デートをする、あーんをしてみる

 バス停前に琴音はいた。

 遠く見えるその小さな人影がこっちを向いたのを確認すると、私は片手を上げて「おはよー」と手を振る。

 琴音は礼儀正しく、ペコリと一礼。

 その場所に辿り着いた際に、もう一度改めて「おはようございます」と私もペコリ。

 「楽しみですね」と琴音は、子供みたいなはにかみ笑顔で言った。


 普段から思っていたけど、琴音の様な低身長な女性でも。年相応の服は意外とあるようだった。

 今日の琴音の服装は可愛らしく、それでいて派手さは無いワンピース。


「琴音。今日の服、可愛いね」


 言うと、琴音は上品に口元を両手で押さえて「えへへ」と嬉しそうに笑った。


「日菜子さんも、可愛いですよ」


 すかさずそう返してくれた琴音は、

 私のブラウスを、照れ隠しかツンツンとつついてくる。

 めちゃくちゃ可愛すぎて、もう既にこれだけでも今日一日に満足できそうだった。

 でも。今からこれ以上楽しいことが待っていると考えると、私こんなに幸せでいいのかな?と思ってしまう。

 いやいや今まで不幸だった分、今こうして幸せが訪れているんだよね。と考えることで、その幸せに納得できてしまった。


 予定通りの時間丁度にバスは訪れ、私たちは一番後ろのシートに腰をかける。

 そこで私は鞄から『シたいことノート』を取り出し、3つ目を琴音に見せてみた。

 『あーんをしたい』と、まるで女子小学生が考えたかのような願い事に琴音は若干の戸惑いを見せたが「人に見られないように、こっそりしましょうね」という事で納得してくれた。めっちゃ良い人。


 数分後にバスは駅前に到着した。

 用意していた170円を払い、二人仲良くバスを出る。

 目の前にあるのは駅の正面。

 それを見た私は、ポツリと一言漏らす。


「え、ここ東京駅?」

「いえ。ここは大分駅です」


 すかさず横からツッコミがきたが、そう思わせてくれるくらいの存在感があった。

 まじか。大分の駅って、こんなにも発展してるんだ。

 地元の駅と比べてみると……いや。全然違う。

 一気に都会に来た気分だ。上京だよ、上京。

 

「……日菜子さん。分かりますよ。……宮崎駅って、ちょっとちっちゃいですもんね」

「うん。いや、それな。隣県ってだけで、こんなにも差があるもんなんだ」


 私は目をキラキラさせながら首を回す。

 高いビルもめっちゃあるし、人もめっちゃ多いし。

 何より駅の外観が綺麗だし、屋上がかなり上にあるし。

 他には──。


「わ。アニメイトある。え、大分すご。秋葉原にしか無いと思ってた」

「日菜子さん」


 視界の外から威圧感が漂う。

 すぐに琴音の方を向いて、頭を軽く下げた。


「すみません」

「もう。私とのデートなんですから」


 不機嫌な様子で言ったかと思えば。

 琴音は何を思ったのか、一瞬で顔をタコみたいに茹で上がらせる。

 そんな顔になった理由は、続く言葉が原因だったらしい。


「……なんというか、その。私だけを、見ましょうね」


 恥じらいを見せながら、恥ずかしいセリフを言ってくる。

 耳まで赤くして、俯きがちで。

 頑張って言ってくれたんだなって、すっごく愛おしい。


「琴音だけを見ます!」


 抱き着きたい気分だった。

 それでも、まだ抱き着けないのがもどかしい。

 いや待て。初期の琴音みたいに『ぎゅー』だと言えば、やってもいいのでは。

 と思ったけど。流石に公衆の面前でやるわけには行かず、渋々と、私は頭を振って余計な思考を発散した。



       ※



 午前中は、モール内を探索しようということになった。

 だって初めてくるところだし。それは琴音も同様だ。


 服屋もかなり充実している、飲食店もかなりあった。

 ゲームセンターには可愛いぬいぐるみが沢山あったけど、どれも取るのは難しそう。

 時間はあっという間に過ぎているので、せめてお昼ご飯の前にプリクラを撮ろうと提案した。

 提案したはいいが、私はプリクラというものを撮ったことが無かった。琴音もよく分かっていないらしい。

 二人の不器用な女子大生が互いに200円を取り出し、恐る恐ると投入口にいれている絵面は少し変な気がした。

 タッチパネルがやけに声量大きく喋ってくるものだから、周りの視線を集めそうで私は常に肩の力が入りっぱなしだった。

 一通りの操作を適当に終えた後「撮影ブースに移動してね!☆」とタッチパネルに言われ、言われるがまま移動した。

 完全にAIに支配される人類のそれだった。(適当)


