プレゼント

 手を繋いで歩いた私たちが訪れたのは、琴音が住んでるアパートだった。

 駅から徒歩約20分らしいが、体感的には5分──むしろそれ以下。

 アパートの大きさは、私の住んでるところ一緒くらいだと思う。

 私の家からも徒歩で通えそうな距離だということに、内心ガッツポーズをしていた。


「ささ。どうぞ、入ってください」

「お邪魔します……」


 琴音はドアを開けると、片手で私に入ることを促してきた。

 私は琴音と目を合わせることができずに、家の中へとお邪魔する。

 頬の涙は既に乾いていたが、けれど思い出すだけでまた泣き出しそうだったから。だから私は琴音と目を合わせられずにいる。

 私はもう。誕生日をこんな風に祝って貰える日がくるなんて思いもしなかった。

 この感情をちゃんと文字にして説明したかったけど、今の私には出来そうにない。

 つまりは。琴音が弾き語りでハッピーバースデーを歌ってくれた。その事実が最高に尊かった。

 あぁ。また泣き出しそう。でも、琴音の家を汚すわけにはいかない。ので私は涙をグッと堪えた。


「向こうがリビングなので」


 と琴音が手を廊下の奥に向ける。

 私は無意識に足をその場所に向かわせた。

 キッチンの横を通り過ぎて、一つの扉を開く。


 一つのベッド、一つの机、一つの椅子。

 他には小さな本棚だったり、可愛らしいぬいぐるみ。

 言ってしまえば割と普通の女子って感じの部屋だった。

 あ。でも、コンクールのトロフィーとか置いてあるのは普通では無い。

 普通と言いはしたが綺麗に整頓されてるし清潔感も感じるし、良い部屋だと思う。

 私の部屋と比べたら、いやはや。とってもお綺麗にされているようだった。


「いい部屋だね」

「ありがとうございます。……では、そこら辺に座って貰えますか」


 私は言葉の通りそこら辺に座った。

 正確な場所を言うなら、琴音の足元だった。

 私は未だ琴音と目を合わせられないので、琴音の綺麗な足をマジマジと見つめている。

 凄く白くてスベスベしてそうな足だった。

 触り心地が気になってしまったので、その足を突っつく。

 ぷにぷにと柔らかかくて。うん。ずっと触っていたい感覚だった。


「……やっぱり、ベッドの上とかに座って貰っていいですか?」


 と、触り心地を楽しんでいると頭上から声が届く。


「ごめん。分かった」


 言いながら立ち上がり、私はベッドの上に腰を下ろす。

 思った以上にふかふかなその感触に、私のお尻は沈んでバランスを崩しそうになってしまった。

 それを見た琴音が、おかしそうにくすくすと微笑む声が聞こえる。

 むーっと思ったが、それでも琴音の笑い声はいつ聞いても、心が柔和になる音だった。

 音楽の天才少女は、どうやら笑い声をあげるだけで人を、私を幸せにできるらしい。


「思ったんですけど。……日菜子さん、元気ないですか? 疲れました?」

「あ。あぁいや。元気だよ。凄く元気」


 琴音を心配にさせたくなくて『元気』と答えてみたが──いや。私の今抱えている問題は別に隠す必要も無いかと、すぐに訂正をした。


「──いや、嘘。実を言うとさ。……私、さっきのことが物凄く嬉しくて。思い出すだけでも嬉し涙が飛び出しそうでさ。その涙を見せたくなくて。……だから元気に見えないのかも」


 そこまで言った私は、自身の膝上──正確に言うなら膝上に置いた二本の腕の上。

 その場所に自身の顔を埋め、涙を中に落とす。

 腕の上に滴る私の涙は、出来立たてなのか温かく感じた。

 

「……そう、ですか。……プレゼントを渡そうと思ってたんですけど、今度がいいですかね」

「ねぇ……! 意地悪はダメ。プレゼント欲しい」


 プレゼントという言葉に反応して。我ながら、がめつい人間だと思った。

 可笑しなやり取りだなと、涙は少しだけ引っ込んでくれた。


「じゃあ顔を上げてください」


 まるで、しつけを受けているみたいだ。

 

