞれ作業をしている。


 折角なら、感想もくれない二人より皆に見て貰いたかったんだけど。仕方ないわよね。それは、この儀式が終わってからの楽しみに取って置くわ。

 

 神殿へと向かう道中。慌てた様子で誰かがやって来る。前に何度かレイクリットと話していたのを見た事ある人だった。


「れ、レイクリット様。此処にいらっしゃったのですね。火急お伝えしたい事が」


「何があった」


 レイクリットの言葉に対して、彼が、何故かチラリと私の方へ視線を向ける。


「分かった。向こうで聞こう。すまないが巫女。それとシフも。神殿には先に向かってくれないか」


 レイクリットは、そう口にして彼を連れて道の脇へと向かう。


「シャルロットはレイクリットに付いて行ってあげて。急ぎの用見たいだし、人手が要るかも知れないでしょ。私の方は、大丈夫だから」


 その様子を見て、おろおろと、どちらに付いて行こうか迷う様子のシャルロットに、そう告げて、私とシフは二人で神殿に向かうことに。


 シフと二人、並んで大きな扉の前に立つ。竜の姿をしたレイクリットでさえ簡単に潜れてしまう程、とても大きな両扉。扉の装飾には、何故だか蛇だか蛸だかの紋様が飾られていた。


 しかし、それにしても何で神殿なのだろう。儀式で使うだけだから、必要な機能さえ揃えられて居れば、形には拘らないとは行ったけど。こんなお城の様な建物にする必要は有ったのだろうか。


 建設責任者曰く、大地を残す偉業を後世にまで伝えるので有れば、私どもが居た世界の神殿を再現するのが一番ですとか言われて押し切られてしまったけど、冷静に成って考えたら、神も居ないのに神殿と命名するのは、どうなのだろうか。


「どうしたんだ巫女?」


「何でもない、さぁ入りましょう」


 造ってしまったモノを今更どうこう言ってても仕方ないと思い直す。命名云々は後で考えれば良い、今はとにかく儀式を成功させる事だけを考えよう。


 態々大きな正面扉を開けるのは、時間が掛かりそうなので、脇に有る人用の小扉から中に入る。


 豪華なステンドグラス越しの光を頭から浴びながら、儀式をする台座の元へ向かい歩む。


「これは、これは。巫女様。本日も大変麗しゅうお姿でいらっしゃいますね」


 私とシフを出迎えたのは、髭を整えた神官服の男。この神殿を建設した人物でも有る。正確に言えば、神殿建設を主導した人とも言えるわね。神官の服を来ているのは、元の世界からの習慣故にらしい。


「そう言うお世辞は要らないわよ。それより、準備は整ってるのかしら」


「えぇ、勿論にございます。巫女様のご指示が有れば何時でも開始致しますよ」


「それじゃあ始めましょう。シフ、下がってて」


 台座周辺からシフが離れ、誰も近くに居ない事を確認した後、台座を前に膝を落とす。両手を組み。祈る様に儀式を始める。


 台座を中心とした、私の周りを囲う魔力を溜めた六台の装置。それらに蓄えられた魔力を台座を通して私へ送る。これにより、蓄えた魔力が無くならない限りは、私が途中で魔力切れで意識を失う事が無くなる。


 そして、此処からが本番。一つのミスでこの世界が崩壊しかねない重要な作業。


 儀式用に建てた神殿の機能を操作し、この世界に外部との繋がりを絶つ結界を張る。これで、あの時のシフ達の様に大陸を創ったからと言って、誰かが他の世界から迷い込む可能性を潰す。 


 まぁ、儀式の途中で結界が壊れる事に成れば、誰彼構わずこの世界に呼び寄せてしまうから、誤って壊して仕舞わない様に注意しないと行けないのだけどね。


 そして次、大陸を創る場所の指定について。本来は私が何かを能力で創る場合、自身の目の前にしか創る事は出来ないのだけど、それは、他の場所で作業してくれている皆のお陰で、何とか成るから大丈夫。


