第二節 居場所を求める者達 集う迷い人達

 それから、陽が沈むまでの間、私の、初めての友達がくれたこの広大な大地をシフと二人で駆け抜け、多くの来訪者達と出会った。


 その何れもが、私と同種の人間では無かったものの、大きい存在から小さな存在まで多岐に渡る者達と出会い、軽く話し合い交流を深め、友達に成りなったり。成ってくれなかったり。


 色々有ったけど、半数以上のヒト達は、私が目印として用意した旗の元へ向かってくれた。


 そして、そろそろ日が暮れて来たからと、シフと共に集合場所へ戻る最中のこと。


 道端に、凄く汚れたローブを羽織る誰かが倒れて居るのが目に入った。


 私とシフは、急いで倒れるローブの人物に駆け寄り容態を確認する。


 外見は私と同じ年頃の男の子。つまり人間の様だった。唯、ここに来るまでに出会ってきた来訪者の中には、人間に近い見た目をした別種属なんかも居たから、確実に人間かどうかは、分からない。でも、それは今気にする事じゃない。


 何せ、この子は命の危機を疑ってしまう程にまで、痩せ細り、窶れて弱っているような、とても青ざめた顔をしていたからだ。


 目を閉じ、私達が身体に触れてもピクリとも動かさない。僅かに呼吸している様子では有るので、生きては居るのだろうが、その呼吸も何だか弱々しい。


 何かの病気? 或いは呪い? 私は、勿論医者じゃなければ、呪いに詳しい訳でも無い。例え声の主から与えられた知識の中に、病気の治療方法やら解呪の方法が有ったとしても、貰った知識も今日の時点では理解出来る知識の量は限界寸前だ。


 だから、今の私ではこの子が何に苦しんで居るのか全然見当もつかない。


「巫女。こいつ。このままだと多分死ぬぞ。どんどん体温が下がっている。せめて身体を温めないと」


「わ、分かってるけど。温めるって言われても、何をすれば」


 落ち着いて冷静に考えようと勤めても、誰かの死が迫っていると言う事実が私の頭を搔き乱す。助けないと助けないと助けないと。頭の中はそればかりが飛び交いまともな判断が時間の経過と共に遅れて行く。


 何か、何か方法は。温める。暖かいモノ。暖かいモノって一体。火? でも火を起こせるモノって何を創れば良いの。生まれてこの方、火になんて触れた事が無い私には、火起こしに必要なモノが何か知らない。


 声の主に与えられた知識の中から、火に関する知識を理解すれば。でも今は限界ギリギリだし。でも、このままじゃ。


 そんな事を考えながら頭を抱える私に対して、シフは慌てる事はせず落ち着いた様子で、とある提案をする。


「そうだ。あの大猪なら、何かこいつを助けられる方法を知っているんじゃないか。いや、例え知らなかったとしても、集合場所まで向かえば、もう既に何人かは集まってるだろ。そいつらの中に、こういう時どうすれば良いか知っている奴の一人ぐらいは居るんじゃないか」


「そ、そうね。それじゃあ急いで戻りましょう」


 シフの提案を聞いた私は、余計な事を考えそうに成っていた思考を止めて、急いでローブを羽織る少年をシフの背に乗せる。そして、私も同様にシフの背に乗って、急いで集合場所に定めた旗を立てた場所へ向かう。


 シフが言っていた大猪とは、大陸中を回って出会った来訪者の一人で、文字通り家一つ分ぐらいの大きさをした、巨大な猪の事だ。彼女は、他の来訪者が暴れた際に負った私とシフの怪我を直してくれた。ならば、この少年の治療も出来るかもしれない。


 もし出来なかったとしても、シフが言っていた通り、他の集合場所へ集まる様に頼んでいた来訪者の中の誰かが治療の方法を知っている可能性も無いとも限らない。


 幸い、シフの足で有れば此処から集合場所まで、それ程時間は要さない筈。一縷の望みに賭けるようなものかもしれないが、良案が思い付かないからと、手をこまねいているよりかは、ずっといい。


 目覚める様子の無い少年が落ちて仕舞わない様に抑えながら、全力で走ってくれているシフにしがみ付く。


 そうして、ものの数分と経たずに目印に立てていた旗が見えて来た。その近くには、既に到着していたらしい、声を掛けて来た来訪者達の姿も見られる。


 それは良い。迷わず無事に到着してくれた事は良いことだからだ。でも、不思議な事にその中には見慣れない者の姿も有った。


 この大陸を駆けまわった際に見ても居ない者が居る事には、驚きはしたものの。今は構う場合じゃ無い。


 なんたって、私の。友達に成ってくれるかもしれない少年の命が掛かっているのだから。見慣れない者達に声を掛けるのは後にして、到着早々に彼女の事を探す。


 大きな巨体故に、探すのに苦労はしなかった。シフに彼女の居場所を伝えて直ちに向かって貰う。


「ヘルムートさん。この子を助けてあげて下さい」


 先に来ていたであろう、彼女と気の合いそうな来訪者と話し合っている所に割って入り、彼女に聞こえる様に大声でお願いする。


「ど、どうしたの巫女ちゃん。そんな慌てて。一体何が」


 私は、シフの背から降りた後、彼女の目の前にローブを羽織る少年を降ろし、事情を説明した。


 その間、シフはお願いをした訳でも無いのに、私の声を聞きつけて集まっていた来訪者達が不用意に少年へ近寄らない様に抑え、順番に説明して行き、彼女への説明の邪魔が入らない様に配慮してくれる。


