第三節 友との交流の日々 少年と狼

 数日後。朝から他の皆と協力して畑を造る為に土を耕している最中のこと。


「巫女ちゃん。あの子、目が覚めたよ」


 遠くの方から、ドタドタと足音が聞こえたかと思うと、大猪のヘルムートさんがやって来て、看病してくれていた少年の目覚めを知らせてくれた。


「本当。分かった。直ぐに行くわ」


 手にしていた農具を掘り返した土の山付近に置いて、ヘルムートさんの元へ駆け寄る。


「あ、そうだった」


 さぁ乗ってと言う彼女の背に上る前に、思い出した様に振り返って「みんな、あの子のところに行ってくるから、後は頼むわね」っと大声で叫ぶ。


 声を掛けた先に居るのは、昨日、楽園を創るのを協力してくれた来訪者の内、力自慢の人達。


 巨人や牛の頭をした大男。それに植物に詳しいと言うケンタウロスも、そして何より驚きなのが、どういう心境の変化か今朝戻って来て手伝うと言い出したレイクリットまでもが協力してくれている。


 話を聞いたところ、私が提案した方法が一番確実に元の世界へ帰れると判断したからだ、と言われた。楽園を創るのに手を貸す理由に関しては「貴様の手を借りて元の世界に帰る以上、我は貴様に、それ相応の対価を差し出す必要が有る。故に対価分程度は、貴様の楽園と言う名の夢物語に付き合ってやる」なんて事を言われた。


 言い方はともかく、手伝ってくれると言うなら断る理由も無い。それに、昨日私が戻った際に集合場所に集まっていた見知らぬ者達は、レイクリットが呼びかけて集めてくれたそうだし、今朝に成って戻って来たのも、この大地に私達が接触したヒト以外の来訪者が居ないか探してくれていたと言うじゃないか。


 尚更断る理由なんて、これっぽっちも無い。それどころか、こっちが感謝するぐらいだ。でも、レイクリットは私の感謝を受け取ってはくれなかった。


「対価として最低限のモノを揃えただけだ」とか言って「さぁ、我に指示を出せ」とか言ってくるしまつ。


 なので畑を耕すのを手伝ってと、お願いしたら二つ返事で手伝ってくれた。昨日は、ツンデレかと思ったけど、思ってた以上にツンが弱い?


 まぁ、そんな事はともかく。どれぐらいの広さを畑にするかとかの細かい事は、朝の内に決めていたし、後は任せて置いても大丈夫そうね。


 作業を続ける皆の様子に安心し、ヘルムートさんの背に乗って、目覚めたと言う少年の元へ向かう。


 大きな巨体の上でゆられて数分。少年が寝かされていた場所へ到着すると、地図作製担当だったシフが先に来ていた様で、何やら少年と話をしている様だった。


「あれ? シフ、来ていたの」


「おぉ、巫女。丁度近くを通った時に目が覚めたって聞いてな。巫女を連れて来るまで俺が代わりに、こいつを見張っておけとか言われたからよう。こうして、話ながら待っていたって訳だ」


