第二節 居場所を求める者達 純白の竜

 真っ白なモノ。シフの毛とはまた別の白。輝いて見える純白の白い何かが遠くの方に見えた。距離から考えるにとても大きなモノの様にも見える。


「お、おい。巫女。こっちだ。急げ」


 私がソレの存在に驚いていると、背後からシフが慌てた様子で私の腕を掴み、力強く引っ張り出した。


 思わぬ出来事の連続で私は拒む事も出来ないまま、そのままシフの胸へと引き寄せられる。そして、その直後に数秒遅れで、私の背後に切り裂く様な鋭い風が肌を撫でた。


 痛くは無い。でも、生物としての本能が直接触れて居たら唯ではすまなかったと訴えて来る。


 背筋を走る悪寒に怯えながらゆっくりと顔を上に向けると、私の背後を強く睨みつけているシフの瞳が映った。


 恐る恐る私も、後ろへ視線を向ける。


 そこには。初めて見る何かが居た。初めて見る。だけど一瞬の内に理解する。ソレは生物と言う枠組みに置いて頂点を頂く絶対の強者。


 純白の鱗。輝く程にまで残酷な白き翼。何者をも裁くかの様な絶対の爪。そして、全てを公平に見下すかのような黄金の瞳。


 ソレの容姿を見て、私は自然と頭の中に存在する膨大な知識の中から、一つの生物種との照合を開始する。


「ドラゴン」自然と私の口からは、そのような生物の名前が出て来た。


 そう、目の前に居るこの生物は、ドラゴン。私が知る伝承の中の龍とは違う、竜。およそ人間の村娘程度では絶対に敵わない存在。


 なのに、私が次に発した言葉は、怖いだとか、恐ろしいと言った類の言葉じゃなくて「綺麗」だった。


 本当に綺麗だった。美しいと心からそう思ったのだ。だから本来は恐れるべき所なのかもしれないけれど、綺麗だと感じたその瞬間から私の心には、恐ろしいと言った感情は消えていた。


 あの綺麗な夜空に浮かぶ青い星とは、また違った美しさを見せる汚れなき純白の竜。


 まるでこの世の不浄全てを近付けなかったかの様な、その白さに私は感動を覚えて居た。


 絶対に辿り着けない様な憧れの存在を見ている気分。美しさに感動すると同時に、自分の醜さを理解してしまいそうな気分にも成る。それなのに見入ってしまう。


「そこの人間。もしや我の事を綺麗だと言ったのか」目の前に居る純白の竜が口を開き、そんな言葉を紡いだ。純白の竜の瞳は、まるで睨むかの様に私を捕らえて離さない。


 私は純白の竜の瞳を見つめ返しながら、コクリと頷いた。なぜだか、この純白の竜に見つめられていると、上手く言葉が出なかった。喋る事の許可を取らない限り言葉を交わす事すら許さないとでも言わんばかりに睨みつけて来るからだ。


 純白の竜は私の返事に対して「我の姿を見て、綺麗等と言った不遜な人間は貴様が初めてだ。さては貴様。我が国の民では無いな」明らかな敵意を向けながらそんな事を言ってくる。


 そして純白の竜は、バサリと大きな翼を広げ、力を見せつけるかの様にバンッと前足で地面を叩きつけた。前足の被害に有った地面はまるで粘土の様に簡単にへこむ。直撃すれば助からないであろう事は一目で分かった。


「その場で跪き、我に降伏せよ。さすれば命の保障程度はしてやる」


 見下す様な目で、そう告げる純白の竜。私はその言葉に対して、どう行動したものかと悩んだ。


 要求通りに降伏すれば、確かに命は助かるかもしれない。だけどそれじゃあダメだ。だって、私が言われるがままに純白の竜に対して降伏すれば、私はこの竜と協力関係を結ぶ事が出来なく成る。


 協力を結ぶので有ればお互いが対等で有らなければ成らない。だから私は、降伏する事は出来ないし、許されないのだ。


 だって、私が楽園を創らなきゃ行けないのに、私よりも上の存在が居ては楽園の理念が成り立たなく成ってしまう。だからこそ、私は純白の竜による温情を受ける訳には行かない。


