第二節 居場所を求める者達 白銀の狼
散々泣きわめいて疲れた身体。いつの間にか寝てしまっていた私。
意識がようやく戻って来て、私は重い瞼をゆっくりと開く。
「眩しい」
するとそこには、見慣れない眩い光があった。光に眩む目を守る様に手で顔を覆う。自然な動作。人間の機能としてまったく問題無いその行動事態に私は疑問を浮かべる。
だって、此処では空は一つしか無いはず。あの青い星しか無かった筈なのに。どうしてお日様見たいな光が、此処の空にあるのよ。
もう一度、確認する様に覆った手の指と指の間を開いて、目を細めながら空を確認する。
視界の先には、今まで見て来た星空なんて存在せず、サンサンと輝くお日様。この世界では本来見る筈の無い陽光が辺りを照らして居る。
お日様が在るお陰か目に映る空の色も、夜空の薄暗くとも綺麗な色では無く、澄み切った私が羨ましくて仕方なかった日中の空の色をしていた。
今の、この空なら憧れていた日向ぼっこも出来るかもしれない。そんな感想を浮かべた所で、ある事に気が付く。
もしかして、コレもプレゼントなの。
声の主との別れの日、あの日は確か別れを告げられる前に私は太陽を創って欲しいって、お願いしていた。声の主も考えておこうって言ってた。創れないなんて一言も言ってない。
それじゃあ、やっぱり私の為? 私が余計な事を言ったから余計に別れが早まったの。
再びポロリと涙が流れる。だけど、散々泣き続けたからもう枯れかけていたのか、流した涙は一滴だけ。でもそれを悲しいとは思わなかった。泣けない事が声の主に対して不義理とも思わない。
満足するまで既に泣いたお陰か、私の心の中は既に整理されている。
私の為? 私が頼んだから別れが早まった? 違う。声の主は、彼はそんな理由の為に私との会話を切り上げて別れを告げた訳じゃない。
彼は、声の主は、私だけの為にそんな事をする人じゃない。私にこのプレゼントを与えたのは全部、声の主が私に託した願いを成就出来る確立を少しでも上げる為に、用意したモノだ。
私が願いを叶える前に死んでしまわない為に、用意してくれたモノなんだ。それなのに私が声の主の思いを自分の為だけにしてくれたなんて思い込むのは、彼に失礼だ。
私の初めての友達を私が侮辱するのは絶対に、許されない行為だ。私は友達の願いを叶えるって決めたんだ。だったら、私が、私だけは彼のした行為を穢したらダメなんだ。
だから、私が口にしていい言葉は。声の主に送る言葉は。馬頭でも無い。懇願でも無い。かと言って哀れみなんかじゃもっと無い。
「ありがとう。大切に使わせて貰うわ」感謝の言葉だけの筈だ。
「急にどうしたんだ」
「ひゃっ」
突然、隣から聞き覚えがまったく無い声が聞こえて来た。あまりに突然の事で私は思わず変な声が出て、身じろぐ。
声の聞こえた方向に目をやると、そこには白銀のモフモフとした毛並みを持つ一匹の獣が座っている。
「え。貴方いつからそこに」
「いつからって。君が散々泣きながら暴れて、急に眠った所辺りからかな。何で泣きながら暴れているのか聞いたら突然パンチが飛んでくるわで大変だったよ。そうかと思ったら急に倒れてスヤスヤ寝るし。此処がどこか聞こうにも君が中々起きてくれそうに無かったから待ってたって訳だ」
白銀の毛をしたモフモフは、頼んでも無いのに私が眠っている間の面倒を見ていてくれたようだ。良く見ると、この獣の尻尾には私の頭と思われる、枕にでもしたかのようなへこみ跡が見られる。
「あ。えっと、ごめんなさい。私、貴方に迷惑を掛けてしまった見たいね」
「ん。あぁ、これか。別に気にしなくて良いぞ。俺が勝手にしただけだしな。それに、子供を地面の上にそのまま寝かせて放っておいたら。カツェに文句を言われそうだしな」
私が付けてしまったであろうモフモフの枕跡を見ながら誤ると、白銀の毛をしたモフモフは気にして無い様子で返事を返して来た。
