恩人探してたらいつの間にかラブコメしてたんですけど?
とあ
第1話
殴られ、倒され、蹴られ、踏み付けられる。ランドセルの中身はぶちまけられ、砂に塗れている。俺は所謂虐めと言うやつを受けている。
虐めてくるのはうちの小学校の中ではガタイがよく横柄な奴とその取り巻き。きっかけはなんだっただろうか?特になかった気もする。よく分からないことで難癖をつけられて嫌がらせを受けるようになったから多分本当に誰でもよかったのかもしれない。
奴らは上手いこと教師の目を掻い潜ってくるし、学校では優等生の類の為、教師に伝えても信じて貰えない。毎日こんなことされていれば、学校に行くのも嫌になる。だが親が許してくれないだろう。虐めの事を話せば許されるだろうがちっぽけなプライドがそれを邪魔する。何とかして虐めを止めようとしてくれる奴もいた。しかし次はお前を虐めると脅されるとすぐに何も言わなくなった。それはしょうがない。俺だってそうする。
上から振り続ける暴力の雨に、地に頭を伏せ必死に耐える。こいつらが飽きてしまえば、虐めから開放される。そんな事をずっと考えている。
「痛い!止めっ 止めてよ!」
涙ながらに訴える。無駄と知っていても叫ばずにはいられない。
「うるせぇな!お前いちいち生意気なんだよ!」
「調子乗っててキモイんだよお前!」
懇願も謝罪も、もうとっくにしている。なのに終わらない。一体いつになればこの地獄から開放されるのだろう。
「ちょっと!辞めなさいよ!」
その声が聞こえてくると共に暴力が止んだ。誰だろう?聞いたことの無い女の声だった。
「大勢で1人を虐めるなんて酷いと思わないの!?」
「なんだてめぇ!てめぇも泣かせてやろうか!?」
何故割って入ってきたのだろうか?俺を助けようとしたって返り討ちにされるだけなのに...
それで結局俺を見捨てる...
別にここで虐めを止めようと止めなかろうと結果は変わらない。この女がいなくなればまた虐めが始まる。なのに何故この女は助けに来たのだろうか?
「上等よ!かかって来なさい!」
その女はそう言い放った。地に伏せるしかできなかった頭をあげ、助けに来た少女に焦点を合わせる。
俺はきっとその瞬間を一生忘れない。
長い黒髪に鋭い目付き。背は高く顔は整っている。至って普通の女の子だ。そんな女の子がいじめっ子と戦おうとしている。俺を助けようとしている。
その事実に、彼女のその姿に目を背けられない。
この瞬間俺は恋に落ちた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
朝7:30を知らせるアラームが鳴る。
「恥っずい夢見た...」
憂鬱な気分で体を起こしアラームを止め、朝の支度を始める。
「情けねぇよなぁ... 女の子に助けられたなんて...」
あの後は少女は虐めっ子3人を見事撃退してしまった。お礼を言おうとしたものの忙しかったらしく話しかける前に走り去ってしまった。
「もっかい会いてぇなぁ」
あれから1度もあの少女とは会ってない。引っ越したのか、それともたまたまあの日、この街にいただけなのか... だけど姿は鮮明に残っている。それだけ衝撃的な出会いだった。
「しっかし懐かしいな。いつの事だ?」
あれからもう6年は経っている。あの頃の卑屈で臆病な男はいない。
「そろそろ飯食って学校行くか」
俺の名は柏木 葵。今日から高校生だ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
葵が今日から通う、全校生徒2500人を超えるマンモス校である。
葵は校舎の大きさに圧倒され、入学式の会場である体育館へと赴く...はずだった...
