温泉でハグとキスと

 つまりは。琴音は先ほど偶然に起き、やってしまったことの恥ずかしさに悶えていた。

 それで。私へのお詫びということも兼ねて、温泉に一緒に入ろうと私を起こした。

 そういうことだった。私の『シたいこと』が叶うので、素直に嬉しい。


 部屋の露天風呂は24時間使えるので、とりあえずそこへ行こうとなった。

 今は脱衣所で浴衣を脱ぎ脱ぎしていて、琴音も私の横で同じ行動をする。

 しわくちゃの浴衣を数秒眺めた後に綺麗に畳んで、次は下着を取り外す。

 えらくにおっているパンツをこれまた凝視し、ビニール袋にしまった。

 着替えの予備をいくらか持ってきていて本当に良かったと、私はこっそり安心した。

 バスタオルを巻いて身体を隠すべきか悩んだが、さっき入った時はお互いに巻かなかったので今回も巻かなかった。

 普通サイズのタオルだけを持って、私たちは引き戸を開き外に出る。


 少しだけ肌寒さが身体を触り、私たち二人シャワーへと向かう。

 シャワーの温かさに包み込まれながら、ゴシゴシと入念に洗う。

 「よし!」と立ち上がれば、待っていたかのように隣の琴音も立ち上がる。


「じゃあ浸かろっか」

「ん……」


 ただでさえ小さな体を更に小さくした琴音は控え目に頷く。

 否が応でも見せんぞ、という風に琴音はタオルで自身の見えてはいけない場所を隠していた。

 私も今は軽く隠している状態だったが、温泉に入ったらどうせ見られてしまうので開き直りつつも歩く。

 琴音は私の後ろをペタペタ足音を立てながら着いてきて、やはり恥ずかしがってるのだろうと再認識した。


「ふぅ〜……」


 温泉に身体が取り込まれる。

 やはり本場の温泉地、と思わせてくれる。

 そういえば昼頃に街中を香っていた匂い。あれは硫黄の匂いだったらしいけど、その匂いも鼻に馴染んでいた。


 琴音はまだ隣に並んでこない。

 見れば、プールに足を踏み入れるみたいに、慎重につま先を伸ばして水面をぴちゃぴちゃしていた。

 やがてゆっくりと、本当にゆっくりとつま先から温泉へと足と身体を沈めていった。

 身体を隠していたタオルを、名残惜しそうに取り外して肌をさらけ出した。


「可愛い……」


 綺麗な白い肌を見て、私は言葉を漏らした。


「……セクハラ」


 琴音はぷいっと身体ごと私から逸らした。


「琴音もさっきセクハラしてきたけどねー」

「……」


 無視された。

 これはどうしたものか。

 一緒に湯船に浸かっているはずなのに、どこか隔たりがある。


「こっち向いてくれないと、後ろから抱きつくよー」


 言ってみる。

 しかし琴音は微動だにしない。


「抱きついて欲しい?」

「…………」


 琴音は動かない。何も言わない。

 この問いは、半分は冗談のつもりだった。

 ということは半分は本気ということなので。この沈黙は肯定と取るべきか、否か。

 ここは問答無用で肯定といきたいところだったが、ギリ生きていた理性が踏みとどまる。


「琴音? 実はまだお酒入ってる?」

「…………自分からするって言ったくせに」


 琴音は「意外とヘタレなんですね」と私を煽った。

 これはつまりは『して欲しい』ということで。

 その事実がとんでもなく心臓にきて、動悸は早鐘のようになる。

 そして。その心臓の動悸が私を突き動かした。


「じゃあ。するね」


 お湯の中を膝立ちで進む。

 肩甲骨が綺麗に浮き出た琴音の背中。

 理性がとんでもなくなりそうになるのを抑えながら、私は腕を回す。

 小さなおっぱいが私の片腕に優しく覆われて──あ、なんかやばい。


「んっ……」


 琴音は甘ったるい声を漏らした。

 私の耳に入り込んだそれは、心臓部分へと容易に届く。


 ドクンと心臓が大きく揺れる。

 何かが私の中でうずいた。

 このままだと、なんというか。物足りない気がした。

 だから。私は、琴音を抱き寄せた。己の顔を、琴音の肩に乗せる。柔らかかった。

 今の私は、多分だけどまた、あの。さっき琴音にされた時みたいな心情になっていたんだと思う。

 っていうのも回りくどいのでストレートに言うと、興奮していた。

 理解しつつもこれはいつもの私じゃないということで、深夜テンション君に責任転嫁した。


 私のおっぱいが琴音の背中に、ふわりと当たっている。

 ちなみに私のおっぱいも大きいわけではない。

 BとCの中間くらいだと思う。健康的ですね。


「なんですか。酔ってるんですか」


 琴音は少し強めの口調だった。

 恥ずかしさを誤魔化しているだけだろうと、勝手に確信していた。


「しばらくこうしたい」

「……別に、いいですけど」


「あ。待って」

「……なんですか」


「やっぱり、正面向いてよ。……ほら。あの時はさ、琴音は酔ってたじゃん。だから、あんましハグの感触を味わえなかったでしょ?」