 でも、だからと言って拒否した所で、私には竜から身を守る手段なんて無い。だからこそ、どうしたものかと悩んでいた。


「どうした。聞こえて居なかったのか。だったらもう一度だけ行ってやる。跪き、我に降伏せよ」


 純白の竜から、早く選べと催促がやって来る。恐らく、このまま答えを出さないままで居れば、私の人生はここで終わるかもしれない。


 上手くこの状況を切り抜けられる方法は思い付かないが、ダメ元でも交渉を持ちかけてみる? 一切こちらの言い分に聞く耳を持たない相手で有れば、反抗的だと判断された時点で、ぺしゃんこにされてしまうかもしれない。


 逃げた所で、追いかけられれば簡単に捕まってしまうだろうし、此処は降伏する以外の方法で、まだ可能性がありそうな方を行うしか。そう考えて、私は一歩前に出て声を発そうとした。


 だけど、私が片足を前に出した瞬間。さっきまで黙っていたシフが突然、私よりも前。純白の竜の目の前に立った。


「黙って聞いて居れば、好き放題言ってくれるじゃねぇか。子供相手に跪けだぁ。命の保障はしてやるだぁ。ふざけんな。俺達大人は子供を守るのが使命だろうが。大人が子供を生かすか殺すか選別するなんて論外だ」


 シフは、純白の竜を睨み付けながらそう吠え。私に後ろへ下がる様に片手で促す。


「シフ。何をする気なの」


「安心しろ。あいつの爪先たりとも巫女には触れさせてやらねぇから。だから俺の後ろで、少しだけ待ってろ。なぁに心配は要らないさ。すぐにでも黙らせてやるからよ」


 シフは私の問いに答える事無く、そんな事を口にする。私はシフに促されるままに、後ろへと追いやられる。獣であるシフと人間である私では力に差が有り過ぎる。当然、私に抗う事など出来無い。


「ほう。我に仇なすと言うか。獣風情が良く吠えたものだ。それとも、矮小な貴様の頭では、力の差と言うものを理解出来ないのか。或いは、理解した上での蛮勇か? それとも……。まぁ何れで有ろうと構わぬ。我に抗うと言うなら貴様の価値を裁定してくれよう」


「上等だ。俺の方こそ。お前の腐った考えを矯正してやる」


 純白の竜とシフはお互いに敵意を向け合い、今にも一発触発しそうな様子。二人が争う事はして欲しく無い。だけど一体どうすれば止められるの。


 頭の中で必死に二人を止める方法を考え、声の主に渡された知識の中に今使える仲裁の良い方法は無いかと吟味する。


 だが、私が悩んでいる間に既に戦いの火蓋は切られてしまった。


 先に動いたのは、純白の竜だった。鋭く脅威的な大きな前足の爪でシフに襲い掛かる。


 だが、シフはそれを意図も容易く受け止めて見せた。鋭い爪先をだ。生身で受けた為、多少の血は出た様子だけど。シフはその事に構う事もせずに、地面に足を埋め込む程にまで踏みしめて、受け止めた爪先ごと純白の竜の身体を持ち上げ、投げ飛ばしてしまった。


 さりとて、純白の竜には傷を付けるには至らない。翼を広げ、投げ飛ばされた空中で優雅に羽ばたいて見せる。


 体格差からは、考えられない程にまでのシフの力には驚かされたものの、戦力の差と言うものは目に見えて純白の竜の方が有利だ。なにせ、相手は飛べるのだ。


 空中から襲撃されれば一方的な争いに成る事は、この状況を見れば誰にだって理解出来る。更に言えば、背に居る私を庇うシフが、それらの攻撃を避ける事は出来ない。


 つまり、この争いに置いてシフの勝ち目は私が奪っている様なモノなのだ。そう私のせいでシフが負ける。


 シフが。大切な友達が。また死んでしまう。今度は私のせいで。


 そんな事を思考して居たら、勝手に身体が動いていた。構えるシフと空中から急降下を仕掛ける純白の竜。その間に入る様に走り込む。何か方法を考えていた訳じゃない。


 唯一言。たった一言を言う為だけに私は自らの身を危険にさらしていた。だって、友達を亡くすのはもう嫌だったんだもの。


「喧嘩しちゃ。ダメ――」目を閉じて、言葉を発する事だけに集中し、力一杯に叫んだ。


 後の事は私も覚えて居ない。だけど、何だか聞いたことも無い様な異質なモノが蠢くような音が聞こえた事だけは、耳にしていた。


「……………………」


 ぎゅるぎゅるとも、にゅるにゅるとも、聞こえる異質な音。だけど、それが聞こえると同時に、急降下する純白の竜の風切り音や、地面に足をめり込ませて力強く踏ん張って居たシフの地面を割る音が聞こえなく成る。


