第三節 友との交流の日々 竜と人形

 それから、約半年が経過した頃だろうか。田畑も広げ、私が態々能力で創らずとも安定した食料が提供出来る環境が整い始め。幾つかの小屋も立てた。


 友達が魔法を使えるお陰で、湧き水や火も確保出来。かなり充実した暮らしが出来る様に成っていた。理想とする楽園の姿までは程遠いが、今の時点では急を急いてまで、する事も少なく成って行き、私以外の者達は皆思い思いの時間を過ごす事が増えて来た。


 どうして私以外なのか? それは簡単な話。この先、楽園に必要なモノを確保する為には、私自身がどうにか頑張らないと何も進められないからと、そう言うだけの話。


 なので今日も私は、夜空の下。あの青き星の輝きを身に浴びながら一つの作業に没頭し続けている。


「開け。開け。ひ ら け」


 何も無い空間に両手を翳して、見えない扉をこじ開ける様なイメージを頭に浮かべながら、開かないそれとひたすら格闘し続ける。そんな事をもう半年近くも続けている。


 最初はまったくダメだった。でも、ここ最近は少しずつだけど、見えない扉が開き初めて居る様に思う。この調子なら数日中には、いや早ければ今日にでも、この扉を開く事が出来るかも知れない。


 そんな希望的観測に縋り、何時もなら寝ている時間帯にも関わらず、今日に限っては、この作業に没頭し続けていた。


「お願いだから、開いてよ」


 自分の不甲斐なさへの苛立ちから、文句を言いつつも、頭の中では扉の先を常にイメージし続けて居る。何か一つを頭に思い描き続けると言うのは、中々に疲れる行為だ。それでも、この作業を一刻でも早く完了させなければ成らない。


「げほげほ」疲れて来たからか、咳が出て来た。何だか口の中で鉄錆びの様な味がする。不透明な汗まで流れて来た。すごく疲れて来た、今日はもう諦めた方が良いのかな。


 そう思って、少し力を抜いた時だった。


 ボワンっと聞きなれない音が聞こえる。目の前に小さな水面の様なものが見える。それも空中でだ。


「へ?」事態が把握出来ずに変な声を出したその瞬間。目の前に浮かぶ水面の様なモノから、何やら凄く大きな波の様な音が聞こえて来た。


 何でか嫌な予感がして、急いでその水面を両手で抑えた。でもそれは何の意味も為さなかった。両の掌に加わる水圧に逆らえず、片手を放してしまう。


 手を取り除いた事により出来た空間に逃げ込むかの様に大量の水が押し寄せて来た。


「わ、ぶぁ。げほげほ。と、閉じて」口の中に入ってしまった、しょっぱい水を吐き出しながら、そう叫ぶ。


 すると空中に浮かんでいた水面は、私の意思に反応するかの様に、綺麗さっぱり消えて無くなった。正確には閉じたのだった。そしの後、はぁ、はぁ。と息を切らしながら地面を見る。


「せ、成功した。やった成功した。やった。やった」


「どうしたんだよ巫女。こんな夜中に叫んだりなんかして」


 思わずあげた喜びの声を聞きつけてか、シフを含めた数名の友達達が就寝用の小屋から、出て来て、そんな言葉を掛けて来る。


 何時もの私なら、起こしてしまった事を謝っていたのだろうけど。今の私には、それ以上に先ず誰かに言いたい事が有った。


「成功したのよ。ほら、シフ。皆も見てよコレ」


 そうして、私が指差した先に有ったモノは、先程の空中に浮かんだ水面から飛び出して来た大量の海水が造る水溜まり。その中を泳ぐ一匹。魚がそこにいた。


 当然魚は、この世界には存在しない。つまり、私は、この世界には存在しない生物を呼び寄せる事に成功したのだ。そう、世界と世界を繋げるトンネルを開通させる事に。


 今はまだ、掌程度の孔を開ける事しか、出来てないけど。これから少しずつ、大きな孔を開けられる様に成れば、レイクリットも喜んでくれるかな。


 喜びの中で、そんなことを考えていると、何だか急に眠く成って来た。思えば当たり前の事で、何時もは眠っている時間にも関わらず起き続けて居れば眠くも成ると言うもの。疲れも有り、その日は、意識を失うかの様に、バタリと。倒れる私を支えたシフの腕の中でぐっすりと眠った。


