アンプロンプチュ
私のシたいこと
一日目なのに『ようやく』というのは変だけど。
まぁようやく、琴音と真に打ち解け合えたというか。
真に両思いになれたというか。
ともかく。私は琴音を引き戻せたわけで。
それは本当に人生の中で一番の収穫と言ってもそう違わないと思う。
結局あの後、声楽の先生に割とこっぴどく叱られた。
保健室の先生にも。せめて鍵を掛けてから部屋を出て欲しかったと言われた。
別に反省文を書かされる──とかは無かったので、それは良かった点だと思う。
説教後、学校内をとぼとぼ歩いてる時、琴音から『連絡先交換しません?』と言われたので。
はしゃぎたくなる気持ちを抑えながら、ラインを交換したのであった。
そう。ラインをゲットしたのだ。琴音の。好きな人の。
これはもう。なんというか、これからが楽しくなる予感しかしなかったのである。
で。今はお家に帰って琴音のトーク画面と睨めっこ中だ。
向こうからは何も送られてきていない。
そして私も、未だ何も送れていない。
だって。何を送ればいいか、分からないじゃん。
思い返してみると、私はかなり大胆なことをやったのだと思う。
屋上での出来事も勿論ではあるが、あの保健室からの出来事だ。
琴音を追いかけて追いかけて、追いかけまくって。追い詰めて。
本当にただの思いつきだった。あの『シたいことノート』は。
でも。私は素直に、琴音と演奏をしてみたいって。そう思ったから。
確かに。これでおあいこになったのかもしれない。
琴音もどこか満足そうにしていたし。
一緒に練習するのとか、日々の楽しみになりそうだなって思う。
……あ、待って。曲をやるっていうことは。
「……そっか」
当然だが、曲を決めないといけない。
試験の時にやったドン・ハダッド作曲『チューバのための組曲』でもいいけど。
あれは中学生向けのソロの初心者がやる曲らしいし……。
私はちっとも簡単な曲とは思えなかったけど……これ以上の難易度となると。
琴音がソロコンで吹いていたヴォーンウィリアムズの『チューバ協奏曲』とかでもいいのかもしれない。
でもあれはあれでかなり難易度の高い曲だもんな……。
「あーーーもうやめやめ!」
恋愛脳から音楽脳に切り替えるのは、かなりカロリーを使うらしい。
音楽のことを考えるのは一旦やめにしよう。
曲に関しては個人レッスンがあるらしいし、その際に決めてもいいよね。
よし。琴音のことを考えよう。
まだ向こうからラインはきていない。
私から送れって話だけど、あんなことがあった後だと少し恥ずかしさがある。
でもそれは琴音もきっと同様で……。
そもそも私、家族以外とラインなんてしたことないし。
だって高校生の頃はソロコンの後、ずっと一人で虚無な毎日を過ごしていたわけで。
友達なんて高校生の頃はいなかったし。
だから。初めての相手? というと少しアレな表現だけど。
まぁ琴音は、私にとっても色々と初めての相手になるのだと、思う。
「……まぁ。初めの一歩ということで」
私は唾を呑む。
背筋をしゃんと伸ばして、文字を打ち込む。
えーっと。
やっぱり。最初の挨拶だから。
『琴音、よろしく!』
送った瞬間、既読が付く。
「おおぅ」
それに少しびっくりして変な声を出してしまう。
既読が付く速さからして、琴音も私のトーク画面を開いていたのか。
そう思うと。少し肩の荷が降りると同時に、嬉しい気持ちにもなる。
『よろしくお願いします』
丁寧な文面がしゅぽっと音を立てて姿を表す。
何を返そうかなー。と思っていると、
『それでですが』
琴音は再び送ってきた。
『どうしたの?』
『日菜子さんの「シたいことノート」って。なんでそんなえっちな感じにしたんですか? 「したいことノート」でよかったことないですか?』
『それ聞いちゃいます?』
私は反射的にそう返していた。
いや自分でも思っていた。
なんかえっちな感じになってしまったな、と。
触れられなければいっかって思ったけど、まぁ触れられてしまった。
『教えてください』
『いやーそれは。琴音のノートと差別化を図ろうと思いまして。そしたら思いもよらず、えっちな感じになってしまったといいますか。なんといいますか』
『なるほど。それで、他9つのシたいことは考えてくれましたか?』
『あぁーまだ考えてない。今から考える!』
確かに。あと9つもだ。
何かしたいことあるかな。と思考を回す。
……したいことは、かなりありはする。
その中の一つを私は文字としてラインに打ち込んだ。
少し在り来たりかなと思ったが、一応をそれを送信してみる。
『デートとかは?』
そうデート。
デートしたい。
スタバとか行きたい。いかにも青春っぽいし。
付き合ってないのにデートって言うのかな?っていう疑問はあるけど。
まぁまぁ。一応デートということで琴音からの返信を待つ。
『それは私の4つ目のしたいことですね』
『そっかー』
ラインだと文字だけで表情が見えないのが良い。
今の私の顔、多分めっちゃくちゃにニヤニヤしてるから。
だって。琴音は私とデートしたいって、そう思ってくれていたわけだから。
ニヤニヤしちゃう。不可抗力だ。しょうがない。
『別にしたいことが被ってもいいんですよ?』
『いや! 折角なので被らないの考える! 手を繋ぐとかは!?』
『それは5つ目のしたいことですね』
『じゃあお泊まりとかは!?』
『それは6つ目のしたいことですね』
『じゃあハグ……は7つ目だっけ?』
『それは7つ目のしたいことですね』
『そっかぁ。えっとじゃあ、キスとか!』
『それは8つ目のしたいことですね』
『んー。付き合う……のは9つ目だもんね?』
『それは9つ目のしたいことですね』
『それで10個目は「私のピアノ」だもんねー』
『それは10個目のしたいことですね』
『分かってる! 分かってるから! そんなロボットみたいな返信しないで!』
表情が見えないのが良いとは言ったけど。
でも見えないのも少しだけ怖いかなーって思った。今思った。
それなら、どちらかと言うと表情は見えた方がいいのかもしれない。
思いながらも。私はふと頭に浮かんだ事を聞いてみる。
『あ。そういえば3つ目ってなんだっけ?』
『「お友達になって、一緒に過ごしたい」です』
『私たちって、もう友達以上の関係みたいな感じよね?』
『そうですけど。もっと一緒に過ごしましょう。明日から』
『そうだね! 一緒に過ごそう!』
そこから続くラインのやり取りは、とても楽しいものだった。
けど内容は本当に薄っぺらくて。でも、その時間は濃厚だったのだと思う。
途中で琴音が『電話しませんか?』と言ってきたけれど、少し恥ずかしくて思わず断っちゃった。
嫌な思いさせたかな……と夜ご飯を食べながら一人反省会を開催していた。
そんな時、思いついた私はノートを取り出して書き入れる。
『シたいこと一つ目。琴音と電話したい』
午後九時。
私はドキドキしながらも。
琴音に『電話してみない?』と送るのだった。
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