 私自身。目を瞑ってしまっていたので、何が起きているのかは解らなかった。只、二人の争いが止まった事だけは理解出来たので、ゆっくりと瞼を開く。


 そこに存在したのは、見慣れた触手だった。声の主が操る触手。それと同一のモノと思われるこれらが、お互いを攻撃しようとしていた二人の四肢を絡めとり、その場に取り押さえて居たのだ。


 もしかして、声の主が助けてくれたの? そんな疑問が一瞬だけ浮かんだものの、すぐに違うと分かってしまう。


 だって、触手は全て私を中心とした周りに、まるで新たに創り出されたかの様に空中で出現して居たのだ。そう、私が呼び出したかの様に。


 思わずポカンとしてしまう。何で声の主の触手が此処に? そもそも空中にどうやって浮いて居るの。触手って骨が無いのね。なんて、大量の情報が入って来るモノだから、混乱して頬けてしまったのだ。


「うっ、ぐっ、がは。い、息が」掠れた声でシフがそう呟いたのを耳にする。その言葉にハッとして、触手が絡み着いた二人の姿に目を向けた。


 シフも、純白の竜も、二人とも手足、そして胴体を触手が巻きつくかの様に絡まり、私が止めに入る直前の体勢のまま空中で抑え付けられている。でもそんな事は、どうでも良い。重要なのは、二人に絡み着いて居る触手が首元にまで及んで居ると言う事だ。


 シフは気道を確保しようとして、もがきながら苦しみ。純白の竜に至っては微動だにもしない。


 良く見ればゆっくりだが確実に、触手が加える力が増している様にも見える。争う二人を無理やり取り押さえられる程の力がある触手だ。このまま放って置けば確実に二人の首は締めあげられてしまうことだろう。


 つまり、このままでは二人は死んでしまうと言う事。二人が争うのを止めたかっただけなのにどうしてこんなことに。そんな嘆きを零す時間さえ今は惜しい。せめて二人の首元を締める触手を何とかして引きはがさないと。また友達が死んでしまう。


 冷静に考えれば直ぐに良い方法を思い付いていたかもしれない。でも、そんな事を考えられない程にまで、私の頭はそれで一杯になってしまっていた。 


 だから、これと言った考えも無く近くのシフに駆け寄って、首を締める触手を掴んで思いっきり力を込めて引きはがそうとする。


 だけど、私じゃ絶対に敵わない二人の動きを止める程の触手だ。そんな触手を私がどれだけ力を込めた所で、引き剝がせることは当然出来ない。


 微動だにしない触手を引っ張っていた手が、つるんと滑る。ドンっと後ろに転び尻もちを着いた。


「巫女。危ないから、離れておけ。どこ、から。出て来た、か、知らないが、巻き込まれたら、巫女、じゃ、助からない」


 なんとか絞り出す様に声を出すシフは、自分の事じゃ無くて私の事を気に掛ける。


「いや。嫌よ。シフとこんな形でお別れなんて絶対に嫌」


 もう一度立ち上がり、触手を掴む。友達、シフを失いたく無い一心で必死に、そう叫びながら触手を引き剥がそうとした。


「取れて、お願いだから、私の友達を、もう奪わないでよ」


 やはり、どれだけ力を居れた所で、私では触手を引き剥がす事は出来ない。だが、私が懇願にも似た叫びを上げたその時。まるで触手は、私の願いを聞き入れたかの様に、スッと消え去った。まるで、最初からそこには何も無かったかの様に。


 後ろからドンっと重たい何かが落ちる音が聞こえる。それと同時に、意識を失っていたシフの身体が私に倒れ掛かって来た。


「へ。きゃあ」


 いきなりの出来事に再び尻もちをついてしまう。今度はモフモフの毛に包まれながら。


 こうして突然発生した触手の脅威は、私にもよく分からないまま消え去った。


 思えば、出現の際にも私の言葉に従って触手は現れ、二人の争いを止めた様にも感じるが。一体、あの触手はなんだったのだろうか。


「シフ。起きてシフ」


 意識を失って倒れるシフを起す為に揺さぶる。触手が無くなってから呼吸を再会した様子なので、生きているとは思うが、それでも声を聞くまでは安心出来なかった。早く起きて欲しくて、胸元の毛を掴んで激しく揺さぶった。