 という言い訳。

 なんか琴音が悪いみたいな言い方になってしまったので「本当は私がしたいだけだけど」と小さく付け足した。

 本当に小さな声だったので伝わったか心配だったが、琴音の耳がピクリと揺れて「はい……」と恥じらっていた。

 ので、恐らくは伝わってくれたのだろうと思いながら、琴音が私の方向に身体を向けるのを静かに見守る。


 何度でもいうが、華奢だ。

 抱きしめたら壊れそうなくらい。

 だから。私はそっと、優しく包み込む。

 琴音も恥ずかしそうに、私を抱き返す。

 生の腕の感触が、私の裸を這う。

 琴音の小さな手のひらが、私の背中を優しく触った。

 

 湯船に座った状態でのハグというのは、少しやりにくいものがあったが。これもまた一興だろうか。

 だけど。こうやって抱き合ったまま、その先が無いというのは。

 これもまた、物足りなくなってしまった。

 ブレーキは壊れたのか効かない。


「キスもいい? ……単純に、私がしたいだけだけど」

「それが『シたいこと5つ目』ですか?」


「……んーっと。それは──」

「冗談ですよ。……はい、してください。早く」


 若干急かされ、なんだか嬉しくなってしまう。

 そんな嬉々とした感情のまま、琴音の両頬に手を添える。

 濡れた頬は熱い。これはきっと琴音自身の熱だろう。

 視界の下には琴音の露出した肌が、水面を通して揺れて見えていた。

 ふと『お互いに裸になってキスをしようとしている』という状況だと改めて思って。

 琴音の黒い目が下に移動しているのが分かり、私の中の抑えきれない気持ちは倍増する。


「激しくしていい?」

「控えめに」


「分かった。控えめに激しくする」

「……ん。好きにして」


 これまた恥ずかしさ故か言い捨てられ、私は琴音を支える両手に少し力を込める。

 だって私だけを見て欲しいから。恥ずかしいからって目を逸らされてくない。


 あ。琴音、目を瞑っちゃった。

 まぁいいか、と私は目を開いたままで。口付けをする。

 一回目のように歯には当たらず、ちゃんと琴音の唇に命中した。

 でも。これもまた、なんとなく物足りない気がした。


 だから、舌を琴音の唇の間に入れた。

 これこそ歯に当たってしまったけれど。

 琴音はすぐに自分の舌を私のに絡めてくれた。

 唾液が流れ込む。私の中に、私じゃ無いものが入り込む。

 それを飲み込む。美味しいかと言われれば謎だが、しかし、より興奮した。

 口端からは互いの熱い息が漏れ出て、琴音もえっちな気分になってるんだと。

 そう思った途端に、琴音も私の両頬を捕まえてくる。


「──はぁっ。──はぁっ」

 

 何か、もっと欲しかった。でもこれ以上は来ない。

 私も、もっとしたかった。でもこれ以上は出来ない。

 代わりに舌で攻めて。

 舌で攻められ続けた。

 琴音の唾液で、私の中を濡らされた。

 私の唾液で、琴音の中を沢山濡らした。

 私って、こんなに変態だったんだ。そう思った。

 琴音も、私のことをこんなに変態なんだ。ってそう思っているはずだろう。

 温泉から上がったら、この続きがあるのかなと期待した。

 向こうも期待しているのかもしれない。だって琴音も変態だし。

 私が琴音を襲えば、きっと琴音は受け入れてくれる。

 琴音が私を襲えば、きっと私は受け入れてしまう。


 でも。私たち二人とも、続きが無いことは確信していたのだと思う。


 それは単に、付き合っていないから。

 ちょっと寂しい気もしたが、これはしょうがない。

 だから今は、キスを沢山して互いに満たし続けた。

 

 性欲はどんな理屈にも勝る。

 なんて馬鹿げたことをそれらしく言ってみる。

 でも実際そうだ。私がこうして琴音にキスを求めたのも、琴音が私を受け入れたのも。

 きっとそれだけで片付いてしまう。理屈の入る余地なんて、そもそも存在していない。


 さて。ここで今一度、なんのための旅行か思い出してみよう。

 そう。琴音が、落ち込んだ私を元気付けるための旅行だ。

 誰がこうなることを予想しただろう。もちろん私も、予想していない。

 未来は予想ができない。できるわけがない。

 だから。明日──いや、もう今日になっているだろう。

 ともかくとして、良い未来を期待しよう。落ち込むよりかは、そうするべきだ。

 こういう思考に辿り着けたので、この旅行にはそれなりの意味ができたのだと思う。

 いや。ハグとかキスを含めたら、それなりというか、めちゃくちゃ大きな意味なのだけど。


 閑話休題。

 蛇行していても、いつかは良い未来がやってくる。

 高校時代に落ち込んでいた私が、チューバと琴音に出会ったことで得られた教訓だ。

 だから──と、この続きをわざわざ言うのは蛇足だろう。

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