「ねぇねぇ、レイクリット。ようやく繋げられたんだよ。世界を繋ぐトンネルが」


 翌日、目が覚めた足で早速レイクリットの元へ向かい、昨夜の事について報告する。私は、てっきり喜んでくれるものとばかり思っていたけど、私の言葉を聞いたレイクリットは、何故だか一瞬だけ複雑な気持ちを隠せないと言った顔に成った。


「そうか。だが、まだ巫女の手が通る程度の孔しか、開けられないと言う話では無いか。これでは、我が通れる様に成るには、一体いつまで待たされることやら」


 でも、直ぐに何時もの調子に戻ったレイクリットは、そんな返事を返して来る。


「た、確かに、まだ小さな孔しか開けられないけど、ちゃんとレイクリットが通れる位の大きな孔だって開けて見せるもん」


「やれやれ。では、その日を楽しみに、待つとしよう」


 最後にその言葉を残し、レイクリットは用事が有るからと言って飛び発ってしまった。まるで、私に顔を見られない様にしているかの様に、背を向けたままで。


 なんでか、今は一人にして欲しい。そんな事を彼の背中が語っている様に思えて、私は飛び立ったレイクリットの後を追いかける事はしなかった。


 私は、唯喜んで欲しかっただけなのだけど、彼が心から喜びをくれなかった事に、ちょっとだけ悲しい気持ちに成る。


 それから数日後、何故だか私はレイクリットに避けられて居る様に感じ初めていた。


 何せ、私がレイクリットの側へ近寄ると、彼は何かと理由を付けて離れて行ってしまうからだ。


 レイクリットに急ぎの報告が有る時は、シフや他の皆を経由しなければ伝えられず。正直、避けられている事への私自身の気持ちを除いたとしても、今の状況には、ほとほと困り果ててしまう。


「アルフレート君。私、レイクリットに何か変な事しちゃったのかな。それとも、まだ小さな孔程度した開けられないから、呆れられちゃったのかな」


 先程、偶然近くを通った時に、レイクリットと話をしていた様子のアルフレート君に尋ねて見る。レイクリット自身には、私が接近して居る事を悟られた瞬間に飛び立ってしまったのだけど、最近彼と話している事が多い様子のアルフレート君に、聞けば私がレイクリットに嫌われて居るかどおかが、分かるのでは無い出ろうか。そう思い立ち話掛けて見たのだ。


「えっと。巫女さんは、避けられては居ないと、思うよ。あのヒトが、今やって居ることも、巫女さんの為だって、言っていたし」


「本当? それなら良いんだけど」


 歩ける位まで回復したアルフレート君。最初は皆とは余り積極的に話す方じゃ無かったのだけど、シフが側で色々フォローする様に成ってから、徐々に誰かと話す機会が増え、今では最初に話した時ほど、おどおどとした喋り方をしなく成っていた。


 自分からも積極的にヒトと話す様にも成ったし、丸投げしてしまったシフには、アルフレート君の事に関しては、頭が上がらないと言うもの。きっと、私じゃここまで彼に積極性を与える事は出来なかったと思う。


 先程だって、レイクリットに話掛けたのは、アルフレート君の方が先みたいだったし。


「それはそうと、アルフレート君とレイクリットは、さっきまで一体何の話をしていたの? 組織がどうとか、影が必要とか言っていた見たいだけど」


「もしかして、全部聞いていた、の?」


 詳細までは聞き取れなかったけど、そんな単語を言っていたのは近寄った際に聞き取れた。でも、私には一体何の話なのか見当もつかない。


「全部は、聞こえなかったわ。でも、私がレイクリットに避けられる直前に、いつも似たような単語を言っていたなぁと思い出して。それで、何の話をしていたの」


「え、えっと。これって言って、良い事なのかなぁ」


 私の質問に対して、アルフレートは困り顔でそんな言葉を口にする。するとそこにもう一人の人物が現れた。


「よう。巫女にアルフレートも。二人揃って何して居たるんだ」


 ここ最近、レイクリットと一番と言って良い程、接触して来た人物。シフで有る。シフがそんな言葉を掛けながら近寄ると、それに気付いたアルフレート君がシフに向かって手招きしだす。そして、ごにょごにょと何やら小声で話初めていた。