 台座を通して各地に繋がるケーブル。それらを持つ皆に一時的に創造の能力を仕える様にさせる。と言っても、あくまで限定的なモノ。実際に創るモノを決めるのが私で、皆はそれを生み出す方に力を使って貰う。


 最後、大陸を創る。まぁ、これに関しては、私の集中力がどれ程持つのか。それと、蓄えた魔力が尽きるかどうかってだけの話。頑張れ私。此処が勝負どころだぞ。


 だらだらと冷たい汗が額から流れる。折角おろしたばかりの衣装も一時間足らずで肌に張り付く。だけどそんな事は気にして居られない。


 何せ今、創って居るモノは、今まで創って来たモノの比じゃない程、大きいのだ。しかも予定した大きさから少しでもズレが生じれば、波を立てて仕舞う可能性が有る。周りが海しか無いこの世界で波を立てれば、どんな被害が出るか分からない。その為に、折角計算したのだ、寸分も違わず、海水を新しく創る大陸内部に取り込む様な形状で、更に気候や環境、山の数さえも。頭の中で何度も組み立てた設計図通りに再現する。


 世界が揺れる。地面が、空間が、新たな大地は今此処に創造された。


「神官長。新らたな大陸の出現を確認したと報告が来ました」


 神殿の外から、沸き立つ人々の声が響く中、儀式が無事完了した知らせが届く。


 どっと疲れが、押し寄せて来た、身動き一つもし無かったのに身体はもうふらふらだ。意識もちょっと飛びかけた。貯蓄していた魔力も底を突き、後は私自身の魔力が少し残っている程度。


 新大陸の完成を喜びたいのは山々なのだが祝うのは、もう少し後にしないと。何せまだ結界は解いて居ないのだ。創るのは簡単なのに壊すのが非常に面倒なこの結界。ぐちゃぐちゃに絡まった紐を丁寧に解く様に、ゆっくりと慎重に解いて行かなければ成らない。それなのに。


 パチパチパチ。まるで労う様に響く拍手。シフじゃ無い。神官服の人のだ。あれ、名前は、なんて言うんだっけ。


「いやはや。本当に新たな大陸を、それも三つも創りあげるなんて。巫女様。貴方はやはり大したお方だ。貴方が居れば、夢物語としか思えない楽園を創りかねないですね。非常に目ざわりです」


「な、何を、い、って」息を切らしながら尋ねる私に、侮蔑の視線を向ける。神官服を来た見慣れぬ男。


「私めは、いえ、我々はこの時をずっと待ち望んで居ました」


 そんな訳の分からない事を言って、神官服の男が突然、天に向かい片手を掲げる。


「貴方の魔力が尽きる。この瞬間を」


 神官服の男が掲げた手を降ろす。それを合図にしたかのように、どこに潜んで居たのか大量の見知らぬ者達が現れた。その手には、この楽園の平和を維持する為に製造を禁止していた武器の数々が握られていた。


「こいつら、臭いを消して。いや、それよりも。巫女」


「ダメ、シフ。来ないで」


 シフは、私を守る為に呼び掛けを無視して台座へ近寄ってしまう。


 私の元へ、台座の近くへと足を踏み入れたシフは、そこで一瞬の硬直の後、大量の血を吐いて倒れた。


「ははは。馬鹿めが、忘れたか。そこは儀式が起動すれば大量の魔力が集まる空間と化す。魔力に対して耐性の無い貴様が入れば業火に飛び入るのと何も変わらぬ。異端者の懐刀がこんな脳無しだったとは、そこで這いつくばりながら、己が主の死を指を咥えて見ているが良い」