「何処だよ...ここ...」
完全に道に迷った。しっかり道案内もされていたのにも関わらず迷った。
「昔から方向音痴だったけどここまで酷いとは思わなかったな...」
今日は朝からあまりいいことがない。気を落としていると後ろから声がかかった。
「何をしているんだ?」
振り向くとそこには美女がいた。制服を着ている以上美少女と形容するのが良いだろう。腰まで伸び、サラッとした髪。背は165cmくらいだろうか。体は細くそれと相反した胸のサイズ。やはりいい事と悪いことは釣り合いが取れるようになっているのだ。神に感謝。
「どうした?」
「いや少々、神に感謝を」
「信徒なのか?いやそんなことどうでもいい。見たところ新入生だろう?」
「よく分かりましたね。新入生の柏木 葵と言います。以後お見知り置きを」
「そうか私は
こんな美人の名前、例え天地がひっくり返っても忘れないだろう。
「で、なんでここに居たんだ?」
「それがですね... 道に迷ってしまって...」
「道に?」
「はい」
「うちの生徒や教師が道案内等を行っていたはずだがそれで迷ったと?」
「方向音痴でして...」
先輩が信じられないようなものを見る目で見てくる。そんな目で見ないで欲しい。悲しくなる。
「まぁそんなこともあるか...いいだろう案内してやろう。ついてこい」
そう言って白峰先輩は案内を始める
登校そうそうに美少女と歩けるなんて今日は運がいい。
「ところでどっちの学科なんだ?」
この学校には2つの学科が存在する。
普通科と特別進学科である。もちろん特進科の方が受験が難しく、数も少ない。その分、頭のいい人が集まる学科だ。
「普通科です。勉強は苦手なので」
「そうか。だが勉学が大事なことは確かだ。疎かにするなよ」
そう言って目を見据えてくる。受験勉強だってカツカツで何とか受かったのだからあまり圧をかけないで欲しい。
「白峰先輩はどっちなんです?」
「私か?私は特進科だぞ。優秀だからな」
胸を張って自慢げに言ってくる... ちょっとうざい
「嫌味な人は慕われませんよ?」
「事実だからな!」
自信満々だ。やはり美人は自己肯定感も高いのだろう。素晴らしい限りだ。
「着いたぞこの先が体育館だ。早く行け」
いつの間にか着いていたらしい。親切ないい先輩だ。
「ありがとうございました先輩」
「あぁ。しっかり気張れよ!新しい門出だからな!」
そう言ってにっこり笑う。 やっぱり美人は笑顔も綺麗だ。この出会いに感謝し体育館に足を踏み入れ...
「ふぎゃっ!」
コケた。俺の新たな門出は出鼻をくじかれた。後ろから吹き出す音が聞こえた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「やっぱ今日の俺の運マイナスなんじゃねぇかな」
入学式が終わり、新しいクラスへと向かう途中で愚痴をこぼす。
「しっかしまさか生徒会長だとはなぁ...」
そう。入学式の生徒会長挨拶で壇上に上がってきたのは白峰先輩だった。天は二物を与えずとか言うが二物も三物も与えられたんじゃないのかあの人?
そうこうしている間に教室に着いた。
「ほーらみんな席に着け〜」
後ろから気だるげな声が聞こえてくる。なんだこの覇気のない声。
「みんな座ったな。じゃあHRを始めるぞ」
なんて言うかおよそ教師とは思えない風貌のおっさんが出てきた。背は高いが猫背で髭の剃り残しが目立つ。あれ俺らの担任とか言わないよね?
「このクラスの担任の
マジで担任かよ。しかもこれで終わり?俺らにバトン渡されんの?嘘じゃん。なんでこんな適当なのが教師なの?
「因みにこの自己紹介で失敗すると高校生活の出鼻くじくことになるから。この先友達できない可能性もあるから頑張れよ〜」
不安煽ってくるなよ。ビビるじゃん。てか不安そうな顔するやつ明らかに増えたんだけど。誰だよこいつに教員免許持たせたやつ。
「ほら次、柏木」
あっという間に順番が回ってきた。何も考えてなかった。どうしようか。
「えっと...柏木 葵って言います。特技はそうですね... こうやって10円玉を出せるぐらいですかね? 」
そう言って何も無いところから10円を取り出す。するとクラスから拍手が上がった。自己紹介のために仕込んできて良かった。
「じゃあこれで終わります」
「は~い質問で〜す」
女の子が手を挙げ立ち上がる。名前は確か...
「入学式の前、生徒会長と仲良さそうに2人で歩いてたけどどういう関係ですか〜?」
教室がざわめき出す。白峰先輩程の美人な先輩だ。入学して間もない奴が一緒居たとあれば話題には上がるだろう。見られていたとは思わなかった...
