デート当日

 ゴールデンウィークがやってくる。

 ここ最近はソワソワした日々を過ごしていたが、遂にだった。遂に、明日だった。

 五月三日。その日が既に明日までに迫っていた。

 ……いや。日付を越したので今日だった。

 

 今は五月三日の深夜一時半。

 おかしい。昨日の夜十一時には布団に入ったはずなのに。

 眠れない。ソワソワのせいで、全く眠れない。

 どころか目はどんどん冴えていく一方だった。


 朝九時に待ち合わせだというのに……。寝坊したら、まずい。

 ちなみにデート場所は私が決めた。普通に駅周辺だ。

 そこが手頃であり、というよりそれ以外に良さげな場所が無かった。

 隣の市には国有数の温泉地帯やら有名な水族館があるらしいけど。

 電車弱者の私には、今は無理そうだったので。またいつかということで。

 駅周辺もまだお互いに行ったことが無かったので、ちょうど良いだろう。

 駅内にあるモールも、かなり広いと聞いている。


 なんだか。凄く良い誕生日になりそうだ。

 と。そう思考した瞬間、私はハッとした。

 父さんからは『お誕生日おめでとう』と既にラインが来たけど、琴音からは特に何も祝いの言葉は来なかった。

 これに関しては、しょうがないかと納得する他しかない。少し悲しさは残るけど……。

 なんて悲しみに少し傷心している時──。

 

 ──ピロリン♪


 静寂を切り裂く場違いな音が部屋に木霊する。

 唐突すぎたその音に、私の身体は震えた。

 早まった心臓の動悸を呼吸で整えながらスマホを拾う。

 こんな遅くになんだろうと思いながら、眩しさに目を細め画面を見た。


「琴音……」


 琴音からのラインだった。

 内容は──っと。


『起きてますか?』


 まるで修学旅行の夜みたいで、クスリと笑みが溢れた。


『起きてる起きてるー。琴音も眠れないの?』

『はい。日菜子さんの「英雄ポロネーズ」を流しているのに寝付けません』


『それは、うん。眠れないよね』

『はい……。だから、電話繋いでも良いですか?』


 その文字を見て、私の中から何か溢れそうな。そんな嬉しさがあった。

 私は全力の笑顔をスマホの画面に向けながら『いいよ!』と返信をした。

 

 ──プルルルルル。


 刹那だった。

 肩をちょっとだけ跳ねさせる。

 歪んだ顔の筋肉を元の状態に整えながら、私は電話に出た。


「もしもしー」


 最初も最初の頃、あんなにも電話を恥ずかしがっていたのが嘘のようだ。

 だって今では、こんなにもすんなりと話せてしまう。


『こんばんは。急にごめんなさい。……私、デートが楽しみすぎて』

「私も楽しみすぎて。眠気が全く来ないよー」

『今日の朝は、二人仲良く寝坊ですかね?』


 琴音は悪戯っぽく笑った。


「えー。寝坊はしたくないけどなー」

『冗談です。楽しみですね』


「うん。めっっっっちゃ楽しみ!」


 琴音は『はしゃぎですよ』と。

 これまたはしゃいでいる様な声で、説得力皆無の叱り付けをしてくるのだった。

 それからはずっと、中身の無い内容の話を交わしあっていた。

 それでも。意味が無い時間は全く思わされないのが、やっぱり好きな人だなーって思ってしまう。

 夜の時間は、ふわふわとしたあまーい気持ちで脳が満たされっぱなしだった。


「……あれ?」

 

 ふと気付いた時には、既に朝がやってきていた。

 というと朝まで喋り続けたみたいになるが、そんな事はなく。どうやら寝落ちしていたらしい。

 寝ぼけ目を擦りながらスマホを手に取る。まだ琴音と電話が繋がっていた。

 すー。すー。と可愛い呼吸音がスマホの中から鳴っていた。

 現在時刻は午前七時。充電残量は10%だった。


「おはよう琴音」


 小さく囁くような声で、私は呼んだ。

 琴音は応じなかったけど、元々無理矢理起こす趣味は私には無い。だからこれでいい。

 電話を切ろうかと悩んだが、どうも切れずにスマホをそのまま充電器に繋いだ。

 さてと。今日の支度を始めよう!