 私に向かって、大量の矢が飛んでくる。良かったこの方向ならシフには当たらなそうね。大量の魔力消費で朧げに成って来た頭の中、考えた事はそれだった。


「ぐ、っは。み、こ」


 一瞬途切れた意識を繋ぎ合わせて、視線を上げた先に居たのは、身動き一つも取らなくなった。大量の矢を浴びた少女の姿だった。


「み、こ。みこ。巫女。おい、起きろよ。なぁ、何で起きてくれないんだ。嘘だ。こんなの嘘だ」


 這いつくばり引き寄せた巫女の身体は、異様なほど冷たかった。


「なんで。なんでなんでなんでなんでなんで。なぜだ。なぜ裏切った。なぜ殺した。お前達だって、楽園を夢見たんじゃないのか。協力すると言ったのはお前達だった筈だろ」


 冷たく成ってしまった巫女を抱え、ひとり吠える。


「はて? なんの話でしょうか。ゴミ掃除をするのに理由が要るのですか。何か勘違いをしているのでわ。そもそも私共と貴方は初対面なのですよ」


「な、何を言って」


 内臓の破裂により大量に流れ出た血のお陰か、やけに冷静に頭が回る。過去の記憶を遡る。こんな奴らは知ら無い。見た事も無い。有った事も無い。


「え、あ、あ?」


 じゃあ、なぜこいつらを知り合いだと思っていたのか。考えれば考える程、解らなく成る。


「えぇそうです。考えて下さい。その足りない頭で考えて下さい。ふふふ。ははは。お前の様な馬鹿じゃ一生掛かろうと理解出来ないだろうがな」


 神官服を着た、見慣れぬ男が、見慣れぬ者達に合図をする。


 大量の槍が、矢が、剣が。身体を貫く。


 痛みが巡っていた思考を制止させる。理由なんてどうでも良い事だ。奴らは、奴らは。


「もう、全部どうでも良い」


「ん? 何か言いましたか。声が掠れて聞こえませんよ。相手に話掛けるなら、もっと大きな声で」


「黙れ。さっきから煩いんだよ。お前のその声も、お前らの鼓動も。全部煩い。煩い煩い煩い。全部止めてやるから、黙ってろ」


「ははは。この人数差で。勝てるとでも思っているのか。貴様は予定には無いが、まぁ構わんだろう。貴様も我らが神の生贄と成るがいいわ。ははは。ははははは」


 神殿へ向かう道中でシフと別れたレイクリットは、路地裏で有る資料に目を通していた。


「怪しげな宗教組織の噂は耳にして居たが、まさか我々に悟られずこれ程の規模が暗躍していたとわな」


 資料には、以前調べさせた怪しげな人物の足取りについて書かれていた。その人物はとある他世界の神を祀る宗教組織に属して居た事が判明したこと。そして、その宗教組織に属する信者の総数が現在この世界に要る人口の十分の一も存在するという事実。更には、宗教組織の幹部と思われる者達の拠点についても記載されて居る。


