第2話

「あ゛〜〜〜〜〜!」


机に突っ伏してやり場のない思いを口に出す。昼休み中で教室には生徒も多い。多少注目を集めてしまったが構うものか。加えてため息をつく。俺はあの日を最後に桐乃さんと会えてはいない。


あれから一週間が経過した。毎日音楽室に足を運んではいるが一向に出会えない。もしかしたら幻覚でも見ていたのかもしれない。


「どうしたんだよ葵。ここ最近ずっとそんなかんじじゃん。」


「あぁ... 歩か... ちょっと世界と俺との間にある虚構について考えててな...」


「お前この年で厨二病はイタいぞ?」


こいつは失礼なことばっか言いやがるな。いつか訴えてやる。


「いや特に何にもないんだよ。」


この件に関して悩んでいる理由は隠している。だってなんか恥ずかしいじゃん。ピアノの腕に惹かれて、女の子探してますって。


そんなこんな話していると急に教室のドアが開く。


「篠月さん...お話があるので着いてきて欲しいんですが...」


そう言って入ってきたのは一人の男子生徒。これはあれだな。告白ってやつだ。


「はい。分かりました。」


そう言って篠月さんは男子生徒と教室から出ていった。うちのクラスの女子は黄色い声を上げている。


「まじすげぇな篠月。入学して何回目だよ。」


「まぁ俺らが知ってるだけでも5回はされてるな...」


「先輩からも結構な回数告白されてるみたいだよ篠月さん」


ぴょこんと茶色のアホ毛。浅野さんだ。


「おっ浅野さん。どうも」


「はいどうも〜」


浅野さんは入学式の後も頻繁に話しかけに来てくれた。どうも入学式でのあのしょうもない嘘を気に入ったらしい。ちょっと複雑ではある。


「先輩からもって...その情報どっから仕入れたいんたんだよ。」


いい質問するじゃん歩。確かに教室外で告白されているのならそれは篠月のプライベートだ。クラスメートが知る由はないだろう。


「篠月さんと一緒に帰ってる時に先輩に声掛けられたからだけど?」


「その場で?」


「うん。」


「浅野さんいるのに?」


「そうだね。」


めっちゃ当たり前みたいに言うじゃん。帰ってる時に話しかける人なんだから、そう言うのって他の人に知られたくないもんじゃないの?


「まぁ先輩だったからね。篠月さんと時間合わなかったんじゃない?」


「ナチュラルに心読んでくんなよ」


怖いんですけど。


「てかお前篠月と帰ったって、篠月あんまりクラスの奴らと関わってないだろ。よくそこまでこぎ着けたな。」


あ、確かにそうだ。この一週間ずっと一人で本読んでるイメージしかない。遊びに誘われても断ってるし。


「そこは私のコミュニケーション能力のなせる技だよ!」


ほーん。浅野さんは誰にでも臆せず話しかけに行ける人だ。既にクラスにも友達が多くできている。俺が見習うべき点なのだろう。


「浅野さんはどうやってそこまで仲良くなったんだ?」


「いやー大変だったよ。まず篠月さんが帰ってる所を見つけるでしょ?」


ふむふむ


「そして、出来るだけ音を立てないように近づくの。」


なるほど?


「後は適度な距離を保ち続けるんだよ。そしたら一緒に帰れたよ♪」


「ストーカーじゃねぇか!」


『帰れたよ♪』じゃねぇよ。どこで使ったんだよお前のコミュニケーション能力。にしても何故か歩が喋らない。こいつには事の重大さが分かってないのか?


歩の方を見てみるとなにか脅えた顔をして指を指している。指された指の先には...


「げっ...!篠月さん...」


「どういう...ことかしら...?」


「ひっ」


顔も声も普段通りなのに何故か怒りを感じる。こいつの怒り方怖いな。ビビりすぎて浅野さんが元々小さいのに更に小さく見える。


「私のプライベートを勝手に詮索した挙句に広めるなんてあまりいい気分はしないわね」


「うぅ...だってぇ... 篠月さん何回遊びに誘っても、帰ろって言ってもいいって言ってくれないんだもん!」


開き直りやがったぞこいつ。


「にしたってストーキングみたいな事するのは良くないんじゃないか?」


「歩よ。これはみたいじゃなく紛うことなきストーキングだぞ」


「もう12回も誘って来てくれた回数0だよ!?1回ぐらい誘いに乗ってくれたっていいじゃん!」


「は?12回?入学してまだ1週間ですけど?」


一日に2回は誘ってんのか?いや流石に首を縦に振ってやれよ。ちょっと同情する。


「なぁ篠月さん。1回ぐらい乗ってやったらどうだ?」


篠月さんはしばらく考えた後に諦めたように口を開く。


「はぁ...そうね。こんな事になったのは断りすぎたせいかもしれないわね。いいわ乗ってあげる。浅野さん今週末は空いているかしら?」


「う、うん!空いてる!絶対空ける!」


反応が好きな人に誘われた時みたいだ。そんなに嬉しいのか。


「なぁ篠月」


「何かしら?夕羽君」


「俺達もそれ行っていいかな?」


おいおいこいつ身の程ってもんを忘れたのか?実に滑稽だ。ついて行きたいだなんて。ん?俺たち?


「おい歩。それ俺も入ってんのか?」


「当たり前だろ。俺たちは二人で一つだ」


きめぇよ。何が悲しくて野郎と一心同体せにゃならんのだ。


「てか俺は嫌だぞ。断られて惨めな...」


「いいわよ」


「いいの!?」


お前さんざん断っておいてなんでこっちはOKするんだよ。


「どうせ出かけるのだから一人も二人も変わらないわ。浅野さんもそれでいいわよね?」


「私は篠月さんがいるならなんでもいいよ!」


「よしっ」


歩がガッツポーズを決めている。


「てかなんで俺も一緒なんだよ。」


歩に近づき小声で聞く。わざわざ引っ張り出してきたんだ。それなりの理由があるだろう。


「だって...女の子二人と男一人はなんか恥ずかしいだろ」


ピュアボーイ... ただ童貞思考なだけだった。


まぁ俺も思春期男子。女の子と遊びに行くのはそれなりに嬉しいものもある。褒めてつかわそう。


昼休み終了のチャイムが鳴る。


「あ、チャイム。じゃあ席に戻ろっか!」


浅野さん、いつになくテンションが高い気がするな。


俺も結構楽しみだ。篠月さんは...いつも通りだな。まぁ予想通り。今週末を楽しみにしておこう。


「おっしゃ午後の授業も頑張ろうな!葵!」


「お前がテンション高いのはきしょい」


「なんで!?」

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