 あれほど遅く寝たというのに、目覚めは過去一に良かった。

 なんかこれ、あれだ。小学生の遠足の日のことを思い出させる。

 前日は楽しみすぎて全く眠れなくて、それなのに翌日は六時とかに目が覚めちゃった。

 今の私、完全にそれだよね。琴音とのデートが楽しみすぎて。

 だからといってこれといった何かがあるわけでもない。

 要するに、今の私は小学生の様にウキウキ気分でいるということで。

 別にそれに何か問題があるのか、と。特に何も無かった。

 こんな無意味な思考をする程に、私の脳内は今、最高にエキサイトしているのかもしれない。

 だって。一歩進めば琴音のことが頭をよぎるし、二歩目もそう。

 なんだったらそれ以降もずっと琴音のことが頭をよぎる。

 もはやそれは何かの病気を疑ってしまうくらいだ。

 強いていうなら、恋の病としておくのが妥当だろう。

 

 考え事やら準備やらをしていると、いつの間にやら九時だ。

 私はもう諸々の準備は整えたつもりだった。

 化粧もいつもよりも気合い入れたし。うん、可愛い。

 一番悩んだのは服だ。

 いつも大学に身につけていく服でも良いと思ったが、それでも。ここはオシャレなのが良い。

 デートはデートでも、今日は初デートだ。その言葉にはそれなりの意味がある。

 今後。今日の事を振り返る日がやってくるのだろうと思う。

 例えばそう。結婚した時……とか。

 だったら出来るだけ印象の良い感じに──って思ったけど。

 気合いを入れすぎても、それはそれでネタにされそうだと気付いてしまったので。

 結局は、白のブラウス。下はベージュのデニムに落ち着いた。

 なんやかんや、この組み合わせが私にとったら都合が良くて、それなりに可愛い。


 はいそれで、約束の時間まであと一時間もあった。

 集合場所は大学前のバス停。そこから駅に向かう予定だ。

 ちなみに琴音は先ほど目覚めたらしい、今ごろ朝ご飯でも食べているのかな。

 電話して時間を潰したいけど、琴音にも化粧とかの時間が必要かなと、その行動に移らなかった。偉い。

 だから何をするのかって話だけど。まぁ、今日は何をするかとか、そういうこと考えようかな。

 駅内のモールなんて行ったことないので、何があるかとかは分からないけど。飲食店くらいはあるだろう。

 せっかくのデートなので、できれば恋人らしいことがしたい。

 だから『あーん』とか、して貰いたいかもしれない。

 成人の女性同士でこんなことをするのは見苦しさがあるだろうか。

 他の客には見られないようにすればいいか、と。私はそれを3つ目の『シたいこと』に設定したのだった。

 他には──手を繋ぎたかったりする。恋人繋ぎってやつだ。

 でも、それは琴音の5つ目のしたいことだ。

 だから。琴音の4つ目のしたいことである『デート』が終了して。家に帰る時とかに実行したいなって思った。

 本当に最高の誕生日になりそうで、私はめっちゃウキウキ気分だ。

 今は一分が一時間に感じる──というのは言い過ぎだとしても。

 そんな例えをしたいくらいには、ソワソワが止まらなかった。

 

『じゃあ今から向かうねー』


 約束の時間が訪れ、

 遂にそのメッセージを送れた時は、もはや感動してしまった。

 こんな夢の様な時間が、今そこにあるという事実に。

 

『私も。今から出ます』


 時刻は九時五十分。

 歩きで五分なので、ちょうどいい。

 駅前に向かうバスが到着するのは、十時より更に五分後の十時五分。

 さぁ行くぞと意気込んで、私は座っていた床を立ち上がり鞄を持った。


 アパートのドアを開くと、燦々と輝く太陽が私を出迎えた。

 ポカポカと身体の芯から温まっていく様な感じを覚える。

 カバンの紐を掛け直し「いよっしっ」と小さく呟いて、私は出発をした。

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