「……もうちょっと待って」


 片手を上げて『待て』をした私は。ずずずと、あまり綺麗とは言えない音を立て鼻を啜る。

 もう泣いた時に出る鼻の音のそれだった。

 絶対に目は真っ赤っかだろうけど、私は腕で目元を拭いながら顔を上げた。


「はいどうぞ。プレゼントですよ」


 琴音は『よくできました』と言う風に、用意していたらしい小さな紙袋を私に手渡した。

 私のぐちゃぐちゃな顔に触れないところとか、やっぱり本当に凄く良い人だ。


「中、見ていい?」


 首を傾げて問うた私の声は、嗚咽が混じっていた。

 声の音程が変な感じに崩れてしまう。

 だが琴音はそれも気にせずに、ただ私の言葉に頷いてくれる。

 

「もちろん。そのためのプレゼントですよ」


 私はクリスマスプレゼントを開封する子供の様に、興奮気味に中にあるものを取り出す。

 どうでもいいけど直近の私の比喩に『子供の様』が多様されているってのは、琴音から見ても私は子供の様に映っているのだろうなと苦笑する。

 それはともかくとして、中から出てきたものは白い小洒落た小箱だった。

 何が入ってるんだろうとドキドキしながら、私は中を見る。


「わぁ……綺麗」


 私は思わず見たままを呟いた。

 中に入っていたのは、ピンクゴールドを基調としたネックレスだった。

 真ん中にある青色小さな宝石が、キラキラと私の目を刺激してくる。


「私、日菜子さんが、どういうの好きとか全く分からなくて。……ネックレスにしてみたんですけど、どうですか?」


 琴音は私の顔を覗き込むと、恐る恐るという風に問うてきた。

 彼女の目は、正に期待と不安が入り混じった眼差しだ。


 私は、せっかくだから取り付けた姿を──と。

 ネックレスを取り出し、不器用ながら首に回して装着をする。

 宝石の付いた部分を優しく摘んで、持ち上げて。

 ぐちゃぐちゃの表情のまま琴音を見て、快活に言い放った。


「ありがと! めっちゃ嬉しいよ!」


 これは本当に、素直な心からの気持ちだった。

 琴音から貰えた、というのも相乗効果してあるのかもしれないけど。

 『ネックレス』というプレゼント自体も、すっごく嬉しい。

 しかもめっちゃ可愛いし。今の私の服にも良い感じにマッチしそうだ。


「あぁ……。お気に召されたようで良かったです……。正直凄く不安でした」

「うん。……本当にありがとうね」


 私はじみじみと、感情が漏れ出るように言う。

 感情と共に時たま鼻水が滴り落ちてくるので、その度にズズーと吸い込んでいた。

 かなり下品だった。


「あ。そうだ」


 と、本当に突然に思い付く。

 だが流れ的には割と、流れに沿っている問いと言える。


「琴音の誕生日も教えてよ」

「……えっと。私は、九月三日です」


「そっか。まだまだ先だね。……というかそれ、ドラえもんの誕生日じゃん」

「あ。それ。自己紹介で困った時とかに、よく言ってます」


「じゃあプレゼントは、ドラえもんのプラモデルとか? DVD全巻セットとか……?」

「ドラえもんが好きとは言ってないです。いや、好きではあるんですけど。なんか違います」


「そっか……。じゃあ、琴音が好きそうなものを買ってみるね!」

「……はい。嬉しいです……」


 少しだけ変な方向に走ってしまった会話。

 それでも軌道修正したので良かったのだと思う。


 それから私たちはただ会話をするのみだった。

 相変わらずその会話の中身は薄いけど、やっぱり楽しい。

 次第に私の涙も引っ込んで。だけど頬にある涙の線は、くっきりと残っていた。

 洗面台を借りた時に自分の顔を鏡で見てめっちゃびっくりしたもん。

 少し化粧も落ちていたし、文字通り不細工だった。

 

 いつ帰ろうかなーって時にふと琴音の家に泊まる、というアイデアを思い付いた。

 でも。着替えとかが無かったので、それはまたいつかということで断念することになった。

 最終的には夜の九時頃までお話をして、私は暗い夜道を帰った。

 それでも明るく感じたのは、琴音との楽しい思い出で頭が支配されていたからだろう。

 家に帰った私は布団にダイブすると、琴音に『おやすみー』とラインを送って眠りにつく。

 

 音海日菜子の19歳の誕生日は。

 お世辞も何も抜きにして、今まで一番の誕生日と胸を張って言えるものだった。

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