「えっと... 内緒です...///」
顔赤らめて言ってやった。だって道に迷ってたとか恥ずかしいんだもん。ごめんね先輩。
「じゃあこれで終わりますね」
教室は喧騒に包まれたが、まぁいいだろう。自己紹介は成功した。席に座って他の生徒たちの自己紹介をぼーっとしながら聞く。
「次、篠月」
「はい」
凛とした声。すごくよく通る綺麗な声だなとそう思ってしまった。感心していると隣を銀色が通る。
「どうも。
なるほどアルビノみたいなもんか。それにしてもまた美少女だ... ちょっと力を入れて触れれば壊れてしまいそうなほど儚げな雰囲気。うーんこの学校に入学してよかった。美少女には事欠かない。
その後は何事もなく自己紹介は終わった。
「よし。じゃあ解散!あとは各自好きなようにしてくれ。だけどチャイムがなるまで教室からは出るなよ。俺は帰る。明日は授業あるからな〜」
そう言って教室から出ていった。誰だよあいつ採用したの。教室がうるさくなり始めた。親交を深める時間だ。
皆、渡部の支持を聞き話し出す。
「柏木くん!会長とはどういう関係なの!?」
浅野さんと数人の女子がすごい勢いで聞いてくる。質問の受け答え間違ったっぽい。白峰先輩の名誉の為にも誤解の無いようにはしておいた方がいいだろう。
「別に...色々教えてもらっただけですよ...///」
道とかね。うーん女性陣の甲高い声が頭に響く。やめて欲しい。
ひとしきり話すと満足したのか他の人の所へ行った。ごめんね先輩。誤解深まっちゃったよ。
周りを見渡すと男子数人がひとつの席に群がっていた。あそこは篠月さんの席だったか。まぁあんだけ美人だとそうなるのか。篠月さんの席を見ていると声をかけられた。
「お前も篠月さんとお近ずきになりたいのか?」
「別に美人は大変だなって思っただけだよ んで誰よ?」
「さっき自己紹介したばっかりなんだけど...?」
「記憶力には自信が無いんだよ。さっき自己紹介されたからって別にお前もクラス全員の名前覚えてはないだろ?」
「まぁそうだけどさ... 俺は
「恐ろしく距離詰めてくるの早いなお前。まぁ...うんよろしく頼むよ歩」
これで記念すべき友達1人目だ。やったね。
「で、生徒会長とどういう関係?」
「お前もその口かよ...」
「しゃーないだろ!気になるじゃん!」
まぁ誤解されるような言い方をした所為だろう。これは俺が悪い。
「どうもこうもただ道に迷って案内して貰っただけだよ」
「え?お前道に迷ったの?あんだけ道案内の人いて?まじ?」
「うるせぇな!だから言いたくなかったんだよ!ちくしょう!」
「あ〜そりゃ悪かったけどお前それ隠すためだけに生徒会長との関係偽装したの?」
失礼な。嘘なんかついてないぞ。
「向こうが勝手に勘違いしただけだ。俺は悪くない。」
「怒られないか?」
「多分バレたらすごい怒られる」
「お前アホなのか?」
あれだけ美人な生徒会長に男がいるなんて噂広がらない方がどうかしてるから多分バレる。
「誤解解いた方がいいんじゃないかって思ってきた」
「いやまぁ解いた方がいいに決まってるんだけどさ。結構な人数帰ったよ?」
「え?」
時計を見るといつの間にか下校していい時刻はすぎていた。いつの間にチャイムなったんだ?
「それでどうすんの?」
「もう白峰先輩に土下座するしかないよね」
「へ〜じゃあ俺帰るから」
「裏切るのか!?お前も一緒に謝ってはくれないのか!?」
「なんで俺も一緒なんだよ... お前が撒いた種だろ?お前がどうにかしろよ」
それはそうなんだけど耳が痛いな。俺が悪いことしたみたいになる。
「俺正論嫌いなんだよ 」
「お前清々しいほどクソだな」
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
あの後、歩の説得には失敗して俺は1人で生徒会室の前まで来ていた。
「うーんどう謝ったものか... 流石に白峰先輩怒るんだろうなぁ...」
「私がなんだって?」
「ひゃんっ!?」
急に後ろから話しかけないで欲しいびっくりするから。めっちゃ笑ってるし...