「私ばかり、除け者にしなでよ」


 私の事を無視して話す二人の元へ近寄ろうとした時、内緒話は直ぐに終わったのか、シフが


「成る程な。そりゃ怪しまれて当然だな」とか、腕を組んで言い始める。


「悪いな巫女。別にレイクリットは、お前を避けている訳じゃ無いんだよ。実は、とあるゲームを今企画している最中でな。巫女にはサプライズのつもりだったから、レイクリットの奴は巫女に聞かれない様に、逃げちまってただけなんだ」


 シフはそう言って、レイクリットが娯楽の少ない、この世界に皆が、特に巫女が退屈しない様にって準備中なんだよ、と語る。私に隠そうとした理由も私を驚かせる為だったのだと。だから口止めをされて居て、言い出しずらかったそうだ。


「良いの、シフ。そんな勝手に喋たりなんかして」


「まぁ、後でこのことをアイツに話せばちゃんと準備はするだろうさ。嘘も実行したら本当に成るってな」


 また再びヒソヒソと会話する二人を他所に、私は「そうだったんだ」と避けられては居ない事事態に安堵する。


 後日、シフが話していた通り、レイクリット主催でゲーム大会と称した催しを開催する事と成る。大きな石切りの駒を用いて互いの陣取りをする、チェスと言うゲームを参考にしたらしい遊びを。このゲーム大会は、他の来訪者達にも評判で年に一度開催する決まりに成った。


 折角のサプライズだったのに、シフから聞き出しちゃって悪い事をしたなと、反省しつつも、このゲーム大会を楽しんだ私は、その日以降レイクリットが突然飛び去ろうとも、追及しない事にしたのだった。


 それから、また暫くの時が経ち、楽園を創る事を決めてから約三年が経った頃に成るだろうか。この世界に楽園を築く計画も相変わらず順調で、むしろ順調過ぎて人手が足りなく成り始めた頃だった。


 私が、世界を繋ぐ孔を開ける様に成った事で、楽園に動物を呼び込む事に成功。流石にシフや他の来訪者達の様に、人語を解せるものは来てくれなかったモノの。私達以外の生命も豊に暮らせる様に出来たので、結果としては上々と言うもの。


 この世界の海は、再現されたものとはいえ、微生物の生息が確認出来た為、魚の餌にも困らず漁が出来る程度には、魚を呼び込み増やす事に成功した。流石に海藻は無かった為、生息出来る魚の種類には限りが有ったけど、声の主と過ごしたこの海にも賑わいを増やせた事には、喜ばしい反面、あの心地よい静けさを記憶だけに留める事への勿体無さも僅かに感じる。


 ちなみに、私が動物を呼び込む際には、瀕死のモノしか呼び込んでは居ない。一応どこに繋げられるかは、私の任意なのでその辺は選んでいる。他世界とは言え、元気な生命体や子を身籠る生命体を乱獲すれば、少なからず生態系に影響を与えかねないからだ。私は、この世界を豊にしたいだけで有って、他世界を滅ぼしたい訳では無い。だから、呼び込む生命体に関しては、大きいもので有れば大きい程に慎重に選ばなければ成らない。


 そう言えば、動物をこの世界に呼び寄せる時に、レイクリットに変な事を言われたっけ。


『肉食の動物も呼ぶのか』


『? そうだけど、何か可笑しな事を言っているかしら』


『いや、それでは折角育てた草食の動物達を食べさせなければ行けないのでは無いかと思ってな』


『可笑しな事を言うのね。そんなの当たり前の事じゃない。私達だって、ご飯を食べないと生きて行けないでしょ。それに草食の動物だって増え過ぎたら、互いに争い有ってしまうわ。適切な数に揃える為には、肉食の動物を呼ぶのは当然の判断だと思うのだけど』


『ふむ。我はどうやら巫女の考えを誤認していたらしい。巫女よ、一つ尋ねる。自然淘汰の考えを入れ、その後の楽園をどう思い描く』


『どうって言われても。私は最初からずっと考えを変えて居ないと思うんだけど。私が目指すのは、永遠の楽園じゃ無い。ただ、どこにも居場所が無かった者達が己の人生を呪わず、生きて来ても良かったって言える最後の場所を用意することよ』