「い、痛い痛い。起きた。起きたから毛を引っ張らないでくれ」


 私の強引な目覚ましで起きたシフは、そう口にだして上体を起こす。


 私は、シフの声を聞いた瞬間に安心と、また友達を失うかと言う不安をぶつける様に、ぎゅっと抱き着く。


「よかった。生きてる。本当に良かった」


 目に涙を滲ませながら、そう口にする私をシフはやれやれといった様子で、優しく頭を撫でて宥めてくれた。


 少ししてシフは、その場を立ち上がる。その際、シフの視線は一点だけを見続けていた。私もシフの視線につられて後ろを振り返る。


 シフが見ているもの。それは純白の竜だ。彼は触手が消滅して以降、墜落して地面に伏していた。私は、シフの方に駆け寄ったから確認はしていないが、シフが無事であると言う事は、恐らく向こうも同じく意識を失っていただけで無事ではあるのだろう。


 シフもそれを理解してか、触手に抑え付けられる以前同様に警戒をしている。それ故か、シフは立ち上がるや否や「俺の後ろに下がっておけ」と言ってきた。


「もしかして、何かするつもりなの」竜へ向ける視線は変えずに、シフに尋ねる。


「当然だ。あいつは、巫女を傷つけようとしたんだぞ。俺は、子供を傷つけようとするような奴は許せない。だから、二度と攻撃して来ない様に爪や翼ぐらいは起きる前に捥いでおかねぇと」


 そう言って、シフは伏せって居る純白の竜に近寄ろうとする。


「ダメよ。そんな事したら、ダメ。喧嘩も暴力もしないで頂戴」私はシフの腕を掴んで引き留めた。


 そんな時、微動だにしなかった純白の竜が、のそりと起き上がり声を発する。


「なぜだ。人間。我は貴様を傷つけようとしたのだぞ。貴様にとって我は敵である筈だ。なのになぜ庇おうとする」純白の竜は私の行動が分からないと言うようにそう口にする。


「敵とかそう言うのは私には、良く分からないよ。でも、友達が傷ついたり、誰かが傷つく姿を見たく無いの。それに、私、貴方とも友達に成りたいのよ。だから貴方が傷つく姿も見たく無かっただけ。それだけよ」


「我と友達に? ふざけた事を言う。人間と竜が友に成るなど出来る訳が無い。そう。そんな事は許されないのだ」純白の竜はどこか寂しげな目でそう言う。


「そんな事、無いわ。友達って言うのは誰とでも成れるものなのよ。だから、貴方とだって友達に成る事が出来るわ。貴方がそれを望んでくれるのならね」


 私は純白の竜の言葉を聞いた時、かつて、誰かが私に言ってくれた言葉を自然と口に出していた。


 もう名前も顔さえ忘れてしまった誰か。結局その手を取る事は無かった、と思う。私は彼女と彼の事を思い出す事は二度と無いだろう。でも、きっと優しき二人が居た事を私の心は忘れる事は無い。


 そんなことをなぜだか想って、言葉を言い終えた時には、理由も分からないのに、まだそんな事を想うことが出来る自分にホッとした。


「……殿下」ボソリと純白の竜が私を見てそう言った様な気がした。


「変わった人間だ。竜である我に向かってそのような事を言う者が居たとは、思いも依らなかったぞ。貴様、名と属する国を答えろ」


 純白の竜は再び威厳を見せるかの様に身体を持ち上げた後、そう告げる。だが、今回は先程までの様に見下す様な目では無く、珍しいようなものを見るかのような目で私を見て来る。


「私の名前は、巫女。どこの国にも属して無いわ。それと、こっちはシフ。私の友達よ」


 警戒してか、純白の竜を睨み続けるシフの腕を掴んで、そう紹介した。


「どこの国にも属して無いだと。そんな事が在り得るのか。我ら竜の、国家の助け無しに人間が生きて行ける事など無い。筈だ」


「そんな事無いと思うわよ。だって現に私は生きているじゃ無い。それに私には、これから先も国なんて必要無いわ。だって、楽園を創るのに国と言う容を用意する必要は無いもの」


「「楽園?」」今度は純白の竜だけで無く、シフまでもが聞き返して来る。


「そう言えば、シフにはまだちゃんと説明はして無かったわね。種属なんか関係無く。元居た世界で、どこにも居場所の無かった者達が最後に辿り着く理想郷。争いも差別も支配さえ無く。貧困や飢えに苦しむ必要が無い。皆が笑顔で生きて来て良かったと思える様な場所。そんな楽園を創る事が私が初めての友達に頼まれた願いなの。私はその願いを代わりに叶えるって約束したのよ」