「そうだったんだ。あ、えっと。おはよう。じゃなくて今の時間だと、こんにちわ。になるのかな。私は巫女っていうの。良かったら貴方のお名前を聞かせてくれないかしら」


「あ、えっと」


 シフの隣に居た少年に声を掛けると、少年はおどおどとした様子で言葉を詰まらせていた。


 あれ。会って行き成り名前を聞いたのは、馴れ馴れしかったのかな。私は心の中で軽率だったかなと反省する。


「あぁ。こいつ、人と話すのに成れて無いみたいなんだよ。別に巫女が悪い訳じゃないから、あんまり気にすんな」


 シフのフォローにちょっとばかし安心した後、改めて挨拶を仕切り直す。


「初めまして。私は巫女って名前なの。突然のことで混乱しているかもしれないけど。私に分かる事はちゃんと後で教えるから、先ずは先に貴方の名前を聞いても良いかな」


「えっと。あ、…………アル。アルフレート。です」


「そう。よろしく。アルフレート君」


「よ、よろしく。お願いします」


 私とアルフレート君が、ちょっとばかし、よそよそしい挨拶を終わらせると。それに満足したかのように、シフが立ち上がり声を掛けて来る。


「それじゃあ、巫女も来た事だし。俺は作業に戻るぞ」


「ありがとうシフ。行ってらっしゃい。あ、そうそう夕飯までには戻ってよね」


「あぁ。分かってるって。それじゃあな」


 シフが、この場を去ろうとした、その瞬間「ふぐぁ」シフが突然変な奇声をあげる。原因は、探らずとも分かる。だって目の前でアルフレート君がシフの尻尾を掴んだのだのも。


「あ。ご、ごめんなさい。強く、握るつもりは、無かったんです」


「行き成り、握るのは勘弁してくれよな。それで、どうしたんだ」


「あ、な。名前。教えて下さい。狼さんの。名前」絞り出すような声で、少年が答える。


「あぁ、そう言えば、まだ名乗ってないんだったな。俺はシフだ。これからよろしくな」


「よ、よろしくお願いします。シフ。へへ」


 シフが名乗った後、少年がにやにやとした顔でそう返事を返す。なんでだろう。私が名前を教えた時より嬉しそうに見えるんだけど。ちょっと悔しいような。別にそうでも無いような。


 もやもやとした初めての感情に戸惑いつつ、シフの背を見送る。


 その後、私は、アルフレートに昨日皆に話した内容と同じ話をした。この世界について、今直ぐは、元の世界に帰れないこと。楽園を創って居る事についても伝えても教える。


「そ、そうなんですね。此処は、僕が居た世界じゃない…………」


「元の世界へ帰りたい?」


「…………帰りたく、無いです」アルフレート君は絞り出す様な声でそう口にする。


「そう。貴方も帰りたく無いのね」


「えっと、巫女、さん?」


「大丈夫。安心して、そう人の為の楽園だもの。此処に居る限り、貴方は元の世界での辛い事なんて忘れるくらい笑顔で居られる暮らしを送れるようにしてあげる」


「ぼ、僕なんかでも、そんな暮らしが、出来るの?」


「当然よ。私が目指す楽園には貴賤なんて無いもの。例え、怪物で有ろうと、人で有ろうと。居場所を求め、唯、幸福だけを望んだ者全てに安息と心から笑顔で居られる場所。それが楽園よ。だから、此処の世界に居る限り貴方だって、その対象なの。だから、私が絶対そんな暮らしを貴方にさせてあげるわ」


 私の言葉にアルフレート君は、困惑する様な、それでも希望を持つ様な目を一瞬だけ向けて来た。だけど、直ぐにその目は暗く濁る。


「そんな世界に、出来ると、良いですね」期待している様なその言葉。でも、何故か私には逆の意味として言われた様に聞こえた。だから、はっきりと断言する。


「えぇ。もちろん。絶対にこの世界を夢物語に相応しい楽園にして見せるわ」


 私の答えに一瞬だけ目を見開いて、こちらを見たアルフレート君。だけど、それ以降は、私と目を合わせてくれなかった。その事を少し残念に思いながらも、目覚めたばかりの彼に無理をさせられないので、今日はそろそろ戻ろうかと思った時、空から風切り音が聞こえた。


 二つの翼を広げ空から降り立ったのは、楽園を創るのを協力してくれている来訪者の一人、レイクリットとはまた別の形状をした竜のベルナール。レイクリットと比べたら小型の彼には、空輸で荷物の運搬や情報の伝達を頼んで居たのだけど。一体どうしたんだろう。


「巫女。レイクリットの奴が畑の広さが、どうのって他の奴らと揉めだしたんだ。急いで戻ってくれ」


「またなの。もう、レイクリットにも困ったものね」


 性分なのか、細かい事に煩いレイクリットは、他の来訪者達と衝突する事が既に何度かあった。他の来訪者達同士での諍いも、まだ数日だと言うのに後が絶えない。そういう時は、必ずと言って良い程、私が駆り出されて仲裁する嵌めに成る。


 ただでさえ、多くの種族が一ヶ所に集まっているのだ。元々考え方も生活方式も違う者同士、

最初の内は仕方ないこと。互いの事を知って分かり会えるまで、と思って積極的に仲裁を買って出ていたけど。所かまわず呼び出され続けるのと言う今の状況は、そろそろ改めないといけにかも知れない。せめて私の代わりに仲裁出来るヒトを増やすべきかな。


「巫女、ほら早く乗ってくれ。アイツらが暴れ出したら、折角耕している途中の土地が全部やり直しに成っちまう」


「分かってる。……それじゃあ私は、先に戻るわね。もし、これから先、何か困った事が有ったら、何時でも私に相談して頂戴。私に出来る事は、何でもするわ。それじゃあ、また後でね」


