理性に別れを告げて

 ぺたぺた。


 ぷにぷに。


 ぺたぺた。


 とてもファンシーなオノマトペ。

 と。現実に焦点を当てると全くそんなことは無く。

 膠着した私の身体を、琴音が触る際に発生する音だったと。

 

 体勢はと言えば、ずっと変わらない。

 ベッドに腰を掛けたまま。ただ、身を委ねて。

 下着に手を滑らされて、いやらしく、いじられている。

 私が時たま声を上げると、琴音の手に少しだけ力が込められていた。


「……ちょい。恥ずかしくなってきたんだけど」

「日菜子。温泉の時は別にそんな様子無かったよね?」

「いや。そうなんだけど。……なんでか、凄く恥ずかしいの」


 そう。

 温泉の時は、下着姿──というより、がっつり裸を見せ合ったはずなのに。

 なんで今更──って思ったけど、温泉の際の最も自然な格好が裸であるために、あの時はそこまで恥ずかしさを募らせなかったのかもしれない。

 対する今はどうだ。

 家の中で、恋人と過ごす格好が、半裸である。というのは。

 ──つまりは。恐らく。多分。そういう事なのだと思う。


「……じゃ。じゃあさ」


 このままだと。琴音が主導権を握ったまま、明日を迎えてしまいそうだった。

 だから私は。少しだけ勇気を振り絞る。

 勢いに任せて言葉を発した。

 未来を信仰したので。後悔は無い。


「琴音も脱ごうよ」


 ピタリと。私の胸の中で、手の動きが止まる。


「……うん」


 琴音は恥ずかしげに頷いて。

 そして恥ずかしげもなく、上半身から衣服を取り除いた。

 別に。それほどまでに驚かなかった。

 しかし脱衣する様子を眺めるというのは、背徳的を超え、犯罪をしている気分に陥る。


「……どう?」


 やがて。

 琴音は上半身をブラジャーのみにした。

 床に放り出されたブラウスに、なんとなく虚しさを覚える。

 目を泳がせながら。視線はやがて一点に辿り着いた。

 琴音の肌。とても白い。暗い部屋なのに、それが分かるほどに。

 でも。先日の、私のキスマで、少しだけ赤が目立っていた。

 それが。めちゃくちゃにえっちだった。


「……」


 心臓が暴れている。

 私の中から飛び出そうとしている。

 あーもう。ダメだ。ダメそうだ。色々と。


「日菜子……?」


 琴音が問う。

 私が何も言わないのを変に思ったのかもしれない。


 呼吸が酷く荒い。

 今、声を出したら。形にするのは困難を極めそうだった。

 だから。私は返事の変わりに、琴音の頬を掴んでキスをする。

 発情、というと。ちょっとアレだけど。これだった。

 私の唾液の粘液力が強くなっている。そういうものなのだろうか。

 絡まり。絡まって。もっと、絡まりたい。


 私は。琴音とベッドに倒れた。

 キスをしたまま。手探りで、まさぐる。

 琴音が、官能的な声を上げた時。私の中で。何かが切れる音がした。

 もっと、声を出させたい。だなんて、そう思ってしまった。


 私の理性は。どうやらここで別れたいようだ。

 止めても無駄な雰囲気だったので。

 私は理性に手を振って。見送る。

 

 じゃあ。さようなら。

 帰ってこいよという風に。

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