藤崎さんとの恋バナ

「えーっと。じゃあ恋バナと言っても、どういうのから始めようかな」

「おとみんさんの、七瀬さんとの出会いとか。恋の落ち方とか教えてください」


 藤崎さんは割とグイグイだった。

 恋バナに興味がある……というのもあるのだろうが。

 第一は同志である私との会話に対する興味だろう。

 実際、私も彼女が楓花とどういう出会いがあったのか気になりもする。

 まぁ、ともかくは私からだった。


「いやー。うーん。……なんだろ。ほぼ一目惚れみたいな感じなんだけどー……」

「あー、一目惚れですか。いいですね。はい。いいですよ、それ」


「詳しく話すと、入学した直後の話になるんだけど。……私は琴音のこと知らなくて。でも琴音は私のことを知ってたのね。自分でも言うのもアレなんだけど、琴音は私のことがずっと前から好きみたいでさ。告白してくれて、えへへ」

「うわぁ、めっちゃいいじゃないですかそれ」


 あれ。なんだろ。

 共感してくれる人がいてくれるって、なんだか凄く嬉しい。

 藤崎さんのキャラ変も気になるけど、それ以上に嬉しい。

 もっと。もっと話したい!って気持ちになってしまう。


「それでね。そしたら私も琴音のことが好きになって。翌日に『付き合ってください』って告白したの!」

「え。凄くいい。凄くいいです。……えっと待ってください。それなのに付き合ってないんですか?」


「やっぱそこ気になるよねー。……うん。まぁ色々あってさ、付き合うのはもう少し先になりそう──みたいな」

「はぁーなるほど。……けれどお二人は中々にラブラブなワケですね」


「そうそうラブラブ。……けど、私。根が隠キャだからさ、あまり積極的になれないんだよね……」

「根が……? いや、なんでもないです」


「おい? 今、凄く失礼なこと言おうとしてたよね?」

「いや、根どころか割と茎とか葉っぱの部分も隠キャだとか、そんなこと言おうとしてません」


 全部言いやがった。


「全部言いやがったよ」

 

 思わず口に出る。


「ふふ。ごめんなさい」


 何がおかしかったのか、藤崎さんは片手で口元を押さえながら微笑んだ。

 笑った顔すらも、いやむしろ、笑ったからこそか美しい。

 だから。なんか許してしまいそうになる。

 