「カツェ?」
「えっと、カツェってのは、なんて言えば良いのかな。人間にも伝わる様に言うなら母親って所だろうか」
「へぇ。変わった名前なのね」
「いや、名前じゃなくて。んん。母親って意味と言うか。母親って言葉の代名詞と言うか」
へぇ。声の主がくれた知識にも無いような言葉があるんだ。声の主が暮れた知識って私一人じゃ一生掛かっても知る事が無い様な、莫大な数の知識の様にも思えたけど。
声の主自身も知らない事って、私が思っている寄りも以外と沢山あったりするのかしら。
「って、そんな事を聞いている場合じゃなかったわ。私が聞いているのは、いつ、どうやって、貴方がこの世界にやって来たのかって事よ」
そうだ。この世界には、私が知る限り私自身と声の主。後、眠ってしまったという声の主を造り出した主ってヒト。それから他の主が造り出した同胞達ってヒトだけの筈だ。
その同胞達ってヒトも声の主と同じような見た目って聞いている。結局彼の全体像を私は見なかったから知らないけど、少なくともこんなモフモフで触手も生えて居ない生物では無い事だけは分かる。
だからこそ、疑問が深まる。此処に、こんなモフモフな生物が存在する筈が無い。なのに私の目の前には実際に、こんなにもモフモフで、抱き心地が良さそうで、お日様の匂いがしそうなモフモフが、存在して。
ダメ、モフモフにばかり思考がつられて頭が回らない。本当はもっと考え無いと行けない事とか色々ある筈なんだろうけど、今はとにかく。
「えっとだな。俺は」白銀のモフモフが何かを言いかけて居た様だけど、私の耳には届かなかった。言いかけていたであろう言葉を遮り、声を大にして尋ねる。
「ねぇ。貴方の毛を触っても良いかしら」と。今は、このモフモフを触りたい欲を解消しなければ。
「え。突然どうして。別に構いはしないけど」
相手の了承を聞くや否やすぐさま抱き着く。
「ふぁ。触って良いとは言ったけど急に抱き着くなんて聞いて……。はぁ、まぁ良いか。満足したら解放してくれよ」
白銀の毛をしたモフモフの言葉に甘えて私は暫くの間、生まれて初めての動物を撫でる感覚を味わい続けた。
そして、たっぷりとモフモフを堪能した後、私は冷静に成った頭で思考して、白銀の毛並みをした獣に声を掛ける。
「こほん。改めて聞かせて貰えるかしら。貴方がいつ、どうやってこの世界に来たのかって事をね」
私は、威厳を取り戻すかの様に咳払いをしてから、冷静に白銀の毛をした獣へ問い掛ける。
だが私の問いを受けた獣は、どこかむず痒そうに頬を掻きながら「それなんだが。良く分からないんだよなぁ」なんて答えを返して来た。
「分からないって、……もしかして、貴方も記憶喪失なの?」
「記憶喪失? なんだそれ」目の前に居る白銀の毛をした獣は、いつだかの私の様に記憶喪失とは何かを尋ね返して来る。その様子を見て、もしかしてこのヒトも私の様に、こっちの世界へ逃げて来たのだろうか。そんな予測を立ててみる。
「記憶喪失って言うのはね。何かを切っ掛けに前まで持っていた記憶を無くしちゃって、思い出す事が出来なく成ってしまう状態の事を言うのよ」と以前、声の主に教えて貰った様に、白銀の毛をした獣に記憶喪失とは何かを教えてみた。
「それで、貴方は一体どれだけの記憶を無くしてしまったのかしら。思い出せる事はあるの? 自分の名前は分かる?」
記憶喪失とは何かを教えた上で、白銀の毛をした獣に現状の記憶はどれだけ残っているのかを質問する。
「え。いや、そんな。急に色々聞かれても。ちょっと待ってくれ。今確認して見るから」
記憶喪失とは何かを教えた上で、現状の記憶はどれだけ残っているのかと質問攻めする私を、白銀の毛をした獣はそう口にしながら、近寄る私を片手で意図も容易く防ぎ、目を閉じて「うーー」と唸るかの様に考え込みだす。
