デュオ

琴音と日菜子

『したいこと三つ目! お友達になって一緒に過ごす』


 七瀬さんの弁当を食べ終えた後『したいことノート』を彼女は私に見せてきた。

 きらきらした文字で書かれていた内容こそが、それだったのだ。


「うん。分かった」


 と言っても、私はまだ七瀬さんとの距離が測れていなかった。

 七瀬さんもまた、同様だと思う。

 私たちの今の関係はどういう関係なのか。それすらも不明瞭であり。

 また、どう接すべきなのかもまた、あまり理解ができていない。

 さっきハグ──七瀬さんに言わせれば『ぎゅー』があったというのに、何かまた気まずい雰囲気になってしまっている。

 しかし七瀬さんの『したいことノート』に書かれた事を、私がするというのはもう変えられない事実であるというのは、それはもう明瞭であったので、ここは素直に頷く他にできることは無かった。


「そうは言ってもだけど……。一緒に過ごすというのは、具体的に?」


 三つ目のしたいこと。

 お友達になって一緒に過ごす、というのはどこか曖昧だった。

 私たちはもう、友達以上の関係になった──なってしまったと言うべきか。

 そして一緒に過ごす、ってのは、えっと。まぁ、行動を共にする? ってことかな。


「……ずっと。一緒にいましょう、ということです」


 ノートを閉じ、リュックに丁寧にしまいながら、彼女は答えた。

 『ずっと一緒』その響きに、心臓が跳ねてしまう。


「プロポーズ……?」


 いや、うん。当然の疑問だった。

 ただの思い上がりではあるのだけど、聞いておきたい。


「ち、違います……」


 いや、うん。当然の回答だった。

 ただの思い上がりでした。


「そっか。……その、私たちって、もう友達だよね?」


 多少の口惜しさを心に抱えながらも、

 先の疑問を言葉にして問うてみる。

 

「ど、どうなんでしょうか……」


 七瀬さんはモジモジとしながら呟いた。

 とか言ってるけど、多分私もオドオド・モジモジしている。

 だって、さっきあんなことがあったのだ。

 こうならずにはいられない。お互いに。

 思ったけれど、私たち二人はどこか似ているのかもしれない。

 いや、音楽の天才と凡才の二人なんて、似ても似つかないのだけど。

 性格という面で、どっちも割と陰キャなのかもしれない。と思う。(失礼)

 あと七瀬さんは、ずっと敬語だった。そこが少しだけ引っ掛かりを覚える。

 同年代なのだから、タメ口の方が私も対応がしやすいんだけど……。


「そういえばさ、なんで敬語? 私、全然タメでいいけど……」


 どうやら私は、思ったことは口に出さないと気が済まないタイプなのかもしれない。

 頭に浮かんだそんな疑問は、すぐに私の口から飛び出していた。

 七瀬さんを見る、と驚いたような顔をして首を横に振っていた。

 

「い、いやいや。そんな、音海さんにタメ口なんて、出来ません!」

 

 やや強めに言ってくる。

 この構図、なんだか先輩後輩の関係みたいだ。

 七瀬さんの方が、立場的には圧倒的に先輩ではあるけど。


「タメで本当にいいよ? その方が私も接しやすいというか……」

「そ、そうですか? 私なんかにタメ口で話されるの、嫌じゃないですか?」


 なぜそういう発想に至るのか、謎だった。


「同年代なんだから気にしないで!」

「ほ、本当に、いいんですか?」


 ぶんぶんと二回、首を縦に振る。

 と、七瀬さんは『本当に?』みたいな表情をする。

 ぶんぶんぶんぶんと四回、首を縦に振る。

 と、七瀬さんは『本当の本当に?』みたいな表情をする。

 ぶぶんぶんぶぶんと幾回か、テンポ良く首を縦に振る。

 と、七瀬さんは『それならまぁ』みたいな納得した表情を見せて。

 両手で鼻から下を隠しながら。自然な上目遣いで。


「音海、さん……」


 私の心臓に、大打撃を与えてきた。

 あれ。なんか凄いドキってする。ずっとしてはいるけれど!