「現在、巫女は儀式の最中で有ろう。出来れば見届けたかったが、先に不安要素は潰して置くとしよう。各騎士に伝えろ。これより邪教狩りを行う」


 レイクリットは、資料を持ってきた部下に対してそう伝えた後、シャルロットと共に、此処から近い記載されて居た拠点へ向かう。


 だが、何れの拠点も既にもぬけの殻と化していた。


「一体どういう事だ。我らの行動が悟られたのか」何か手掛かりが無いかと、部屋の中を漁っていると、あるモノが見付かる。


 それは、現在巫女とシフが居る神殿の設計図だった。


「なぜ、こんなモノが此処に」建築物の設計図等、建造者以外が持つ必要は。まさか。


 最悪の予想をして仕舞、部屋を飛び出す。


 外では、新大陸の出現に湧き上がり、巫女の偉業を称える者達で溢れかえっていた。


「く、邪魔だ。これだから人間の身体と言うのは」


 今は時を急く状況だ、走るよりも飛んだ方が早い。外で屋根に飛び移り変化の術を解く。白く輝く翼を広げ、純白の竜は空を駆ける。


 無駄に大きい神殿は直ぐに見え、閉まる正面扉に構う事無く突っ込む。鉄の大扉を破壊し、中へ。


「なんだ、これは」


 神殿内は鮮血で染まっていた。辺り一面が血生臭い。そして、大量の血を浴びた人物が立ち尽くしていた。


「シフ。何があった」


 美しかった白銀の毛は最早見る影も無く、赤黒い血で全身の毛を染めたシフが、レイクリットの言葉に反応して、こちらを見る。呆然とした暗い目に光が灯る。


「レイ、クリット? 俺、俺。守れなかった。守ってやるって約束したのに、全然守れなくてそれで、それで。あぁ、俺はどうすれば良かったんだよ。なぁ、レイクリット」


 血で染まったシフは、そう言い残してバタリと地面に倒れ伏す。身体は半壊しており、破裂した様な内臓が飛び出ている。もう、息はして居なかった。


「くっ。とにかく、今は巫女を探さなければ」


 長くを過ごした友の死を前に、己に言い聞かせ巫女の姿を探し、辺りを見回す。


 すると、一ヶ所だけ、まったく血が付着して居なかった場所が有る事に気が付く。そして、その場所に、巫女が倒れていた。大量の矢を受けて居るにも関わらず、シフのモノと思われる血液以外付着していない。


 血が流れて居ない理由は、近寄る事で判明した。


「あはは。見られ、ちゃったね」


 近寄った、レイクリットに向かって巫女が掠れた声を掛けて来る。心臓を貫かれ、全身が串刺しに成っていると言うのに、巫女はさも平気そうな顔で言葉を続ける。


「シフってば、私が死んだと思って、此処に居た人達を皆……。私、シフには笑顔で居て欲しかったのに。どうしてこんな事に成っちゃったんだろうね」


「その身体は」


「やっぱり、気に成る? 実は、原理はシャルロットと同じなんだけどね」


 矢で破けた巫女の服の隙間から見えたのは、人形の身体だった。


「何時からだ」


「丁度シャルロットちゃんが来た頃からかな。彼から貰ったこの力、結構身体に負担が掛かる見たいなんだよね。最初は片手が動かなく成っちゃって、その次に足も。そうやって次々取り替えて行ったら、もう人間だった部分は殆ど残ってなくてね」


「なら、助か」助かるのか。その問いを言い終える前に、巫女は首を横に振る。


「残念だけど無理ね。今までは魔力で人間の様に見せかけて動かして来たけど。もう、最後まで残っていた魔力を創る臓器も壊れちゃった」


「巫女。お前なら、残りの魔力でその臓器を創ることも」


「ダメよ。創った所で、私の身体はもう持たないもの。一杯何度も継ぎ接ぎして、ボロボロなのに鞭を打って。それでも壊れさえしなければ、ギリギリ、せめて後一年は生きられたんだけどなぁ」


「どのみち、お前は近々死んでいたと言う事か」


「それも最後まで、隠して置くつもりだったのに。まぁ良いわ。どちらにしても計画は貴方に引き継いで貰う予定だったもの。コレを受け取って」


 巫女は動かない片手に視線だけを向ける。その手に握られていたモノは小さな小箱だった。


「この中には、私の全部が入っているの。と言っても記憶までは引き継げないけどね。あ、箱はまだ開けちゃダメだよ。こんな器も無い場所で開けちゃったら中身が飛んで行っちゃうから」


「中に、何が入っている」


「私の、魂よ。正確には複製したモノなんだけどね。詳しい使い方は日記に書いて、有るから、それ、を見て」


 言葉が途切れ初めていた巫女の声をレイクリットは一言も聞き洩らさずに、黙って聴き取る。


「私が、死んだ後、それを、器に入れて。記憶は無いけど、私の書いた日記を読ませたら、楽園を創る、のに協力する、はず、だから。役に、立つ、はずだから。いつ使うかは、任せるわ」


「分かった。最後に言っておきたい事は有るか」


 レイクリットの問いに対して、巫女は一度首を横に揺らす。だけど、思い出したかの様に一言


「……。シフ。シフを此処に、連れてきて」と口にした。


 巫女の望む様に。シフを抱え側に降ろす。


「シフ。ちょっと、血生臭いけど。やっぱり、こうしている、と、安心する。なんで、なんだろう」


 側に居るシフに抱き着いた巫女は、シフの胸に顔を埋める。


「私、もっと、皆と、やりたい事が、有った、のにな。楽園が、完成、して、皆が笑、顔で、居られる、世界を、見た、か、った、な……………………」


 巫女はシフの胸で息を引き取った。

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