 そのお陰で、この少年を見つけてから素人目でも、少年が危険な状態である事を彼女にちゃんと伝える事が出来た。


 事情を把握した彼女、大猪のヘルムートさんは、直ぐに少年の容態を確認してくれる。


「巫女ちゃん。そんなに心配しなくても大丈夫よ。確かに具合は悪い見たいだけど。これは所謂、魔力切れ見たいなものだもの。ギリギリ危険な状態は既に脱しているわ。ほら、顔色も少しずつ戻っては居るでしょ」


 ヘルムートさんに言われるがままに少年の表情へ視線を移すと、確かに最初に見た頃よりも肌の赤みが戻っている様にも見える。苦しそうな青ざめていた様な顔も既に和らいでいた。


「よ、よかった。私、シフにこのままじゃ体温が下がって危ないって言われたから、慌てちゃって。でも、これなら、そこまで慌てなくても良かったのかな」


「そんなこと無いわ。この子が危険な状態を脱したのは、貴方が急いで連れて来たからなのよ。ほら、今ここは暖かいでしょ」


「え。……本当だ。此処に来るまで結構風が強かった筈なのに」


 彼女に指摘されて初めて気付く。大陸を移動して居た間は、冷たい風がビュウビュウと常に吹き続けていた。それは、ここに来る直前まで変わらなかった筈なのに、何でか今此処では風が吹いていない。


 昼間は、陽光のお陰で寒さは感じなかったけど、陽が落ちた今、あんな冷たい風が吹き続けてい居たんだったら、陽が無いと熱を留めるどころか作り出すモノも無いこの平地じゃ、寒さに震えてもおかしく無い気温に成りそうなものなのに。


 風が吹かなく成ったどころか寒さまで感じないのだ。それも、陽も落ちたのに昼間の暖かさを感じさせたまま。


 理由を尋ねると、他の来訪者に依る魔法のお陰なのだとか。


 魔法。声の主がくれた創造の能力とは似て非なる力。まだ、私は詳しく理解していない知識だけど。魔力やそれ以外の触媒とやらを使って色々な事が出来る技術らしい。


 その魔法で、今この周辺を囲う様に風の流れを変えて、冷たい風の風向きを操作して居るのだとか。更に、昼間から地面に集まった熱を逃がさない様にしているから、今この場所は暖かいとのことらしい。


 正直今の私では、詳しくは仕組みを理解仕切れないけど、とても凄い技術のようだ。楽園造りに協力してくれたら、数年は計画を早める事が出来るかもしれない。


「あ、でも。まだ完全に安心は出来ないわよ。この子は、凄く痩せ細ってるし、体力も消耗しているわ。怪我をしていないのが幸いね。こんな状態で雑菌が体内に入っていれば手遅れに成っていたかもしれないもの。まぁ、それはともかく。此処に居れば、寒さは凌げているから、食料を用意しないといけないわね」


「それなら任せて頂戴」


 先の事を考える事を後回しにして、少年が目覚めた後に食べさせる食料を用意する事にする。と言っても、今日の私に創れるのは、声の主がくれたあの酸っぱい果実ぐらいしか無いんだけど。何も食べないより良いよね。


 取り敢えず、此処に居る全員が最低一つは食べられる分は創った。瑞々しい果実は水分補給にもなるけど。他に食べられるモノも無いからと、皆が仕方なく食べている反応を見るに、もう少し創れる食べ物は早めに増やした方が良いのかもしれない。


 私も、酸っぱいモノが好きって訳でも無いし。明日は先ず、甘いモノも創れる様にしようかな。


 皆での食事が終わり、連れ帰った少年の看病を買って出てくれた数名の来訪者に任せた私は、今後についての話が有ると言って、看病に当たった者以外の来訪者達を一ヶ所に集めた。


「えっと。陽も沈んで暗い中集めちゃって、ごめんなさい。でも、今から話す事は貴方達にも無関係では居られない事なの。だから最後まで聞いてくれると嬉しいわ」


 最早見慣れた夜空の光景を背に、魔法が使える来訪者達が創った篝火で照らされながら、周囲の土や小岩をかき集めて造った台の上に立って喋る私を、集まる皆が一斉に見て来る。