 アルフレート君に見送られながら、後の事をヘルムートさんに任せて、ベルナールの背に乗った私は、空から畑の方へと戻って、暴れる直前だった彼らを止めたのだった。


 それから更に数週間が経過した。私は相変わらず楽園を創る為に、忙しい日々を過ごしている。声の主から貰った知識の中から毎日限界ギリギリまで必要に成ったモノを理解して行き、果物を創ってその種を植え、建物を創る為の建材を用意して、どの場所に何を創るのか、何が必要かを考えたり、諍いの仲裁とかも。


 協力してくれる来訪者達も、私が創れるモノが増えて出来る事が増えて行く度に、日々忙しなく過ごしている。


 そうした日が続くものだから、私は休憩を取る時間も少なく成っていた。アルフレート君のお見舞いにも余り行けていない。


 そんな私を気遣ってか、或いは見かねてか、アルフレート君自身から、お見舞い来なくても言いと言われてしまうしまつ。


「うぅ。せめて私の身体がもう一つ有れば」


 切っ掛けは、そんな些細な一言だった。


「そうか。欲しいなら創れば良いじゃない」


 アルフレート君の見舞いから戻る最中に、疲れで頭が周らなかったのか、それがどういう事なのか考えもせずに閃いてしまった妙案を試すべく、私は早速その場で、いつもの様に、今度は私自身を複製しようとした。


「やめろ」


 背後から大きな声が聞こえて、思わず能力を使う事を止めてしまう。後ろを振り返るとそこには、見慣れた白銀の毛。シフが立っていた。


「なんだシフか。驚かせないでよ」


「止めておけ。巫女。それはしない方が良い行為だ。他を創るなら止めはしないけど。自分を創るのはやめておけ」


 シフが何時も以上に真剣な眼差しを向けてそんな事を口にした。思わず固唾を呑んでしまう程の真剣で怖い眼差し。


「悪い。巫女を怖がらせるつもりは無かったんだ。だから、そんな顔をするなよ。忙しいって言うなら俺が手伝うからさ。そんな危ない事はやめとけって言いたかったんだよ」


 シフは、怖い表情を崩して、何時も私に向けて来る笑顔でそんな事を口にした。


「危ない事だったの?」


「あぁ、そうだぜ。俺が止めなかったら…………っと、これ以上は本気でビビらせちまいそうだし、言わないでおこうか。ともかく、手が足りないなら、俺や他の奴を頼れよな。あぁそうだ。アルフレートの奴の面倒も今後は俺が見ておくから心配するな。個人的な用事も有るからな」


 シフは、それだけ言って、アルフレートが休んでいるテントの方へ向かう。恐ろしく思わせたシフの言葉に呆気に取られていた私は、シフの言葉に気付けば頷いており、アルフレート君の事を任せる事に成っていた。


 ちなみに、その日以降、私は自分を創ろうなんて考え無い様に成った。シフの言葉が恐ろしかったのも有るのだけど、それ以上に、あの時のシフの目が忘れられなかったからと言うのも有る。何せ、シフの言葉を無視すれば首が飛んでいたかも知れないと思わせる程、怖かったのだから。


 でも、逆に私は好奇心も隠せないでいた。なぜシフがそこまでして、私自身の複製を阻もうとしたのか。もしかして、シフはそれがどんな結末を迎える事に成るのかを知っているんじゃないのだろうかと。


 だからある日、シフと二人で話す機会が出来た時に、聞いて見る事にした。でも、シフってば口が固い所有るからなぁ。教えてくれるだろうか。


 そんなことを考えながら「シフ。あの時、どうして私がもう一人の自分を創ろうとした時に止めたの?」と尋ねる。


「巫女。もしかして、まだそんな事をしようとか考えて居るのか」再び怖い視線を向けるシフ。


「もう、するつもりは無いわよ。でも、シフが態々『やめろ』なんて強く言うものだから、理由が気に成ったのよ」


「…………」


「シフ? ねぇシフってば。理由を教えてくれるぐらい良いでしょ。ダメな理由さえ教えてくれれば、もう、この話はしないから」


「本当だろうな」


「本当よ」疑う様な目で見て来るシフに私は、そう答える。勿論嘘では無い。『この話』は、二度と誰ともしないつもりだもの。


「あれは、俺が子供の頃の話だ」


 シフは、最初にそう言って、理由を語り出す。しかも子供の頃の話。友達と昔の話で盛り上がる。こういうの憧れだったんだよね。嬉しさ半分。真剣半分で、シフの話を聞いてゆく。