『成る程。そうだったのか。いや、それでこそか』


 レイクリットは、最後にそんな事を呟いてから何故か今まで以上、積極的に楽園を創る事へ協力してくれる様に成った。元の世界へ帰る当てを用意すると言う報酬の前払いとして、手伝う以外の理由が増えたからだと、本人は語ったけど。なんで突然増えたんだろう、と私には不思議でならない。聞いても全然理由を答えてくれないのだもの。まぁ、打算で手伝う訳じゃ無くなったのは、ちょっとだけ嬉しい気持ちもある。


 だからこそ、レイクリットには残って欲しい気持ちもあったのだけど……。でも、これは最初に決めた約束だから。彼には、このことを教えなければ成らない。


 ある日、とある事を確認した私は、その直後にレイクリットを呼び出した。


「態々呼び出すなど、何かあったのか。巫女よ」


「うん。とても大事な話があるの」


「大事な話、だと」


 そう尋ねるレイクリットの返事も待たず、私は何時もの様に両の手を何も無い空間に翳す。そして、ある場所を選び、思い、扉をこじ開ける。直通のトンネルだ。生命体が通っても心体に害は無い事を私自身が確認を取ってある。


 私の目の前には、今、人間の大人一人が通れる程度の大きさの水面の様な孔が虚空に開かれている。


「見ての通りよ。この先には貴方が元居た世界が繋がっているの。変化して人間体に成れば、レイクリットも通れる筈よ」


 それだけを口にして、私は開いた扉を閉じた。虚空に出来た水面も消え、辺りには何も無い空間だけが広がる。


「約束通り、元の世界にはいつでも帰れる様にはしたわ。だから、貴方が望めば、いつでも」


 自分でも隠せていない事を自覚して仕舞える程に、言葉を口に出す度に声が小さく成って行く。戻って欲しくない。その言葉を口に出して仕舞わない様に、していたら自然とそうなってしまった。


 レイクリットは、私の言葉を聞いて「そうか、ならば明日もう一度開いてくれ」そう答えを返す。彼の言葉は予想していたモノとは言え、私はその日、何も喋れなく成っていた。


 楽しかったレイクリットと過ごした日々もこれで、おしまい。レイクリットが向こうに行くと決めた以上、私が彼を引き留める訳には行かない。


 だって、楽園は居場所の無い者の為にこそ、有るべき場所なのだから。レイクリットが元の世界へ帰ると言うのであれば、彼が元の世界にこそ居場所があると言うのであれば、私が彼をこの世界に縛る事はしては行けないのだ。彼が向こうに行った後に私が連れ戻す事もしては行けない。


 最初から分かっていた事の筈なのに、折角苦楽を共にした友達との別れは寂しいものを感じさせ、初めて自分が示した楽園のルールに縛られる。


 翌朝の早朝。何故か花束を用意したレイクリットが現れる。他の者達も見送りの為に集まってくれた。


 私は、レイクリットの目の前に昨日の様に、彼が元の世界へ帰れる扉を開く。虚空に揺らめく人間の大人一人が通れる程度の水面。


 彼は、それを前にして他の来訪者から教えられた変化の妖術を使い、人間の姿へと変わる。そして用意していた花束を両手で抱え「それでは行ってくる」そんな言葉を言い残して、扉の先へと歩み出した。


 思っていた以上にあっさりとした別れ。レイクリットに取って、私とは別れも言う程も仲良く無かった関係だったの。そんな思いから、扉を閉じる事も忘れて落ち込んでしまう。


 そんな私をシフや他の皆は励ましてくれた。何故か私を扉から遠ざける様にしながら。あからさまに妖しいみんなの行動。だから、ちょっとだけ期待を持って数分間は扉を閉じないで居た。


 レイクリットが帰ってから、十分程が経った頃だろうか。そろそろ、疲れて来た。扉を開くのも維持し続けるのも当然の様に魔力が居る。魔力を長時間消費し続けると言うのは中々に身体に堪える行為だ。これ以上は維持出来ない。僅かに抱いていた期待も、もう続けられない。