「夢物語だな。そんなものを創る事など出来る訳が無い」


 私の言葉をバッサリと切り捨てる純白の竜。


「なんと言うか、とんでもなく壮大な話だな。もっと自分の幸せの為に生きた方が良いと思うぞ」


 なんと応援してくれると思っていたシフまで、賛同はしてくれなかった。


「た、確かに私一人じゃ難しいとは思うし。さっき言った事全部を満たしている本当の理想郷なんて、私だって創れるものじゃ無い事ぐらいは分かっているわ。でも、どうしてもこの願いだけは叶えたいの。例え全部じゃ無くてもいい。せめて、居場所が無い人達が安心して腰を降ろせる様な場所。誰からも後ろ指を差されない所。そんな場所を用意したいの」


「人間よ。なぜそこまで、その夢物語に拘る。友に託されたからと言う事だけが理由ではあるまい」


 純白の竜は、私を見定めるかの様に見据えて問うて来る。


「私は巫女よ。さっき名前を教えたでしょ。もう。……大した理由なんて無いわ。昔の事を思い出せないから分からないけど、たぶん私はその居場所の無い人の一人だったと思う。そんな気がするのよ。だから、友達から託された願いが、それだって知った時にそんな場所が在ったら良いのにって思っただけよ」


「巫女……分かった。俺もその楽園? ってやつ創るのを手伝うよ。まぁ、俺に出来る事なんてあまり無さそうな気もするけど。巫女の為なら例え火の中、水の中だって行ってやるぜ」


「ありがとうシフ。でもきっと楽園を創るのは私とシフだけじゃ難しいと思うの。だから貴方にも手伝って欲しいのだけど」


 シフにお礼を言った後に、純白の竜に向かってそう尋ねるのだが。


「ふん。我が手伝う理由は無いであろう。それに人手が欲しければ、他の奴らに今の話をして頼めば良いでは無いか」そんな言葉を返されてしまった。


 他の人って、この世界には私と……あれ? そう言えば、目の前にいるこの竜がどこから来たのか私は知らない。


「お前なぁ。巫女の話を聞いて何とも思わなかったのかよ」


「思わんな。興味深い考えをする人間だとは認識したが、所詮それまでだ。我が協力する道理が無い」


 二人がそんな会話をしている時に、割って入る様に純白の竜に尋ねる。


「ねぇ。聞きたい事が有るんだけど」


「答える道理は無いが、聞くだけはしてやろう」


「貴方は、どこから来たの。それから、もしかしてだけど。貴方、空を飛んでいた時に私達以外の人達を見かけたの」


「……どこから来たのかについては、伏せさせて貰おう。だが、移動の際に霧に包まれた結果。此処に辿り着いた。もう一つの問いの方だが、此処から西に進んだ先に何匹かの獣を見た。直ぐに頭に血が上るような獣を友に持つ様な貴様なら、そやつらを労働力として雇う事は簡単であろう」


 純白の竜は、どこに居たかを答えなかったものの、それ以外の事は、思っていたよりもちゃんと答えてくれた。それも、方角まで。


「ツンデレさんなの?」声の主から渡されて知識の中に、なぜか有った単語を思わず口に出してしまう。


「ツンデレ? なにを言っているか解らんが、不快に感じる言葉だな。我を侮辱しているのか」


「え? そ、そんな事無いよ。むしろ誉め言葉。らしいわよ」


 純白の竜は私の良い訳を疑うかの様に、じっと私の目を見て来る。一方、シフはツンデレと言う言葉を知っているのか「ツンデレ。厳ついドラゴンがツンデレ。ハハハ」と笑っていた。お陰で純白の竜からの視線が余計に痛く刺さる。


「まぁ良い。此処に連れて来たのが貴様らかと思い聞き出そうと考えたが、その様子では違うようだしな。それなら、もう貴様らに様は無い」


 純白の竜はそれだけ言うと、バサリと白きその翼を広げて、空中へと舞う。


「どこに行くの」


「先も言ったであろう。貴様らにもう様は無い。我をこのような場所へと送った者を探すのだ。貴様らは、そこで叶わぬ夢物語に好きなだけ浸って居れば良い。我はどうしても帰らなければ行けないのだ」