「もう……。その笑顔に免じて許してあげる」


 というか。許しちゃった。


「はい。それでさ。そう。私、琴音に関することで悩んでることあるんだけど……。相談しても良い?」

「おっけーですよ。同志の頼みとあらば、聞き入れてあげることこそ世の情けなので」


 藤崎さんは、もはやただの良い人になってる。

 まぁ。藤崎さんも、私みたいな人に出会えて嬉しかったのかな、って思ったり。

 それは置いといて、相談したい内容というのは勿論琴音のことだった。


「ありがと。……えっと。さっきの隠キャ繋がりの話になるんだけどさ」

「はいはい」


「私。琴音のことをデートに誘いたくて……。でも、まだ誘えてないんだ。臆病で……」

「あぁー分かります。分かりますよ。それ」


「じゃあ藤崎さんにもそう言う時期が?」

「ありました。えぇありました」


「ちょっとだけその時の話聞いても良い?」

「もう全然。むしろ話させてください。こんな話できる相手なんて周りにいませんし……」


 切実だった。


「本題に入る前に。私から楓花に告白しましたとだけ言っておきますね」

「あぁ確かに。イメージぴったり」


 藤崎さんは楓花にベタ惚れというイメージが勝手にある。

 なら、告白したのも藤崎さんだというのは普通に納得ができることだった。

 私が言った言葉に対し、藤崎さんは何故か得意げに鼻を伸ばしていた。


「えっとーまずは。私が自分自身をレズ──と言うと固いのでここは百合と言いましょうか」


 百合。言葉自体は知っている。

 というか調べた。琴音を好きになってから、周辺の言葉とか。

 入学当時に比べれば理解もかなり深まっていると思う。


「その、自身を百合と認識したのは中学生の頃でした。……同級生の子に恋して。結局はフラれたわけなんですけど」

「……そっか。それは、残念だったね……」

「まぁいいんですよ。結果的に楓花に出会えたから」


 淡々と告げる藤崎さんを見て、一途でかっこいいなーって。ぼんやりと思う。


「フラれた私は、ずっと。ずーっと。高校に入るまで悲しい毎日でしたよ。その失恋相手とは席が近いわとか、クラスが一緒になるわーとかで、色々」

「それで高校に入って、楓花に出会った、と」


「正解。……出会いは。吹奏楽部でのことでしたね」

「いいね」


「いいでしょお。……はい。で、私、右も左も分からない状態だったんですね。そんな時に、同じトランペットを担当していた経験者の楓花が私にトランペットを指導してくれて……」

「次第に心臓のざわめきに気が付き始めて──!」


「正しくそれ!」

「それで、この気持ちを恋だと認識する!」


 ノリノリで私が次の言葉を代弁する。

 自分で言いたかったかな、と一瞬不安がよぎったが藤崎さんは嫌がる様子は全く見せず、拍手をくれた。


「おとみんさんって楓花に近付く害虫って認識だったんですけど。全然違いますね! 良い人じゃないですか!」

「でしょーー! ──っておい?」


 打ち解け合えたと見せかけてそれなりの悪口叩き込んでくるの、本当に害悪。


「まぁまぁ。今は凄く良い人って認識なので、気にしないでください」

「うーん。うん。うん? うん、まぁ。はい。うん、気にしない」


 葛藤の末、私はそうすることにした。

 何かが無性に引っかかるのだけど、やめておいた。

 ここで引っかかりまくると、もう次に進めない気がしたから。


「……はい。じゃあ続きいきますね」

「うん」


「それで。私は楓花に告白しようと思ったんですよ」

「うんうん」


「場所が大事かなーって思って。私は遊園地に誘うことを決心するわけです」

「あぁなるほど。そこでかなりの勇気を振り絞ったんだね」


「正しく。……だけど、自分の秘める想い人への熱い感情をただぶつけるだけでいいんですよ。それ以上は要りません。むしろ当たって砕けろ、くらいの考え方でいいんですよ」

「そっか。……うん。確かに、そうなのかも」


「楓花は私の誘いを受け入れてくれましたし。告白はもう勢いでしたんですけど、一日後にオッケー貰って」

「……なんか素敵。藤崎さんって、かっこいいね」


 毒を吐くところ以外は。


「なんですか。口説こうしているんですか? 私、自分のことを百合って言いましたけど。女の子が好きなのかって言われたら、今は多分違うくて。私が好きなのは、楓花なんです。だから私にナンパは効きません」


 別に口説いてるとかじゃなくて、こういう一途なところをかっこいいって言ってるんだけど……。

 まぁ、いくら説得しても分かってくれなさそうだし、いいか。


「聞こえました?」

「聞こえてる! あと、全然ナンパとかじゃない! 私にも琴音っていう心に決めた人がいるから」


 藤崎さんに倣い、ちょっとかっこいい事を言ってみた。

 藤崎さん口角を吊り上げ「ふっ」と笑う。謎の先輩風を吹かしていた。

 そんな状態まま、彼女は二の句を告げた。


「デート。誘ったらどうです? おとみんさんのその熱い想い。きっと伝わると思いますよ」

「……そうだよね。第一、私と琴音は両思いなわけだし。こんなところで緊張する必要なんて……」


「いや。両思いであろうと、最初はそういうものですよ。気負わずに、当たって砕ける勢いで。いきましょ」

「そっか。ありがとう。なんか、めっちゃ勇気湧いたかも」

 