 扉を閉じて仕舞おうと手を翳す。それを何故か皆が阻止しようとしていた、その時だった。


「すまない。皆。少々手間取ってな。遅れてしまった」


 扉の先から、レイクリットの声が聞こえて来た。そして、限界まで維持し続けたことで、意識を失い掛けた直前。消えるかどうかの間際に扉を潜って来たレイクリットの姿が見えた。何故か見慣れない人物を抱えた状態で。我慢の限界故に、そこで私の意識は、暗闇に消える。


 翌日、意識を失っていた私は目を覚まして早速、レイクリットの元へと駆け寄る。何時も通り竜の姿をしたレイクリットの前足に「このやろぉ。心配したんだぞぉ」と文句を言いながら飛び付いた。


 どうでも良いかもしれないが、この物言いはシフの受け売りである。目覚めた私に最初に事情を説明してくれたシフに、こう言って飛び掛かってやれと言われたからだ。


 シフの言っていた通り、普段言わない物言いに驚いてか、今まで以上に驚いた様子のレイクリットの表情は、昨日の事をどうでもよく思える程に痛快だった。


「…………それで、レイクリット。私に、何か言わないと行けない事は無いかしら」


「そ、それは、だな。別に隠しておくつもりは無かったのだ。元々、我の居た世界に有った未練は一つしか無かった。それさえ確認出来れば、此処に戻ってくるつもりだったのだ。だが」


 そう口にしたレイクリットは、シフを見る。『折角だし、偶には巫女を驚かしてやろうぜ』と悪乗りしたシフが戻って来る事について黙っておく様に口出ししたのだとか。ちなみに私以外の全員がこの悪だくみに加担していたそうだ。どおりで、扉を閉じようとした私を皆が止めようとした訳だと納得する。


 それはそうと、シフは勿論の事、皆には後でたっぷりとお説教しないと。でもその前に。


「レイクリット。私が聞きたいのは、そんな事じゃ無いわ。帰って来たのなら、先ず言わないと行けない言葉が有るでしょ」


「そうだな。心配さえてしまい、すまなかった」


「もう、それも有るけど、そうじゃなくて。帰って来たのなら、ただいまっていう所でしょ」


「あ、あぁそうだったな。ただいま。巫女」


「よろしい。おかえり。レイクリット」満面の笑みでそう返した。まぁ、帰る事を黙っていた事については、後でたっぷりと反省して貰うのだけど。最初からそう言ってくれれば、こんなに心配しなかったのに。


「それで、レイクリットが言っていた心残りは、その子なの?」


 私の視線の先に居たのは、私より少しだけ小さな人形の様な少女。いや、手首に間接部品見たいな球状の部品が見えるし、本当に人形なのかな。そう言えばシフが前に人間そっくりの人形の話をしていた様な。もしかして。


「これは、殿下……。我が以前仕えて居た御方のご息女でな。訳あって、このように一部が人形の様な姿をしているが、一応は巫女と同じ人間だ」


 私の考えを察してか、口出しする前にレイクリットがそう答え、人形の様な少女を私の前へと向かう様に促す。


 目の前で立つ少女は、落ち着かないと行った様子で辺りを度々きょろきょろと見回した後に、じっと私の方を見て来る。


「シャルロット様。こちらがお伝えしていた巫女にございます。どうぞ、ご挨拶を為さってください」


 レイクリットは、何時もとは違った畏まったような様子で、人形の様な少女に声を掛けた。普段と違うレイクリットの喋り方に面を喰らった私を置いて、人形の様な少女はお上品にスカートの裾を上げて、頭を下げて来る。


「は、初めまして。巫女さま。聖竜公国、フレスベルグ大公が第一子。シャルロット・フレスベルグと申します。この度は、囚われでした私を助けて頂き、ありがとう存じます」


 何度も練習して来たのか、丁寧な挨拶をして来る。シャルロットと言う名の少女。それに対して、私は思ったままの感想を口にだしていた。


「え、どういうことなの」助けて頂きとか言われても憶えが無いし、それに何より目の前の少女は、お姫様と言うでは無いか。何がどうしてこんなことに? 私は、取り敢えずレイクリットに説明を求めた。