そして、唸るような声が聞こえなく成ったかと思うと、目を見開いて口を開ける。
「昔の事は覚えている。此処に来る前の日の事も覚えている。だけど……」
「だけど?」
「この世界にどうやって来たのかを思い出そうとすると、何だか頭に靄でも掛かっている見たいに、ぼんやりとするんだよな」白銀の毛をした獣は、自らの頭を抱えながらそう答える。
そして、改めて自身の記憶を探るかの様に軽く「うーー」っと唸った後にもう一度「やっぱり、こっちに来る直前の事を思い出そうとすると頭がぼんやりとして、別の事ばかりに意識が行っちまう。でも、多分だが、これは記憶喪失ってヤツとは違うと思うぞ」
「そっか。……なら良かったわ」本当は、同じく記憶喪失を体験した仲間として、仲良く成れる口実が出来るかもって期待してたのだけど。まぁ、記憶喪失じゃ無いならそれを喜ぶべきなのよね。だから私は、笑顔を作って、良かったわと口にする。
「俺と一緒に居る間は、無理に笑顔を作る必要なんて無いぞ。作り笑いってのは、感情を殺すんだ。笑いたい時に笑って、泣きたい時に泣く。自然と湧き上がる感情に蓋をするなんて勿体無いからな」
突然言われた白銀の獣のその言葉。一瞬、何を言っているのか分からなかった。でも、至って真面目に、そう言って来る彼の目を見ていると、何だか胸がぽかぽかする様な気分になる。
「ふふ、何よそれ。感情を勿体無いなんて初めて聞いたわ。貴方って独特な考え方をするのね」
「そうだろうか」
「そうなのよ」
白銀の獣。彼との会話は、何だか声の主と話ている時を思い出させる。声の主と別れたのなんて、ほんの少し前の事なのに、何だか無性に懐かしさを感じて、思わず口が動いていた。
「ねぇ。貴方。私とお友達に成ってくれないかしら」
私が言ったその言葉を聞いた白銀の獣は、ポカンと口を開けて固まってしまった。
「あれ、私、何か変な事を言ってしまったかしら」
返事もせずに固まる彼にそう尋ねる。するとようやく白銀の獣は、我に返ったかの様に私と目を合わせて口を開いてくれた。
「い、いや、なに。あまりに突然の事だったからな。思わず驚いてしまっただけさ」
固まってしまう直前と同じ調子で彼がそう口にする。白銀の獣のその言葉に私はホッと胸を撫でて、もう一度同じ提案をする。
「もう一度聞くは、貴方。私とお友達に成ってくれないかしら」
「…………俺で良いのかよ」
さっきまでの元気はどこに行ったのかと思う程に、しゅんとした声で白銀の獣は尋ねて来る。
「良いのかって、どういう事。友達に成りたいから聞いているだけなのだけど」
「そうか。俺見たいな奴でも友達に。そうか。そぉうか。だったら良いぜ。幾らでも成ってやるさ。友達って奴にな」
「えっと。ありがとう?」
白銀の獣は、私の言葉にさっきまでの元気を取り戻して、と言うかさっき以上に元気な様子で、私と友達に成ってくれた。
白銀の獣が突然、しゅんとしたり、元気に成ったりと行った感情の浮き沈みの激しさに、多少の驚きはあったものの。友達に成った嬉しさが勝り気にしない事にした。
こうして私は、白銀のモフモフとした毛並みを持つ獣。二本の足、二本の腕を持つ人型のその獣と友達に成ったのだった。
「そう言えばまだ、貴方の名前を聞いて無かったわね。記憶を失ってないって事は、名前も当然覚えているのでしょ。良かったら、教えてくれないかしら」
「ん。名前か。そう言えば名乗るのを忘れていたな。俺の名前は、シロガ……。シフだ」
「あれ、今何か言いかけて居なかった?」
「気のせいじゃ無いか。とにかく俺の名前はシフだ。よろしくな」
何か言いかけていたのは気のせいじゃ無いと思うのだけど。でも、本人が誤魔化そうとしているって事は知られたく無い事なのかな。気に成るけど、それはもっと仲良く成ってから聞けば良いっか。
「こちらこそよろしく。シフ」