「俺がまだ人間だった頃。とある噂を耳にしてな」


「え、シフって人間だったの」


「言ってなかったか? まぁそんなのはどうでもいい話じゃねぇか。あんまり気にすんな」


「気に成るわよ。だって、人間だったんでしょ。それなのに今はこんなにモフモフしてるし」


「その話をするんだから今は黙ってろって」


 シフの衝撃的な事実が判明し、驚く私を置いて、シフは語り続ける。


 昔々、まだシフが人間だった頃。彼はとある山奥の村に住んでいた。ある日、そんな山奥に住む彼の元に、一つの噂が流れる。新月の夜。人間そっくりの人形を造る人形技師が湖近くにやって来て、最初に出会った者と瓜二つの人形を創る。そんな根も葉もない噂。村の誰もが信じなかった。でもソレを信じてしまった者が一人居た。それが人間だった頃のシフだと言う。


 彼は、好奇心からその人形技師に出会い。自分そっくりの人形を創って貰ったのだとか。


 自分の自我も魂さえ瓜二つの人形を。それはまさしく自分の複製そのものと言って良い程の出来だった。最初は良かった。同じ考えを持ち解り合える親友を持った様な気分に成っていた。


 友達の居なかった彼にとって、その人形は何よりも大切に思えた。でもそれは最初だけ。


 同じ事を考え、同じ事しか出来ない。好きなモノも嫌いな事も同じ二人。嫌な事をお互いに押し付け合い。欲しいモノは取り合う二人。そして、俺は奴を壊す事を決めた。


 だけど奴は俺に成り替わる事を決めた。最初から居た方と後から出来た方と言うだけの、そんな些細な違いから生まれた別々の考え方。


 同じ二人は互いに争った。互いが俺と言う一人であると主張しながら。暴力に知恵、果ては胡散臭い呪術にまで手を出して。


 結果は見ての通り、俺の負け。胡散臭い呪術を使った時に何故だか、俺の方だけが失敗した。お陰で両方の呪いに掛かって今の姿に成る。


 人語も解せず、一番近い姿の狼として猟師に追われる生活の始まりを迎えたって訳だ。


 あぁちなみに、俺に勝った奴は人間として生きているぜ。


「それじゃあ、今は人形の方が人間を騙って生きているって事?」


「ん。そうとも言えないな。実のところ、俺も奴もどっちが本物だったのか、途中から分からなく成っていたんだよ。造られ方が違っただけで、奴も俺も同じ存在だったからな。勝った方が本物。それが人形だろうと人間だろうと。勝った方がシロガネって言う名前の人間に成れる。その勝負に負けた時点で俺は、唯の負け犬に成ったってだけだ」


「そう。だったんだ」


「あぁ。別に巫女が落ち込む必要はねぇよ。俺の方は負けたお陰で今こうして、巫女に出会えたんだからな。っと、まぁ、そんな訳で自分と言う存在は二つも要らないんだって話だ。俺と同じ結末に成るかは知らないが、少なくとも碌な事には成らねぇ筈だ。だから、もう自分を創ろうとかするんじゃねぇぞ」


 シフは、最後にそう言って釘をさして来る。そして、話は終わったからと立ち上がるシフ。休憩を終わらし作業に戻ると言うシフに最後に一つだけ尋ねてみた。


「ねぇ、シフ」


「なんだ? まだ何か聞きたい事でも有るのか」


「うん。一つ気に成ったんだけどさ。その創って貰った人形って、本当に考え方まで全部、元の人間と同じだったの。手癖とかそう言う細かい所が違ったり、しなかったの」


「まったく同じだったと思うぜ。あぁ、でも唯、片方が憶えた事が共有されて居る訳じゃ無いから、そこで違いが生まれたりはしたな。って、もしかして巫女」


「大丈夫よ。もう創ろうだなんてしないわ。少し気に成っただけよ」


「ふーん。まぁそれなら良いが。絶対創ろうだなんてするなよな。二人の巫女がお互いを殺し合う所なんて俺は見たく無いからな」


 シフは、それだけを言い残して、作業場まで戻って行った。それを見送りながら、ある事を考える。もし、もしも私が死んでしまう直前に、シフが言った人形の様な存在を創れば……この私が死んだとしても、今の私の意思を継ぐ新しい私が……なんてね。


 馬鹿な考えを頭の片隅に追いやり、私もその場を立ち上がり、楽園を創る為の作業に戻る。

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