古賀楓花は変態少女

 一旦オチたので、ここからはアガリ。

 私たちは食堂の隅っこで、三人横に並んでいた。

 私、楓花、藤崎さん。という順番だ。

 多分ここなら私たちの会話も誰にも届かないだろう、ということで。

 

 ちなみにアレ以降、三人の間に会話は無い。

 当然だろうか。だってえっち現場を目撃──というか聞いた訳だし。

 今更だけど、この二人って恋人同士って事だよね。

 その事実に何故だか嬉しくなってしまう。

 私以外にも、女の子に恋する女の子がいたということに。

 いやそれでも。このどんよりとした空気は私には変えられそうに無い。

 今の私に出来ることは、彼女らの言葉を待つのみだった。


「あ、あのさ。おとみん」


 遂に口を開いたのは、楓花だった。


「はい」


 私はただ首を縦に振るのみ。

 刹那、すっくと立ち上がった楓花は、すぐさま私の前で両手を合わせてくる。


「この事は、絶対に誰にも言わないでください!」

「うん。そのつもりだけど……」


 汗を飛ばしながら「この通り!」と、まるで神にでも祈るようだった。

 少し気圧され、若干引き気味に答えると。楓花はゆっくりと顔を上げ、私の言葉を疑いにかかる。

 

「ほんとに……?」

「うんうん。ほんとほんと」


「嘘じゃないよね?」

「いやだから。ほんとだってば」


「ほんとのほんと?」

「だから──」


「ほんとのほんとのほんとうに?」


 ……。

 それほど気にしているということだろう。

 不安だという気持ちも大いに分かる。

 けれど流石にしつこい。しつこすぎる。

 このまま永遠に確認してくる勢いだった。


 なので私は解決案を模索しようと頭を回す。

 数秒の思考の末に、これしかないと私は声を張り上げた。

 ……他の人には聞こえないくらいの声量で。

 

「あぁもう! 安心させるために言うけどさ! 私は七瀬琴音のことが好きなの! だからそういうことに理解があるつもりだし、そもそも別にそんなに気にしていないから! これはまじ!」


 あぁ言ってしまった、とは思うがそれはもう一瞬のこと。

 二人なら私のこの秘密をちゃんと受け止めてくれるだろうと思う。

 

 二人はキョトンとした顔でお互いを見合った。

 まぁ流石にびっくりはするとは思う。

 やがて楓花は、案外落ち着いた様子で私に問うてきた。

 だが──。


「……えっと。付き合ってるんじゃないの?」

「え…………?」


 楓花の口から飛び出した言葉は、思いも寄らないものだった。

 思いも寄らなすぎて、私の思考の糸が絡まっていく。


「え、いやーだから。付き合ってるんじゃ無いの? 七瀬さんと」

「え…………。いや。え……? それ、どこ情報?」


「どこ情報って言われても……。結構有名な話だよ?」

「いやいやいやいや。え! まじ⁉︎ ほんとにどこから聞いたの⁉︎」


「そこら辺からだけど……」

「そこら辺から伝わってくるくらいにセキュリティガバガバなの⁉︎」


「うん。そうみたい」

「そうみたいじゃないよ! そもそも付き合って無いです!」


 キッパリ言うと、楓花は目を丸くした。


「え! 違うんだ! 最近ずっと二人だからその情報信じ切っちゃった」

「もう。身元不明の情報を信じ切るのは良くない。本当良くない」


 本当にどこから伝わってきたのだろうか。

 考えられるものとしては、四月初めの頃の屋上での私の公開告白。

 確か周りに人がいたにも関わらず『付き合って』って言ったんだっけ?

 ……言ったな。じゃあそれだ。

 そこから変な感じで噂が広まった、と完全にそれだった。

 私は心の中一つだけ溜息を吐く。

 まぁ。バレても支障ないから、別にいっか。と納得するのだった。

 

「そっかぁ。おとみんは完全に七瀬さんが好きなのかと思ってた」


 言われてハッとする。

 違う。そう言うことじゃない! そういうことでは無いんだ!