「そう。でも、残念だけど。貴方は少なくとも直ぐに元の場所には帰れないと思うわよ」


「なに。それはどういう意味で言っている。返答次第では、今直ぐ貴様を八つ裂きにするぞ」


 私の言葉に反応を示した、純白の竜がそんな事を言うものだから、シフがまたグルグルと唸り出してしまう。


「シフ。大丈夫だから」唸りながら爪を尖らせるシフが動かない様にと、腕を掴みながら、空に向かって純白の竜に答える。


「貴方がこの世界に来たのは、うんん。今、この世界に来ている人達は、誰かに連れて来られたんじゃ無くて、偶然にも来てしまったんだと思うの。貴方の話を聞いて分かったのよ。貴方は、貴方とシフは神隠しに有ったんだって」


「神隠し、だと」


「正確には、神隠し見たいなものよ。貴方が元居た世界とこの世界を繋げる見えないトンネルが有ると思ってくれれば良いわ。貴方はそのトンネルを知らず知らずの内に潜ってしまったのよ。だからこの世界に来たの。だと思うわ。あ、あくまで可能性の話だけどね」


 まだ情報が少ないから、あくまで予測の話に成ってしまうけど。今一番可能性が有るのがそれだった。


 声の主から渡された知識を元に考えるなら本来この世界では、他の世界と繋がるようなトンネルが出来るにはまだ早い筈なんだけど。


 世界そのものが大きく変化する様な事が有れば、他の世界とのトンネルが出来る事が有るらしい。それで言えば、この世界に大地と太陽が出来た事が原因だと考えると、可能性だけで言えば十分に有り得る。


 唯、それで繋がったトンネルは一瞬だけしか開かない様なのだ。その一瞬で運悪くこちらの世界に来てしまったと考えるのは早計かもしれないが、今の所考えられる可能性はそれが一番高い。


 つまり、通って来たトンネルはもう閉じているのだ。それにそもそも目に見える様なモノでも無い。だから、今直ぐ戻りたいからと言って、そう簡単に帰れるものでも無いのだ。


 その事を純白の竜に告げると、深刻そうな表情を浮かべて居る。


「ならば、どうすれば我は元の世界に帰れる。直ぐには帰れないと言ったと言う事は、帰る方法事態は存在しているのだろう。教えろ今直ぐに」


「えぇ。その通りよ。貴方を元の世界に返す当ては有るわ。それは、私よ。私なら貴方を元の世界に返して上げられる。でも今は無理よ」


「それは、楽園とやらを創るまでは、帰さないと言う事か。帰りたければ、我に楽園を創る手助けをしろと、そう命じていると言うのか」


「え。違うけど」


「では、なぜ今直ぐ我を元の世界に帰せないのだ」


「私は、世界を繋ぐトンネルを創る方法を知っているし、そのトンネルを創る為に必要なモノを持っているの。でも、それを扱うだけの技術や力って言えば良いのかしら。とにかくそれが今の私には足りないのよ」


 世界を繋ぐトンネルを創る為の方法は、声の主からの知識で。(時間は掛かるけど)


 そのトンネルを創る為に必要な世界を渡った事の有る触媒。つまり私自身。


 その二つは有る。でも、それらを使うだけの技術も力も経験すら私には足りない。だって、一度もやった事が無い事なのだ。当然、今直ぐやれと言われた所で出来る訳が無い。


「だから、私が必要な技術や力を身に着けるまで、元の世界に帰るのは待ってくれないかしら。勿論、楽園を創るのを手伝えなんて言わないわ。誰かを強制させて働かせるのって嫌いだもの。私に頼らず、他の方法を探すって言うなら止めないけど」


 私の言葉を聞いた純白の竜は「わかった」とだけ口にして、再び飛び立とうと体勢を変えた。どうやら、私の成長を待ってはくれないらしい。


「ねぇ。行っちゃう前に名前だけでも聞かせてくれないかしら」


「……レイクリット。それが我の名だ」


 短い間を置いて、純白の竜。レイクリットはそれだけを口にして、東へ飛び去ってしまった。


「なぁ。巫女。すまないんだが、結局なにがどうなったんだ。話の内容が難しくて良く分からなかったんだけど。なんであいつ飛んで行ったんだ」


 シフってば、貴方にも関わって来る話なのに、暫く話に入って来ないなと思ったら、内容が解って無かったのね。


 私は、出来るだけ噛み砕いて、シフに理解して貰えるまで懇切丁寧に説明する。その結果、時間は掛かるけど私が元の世界に帰してあげられると言う事だけは理解してくれた。具体的な方法はどう説明してもさっぱり分からないと言った様子だけど。

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