 こんなにも大勢に、それも私なんかを簡単に捻り潰せてしまえる程の力を持つ者達が一斉にこちらを見ると言うのは心臓には少し悪い。それでも私は、こんな程度の事で挫ける訳には行かない。だから真っ直ぐと皆を見て、震える唇を噛み殺し話す。


「もう事情を話しているヒトも何人か居るけど、まだ話したことも無いヒトも居るみたいだから改めて言わせて貰うわね。今、私達が居るこの世界は、貴方達が元居た世界とはまったく別の世界なの」


 世界とは元から複数存在するモノであり、この場に居る皆はそんな世界の内一つで今までは、そこで生きて来た。だけど、なんらかの原因でこっちの世界へと迷い込んでしまって今に至ると言う事を出来るだけ丁寧に教える。


 その上で、どのような原因でこちらの世界に来る事に成ったのかを探る為と言って、私は全員に、こちらの世界へ来る直前で憶えていること。また、私の様に以前居た世界で生きて来た記憶を失ってしまった者が居るかを尋ねた。


 結果、私の様に記憶を多く失った者は、この場には一人も居なかった。


 そして、こちらの世界へ来る直前の事についてだけど、そっちは、少なくとも半数以上が、こちらの世界に来る直前に何があったのか憶えて居ない。記憶が曖昧に成っていると言った事を口にした。


 残る者達は、移動の際に霧に包まれ気付いたら、この世界に来ていたとレイクリットと同様の事を口にする。


 恐らくは、霧に包まれてこちらの世界に来た者は、レイクリットにも話した。この大地と陽光を声の主が創った事に依る一時的な、この世界と他世界を繋ぐトンネルが出来てしまったのに巻き込まれた者達で間違い無い。と思う。


 声の主がくれた知識を全て理解していない今の私じゃ原因を断定する事は出来なさそうだ。もう少し情報が欲しいから皆に聞いたのに、まさか既に聞いた話と同じ内容を話されるとは思いもしなかったもの。


 まぁ、シフと一緒に来訪者達に声を掛けて回った時のヒトの中に、今回この集まりには参加してくれなかったヒトも居るし。そのヒトの話を聞いてから判断すれば良いか。


 そう考え、一時的に皆がどうしてこの世界に来る事に成ったのかを考える事は後回しにする事にした。なぜ後回しにする考えに至ったのかと言えば、情報が足り無いと言うのも有るのだけど、それ以上にレイクリットの様に元の世界に帰りたいとか。帰る方法が有るのかと聞いて来るヒトが誰も居なかったからだ。


 そう、驚く事に誰もだ。皆、私が元の世界に直ぐに帰れないと言っても。それじゃあ仕方ないか。見たいな反応をするんだもの。


 私は、記憶を無くしている訳だし、ちょっと思い出した記憶も良いものじゃ無かったから、元の世界に帰るとかまったく考えていない。


 だから、私の様に記憶が無いから実感がわかないとか、言い出すのなら分からない話でも無い。でも、皆元の世界の記憶を持っている筈なのに。だれも帰りたいと言わなかった事に驚いてしまう。


「どうして? 帰りたいって思わないの。みんな。家に返ったり家族に会いたいとか」


「思わないわ」


 私の言葉を遮り、来訪者の一人、小麦色の毛を持つ狐。天ちゃんがそう答える。彼女とは、シフと共に来訪者を探し声を掛けて周っていた道中で出会い。少し話をしていた時に、元の場所に戻る気は無いと言っていたので、おかしな反応では無かった。


 でも、天ちゃんに続く様に、集まった他の来訪者達も口々に「あそこに戻りたいとは、思わないな」だとか「元の世界より、こっちの方が空気が美味しいから」なんて言い出し始める。


 細かい事情を聞いた訳では、無いから詳しい事は分からないけど、皆まだ何も無いこの世界の方を選ぶ程、嫌な人生だったのだろうか。


 そう思うと、俄然、声の主の。私の願いを実現させて見せようと、やる気が出て来るというもの。だけど、今の私じゃその願いを叶えるのは遠いまた夢みたいなもの。だから。


「今日は、もう夜も遅いから、私から皆に伝える事は次で最後に成るわ。…………私は、この世界に楽園を創ろうと思っているの。種属に関係無く。元居た世界で、どこにも居場所の無かったヒトが最後に辿り着く理想郷。争いも差別も支配さえ無く。

 貧困や飢えに苦しむ必要も無い。皆が笑顔で生きて来て良かったと思える様な素敵な場所。そんな楽園を創る事こそが、私の、私が叶えたい夢。強制はしないわ。無理やり働かせるのって嫌いだもの。それでも、貴方達がもし、元居た世界で嫌な事が有ったと言うのなら。同じ思いをしたヒト皆を笑顔にさせる。そんな夢物語見たいな世界を一緒に創ってくれないかしら」

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