「それじゃあ。こっちの名前を言った訳だし、そっちも名前を教えてくれないか」
シフがそう言ってきた時に成って、私はようやく大事なことを思い出す。そう言えば、私、自分の名前が無いじゃない。
声の主との会話中に自身が元の世界でどんな生活をしていたのか等は、漠然と思い出したと言うか、思い出してしまった訳だけど。それも記憶に留まらないから具体的な事は忘れてしまったし。そもそも、自身の名前に関する事は何も思い出せてすら居なかった。
いや、だって声の主と話して居る時は、貴方とか君としか呼び合わなかったから。なんて言い訳を考えている場合じゃない。えぇと、ええっと。
そもそも、私に名前が付けられて居たかも怪しい。今から必死に思い出そうとした所で、どうせ思い出せないに決まっている。それ以前に、こっちに来る前の事は出来れば思い出したく無い。だったらいっそのこと、思い出すのを諦めて、覚えて居ない事実を打ち明けてしまおう。
「えっとね。実は、私。自分の名前を覚えて居ないんだ。だから、ごめんなさい。名前を聞かれても答えられないの」
私は頭を下げて、申し訳無い気持ちを一杯にしながら、シフに誤る。
「そう言えば、俺が記憶喪失かどうか聞いて来た時に『貴方も記憶喪失なの?』とか言っていたもんな」
シフは考え込む様な素振りを見せてそう口にした後、私に顔を上げる様に言って来る。
「別に怒って無いから、いい加減頭を上げたらどうだ。その体制は疲れるだろ。まぁなんだ。お互いまだ会ったばかりで、事情もちゃんと話し合えた訳じゃないんだ。だから、ちょっとやそっと言い忘れていたりしたぐらいの事で一々怒ったりしないさ」
促されるまま顔を上げると、シフは優し気な視線でこちらを見ながら、二コリと笑う。
「でもまぁ、呼び名が無いのは不便だよな。そうだ。折角だし俺が名前を付けるぞ」
「本当? どんな名前にしてくれるの」
「そうだな。名前なんだから、出来るだけ呼びやすい名前の方が良いよな」シフはそう口にした後、これは違うなとか、あれはどうだろうかとか独り言を言いながら頭を捻り出す。
私は、シフのその様子を眺めながら。どんな名前を付けてくれるんだろうと、ワクワクしながら、自身の名前が付けられるのを待った。
「ふむ。決まったぞ」
「どんなのどんなの」シフに急かす様に、早くどんな名前に決めたのかを尋ねる。
「巫女。それが君が今日から名乗る名前だ」
シフは大真面目にそんな事を言った。
「ミ、コ? それが私の名前なの」
「あぁ。そうだ。なんだ。不満なのか。だったら別のを考えるけど」
「不満って訳じゃ無いけど。どうしてそんな名前にしたのかなって思って」
「名前の由来か。それは、まぁ。君が着ているその服だよ」
シフは、私の方を見てそう口にする。シフの視線につられる様に、私も自分の体を目にする。
今まで、まったく気にしていなかったけど。今私が身に着けている服は、上から下まで真っ白な衣装だった。私こんな服を着ていたんだ。
海に浮かんでいた間は、空ばかりを見上げていたし。陸で目が覚めた直後は、ひたすら泣いて居たから、自分が着ている服の事なんて気にも留めて居なかった。
「俺が元居た場所では、君が着ている様な真っ白な服を着ている人間は巫女って呼ばれていたんだ。あれ、神子の方だったけな。まぁともかく。真っ白な服を着ている。だから巫女だ。呼びやすいし、当面の呼び名としては十分だろ」
シフは、満足げな笑みを浮かべて、私を巫女と名付けた理由を語る。巫女と呼ばれる人達と同じ色の服を着ているから、なんて安直な理由で名前を付けられたのは、少々不服でも在るけれど。同時に、誰かに名前を貰えたという事実が何だか無償に嬉しくも思える。
「ちょっと複雑な気分かも」
「ん。嫌だったか。だったら他のを考えて見るけど」
「良いよ。別に嫌って訳じゃ無いから。巫女。うん。呼びやすいしね。これで良いわ」
