衝撃と

「うま……」


 拍手の変わりに呟きを漏らす。

 共に思ったのは『私のチューバじゃ敵わない』これだった。

 私のチューバでは、彼女の足元にも及ばない──は言い過ぎにしろ、せいぜい足元だった。

 悔しいが、白石梨奈の演奏は素晴らしいものだった──って、


「あれ……?」


 今、ふと気が付いて、疑問に思った事がある。


 ──私、今。ピアノを聴いて、感動した?


 疑問というか、その通りだった。事実だった。

 確かに。そう確かに、私は今。白石梨奈のピアノ演奏を聴いて感動したのだ。

 以前は聴くことすらままならかったピアノ演奏を、だ。

 何がきっかけでこうなったのか。と思い返せば、琴音のお陰なのは明白だった。

 誕生日の頃だったかもしれない。その時に私はもう、ピアノを聴ける耳になっていたのかもしれない。

 考えてみればそうだ。音楽棟を歩く際に耳に入るピアノの音に、不快感すらも覚えていなかった。

 

 私はもう。昔のトラウマを克服したのだろうか、それとも否か。

 どちらかなんて確証を得られてないので確信するのは早い。

 それでも。今こうして、私はピアノを聴いた。琴音以外のピアノを聴いた。

 嫌悪感を抱くことなく、むしろ感動をした。

 これはほとんど答えでは無いだろうか、と思わない以外の方が不自然なのだと思う。


「琴音……」


 と、その時。私のなんとなくの呟きに応じたかの様に、部屋のドアが開く音がした。

 琴音だろうけど、考えてみれば少し帰ってくるのが遅い様な気がする。

 演奏時間が六分だっとことを踏まえてみると……まぁ普通? どっちでもいいや。

 スマホを畳の上に置いて、足音の方向に顔を向ける。琴音の姿が現れたのを確認して私は声を投げた。


「おかえり、琴音。──っしょ」


 流石に今の格好はダサいし浴衣が乱れるので、身体を持ち上げる。

 「ただいまです」と、琴音はガサガサとビニールの袋を揺らしていた。


「何買ってきたのー?」


 琴音はその袋をテーブルの上に置いた。

 机と袋が触れる瞬間にゴトっと重たい音が聞こえる。

 袋は汗をかいていたので、何か飲み物があるらしいと理解できた。


「えっとですね……」


 琴音は言いながら袋の中に手を突っ込んで、中にあるお菓子と缶ジュースを取り出した。

 お菓子はおつまみ系。だが、缶ジュースは私に背を向けているので何味かは分からない。

 まぁでも、紫色なのでぶどう味だろうなーと思いながら缶を手に取りクルリと180度の回転。

 案の定ぶどうだった。パッケージの右下には『お酒』の二文字。

 …………ん?


「お酒!?」


 意表を突かれ、声を裏返す。

 その二文字に、私の脳内は渾沌と混ざり出す。


 18歳からお酒って大丈夫になったんだっけ?

 いやいや。そんな訳ない。二十歳はたち以上じゃないと買えないはず。

 あ、でも。コンビニとかだったらパネル押すだけだから、違法だけど買えはするんだっけ?

 だけど琴音だ。あの中学一年生みたいな風格の琴音だ。きっと年齢確認されるに決まっている。

 だったら? いやもう、可能性は一つしかない。琴音は──。


「え、っと。言ってませんでしたっけ?」

 

 私の困惑した様子に、琴音も若干戸惑った様子で口を開いた。


「何を!?」


 勢いに任せて問い返すが、出てくる言葉は大方予想が付いていて。

 そして実際。出てきた言葉は完璧に予想通りだった。

 

「私が、二十歳はたちだってことを、です」

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