 恋バナのはずだったのに、いつの間にか自己啓発セミナーみたいになっていた。

 結果論だが、これ以外に良かった選択肢が見つからない。きっとこれが良かったのだろう。

 じゃなければ、私。暫く誘う勇気なんて出なかったかも。


『琴音。今から食堂これる? レッスン終わった?』


 熱が冷める前に、私は琴音にラインを送信する。

 その様子を横から覗き込んだ藤崎さんは、ニコッと笑っていた。

 この人はこの人で、落ち込んだ楓花のことどうするんだろ。

 とは思ったが、当事者たちで解決してくれるだろう。

 どうやらこの二人、いつもこんな感じみたいだし。


『あれ? 日菜子さん指揮法の講義はお休みだったんですか?』

『あーそれね。ちょっと色々あって、サボっちゃった」 

 

『サボりはよくないです。反省してください』

『めっちゃ反省してます』


『……私、今レッスン終わったのでそっち向かいますね』

『りょうかい! 待ってる!』


 これ以上は返信も来ず、既読も付かなかった。

 藤崎さんはどうするのだろうか、と横を見れば彼女はもう消えていた。

 空気を読んでくれたのかもしれない。流石同志というべきか。

 

 なんて思っていると、食堂のドアが開き。琴音がその場所から現れる。

 走ってきたらしく、少しだけ息を切らしていた。

 首をキョロキョロと回して、私のことを探している。


「琴音! こっちこっち!」


 立ち上がって「おーい!」と片手を宙に踊らせる。

 それに気付いた琴音は、若干の小走りで私の元へとやってきた。

 

「レッスンお疲れ、琴音」


 まずは労いの言葉をかけた。

 琴音の表情は『疲れた』を前面に出しており、近くの椅子に項垂れる。

 

「……もう、疲れました。全然うまくならなくて」

「まだ一ヶ月も経ってないんだから。そんな気にしないで。私は琴音のピアノ、好きだよ?」

「本当ですか? ……うーん。なんか日菜子さんに言われると皮肉っぽく感じます」


 琴音は不服そうにほっぺを膨らます。


「えっと。ごめん。……でも本当だからね」

「じゃあそういうことにします。……それで、どうしたんですか? 私に用事でも?」

「あ。うん。……えっとね」


 言われた私は、やはり少しの緊張はありながらも。

 リュックから『シたいことノート』を取り出した。

 そこに書いてある2つ目の『シたいこと』のページを開く。

 『シたいこと2つ目。一緒に誕生日を過ごしたい』その文字を確認して。

 私は一つの呼吸の末に、当たって砕ける思いで琴音に言い放った。


「五月三日は、私の誕生日なので! この日、デートがしたいです!」


 私はノートでお互いの視線を遮った。

 どんな反応をされるか分からなくって、ちょっと不安だったからである。

 でも。デートは琴音の願いでもあるので、断られるとは考えにくかった。

 だけれど中々に返事が遅かったので、ノートを少しだけ下げて琴音の顔色を伺ってみる。

 と、くすくすと琴音は両手で口元を覆い、押し殺すような声で笑っていた。


「あれ!? 何か面白かった!?」


 私は広げていたノートを勢いよく下げ、顔を熱くさせながら吃驚な声を上げた。

 なぜかツボっていたらしく、はぁはぁと深呼吸をしていた。

 ようやく落ち着いた時に、目から溢れる笑い泣きの涙を拭いながら言ってくる。

 

「なんだか。日菜子さんって可愛いなって」

「えー……。確かにそれは嬉しいけどさぁ……」


 私としては、かっこいい人のつもりだった。さっきの藤崎さんの如く。

 でも。琴音が思ってくれたことだ。それを否定するとか、できるわけないし。するわけない。

 むしろ琴音にとったら私は可愛く映るんだって、言葉にされて嬉しかった。


「……えっと。デートですよね」

「う、うん」

 

「私もしたかったです」

「……うん!」


 その言葉が聞こえた時、私の心は安堵した。


「やったぁぁ……」


 絞り出すような歓喜の声が漏れ出る。

 思わずガッツポーズを右手に作って震わせてしまう。

 それを見ていた琴音は、何を言うでもなくなんだか楽しそうに眺めていた。


 何はともあれ。私は無事に琴音をデートに誘うことに成功した。

 こんなにも私の誕生日を待ち遠しく感じたことは無かっただろうと思う。

 ありがとう藤崎さん。そっちは仲直りを頑張ってください。(他人事)

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