 否定するために私はその釣り針に強引に食いついた。

 

「あーいやーでもぉ。好き同士では、ありますけどぉ?」


 少々自慢げに告げる。

 と、視界の端っこの藤崎さんがなんでか笑顔になっていた。

 そういえばこの人。前に私のことを『同志』とかって言ってたな。

 それってつまりは、こういうことなのか……。


「じゃあ好き同士なのは事実だ、と……」

「そうそう。好き同士なの。だからさ……私、別に二人がえっちしてても気にしないよ?」


 ナチュラルに嘘を吐く。ごめん気にはする。

 

「お、おとみん、堂々とそんな単語を口にしないで! 誰が聞いてるか分かんないから!」

「あ、ごめん!」


 立ちっぱなしだった楓花は一呼吸すると、私の横に座った。


「……まあ。そっか。うん。おとみんが気にしないなら、私も気にしない」

「うんうん。……あ、でも食堂近くのトイレは危険だから場所変えたほうが……」


 返事はすぐには来なかった。

 何拍も遅れて私の元に辿り着いた返事は、やけにぶっきらぼうだった。


「あーあはは。そ、そうだねー」


 と、言うよりも、何処か焦った様子だった。

 そんな楓花の顔を覗くと、額からだらだらと汗を流していた。

 「どうしたの?」と聞くと、楓花は口をつぐむ。

 唇の間に彼女の汗が流れ込んでも、口を開こうとはしなかった。

 だけれど。その代わりと言わんばかりに、藤崎さんの声が奥の方から飛んでくる。

 

「楓花が『今、性欲やばいから』って近くのトイレでされました。いつもは家です」


 淡々としていた。

 楓花の目がギョッと開き、私と藤崎さんを交互に見る。

 その後に釘を刺すかの如く、藤崎さんに視線を固定していた。

 

「ちょっと桃杏⁉︎ いや、え。うん言ったけど。だめ、だめだよ。それは、だめ。言わないで。ね? お願い」

「えへ」


「えへじゃ無いから!」

「あっははー。そっかー。へー。そうなんだー。いやいや、私別に気にしないよー」


 圧倒的な棒読みで言ったのは私だった。


「ああぁ。絶対に気にしてるやつじゃんそれぇ……」

「気にしてないよー。はははー」


 割と抑揚を付けたつもりだった。

 だが。私のその想いは楓花には響かずに。

 彼女はその場を魂が抜けたかの様にゆらりと立ち上がり。

 また、ゾンビの様にゆらゆらと揺れながら私たちの元から離れるのだった。


「トイレに。行ってきます……」


 そんな。悲しみの一言だけを残して。

 いや。それでも私は、こんなところで見捨てるほど薄情な人間ではない。

 楓花は友達だ。どんなに変態でも。友達、だ。と思う。

 私は、前方でふらふらと踊る楓花を連れ戻そうと立ち上がったところで。


「おとみんさん」


 視界の外から、右腕を藤崎さんに掴まれてしまう。

 

「……今はそっとしてあげてください」


 藤崎さんは真剣な目つきで私を見た。

 楓花の彼女にそんな目で見られたら従うしかなくて、私は腰を下ろした。

 藤崎さんは前に私に見せた様な神妙な面持ちで、淡々と私に告げるのだった。


「楓花は今から、落ち込んだ自分のことを慰めにいくんですよ」

「隠語?」


「はい」

「ほほう」


 視界の端っこで何が動く。というか楓花だった。

 どうやら私たちの会話が聞こえていたらしい。

 こちらを見た楓花の顔は、今にも泣き出しそうな子供のそれだった。


「もう! 桃杏は何も喋らないで! ただ落ち込みに行くだけだから!」

「えへ」


「えへじゃないから!」


 楓花は「もう!」と言いながら、お手洗いへ続く道へと姿を消した。

 そんなわけで、藤崎さんと二人きりになってしまう。

 前までは敵対視されていた気がするが、今はなんとなく隔たりを感じない。

 『友達』かと聞かれれば違うくて、どちらかと言えば『仲間』って感じがする。

 話しかけようと開いた私の口は、とても軽くて開きやすかった。


「なんというか。仲良いんだね」

「高一の頃から付き合ってますし。それなりには」


 相変わらず敬語は抜けないが、普通に話してくれる様になっただけ進歩だと思う。


「楓花のことは追いかけなくていいの?」

「んー。今は一人にさせてあげます。後で謝るつもりですけど」


「そっか。優しいんだね」

「いや。優しくはないですよ」


「まぁ確かに」

「えぇ」


 ……。

 沈黙。沈黙。沈黙。

 隔たりが消えたとはいえ、私、普通にコミュニケーション下手だから話題が無い……。

 話題話題、何かないか。と探りながら、案外近いところに良い話題が転がっているのを発見した。


「じゃあ楓花が帰ってくるまで、恋バナでもする?」

「しましょう!」


 藤崎さんは食い気味に、私に顔を近付けた。

 やはりその顔は綺麗で整っている。羨ましい。

 どこの化粧品使ってるのか聞いてみようかな、なんて思いつつも。

 

 私たち二人。

 食堂の隅っこで恋バナが始まったのだった。 

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