「そうか。喜んで貰えたなら何よりだよ。それじゃあ改めて、これからよろしく。巫女」
「こちらこそよろしく。シフ」お互いに名前を呼び合いながら握手を交わす。
「そう言えば、シフの居た場所では、この服を着ていた巫女さん達はどんな事をする人達だったの」
「さぁ? どんな事をしていたかまでは、分かんないな。俺が知っているのは、あくまで全身白い服を着ている人の事が巫女って呼ばれているって事ぐらいだったし。他に知っている事と言えば、なぜか巫女は子供ばかりが成って、御山の方に行く事ぐらいかな」
「え。そ、その御山に言った巫女の人達って、その後どうなったの」
「それが分からないんだよなぁ。だって、御山に行ったきりで返って来なかったし。だから俺が元居た場所で巫女って呼ばれていた人間達がどんな事をする人達なのかまでは知らないぞ」
それって所謂、生贄って奴なんじゃ無いのかしら。嫌な事を想像してしまって、ちょっと背筋が寒くなる。
「シフ。それ分かっていて私に巫女なんて名前を付けた訳じゃないよね」
「? 何の事だ」シフは、惚けている訳でも無く。本当に分からないと言った様子で首を傾げていた。
「シフ。名前の事なんだけど。やっぱり……」この世界では関係無い習慣だとは言え、生贄にされる人の呼び名が名前と言うのは、気が引けて来る。だから、考え直して欲しい。そう口にしようと思った。
「ん。どうかしたのか。巫女」シフはの瞳は、獣故か。優しく微笑んでくれている筈なのに、思わず口を噤ませる凄みが在る。
「ううん。やっぱり何でもない」気付けば私は、自分の名前を変えられるチャンスを棒に振っていた。
巫女って言葉可愛いものね。そんな事を自分に言い聞かせて、私の名前は巫女に決まったのだった。
私の名前が決まった所で、シフが「そろそろ、巫女が泣いていた理由を聞いて良いか」と尋ねて来る。
そう言えば名前を付けて貰った事で、すっかり頭から抜けてしまって居たけど、まだシフとは、お互いの事情すら碌に話せて居なかったんだったわね。
「分かったわ。でも、私の話が終わった後は、シフが私の質問に答えて頂戴ね」
「もちろん。それぐらい構わないさ。だって俺と巫女は友達なんだからな」
シフが私の質問に答えると了承した所で。私は、この世界で目覚めて以降に何があったのかを語る。
声の主との出会い。声の主と友達に成ったこと。声の主と色々なお話をしたり、私が知らなかった事を教えて貰ったこと。そして声の主と別れた際の出来事と、プレゼントとして用意してくれたであろう、この大地と陽光についても語った。
「そうか。巫女は折角出来たばかりの友達が死んでしまったから泣いていた訳だったのか」
「確かにそれもあるけど。私が一番悲しかったのは、彼が私をもっと信用して欲しかったってことかな。友達の願いなら、私全力で手伝うのに別れ際まで、ずっと話てくれなかったのよ。そりゃ出会って直ぐの相手を信用するなんて、難しかもしれないだろうけど。それでも、もっと頼って欲しかったのよ。そして、私を信用してプレゼントなんかよりも一緒に居られる時間を少しでも増やして欲しかったの」
簡潔に話すだけのつもりだったのに、気が付いたら感情的に成って話しちゃった。それに言っている事って全部、私自身の都合ばかり。
「……私って凄い我儘だったのね」自虐めいた口から零れる一言。だけど、シフはそんな言葉を拾い上げた。
「我儘? 別に良いじゃ無いか。巫女の我儘は誰かに迷惑を掛けている訳じゃ無いんだ。だったら好きなだけ言葉にして気持ちを発散させれば良いんじゃないか。その方が人間らしいじゃないか」
シフはそんな事を口にして、私の髪をワシワシと撫でだす。
「でも、巫女の話を聞いていて思ったんだが。その声の主って奴は、別にお前の事を信用してなかった訳じゃ無いと思うぜ」
「……」
