セレナーデ
白石莉奈の恋愛感情
五月三日。私の一生の思い出となる、幸せの日。
その日からは時は過ぎて、ゴールデンウィークも終わる。
琴音との距離は更に縮まって、大学生活中も手を繋いだりとか普通にしていた。──普通というと余りよろしくないなので訂正をしておくと、その時間が私、或いは私たちにとって特別な時間であったというのは変えようの無い事実であった。
五月も後半に差し掛かり。完全に大学生活に慣れてきたと思っていた時のこと。
この日は、人生のターニングポイントと言えた。
それを言うならば。人生のターニングポイントなんて、今までどこにでもあった気がするけど。
なんというか。この日は特に、ターニングポイントと感じられる日であったのだった。
結果から言うと、それは良い方向へと向かうものではあった。
人生。とんでもない事が起きない限りは、上手くいくようにできているのかもしれないと実感させられる。
この失敗が無かったら、この出会いは無かった──だとか。意外にもそういうのはある。
つまり何が言いたいのかというと──失敗しても、気にしすぎるな。という単純なことだった。
蛇足かもしれないが、私は今回のことで。そう思ったのだった。
事の発端は、やはり昼休み時だった。
私と琴音、一緒に屋上でお昼ご飯を食べている時、それは起こった。
「……今日も美味しい」
私は琴音が作ってくれた弁当を一口食べ、しみじみとそう溢した。
なんかもう。琴音の寄生虫みたいに、いつも世話して貰ってるけど。
罪悪感もそれなりだが、やはり美味しさの方が勝ってしまう。
「ありがとうございます。いつも美味しそうに食べてくれて、嬉しいです……」
何より。私が美味しいと言ったのを見て笑顔になる琴音が可愛くて、どうも私は琴音に寄生しっぱなしだ。
凄く平和な日常の一枚だった。
だが。それを破るかの如し出来事が、直後に起こったのだった。
──バン!
屋上の扉が荒々しい音を立て、開かれたのだ。
その場所から一人の女性が姿を現し、私は息を呑む。
背は低く、琴音を思わせる様な見た目ではある。だが。そこから放たれる威圧感は比にならない。
そもそも琴音は威圧感なんて全く放っていない可愛い人なので、比べることすら変だった。
まぁともかく。顔は普通に可愛い系の人だった、とそれを言いたかった。
そしてどうやらその人は、私の元へと近づいているようだ。
弁当を食べる箸を持つ手が止まり、私はその人を見上げる。
「初めまして、音海日菜子さん」
「あ、どうも。初めまして」
私は弁当を一先ずは隣に置き、へこへこと頭を下げる。
私の名前を呼んではきたが、この人物に心当たりはない。
けれど、私たちと同じ大学一年生かなーって感じはうっすらと漂っていた。
「私。大学一年ピアノ専攻の、
「……あ。はい。一年チューバ専攻の音海日菜子です。……えっと──」
『どうしたの?』と言葉が出る前に。
「単刀直入に言います」
文字通り彼女は刀を入れるように、私の言葉を遮断。
続く言葉で、燕返し。
「七瀬琴音さんと、別れてください」
……は?
「え無理。無理無理。絶対無理」
何を言い出すかと思えば、なんだこの人。私の琴音だし、琴音の私だぞ(?)。
そもそも付き合っては無いんだけどさ。
ここはなんにせよこの選択が良いと、少し冷静になった後でもそう思う。
「お願いします。私、七瀬さんの事が好きなんです」
「私の方が琴音のことを好きなので。どうかここはお引き取り願います」
私は丁寧に頭を下げた。
が。向こうも食い下がる気はないらしい。
そもそも。私が琴音と付き合ってると思ってるのに、こんなこと言いにくるって。
それってかなり性格が悪いんじゃないか。
「いや。私の方が七瀬さんを幸せにさせられる自信があります」
こんな性格の人が、琴音を幸せにできるとは到底思えない。
ここはこの白石梨奈とやらに、私と琴音の仲良し度を見せつけるしか無さそうだ。
と、私は横に置いていた弁当箱をこれみよがしに私の前へと運んだ。
「さてさて。『琴音の手作り弁当』の残りでも、今から食べようか──いてっ」
悪を煽ろうとしただけなのに、横から琴音に小突かれてしまった。
いやそれでもまぁ。目の前の白石梨奈は唇を噛み、悔しそうな表情に変化しており、その表情を見れただけでもこの行動は私的には価値があったと思わされる。
もう私は、この白石梨奈を無視し続けるつもりだった──が。
「あの。白石さん」
口を開いたのは琴音だった。
「お気持ちは嬉しいんですけど。……あの、私は日菜子さんが好きなので」
人に『私はこの人が好き』と言うのは、かなり勇気のいる行動であり言動だと思う。
それでもすんなりとキッパリと、先の白石莉奈の如く、刀をスパッと入れる様に。
私の事が好きだと、そう言ってくれた。
本当にありがたく、嬉しいことだった。
琴音はやっぱり。大事にするべき相手で、愛するべき相手だ。
こんな状況の中、私はそう思ってしまった。
「……そうですか。……いや、私だって。そう無理やり奪いにきたとかじゃないので」
「いや、絶対無理やりだったよね??」
悔しそうに言った白石梨奈は、琴音に向けていた目線を私に戻してくる。
私の言葉は完全に無視され。
そして──。
「私と。どっちが楽器が上手いかで勝負しましょう。勝った方が、七瀬さんの彼女ということで」
なんて。いかにも音大生らしい勝負を仕掛けてきた。
さて。ここはどうするべきか、もう答えるべきは一つしかない。
本当はこんな勝負受けたくない。私たちの平穏が邪魔される訳だから。
でも。ここで勝負を受けなかったら、琴音に粘着して回る可能性を考えてしまう。
そんなの私が許さない。私が勝って、琴音を安心させたかった。
後から思えば。この考えは、色々な面で傲慢だった。
「いいよ。勝つから」
私は刺すような目で、白石梨奈を睨む。
「……決まりですね。……では、明後日の十五時。音楽ホールを予約するので。そこに集まってください」
言い終えると。彼女はどこか妖艶とした微笑みを浮かべ。私に踵を向けてきた。
スタスタと今度は余裕ぶった感じで、屋上の扉へと向かっていく。
閉め切る前に扉の隙間から、また再び。ニヤリと、奇妙な笑みを浮かべた。
扉が閉まり。私は無意識にその場所へと、あかんべーを向けていた。
「もう。なんなのあの人。……ごめんね、琴音。勝手に勝負受けちゃって」
「……日菜子さん」
琴音はどこか不安げだった。
私が勝負に勝てるのか不安になっている、というところだと思う。
「大丈夫大丈夫! あんな噛ませ犬、私のチューバパワーでやっつけるから!」
「いや。その……」
「心配しなくても大丈夫。私最近、チューバ結構上手くなってきたと思うんだよね」
「あの。えっとですね。ちょっといいですか?」
「あ、ごめん。うん。いいよ?」
「大変申しにくいんですけど……」
なぜか気まずそうな琴音に悪寒をを覚えた私は、ゴクリと喉を鳴らした。
「白石梨奈さん。……あの人、去年のソロコンの。福岡代表です」
フリーズした。
世界も同時に、固まったかと思えた。
そう思わせる程に、唐突で力ある言葉だった。
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