深夜の目覚め

 夢の中を歩いている時のことだった。

 呑気に歩いていた自分の視界が急に揺れ出した。

 それが現実に呼び戻す使者のせいだと気付いた私は、意識をそちら側へと移動させた。

 大袈裟な言い方をするけど、誰かによって身体を揺すられていただけだった。

 その『誰か』が琴音だと数秒遅れで察して、私は目の前の眩しさに抗い目を開く。


「琴音……?」


 琴音が私の横にいるのが分かった。

 目を細めながら、目元をゴシゴシと擦る。

 もう朝だろうか、と外を見れば未だ真っ暗であり。

 手探りで探し出したスマホを見れば、24時の直前だった。


「おはよ……。どうしたの……?」


 未だ瞼を開け切れ無かったが、ぼんやりとした視界の真ん中には場違いな朱色がある。

 それが琴音の顔色だと気付くのに多少時間を必要とした。

 同時に、私はこの部屋で行われたことを思い出した。

 うっすらと頭に描かれたそれは、次第に私の頭の中に形作られ。

 琴音の顔が何故こんなにも赤くなっているのかを察すと同時に、私の意識は覚醒した。

 身体を起こすと共に、琴音に問いを投げる。


「……酔い覚めた?」


 琴音の浴衣は未だ着崩れを起こしていて、私も当たり前に同様だ。

 口元が震えているの見ながら、さっきはあの唇とキスをしたんだなと恥ずかしくなる。

 私もかなり、あの場の空気に酔っていたのかもしれない。ただの発情とも言えるけど。


「…………あの。……はい。覚めました」


 もじもじとしながら琴音は漏らす。

 お酒が入ると記憶があやふやになるとよく聞くが、この様子だと記憶はあるらしい。

 

 どうも今の琴音は面白い感じになりそうだった。

 面白い感じというのは、いじり甲斐があるみたいな、そんな感じである。

 さっき好き放題にやられたお返しみたいなものを、唐突にしたくなってきた。

 寝起きの謎テンションからかそんな思考に辿り着き、くすくす笑いながらからかい口調で声を発した。


「琴音ってさ。えっちなんだねー」

「うぅ……。ごめんなさい……」


 琴音は弱々しく声を落下させ、俯いた。

 さっきあんなエスっぷりを見せてきた様子とは正反対である。

 しかし。やはりこれはいじれる。超いじれる。


「いや、嫌じゃないよ? ただ。……パンツを触って、私の興奮具合を確認するのはね」


 琴音は身体を過剰に反応させる。対する自分も少し恥ずかしくなった。

 言葉にしてみると、凄いことをされたのだなと再確認できる。

 私も下着をあんなにしていたのは──いやまぁこれに関しては生理現象だ。

 妄想でもこんなになるのだから、リアルに琴音にあんなことをされちゃ、うん。

 このままだと自滅しそうだったので、琴音に焦点を当て邪念を捨て去る。


「……あれ、は。……あの」

「少なくとも、大人の知識はあるんだよね。きゃーえっち」


 冷静に考えてもえっちすぎる。

 こんな可愛い子供みたいな琴音が、ね。

 ということはつまりですよ。琴音の方こそ私のことを妄想して、はい。

 これ以上を考えると、さっきの二の舞なのでやめておこう。

 今は、ひどく恥ずかしがった琴音を見るだけで心を満たそう。断じていじめではない。


「だって……二十歳ですよ。……知識くらいあります」

「いや、そうなんだけどさ。んー、なんというか」


 言葉を見つけようと、私は声を静止させる。

 私は琴音のそれをギャップ萌えと例えたかったのだろうけど、どうもその言葉は違う気がした。

 だったらどう例えればいいのか、という話だけど。しかしながら何も思い付かない。

 んー参った。と、日本語の難しさに降参していると、琴音は不意に口を開いた。

 また。そこから出てくる言葉も不意だった。


「……日菜子さんは、私に興奮したんですよね?」


 私はギョッと目を剥いた。

 琴音は上目をチラッと覗かせて、少しだけニヤリと怪しく笑う。

 その様子を見るに、私に一矢報いようとカウンターをしたつもりなのだろう。

 いつもの私なら、ここで動揺して立場が逆転していたところだろうけど。

 寝起きテンションと深夜テンションの融合で、私はさして怯まなかった。

 動揺は心の中に留めておいて、私はとびきりの笑顔で琴音に言い放ってみせる。


「したよ。それもすっごく」

「〜〜〜〜っ!」


 効果はバツグンだったらしく、琴音は声にならない叫びをあげる。

 私の笑顔は、誤魔化しの笑顔でもあるかもしれないけど。誤魔化せているのなら別に問題はない。

 ただ、やっぱり凄く恥ずかしい。平静を装うのも結構大変だ。

 いや。もう顔を真っ赤にしている時点で、既に平静を装えてはないのかもしれない。

 それでも私は止まれずに、更なる追い討ちを琴音にかける。


「琴音の手つき、凄くいやらしくて……。何より、キスも。凄く息を荒くしててさ」

「もう! もうもうもう! やめてください!」


 琴音は顔を勢いよく上げて、今にも泣き出しそうな声で私に乞うた。

 流石にやりすぎだったかと「ごめん」と宥める。


「私だって。……自分が、こんなにも変わって、凄くびっくりしたんですよ」


 弱々しい琴音を見ることは、どうもいじりたくなる衝動に駆られるが。

 それを抑え、心底丁寧に「ごめんなさい」と頭を下げる。

 「もういじめないでください」と言われ、私たちは和解をしたのだった。

 と、そうなると急に話題は消えたので、何を話そうかと思っていると一つ疑問が浮かんだ。


「あ、そういえば。急に話は変わるけどさ、なんで急に私を起こしたの?」


 今、私が起きているのも琴音に揺すられたからで。

 考えてみれば考えるほど、なぜ起こされたのだろうか、と謎は深まる。

 琴音は『そうだった』と言わんばかりのハッとした顔になり、また徐々に顔を赤くした。

 琴音は両人差し指をツンツンとしながら、照れ照れと声を発す。


「温泉に、一緒に入ろうと思いまして……。身体も少し汚れてますよね、お互いに」


 心も汚れてる。お互いに。

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