「この土地を創ったのも、太陽を用意したのも全部お前が今後その託された願いってヤツを叶えれるようにする為のものなんだろ。だったら、信用されて無いどころか、残りの命を賭けられるぐらい巫女の事を信用していたって証拠になるんじゃないのか」
「そんなの。そんなの分かってるのよ。分かってるから。言うつもりなんて無かったのに。気付いたら言葉に出しちゃってて。私は。私はこんな事、口にするつもりなんて無かったのに」
「そうかそうか。まぁでも、思わず口に出たって事は、誰かに言いたいぐらい辛かったんだろ。だったら好きなだけ言えば良いさ。俺は、どこにも逃げないぜ。とことん巫女の話に付き合ってやるさ」
シフはその場に座り込み、私にもっと話せと促して来る。なぜだろう。シフに話を聞いて貰っていると思うと、平静で居られない。やけに感情的に話てしまう。でも、ちょっと心が楽に成ったような気にもなる。
不思議だ。声の主と話ていた時はもう少し冷静だった筈なのに。対面で話しているからなのかな。それとも相手がシフだから? シフには相手の気持ちを聞き出す力でも在るのかな。
「……ふぅ。人に気持ちをぶつけるのって結構、気持ち良いのね。お陰で少し楽になったわ。ありがとうね、シフ」
「巫女の気が晴れたなら良かったよ。でも途中で抱き着いたりするのは、控えてくれないか。いきなり過ぎてびっくりしたんだが」
「ごめんなさい。途中でちょっとモフモフに気を取られちゃって、思わず身体が動いちゃったのよ」
「そ、そうか。別に抱き着かれること事態は迷惑じゃないから構わないけど。次からは一言声を掛けてからにしてくれよな。びっくりするからさ」
「声を掛けたら許してくれるのね。分かったわ。次からそうする」
シフに色々と話、気持ちもすっきりとした所で、いよいよ事前に言っていた通り、シフの方に私が質問をする番がやって来た。
「シフ。今度は私が貴方から色々と話を聞きたいんだけど。良いかしら」
「あぁ、勿論構わないぞ」
シフは、先程からの体勢を変えること無く座ったまま、そう返事をする。
「それじゃ先ずは、シフ。貴方が元居た世界がどんな所だったのかを教えてくれるかしら」
声の主。彼から渡された知識は今私の頭の中に全て存在する。だけど、知識があるからと言っても、私は渡された知識全てを理解出来る訳じゃ無いし、更にはその知識を全ての内容がどう言ったモノなのか把握出来ている訳でも無い。
分かり易いように例えて言うのであれば、引き出し。そう、戸棚の引き出しの様なモノに細かく分類別に別けられて居て、その中から私は知りたい知識が存在する分類の引き出しを開け。中に在る知識と言う名のケーキを食べる。そんな感じだろうか。
私がそのケーキを食べると、私はその知識を理解する事が出来る。声の主が渡した知識全てを理解しようとするならば、私は無数と言っても良い程の戸棚の引き出しに入ったケーキを全部平らげなければ行けない。
だけどそこで問題が発生する。知識をケーキと例えたのは当然理由が在る。それは、知識もケーキも一度に接種出来る量には限度と言うものが在る。私の脳では、一度に多くの知識を理解しようとすると時間が掛かる上に、限度を越えればパンクしてしまうと言う事。
一度頭の中がパンクすれば、私はきっと情報の整理が出来なく成って倒れてしまう事だろう。そして、次に目を覚ます事が出来るかも分からない。生存本能の様なモノが知識を理解しようとする度にそう訴えかけて来るのだ。
当然のことながらケーキにも色々と種類が有る。小さいモノも有れば大きなモノも有る。知識の密度が濃い程大きく、密度が少なければ小さいと言った感じに。
只、ケーキと違うのは腐らないと言う事。いつまで置いて置いても無くなる事は無いし、劣化する事も無い。大き過ぎて一度では食べきれないモノも何日も時間を掛けて食べれば大量の知識を理解する事が出来る。
