土曜日のこと

 土曜講義は憂鬱だ。

 普段なら爽やかに感じる筈の土曜の朝の雰囲気が、重苦しく感じるのが特によろしくない。

 しかし、今日は違う。なぜなら、日曜に希望(えっち)があるからだ。

 既に『えっち』という単語が、頭の中でゲシュタルト崩壊を起こしている。

 それくらいに待ちきれない。

 私はいつからこんなに変態になったのか。

 少なくとも高校生の時はこんなんじゃなかったと思う。思いたい。

 どうやら私に三度目の思春期が訪れているらしかった。


 午前中の講義は妄想に時間を使っていた。

 そのためか、とても楽しい時間を過ごすことができた。

 琴音とお昼ご飯を食べ終え、今から始まること。それはアンサンブルである。

 練習室にいた神坂さんに聞いたところ、今日は早めにして欲しいとのこと。

 これも生き急いでいるからだろうか、と思ったが。どうやら大切な用事があるらしかった。楓花と藤崎さんも、昼休みの後の時間はおっけーらしい。


 それで。昨日の通りにアンサンブルをしたのだけど、本当に昨日の通りだった。

 神坂さん作曲の『新世界へ』を皆で楽しく演奏をし、それを幾回か繰り返す。

 徐々に音は洗練されてきているので、何度通しても飽きが来そうにない。

 吹いていて素直に楽しいと思える曲だ。

 琴音も楽しそうに楽器を吹いていたので、何よりだった。


 時間はあっという間に過ぎ去り、アンサンブル後。

 片付けをしながら私は思い出したことがあった。

 それをそのまま、トランペットを仕舞っている最中の神坂さんに。


「凄く今更なんだけど。……次の金曜の二限って空いてる?」


 言った通りに今更な問いを与える。

 そもそもは、アンサンブルは金曜二限の講義のためにしていること。

 こうして今更それを聞くというのは、若干の罪悪感に苛まれてしまうものだった。


「…………」


 すぐに返信は来なかった。

 予定を探っているのかもしれない。

 しかし顔を見れば、あまりその様に感じ取れなかった。

 虚無が全体に広がるその表情からは、何も考えていないとも取れる。

 虚無──というよりかは、どこか悲しげな表情にも映って見えた。


「……どうして?」


 遂に彼女の口からは声が漏れ出た。

 酷く平坦なその声に、思わず視線を明後日に移してしまう。


「大変申しにくいことなんだけど。……実は、アンサンブルを金曜二限に発表しないといけなくて。……ほんとごめん! 昨日言うべきだったのに。神坂さん作曲専攻だからその時間講義あるよね……?」


 私は視線を彼女に戻し、頭を下げた。

 やっぱりいきなりすぎたよね、と思いながら私は唾を飲み込む。


「……いや。それは、気にしないで。金曜の二限は何も取ってないから。──ただ……」


 彼女の声量は落ち、最後を言い切る前に消えた。


「何か用事でも入ってる?」


 私は顔を上げ、彼女の表情を──と思ったが。

 その表情もまた、先の私同様に下を向いて分からなかった。

 以降、彼女はこの話に対する言葉を発しなかった。


「ごめん。迎え来てるから、私、帰るね」


 十数秒か経った時、本当に不意にそんなことを。

 そして。荷物を持ち、そそくさと私の視界から逃げるように歩き出す。


「あ。ちょっと」


 手を伸ばしたが、既に彼女は私から遠くへ離れていた。


「またね。音海さん」


 振り返った彼女は、悲しく笑って部屋を後にした。

 引っかかりを覚えつつ。アンサンブルを否定された訳じゃないからーなんて。

 そんなテキトーな考えで。別にいいのかなって納得をしてしまった。

 未来信仰的には私のこのテキトーな考えはどう左右されるのだろうか。

 心のどこかで、そんな疑問を湧き上がらせて、シャボン玉の様に消していた。

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