 吐血しそうな想いになってしまうというか、身体がモタなさそうというか。

 あぁぁ。好きだなぁぁ。みたいな、可笑しな心境になるというか。

 いやまぁ、そう言う類の気持ちになってしまう。

 両思いになれたのはいいけれど、それはそれで私は死ぬのではないかと思ってしまった。


「好きぃ……」

「えっ⁉︎」


「好きです……」

「あ。はい……」


「大好きぃ……」

「は、はは。ど、どうも」


 想いが溢れて、つい愛の言葉が漏れ出る。

 七瀬さんは顔をリンゴの様に真っ赤にして、頬をポリポリ掻いていた。

 なんか、ほぼ初対面なのに。こんなに私はグイグイ距離を近づけていいのか、と。

 少しだけ冷静になり、そう思ってしまう。

 と、同時に頭に浮かんだことがある。

 

「あ。急に話変わるけど。……七瀬さんって呼び方で、大丈夫?」


 尋ねる、と。

 七瀬さんは、私の目をじーっと見つめ。

 

「……琴音」


 頬を更に赤らめながら、ポツリとそれだけを漏らす。


「え、えっと」


 詰まると、彼女は追い討ちの様に顔を近付ける。

 

「琴音、がいい……です」


 もうそろそろ私の身体は限界だった。

 と言うよりも本当は限界を越していた。表面張力で耐えているだけだった。

 もう、七瀬さん──じゃなくて……琴音、が敬語に戻ったのは気にする暇も無い。


「……えっと、琴音……?」


 尋ねるみたいに、その名を呼ぶ。

 けれど。しっかりと呼んだはずなのに、彼女は何も言ってくれない。

 そう思っていると……琴音は、何かに納得がいかない風に首を横に振った。

 何が良くなかったのだろう、と。やはり尋ねる様に呼んだことだろう、と。


「こ、琴音……」


 私は残り僅かの力を振り絞って、彼女の名前を呼ぶ。

 琴音は満足げに頷くと、ニコッと笑った。

 無邪気なその笑みに、私の心臓が昨日ぶりに壊れそうになる。

 やがて琴音の口はゆっくりと動き出し──。

 

「日菜子……さん」


 想いの表面張力は決壊した。

 

「あぁぁぁああ!」

「……え? どうしたんですか?」


 目の前にいた琴音は、少しその場から引いた。

 唾が飛んだかもしれないのが、少しだけ嫌だったけど。

 琴音の様子を見る限り、顔を拭う様子は無いので大丈夫そうだった。

 私は胸を押さえながら、死にかけの人みたいになりながら琴音に応じた。


「私の心臓が限界を迎えて……」

「どうして……?」


「好きな人に、名前を呼ばれたから……」

「──ひっ」

 

「そ、そんな怖いものでも見た様な声を……!」

「……い、いや。むしろ、嬉しいので……つい、変な声を……」


「なるほど……?」

「……はい」


 なんとなく理解はできた。

 私がさっき発した奇声と似たようなものなのかもしれない。

 やはりというか、少し似てるところ私たち二人にはあるように思える。


「と、ともかくです」

 

 私の思考に横入りした琴音の転換の一声。

 わざとらしく「こほん」と可愛い咳払いをすると、小さい手を軽くパンと叩く。


「日菜子さんが私のことを、愛してくれてるなら……。まず、伝えたいことがあります」

「あ……うん。分かった」


 琴音は荷物を軽く纏めると「しょっ」とベンチを立ち上がる。

 急な発言に一瞬呆気を取られたが、続くように私もその場を起立した。

 琴音がせかせか歩き出すので、私は慌てつつ彼女の横に並ぶ。

 その際、まだ屋上に残っていた生徒からの視線を受けていた様な気がするのは全く気のせいでは無かったのだが、もうなんというべきか、恥ずかしいのだけどちょっとだけ優越感に似た何かがあるというか、いや、それはちょっと違くて、これこそなんというべきかという感じなのだけれど、簡潔に今の気持ちを済ますとするのなら、琴音と一緒にいるところを他の人に見られるってのは、なんか嬉しかった。はい。

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