さて、何で私がこんな事を説明したのか。声の主の知識を私が一度に、どれだけ理解出来るのかと言う事と、シフへの質問。この二つには当然繋がりが有る。
それはシフが、どの様にしてこの世界までやって来たのかを知る為には、先ずシフがどの世界に居たのかを理解する必要があると言う事。
先程、言った様に、私には声の主に渡された知識全てを理解出来る訳じゃ無いし、一度に理解出来る量にも限りが有る。
でも、理解が出来ないと言うだけで、どんな知識がどの引き出しに存在しているのかは知っているのだ。ケーキのクリームだけ。つまり知識の上辺だけを掬い取り既に私はそれらを食べている。
細かい中身に関しては知らないけど。それがどんなケーキなのか。どんな知識なのかって事は全部理解している。
だから後は、シフの話を聞いてどのケーキを食べれば良いのかを決めれば良いだけなのだ。だからこそのこの質問なのだけど。私は大きな誤算をしていた。
「元々居た場所がどんな所か、かぁ。雪が毎日の様に降っていて。沢山の木が生えていて。後、動物が沢山居た場所。俺が知っている事と言えば、それぐらいだろうか」
シフから得られた情報はそれだけだったのだ。そもそもシフは人語を話すだけの知能は有れど、獣。つまりは動物なのだ。
元居た世界の人間の文化レベルや技術の発展具合なんて知っている訳も無かった。
これじゃあ、無数に有る世界の中から、どの世界に居たのかなんて特定も出来ないじゃない。
この時点でシフの話から、こちらの世界に来た方法を調べる目算は、潰えてしまった。
「えっと、それじゃあ。シフ。貴方が元居た世界から、こっちの世界に来る直前までのことで憶えている事は、何かあるかしら」
最初に考えていた方法が早速潰えてしまった。
シフがこちらに来た理由は一刻も早く知る必要が有る為、必死に他の方法も考えてみたけどそう簡単には思い付かない。
シフは、こっちに来た事を思い出そうとすると頭に靄が掛かった様に成ると言っていた為、期待は出来ないが藁にも縋る気持ちで、そんな事を尋ねる。
「うーー。ダメだ。やっぱり頭がぼんやりして上手く働かない。思い出そうとすると、ふぁ。何だか眠くなって来たぞ」
シフは、頭を捻る様にして唸る。だが、それも長くは続かず、いつの間にか欠伸をする様になっていた。
この様子だと、シフがどうやってこの世界にやって来たのかを知るのは、難しそうだ。
なにか、他の方法を考えないと。そうは思ったものの、簡単に妙案が思い付く筈も無く。時間だけが過ぎていた。
「うぅん。それじゃあ、こっちの世界に来てからの事で憶えている事って何かあるかしら」
何かヒントに成ったり、閃きに繋がる様な情報を少しでも聞き出せないモノかと思い、ダメ元でシフに尋ねる。
「此処に来てからのこと、か。と言われても、此処からそう遠く無い位置で目が覚めて、……見た事も無い場所だったから取り敢えず、此処がどこなのかを知ろうと思って辺りを歩いて居たら、泣きながら暴れていた巫女を見つけた事ぐらいだな」
「そう。分かったわ。ありがとう」
やっぱり、シフがどうやってこの世界にやって来たのかを知る手掛かりは、得れなかった。予想通りとは言え、少しばかり気落ちしてしまう。
「巫女が聞きたいのは、多分俺が此処にどうやって来たのかって事だよな。質問を聞いていたらそんな感じがするんだが。すまない。どうやら俺では巫女が知りたい事を教えられないらしい。」
そんな私にシフは、顔を覗き込む様にして、そのように謝って来る。
「別にシフが悪い訳じゃないよ。私がもう少し頭が良かったら、そもそもこんな事、聞かなくても良い訳だし」
そう、私が声の主に貰った知識全てを理解出来ていたなら、態々シフに尋ねて情報を求める様な真似をしなくとも良い訳だ。だからこそ、自分という存在がいかに無力化を今思い知らされて居る。
