止まらない告白

 七瀬さんは「ついてきてください」とボソボソと告げたので、私は彼女の背中を追った。

 どうも会話が無いのに気まずさがあったけれど、それでもまぁ仕方の無いことだと割り切った。

 食堂に行くのかと思ったがどうやら違うらしく、向かった先は音楽棟。

 どこでご飯を食べるのだろうかと疑問に思いながら七瀬さんと共に階段を上る。

 音楽棟はどうやら三階までしか無いらしい。あ、けど屋上もある。

 というか、向かっている先はどうやら屋上らしい。

 三階まで辿り着き、更に階段を上り、屋上の扉をガチャリと開けた。


 私は初めてこの場所に来るが、七瀬さんは来たことがあったのかな。

 思いつつ、私はその場所を見回した。

 屋上と言ってもそう無機質的な物でもなく、意外にも生徒のために整備されているようだった。

 ベンチや、パラソルが付いたテーブルなどが配置されており、生徒も幾つかいる。

 譜面台を立てたホルンを持った生徒が、何かソロの曲を練習しているのが特に目立つ。

 他の生徒を見やれば、まぁ普通にお昼ご飯を食しているようだった。


 七瀬さんは止まらずに歩む。

 最終的には一番奥にある横長のベンチに腰を下ろした。

 この辺りには、どうやら生徒は集中していないらしい。

 私は高鳴る心臓を抑えながら、七瀬さんの横へとゆっくりと腰を掛けた。


 ガチガチの体で、七瀬さんの次の行動を待つ。

 七瀬さんはガサガサと小さなリュックを漁っていた。

 昼食でも取り出すのかもしれない。

 あ、待って。私、お昼ご飯持ってきてない。どうしよ。

 今からでも購買で、パンなり何なり買ってこようかな。


 そう思案した時、私の前にふわりと風が吹いた気がした。

 刹那、私の膝の上に何かが置かれる。

 布に包まれた、何か箱のようなもの。

 可愛らしい模様が入った、ピンクベースの生地。


「えと、これって……」


 弁当箱、だと思う。

 横を見れば、似たような包みをもう一つ七瀬さんは取り出していた。

 つまり、これは──。


「……音海さんの、お昼ご飯です」


 そう、それ以外に有り得ない。


「つ、作ってきたの?」


 横を見る。

 彼女は前を向いたまま「は。はい」と小さく答えた。

 

「……その。ありがとう」

「ど、どういたしまして……」


 私がお昼ご飯を買っていたらどうするつもりだったのだろうか、と。

 少し野暮なことを考えてみたが。いやまぁ、それなら一人で処理をしていたのかもしれない。

 今はそんなことはどうでもよくて、何というかそれ以上にとっても嬉しい……。

 本当に、私のことが好きなんだって。別に疑ってないけど、思ってしまう。


「……それじゃあ、頂いて、ください」


 七瀬さんは緊張した子供の様に、少しビクビクしながら私に言った。

 ……なんか、凄い悪いことをしているような気分になる。

 ……実際、昨日私が悪いことをしてしまったから、こんなことになっているのか。

 と、ふと気付き、それなら先に謝ることを優先しようと考えに至り、止まらなかった。

 膝に置かれていた弁当箱を、七瀬さんとは逆の左横にコトリと置く。

 立ち上がった私は、横から来る七瀬さんの視線を受けながら、彼女の前に立った。

 ほぼ勢いに任せた行動だった。任せまくっていた。


「そ、そういえば何だけど!」


 昨日よりも更に小さく見える彼女に、私は見惚れながら。

 いやしかし、見惚れるわけにもいかず、言う事を軽く纒め頭を下げた。


「昨日は、その。ノート、勝手に見てごめん!」


 三秒くらい下げた頭を軽く上げ、視界の端に映る七瀬さんを確認する。

 何かおどおどしているように、表情豊かに目を丸くしていた。

 ここから何を言うべきなのか、と。

 だけど言わないといけないことは、確かにもう一つ存在していた。

 自分の想いを隠したくない──と言うのは建前で、私はこの気持ちを隠し通せる気はしなかった。


「それで言わせて欲しいことが、あるんだけど、さ」


 だから、私は伝えようと思った。


「私も、七瀬さんが好き! な、なので! 付き合ってください!」


 それに、これ以外に、今の私に出来そうなことが考えられない。

 何もしなければいいのかもしれないけど、それはそれで気まずさがありそうだった。


「…………」


 七瀬さんではない別の人からの視線を感じる。

 さっきまで存在感大きく鳴っていたホルンの音は、私の大声を機に止まっていた。

 しかし後悔はしていない。これでいいのだと素直に思った。

 好きな人に好きと伝えるって、本当に難しいことだと思ったけれど。

 それでも七瀬さんが私を好きというその事実が、私の背中を押してくれたのだ。


 私は自らの顔を、完全に前に向ける。

 七瀬さんの顔はみるみる内に真っ赤に染まった。

 それを見れただけでも、私のこの告白には価値あるものだと思えた。

 何か他に伝えることは無いか、と探り更にもう一つ見つけて、それを伝えた。


「それとなんだけど! 昨日、七瀬さんがチューバ吹いてるコンクールの動画見てさ! あのチューバ協奏曲、めっちゃ凄かった! あの技巧とか、音程の正確さとか、本当に凄い音楽だったよ!」