「笑いすぎじゃないでしょうか?」
「いや『ひゃんっ!?』って女の子じゃあるまいし ぷッ」
どうやら先輩のツボは浅いらしい。
「あ〜笑った。それでどうしてここに?なにか私に用事か?柏木後輩」
いい出しずらいなこれ... とりあえず笑顔で言って何とか誤魔化そう。
「え〜っとですね。悪いニュースがあるんで聞かせにきたんですけど」
「良いニュースが用意されてない上満面の笑みで私は、今恐ろしく憤りを感じているがとりあえずから聞かせてみろ」
やっぱこの先輩怖い。めっちゃ言いたくないんだけど。
「え〜っとですね...」
もうどうしようもない。観念して俺は教室での誤解について話し出した。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「貴様...何してくれているんだ?」
うっわ怖い。今も人殺しそうな目付きしてるんですけど。え?俺今日死ぬのかな。覇気みたいなのはどうやって出してんの?
「だから謝りに来たじゃないですか!?」
「謝って解決する問題ではないだろう戯けが!しかもその理由がよりにもよって道に迷ったのがバレたくないからだと?自分のケツくらい自分で拭かんか!」
ですよね。ものすごく正当な理由で怒ってらっしゃる。
「大体、なぜその場で訂正しないんだ!いや今からでも遅くない!連絡でもなんでもいい!噂が広まる前に誤解を解け!」
「いや訂正はしようとしたんですよ。なんですけどその時には結構な人数帰ってまして... 連絡先も誰一人として知らないので...」
訂正出来なかったのはしょうがない。俺は悪くない。
「何故残っていた人の誤解を解いて連絡してもらうという手段をとらないんだお前は...」
あ、その手があったのか。全然思いつかなかった。先輩はかしこいなぁ。
「どうしましょうこれ。とりあえず明日訂正しましょうか」
「それは最悪の場合だ!今日中に早く誤解をとく方法を考えろ!まぁ1日ぐらいでは広まらないとは思うが...」
「いや白峰先輩美人なんですぐ広まるんじゃないですか?」
「あまりからかわないでくれ。褒められるのは慣れてなくてむず痒いんだ」
白峰先輩って頭が良くてこんなに美人なのに褒められないの?この学校間違ってるよ。
「とにかく!お前は早く誤解を解け!」
「え?俺もう今日は出来ることなくないです?」
「まだ教室に誰が残っているかもしれないだろう?そいつに頼んで連絡してもらえ」
おぉ!そんな手が。思いつかなかった!さすが生徒会長様!拝んでおこう
「どうした?私に向けて合掌なんかして?」
「いえ。ご利益があるかなと」
「お前は私をなんだと思っているんだ...?まぁいいとにかく早く教室に行け!」
拝んだし多分いいこともあるだろう。さっさと誤解解きに行こっと。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「この学校やけに広いんだよな...」
教室に戻って来れたが結構迷ってしまった。生徒会室に行く時も迷ったものだが帰りも迷うとは想像しなかった。誰も残ってないかもな...
「誰か残ってないすかー?」
教室の扉を開けるとそこには本を読んでいる篠月さんがいた。とことん絵になっている。やっぱり美人ってすごいや。
「どうしたのかしら?確か...柏木くん?」
「おぉ...こんな美人に名前覚えてもらってるなんて光栄だな」
「記憶力には自信があるの。あとあなたは結構な有名人だから」
え、嘘?もうそんな有名なの?どうしよう撤回できるかな?
「いや実はその件で頼みがあって戻ってきたんだけど...」
「何かしら?」
「白峰先輩との関係についてなんだけど、多分勘違いされてると思うんだ。あの人とは本当になんでもないから訂正したくて」
「.........じゃあなんで貴方、あんな誤解されるような言い方したの?」
篠月さんが阿呆を見る目で見てくる。やめて欲しい。
「いや、朝道に迷ってる所を助けて貰ってさ... で、道に迷ったなんて恥ずかしくて言えなくて...」
「で、それで助けてくれた人との関係に誤解を生むような発言をしたのね」
あ、ゴミを見る目に変わった。普通に傷つくな。事実をしっかり聞いた上の正当な評価なだけに尚更傷つく。
「だから早めに訂正したいんだよ!頼めないかな?」
考え込んでいる。こんな奴の言うことを聞いていいのか考えているんだろう。当たり前だ。俺でも考える。
「まぁ...いいわ。このままだと被害を被るのは生徒会長だもの... 訂正しておきましょう。」
「ありがとう篠月さん!残ってくれててよかった!」
まじ女神。これで一応なんとかなった!やったね!
