日曜日

 日曜日。遂にこの日が来たか、という感じだ。


 ベッドの上で半身を起こし、窓の外を見る。

 しとしと雨が降っていた。

 私の肺の辺りを、更に重くするような。そんな陰鬱な景色だった。

 まぁ。それでも。最近は楽しいことが急激に増えたと思う。

 だから。この景色も、別に悪いものだとは感じなかった。

 これから楽しい事が、沢山起こるのかなって。

 その思いが、私の心を軽くする。


「やっぱり、好き……。だよね……」


 彼女を想う。

 つまずきを感じながら。

 切に。切実に。



      ※



「うーん」


 鏡の前で、髪の毛をいじくり回しながら私は唸り声をあげた。


「……うーん」


 その唸り声のワケは、どうも髪が決まらないことだ。

 今日は日曜日。つまりは、そう。大事な日である。

 だから、私は容姿を良い感じに整えたかったのである。

 ちなみに昨日は普通に寝ることが出来た。午前二時に。いや今日じゃん。

 だからといって別に目覚めの時間はいつもよりも変わらない──どころか数十分は早かった。


「…………うーーん」


 しかし決まらない。

 最近髪もぐんぐん伸びてきたし。てっぺんの辺りが黒に戻りつつあるし。

 ボブだったはずの髪型が、セミロング辺りになっていた。


「……まぁ。いいか」


 と、このまま時間を浪費するのもアレなので、ヘアアイロンを取り出し、適当な感じに巻いた。

 結論。普通に可愛く仕上がってくれた。

 鏡に向かって笑ってみる。ちょいキモかった。

 以上。


 追記。

 念の為、短かった爪を更に短く切った。



       ※



 琴音は私の家に午後二時に来てくれるらしい。

 現在時刻はというと午後一時。

 あと一時間。一時間もだ。

 待てるわけがない。


 部屋をぐるぐると歩く。

 下の階に響きそうなのですぐに止まった。


 ベッドの上で転がり回る。

 髪が崩れそうなのですぐに止めた。


 琴音が部屋に来てからどうするかを妄想してみた。

 心臓がドキドキしてきた。


 ベッドから起き上がった。

 ドキドキは止まらなかった。


「……別に。良いよね」


 という具合に。

 私は部屋の鍵を持ち、傘立てにあるビニール傘を取り出して、外へと出た。

 無数の雨粒が前にあり、奥にはペンキで塗られた様な灰色の空が広がっていた。


 つまりは、今から琴音を迎えに行こう。ってことだ。

 とりあえず動かないと、私のドキドキを解消する方法は無さそうだから。

 私は一歩目を踏み出し、アパートの階段を下った。


 傘を差す。

 水溜りを軽々と飛び越えて、前へ向かう。

 歩行とスキップの中間の様な足取りで、琴音の家の方角へ。

 前からチリンチリンと、自転車が私の行先を阻んだ。ので横に逸れる。

 傘に当たる雨音が聞こえてきた時、私の心臓の鼓動は落ち着いてきたのだと分かった。


「少し。張り切りすぎかな」


 ボソッと。呟いた声は、雨に飲み込まれて消えた。

 事故に遭ったら元も子もない。ので、安全運転に切り替える。

 軽快な調子から、落ち着きへと自身の足取りを替えて。変えて。

 

「さぁ行こう」


 独り言をまたまた漏らし、軽い坂を下った。

 十数メートル先の曲がり角。そこを曲がってまっすーぐ進めば琴音のアパートだ。

 と。また早足になって。ハッとして緩めた。事故には気を付けないと。


 五メートル、四メートル。と曲がり角は近付く。

 やがてやってきた角を曲がろうと、その先に足を──踏み出そうとした。その時。

 一つの傘の影が角の先にやってきていると気付く。

 それでも。気付いたときには、私の足は前へと進んでいた。

 はい。結局。事故は起こってしまった。


「──いてっ」


 傘同士がぶつかり合い、ビニール傘の心の声を私が代弁した。


「ごめんなさい──」


 傘を少し上に。目の前の人物を見た。

 刹那。私は目を丸くし、謝罪の言葉を惰性で言い切ったのちに、素っ頓狂な声を出した。


「……琴音?」


 別に疑問符を付ける必要も無く、琴音だった。

 青ベースの花柄がついた大きな傘を天に向けている。

 琴音と傘。どちらが大きいか、と問われると。難しい質問だった。


「……琴音です」


 ぺこりされる。

 ぺこり返す。


「随分と早い登場で」

「ラインで送った。今から行くって」


「あー。そわそわしすぎてて、スマホに注意が向かなかった」

「……ん。まぁ私もそわそわしてた」


「じゃあ。お互いにってことで。私の家、行くよね?」

「いく」


 満場一致。

 曲がり角から方向転換。

 ほとんど回れ右みたいに、来た道へと身体を向ける。

 横に琴音が並ぶのを待って、私はその左手に右手を差し伸べる。

 傘の間に落ちた水滴が冷たくて。でも、琴音の手は温かい。

 それでも。私の腕にはポタポタ垂れてくる。

 ので。私は自身の傘を閉じ、ささっと琴音の真横に飛び込んだ。


「はい、あいあいがさー」


 恥ずかしいのを、明るめの声で誤魔化した。

 声は裏返った。多分、誤魔化せてはない。

 琴音に軽く笑われてしまった。


「濡れない? 少し右寄った方がいい?」

「だいじょーぶ。ギリギリ入ってるから」


 そう言って。琴音の手を強く握り直した。

 家に着く頃には、左肩がかなり濡れていた。

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