 レイクリットの話に依ると、この少女はレイクリットがかつて仕えて居た国。その王様の子供だったと言う。だったと言うのは、既に先程この少女が口にした聖竜公国という国は、戦争に破れ滅ぼされてしまったのだとか。


 仕えていた王から、娘を頼むと頼まれたレイクリットは、シャルロットが隠れていた場所へ移動する最中に、この世界に迷い込んでしまった。


 その為、レイクリットはシャルロットの安全を確かめる為にも早く帰りたかったのだと語った。


「そうだったんだ。でもそれならもっと早く言って欲しかったな。そしたらもう少し早くに、助けに行く計画を立てたのに。なんなら私が助けに向かうとかすれば、三年も待たせずに済んだかも知れないのよ」


「馬鹿を言うな。巫女。お前では、奴らに捉えられて居たシャルロット様を救い出すどころか、逆に囚われの虜囚と成っていたであろう」


 レイクリットは、あの日、花束を持って仕えていた主の死を弔った後に、その足で敵国に攻め入り囚われていたシャルロットを救出したのだとか。


「そんな危ない事を一人でするなんて、何か遭って戻れなかったらどうするつもりだったのよ。貴方はいつも一人で何とかしようとし過ぎだわ。次からは、もっと私達の事も頼ってよね」


「……。そうだな。巫女達が出来る程度の事は精々当てにさせて貰うとしよう」


 レイクリットは、私の言葉を鼻で笑った後に、そんな事を口にして来る。やれば大抵の事は出来るからって、何よその言い方。程度の事は、って何よ。折角ヒトが心配して言っていると言うのに。鼻で笑うのなんて酷くないからしら。と私が抗議をする中、シャルロットは私達の会話を聞いて「レイクリットさん。凄く楽しそう。あんな楽しそうな顔いつ振りかしら」と呟いていたのだった。


  

 シャルロットがこちらの世界に来て以来、レイクリットは一層に楽園を創る為の作業に取り掛かる様に成った。憂いが無くなったと言うのも有るのだろうが、常に側に居るシャルロットにかっこ悪い姿を見せたくないから、と言うのが一番大きな要因の様に思える。

 

 詳しい事情までは、聞いて居ないがレイクリットに取ってシャルロットとの関係は叔父と姪の様な関係性なのだとか。最早血縁関係者の居ないシャルロットに取って、多くの時を共に過ごしたレイクリット以外に頼る事が出来る者は居ないそうだ。


 人形の様なこの少女が、元の世界での居場所を既に奪われ、死を待つだけだったと言うのであれば、楽園の住人として歓迎しない理由も無い。猫の手程度だが、作業を手伝ってくれているのも助かって入るからね。


 そう、実際に助かっては居るのだ。楽園と言う名の途方もない目標を前に、シャルロットの頑張りを見て、ある事を決める。


 最初は、楽園の完成後、もしくは生活の基盤を万全な者にしてから、ヒトを呼び込む予定を立てて居たのだけど。食料は十分確保出来ているし、住居だって創ろうと思えば創れる。土地の活用方針も殆ど立て終わった様なもの。今後の計画も考えたなら、むしろ今からの方が良いのかも知れない。


 早速私は、皆にこのことを相談して見る事に決める。結論としては、意見が真っ二つに別れてしまった。呼び込む呼びこまないでは無く。死に瀕した者か、或いは居場所は無くそれでも生き続けて居るものを呼び込むかで。


 元々ヒトを呼び込む事は、事前に決めていた事だ。それ自体は、私が呼び込むと判断したのならと、皆が納得してくれた。だけど、死に瀕した者を呼び込んでも治療の為に数名が作業から離れると言う事態に陥る。もしかしたら、呼び込んだ直後に息を引き取ってしまった場合、私自身の魔力の浪費と無暗に墓を増やすだけに成りかねない。それならば、まだ健康体で居る者を呼び込む方が良い。


 そんな対立から、話し合いは難航し。妥協点として私が出した提案に依って話し合いの終わりを迎える。


 私が提案したのは唯一つ。死を迎える直前の者を此処に呼び寄せる事。本来その世界での生が終わる直前の者。事故や争い、遭難等で、現在は健康体又は軽傷程度。だけど、数刻後、数秒後には死を迎える。そんな者を呼び込むと言う提案。

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