この程度の問題も解決出来なくて私は本当に楽園を造れるの? 憂鬱に成る頭の中で自身に嫌な問いを掛けてしまう。そんな落ち込む私を気遣ってか、シフが声を掛けて来た。
「俺は巫女の頭が悪いなんて思わないけどな。だって現にこうして狼の言葉を喋って俺と会話出来ているんだ。普通の人間は俺達の言葉を理解する事なんて出来ないんだからさ」
「別に私、狼の言語なんて話して無いわよ」
「え。でも今こうして」
「あぁ、そう言えば言って無かったわね」
私は頭の中で、知識の戸棚の引き出しを開け、この世界の仕組み。特に言語についての知識をパクっと一口頬張る。元々小さなケーキだったので、知識の密度もそれ程無い。
お陰で、軽く味見をした段階で概ねの知識は理解出来ては居たのだけど、誰かに教えると成った場合は、流石にちゃんと理解し終えた状態で無ければ言語化が難しいので、今食べた訳だ。
他世界の言語を一つ理解しようとしたなら、こうは行かなかっただろうが、ことこの世界に置いての言語の役割は、あくまで道具の一つ程度のモノ。使い方さえ知れば、誰でも使える程度の情報量なので、簡単に理解出来てしまえる。
「この世界に居る間、私達は一つの言語だけを喋れる様に成るのよ。というか成る様にさせられるってのが正しいのかな」
この世界。つまり声の主を造り出した、主と言う人物が創ったこの場所では、幾つかのルールが既に敷かれている。
その中の一つが、意思疎通に関する事だ。この世界に居る間だけ、私達の脳は、元居た世界で普段使っていた言語をこちらの世界のモノに置き換えられる。複数の言語を扱えるモノで有っても、その一つだけしか話せなくなると言うルール。
どんな目的で、そのようなルールが敷かれたのかについて具体的な理由までは、声の主から渡された知識の中には無いのだけど。楽園を築く為には必要なモノとだけは、教えられていたらしい。
動物だろうと、植物だろうと、人間だろうと、話す機能と言語と言うものを理解するだけの知能が有れば、誰だってこの世界に居る間、共通の言語で話す様に成るとだけ理解すれば良い。
まぁ、例外は幾つか有るんだけど、今はそれについて話す必要は無いでしょう。
勿論、文字も統一されているらしいわ。私は文字を書けないから確認の使用も無いのが残念だけどね。
唯、私にもどうするのかまでは分からないけど、この世界で新しい言語を一から創ること事態は可能らしいわ。まぁ、そんな事をする必要は無いと思うのだけど。
そんな説明をシフに行う。だけど、私の説明を聞いたシフは開いた口が塞がらないとでも言うかの様に、ポカンとしていた。
「シフ? どうしたの」
私が呼びかけてようやくシフは、こちらに目を向ける。
「あ、あぁ。悪い。どうも俺の頭じゃ直ぐに理解出来ない事見たいでな。えぇと。つまりどういう事なんだ」
「ようは、この世界に居る間は、皆同じ言葉で話せるって事よ」
「そ、そうか。なんと言うか。凄いなって事ぐらいしか感想が出ないんだが。……悪い。やっぱりまだ良く分からないや」
「そうかなぁ。そんなに難しい事を話したつもりは無いんだけど」
丁寧に説明したつもりだったんだけど。私って自分が思っている以上に説明が下手なのかな。だった今度は、もっと丁寧に説明してシフにちゃんと分かって貰わないと。
そう意気込んで、どうすればシフが理解し易いかな、なんて考えている時だった。
「なぁ巫女。あれってなんだ」
突然シフがそんな事を口にして、私を指差した。いや違う。シフの差している目線の先を見るに私の真後ろを差している事に遅れて気付く。
そして、その指先が何を差しているんだろうと思い、私が後ろを振り返った時の事だった。
「なに? あれ」思わずそう口に出してしまう。それは、私が知らないモノだった。
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