「こ、琴音。……ここからどうすればいいの?」

「……と。とりあえずは、ここに足を揃えるらしいです……」


 琴音が指した床にあるバミリに気付き、足を揃えた。

 女子大生二人の会話とは、とても思えない。


「えっとそれで……?」

「機械が指示してくれるんじゃないですか?」


 琴音が言った通りに、直後に機械がポーズを指定してきた。

 表示された文字に目を通し、それをそのまま琴音に告ぐ。


「まずは指ハートだって」

「指ハートって、なんですか?」


「分かんない」

「私もです」


「適当にピースでもしとこっか」

「そうしましょう」


 なんか色々とよく分からなかったので、あと六回続いた撮影は全部ピースをした。

 せめてもの作り笑いをカメラに向かってしていたのだけど、なんか虚しかった。

 その後、落書きの時間もあったけど。このままの琴音がよかったので、落書きはしなかった。


「見て見て。私たち、全部同じ顔してる」


 機械から出された私たちの写真を見ながら互いに笑う。


「……あ、でも。ピースの角度が若干違いますよ」


 琴音が身を乗り出して、私の持っている写真を指した。


「違うのがそこだけって……。まぁ、今度リベンジしよっか」

「はい。そうしましょう」

 

 なんとなしに言った言葉に、琴音はすぐに頷いてくれる。

 また『今度』があるとお互いに認識しているというその事実が私は嬉しかった。


 さて。今から何をしようか、という時に私の腹の虫が音を立てた。

 ゲームセンターの騒音に紛れてその音は消えてくれる。

 スマホを取り出して時刻を確認すると、もうお昼ご飯の時間だった。


「じゃあ。行こっか、お昼」

「はい。行きましょう」



     ※



 何が食べたいかという話になったけど、お互いになんでもいいということで。

 私たちはゲームセンター近くに位置していたオムライスの店へと足を運ぶ。

 店に入るのですらめちゃくちゃ緊張したが、まぁなんとか席に着くことはできた。

 適当に美味しそうなやつを注文し、会話をしながらそれが届くのを待つ。

 お昼食べてからは何をしようか、と。映画でも見ようという結論に落ち着いた。

 どうこうしている間に、注文したオムライスが届く。

 私は無難にスタンダードなやつを頼んだ。琴音も同じやつを頼んだらしい。


「…………」

 

 私は届いた美味しそうなオムライスと睨めっこをしながら思案する。

 さぁ。ここからだった。店内にはそこそこ人はいるが、端っこの席を選んだので人目には付きにくい。

 そう『あーん』だ。あーんをしたい。されたい。

 私は別に躊躇いもせずに、その旨を伝えた。

 

「『あーん』していい?」


 未だ琴音はオムライスに手をつけておらず、むしろ私のこの言葉を待っていたかと言わんばかりに「どうぞ」と一言。

 そのいかにも恋人同士らしい行動に、私はワクワクしながらスプーンで一口目を掬った。

 周りの目をキョロキョロ確認しながら、私は。


「じゃあ。いくよ」


 と告げる。

 琴音は「どうぞ」と待機した。

 私はオムライスが乗ったスプーンを持ち上げて、


「はい。あーーん」


 空いた琴音の口の中に、スプーンを滑り込ませた。

 琴音は口を閉じスプーンを咥えたまま、ゆっくりと咀嚼する。


「あ……」


 やってから私は、しまったと思った。

 あーんって。自らが使用したスプーンであるからこそ、背徳感が生まれるのではないか。と。

 そう。間接キスを目の前で見るという行動。それがあーんの価値なのではないか、と。


「日菜子さん、どうしました? あ。美味しかったですよ」

「あ、あぁ。いや、なんでも」

 

 私は琴音の口内からスプーンを取り出す。

 なんとなく残念に思いながら『食べるか…』とオムライスを掬った。

 口に運ぶとオムライスの味の筈のそれから、琴音が感じられた。

 こういう表現は自身でも良く分からないけど、確かに。琴音の、口内の、味。

 あれ……。なんかこれはこれで、めっちゃくちゃ背徳感が……。


「はっ──!」

 

 何か視線を感じ、琴音の方をバッと顔を上げて見る。

 と、彼女はにやにやと私を眺めているようだった。

 なるほど。確かに。これも、あーんの背徳的価値なのだと、そう思った。


「……くっ。……ならもう一度、食らいなさい!」


 楽しくなってきて、私はスプーンで掬ったオムライスを琴音の口の前に持ってきた。

 一瞬琴音は戸惑う様子を見せたが、すぐに口を空けたので私はスプーンを侵入させた。

 私が使ったスプーンをもぐもぐされているのは、なんか。うん。背徳的だった。

 口から出てきたスプーンは、凄く綺麗にピカピカだったので舐めとったらしい。

 そんなスプーンを、私の口の中に運ぶのもまた。圧倒的に背徳的だった。


 やり始めると凄く楽しくなってしまって、暫くはお互いに『あーん』し合っていた。

 食べ終えた後、私たちはふと『どうしてこんなに盛り上がってたんだ…?』みたいな顔で見合っていた。

 周りの客から奇異の目で見られていた、ということは言うまでもない事実であり、出禁にならないことを私たちはただ祈るばかりである。

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