 多分、全てを言い切った気がする。

 私のことを見ていた七瀬さんは、遂に耐えきれなくなったかのように俯いた。

 彼女の茶色の髪と真っ赤な耳の色が、不自然に混ざり合って見える。

 これは、なおさら気まずい感じにしてしまったのでは無いのだろうか。と不安になってしまうものだった。

 だけど暫くして、彼女はまた私に真っ赤な顔を向けてきた。

 私は目を離すわけにもいかず、過去一の恥ずかしさを背負いながら、視線を受け止める。

 

「…………えっと。……嘘、ですよね?」


 七瀬さんは信じられないという風に言った。

 もちろんそんなわけがないので、私は反論をする。


「嘘じゃない、よ! す、好きです!」

「そ、それなら。どこが好きか言ってください」


「可愛いところ! 楽器上手いところ! 私のことを好きなところ! 全部!」

「──っ!」


 七瀬さんの身体がびくんと跳ねる。


「とにかく、一目惚れだったの!」


 本当に、私は今、過去一の大胆さを見せている。

 もう大胆すぎて、やばすぎるくらいに大胆だ。(語彙力)


「あ、ありがと……。ございます……」


 七瀬さんは恥ずかしさも跳ね除け、嬉しそうに笑った。

 だけれども、すぐにその表情は曇っていって──。


「でも。付き合うのは『9個目のしたいこと』なんです……」


 彼女は悲しげに私に漏らした。

 というか、あのノートそんなこと書いてたんだ……。

 ってか待って。それってつまり──。

 

「あれ⁉︎ 私、フラれた⁉︎」

「ふ、ふってないです!」


 七瀬さんは大袈裟に両手を横に振って否定した。

 よかった……フラれてなかった……。

 これからの大学生活が危ういことになりかねなかった……。


「じゃ、じゃあ。付き合ってくれるってこと?」

「その、いずれは。……まずは、その。順序を追いたいなって……思ってて……」


 正直悲しかった。

 でも。彼女の申し訳なさそうにする様を見て、ここでダメと言うことは出来そうに無い。


「分かった。いいよ」

 

 答えると。

 その返事を待っていたかの様に、彼女はその場を立ち上がり。

 距離をゼロまで詰めて、私に不意打ちをした。

 

「い、いいですか?」


 小さい身体が、私を包み込む。

 後ろに回った彼女の腕。小さい腕だと、感触で理解する。

 そしてそれより後に、私は彼女にハグをされたのだと、理解をした。


「〜〜っ!」


 身体が熱い。

 この熱が伝わってしまわないか、凄く心配だ。

 ……待って。伝わっていても、別にいいんだ。

 だって好きって伝えたわけだからさ。


 私は彼女に応じるように、自らの手を彼女に回そうと──。

 

「でもハグは『七つ目のしたいこと』なので、まだ抱き返さないでください。ごめんなさい……」


 私の行動は阻まれ、そんなことを言われてしまった。

 だが、当然の疑問が一つ浮かぶ。

 

「こ、これはハグじゃないの?」


 本当に、当然すぎるほどに当然の疑問だった。


「ぎゅーです」

「そ、そうすか……」

 

 そんな謎理論だったけど、それがどうでも良くなるくらいには嬉しい。

 後ろから、どこか冷たい──いや、暖かいものを見る視線を感じるのは、きっと気のせいでは無かった。

 私は子供の様な彼女を抱きしめたい衝動を抑え、彼女の体温を体に刻みつけた。


 その後。

 七瀬さんの作った昼食を食べた。めっちゃ美味しかった。

 けど、めっちゃ緊張していたせいか味はあまり思い出せない。

 そして会話もめっちゃ少なかった。

 だってめっちゃ緊張してたもん。仕方ないじゃん。

 今日めっちゃ『めっちゃ』って言うじゃん。私。

 それくらい、私の感情はずっと昂りっぱなしなのかもしれない。

 これはめっちゃ、しょうがない事であると、そう思うしかないのだろう。

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