「でも、なぜ貴方が訂正しなかったの?あなたが連絡を送ればよかったのに」
「そりゃ連絡先を誰とも交換しなかったからだけど?」
「さも当たり前のように言わないでくれないかしら...でも以外ね。自己紹介のインパクトだけなら誰よりもあったのに」
「さぁなんでだろうね?」
ほんとに何で聞かれなかったんだろうな。別に拒む気もなかったし... 自主性が足りなかったか?
「まぁ用事終わったし帰るわ。篠月さんも遅くならないうちに帰った方がいいぞ。じゃあな」
「えぇ。また明日」
まぁこれで誤解の件は大丈夫だろう。色々あって疲れた。もう今日は帰ってゆっくり休もう。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「迷った...」
方向音痴とは難儀なものだ。初めての場所だと家にも帰れない。それでなんでこんなに歩き回って誰一人としていないんだろうか?正直ちょっと泣きそう。
「ん?ピアノの音?」
どこからともなく聞こえてきたピアノの音に立ち止まる。ようやく人を見つけた。校門までの道を聞けば帰れるはずだ。
「そうと決まったら早速、探しに行こう」
上の階から聞こえてくる。音楽室がどこにあるのかは知らないが音を辿れば多分着くだろう。
「それにしても上手いな」
ピアノに関しては無知もいい所だが、ものすごく綺麗に感じる。この演奏に心打たれる人なんかも少なくないんじゃないだろうか?
「この先か?」
そうこうしている間にピアノが鳴っている教室を見つけた。道を聞けるのもそうなのだが、誰が引いているのかにも興味が湧く。好奇心の向くまま早足で教室に向かった。
「失礼しまー...す...」
そこでは少女がピアノを弾いていた。これは...邪魔しちゃダメだ。一瞬でそう思った。吸い込まれそうなほど綺麗な髪に、楽しげな表情とそれを代弁するかのような音色。差し込む日差し。全てが噛み合っている。まるで彼女の周りだけ時が進んでいるかのような、この教室以外はモノクロのようなそんな錯覚を受ける。息をするのさえ忘れてしまいそうになる。ピアノにはそれ程興味を持っていなかったはずなのにこの音をもっと聞いていたいとそう思った。
ピアノが鳴り止む。どれほどたっただろうか?数秒かあるいは数時間。体感時間がここまで狂ってしまうほど、濃密で衝撃の強い時間だった。俺の体は気付かぬうちに拍手をしていた。
「だ、誰!?」
「いや、えっと...」
言葉が出てこない。別にやましいことは何一つない。状況を説明してしまえばいいのに上手くまとまらない。
「たまたま、聞いちゃって... すごく上手だったから...」
テンパりすぎてまったく質問の答えにはなっていない。何故だろう?この子がかわいいからか?だが白峰先輩の時も篠月さんの時もこうはならなかった。なのに何故... 考えていると「ふふっ」と笑う声が聞こえた。
「そんなに変なこと言った覚えはないんだけど...」
「ごめんなさい。笑うつもりはなかったの。でも貴方すごく申し訳なさそうに言うんですもの。」
笑みを零しながら話す彼女に顔が熱くなる。まだピアノの衝撃が残っているのだろう。
「俺は...柏木 葵。道に迷って帰れなかった所にピアノの音が聞こえてきたから校舎から出る道を聞こうと思ってここまで来たんだけど...」
「あぁ...それでここに来たのね」
納得したように頷いている。もっと馬鹿を見る目で見られると思ってた。
「校舎の外に出るならこの教室から出て左の階段で一番下まで降りたらすぐに外に出る扉が見つかるわ」
聞いてもないのに教えてくれた。物凄くありがたい。ありがたいんだけど...
「それじゃあね」
「君は! 君は帰らないのか?」
呼び止めてしまった。こんなことを聞いたって何にもならないのに。
「私はもうちょっと弾いて帰るから」
「そっか...」
どうしよう。俺はまだ彼女のことを何も知らない。知っておかないといけない気がする。
「名前!君の名前、教えて欲しい!」
「私の名前?どうして?」
「すごく君の演奏が綺麗だったから!こんなに上手く弾ける人の名前を知らないのは勿体ない!」
自分でも何を言っているか分からないが必死だった。
「そっか... うん... 私の名前は紫乃。
そう言ってにっこりと笑う姿に俺は気づく。この子は、今日たまたまここで弾いていただけなのかもしれない。そうなったら俺は二度とこの子の演奏を聞けないかもしれない。それが堪らなく嫌だったんだろう。それに気づくとすごく晴れ晴れとした気分になった。
「じゃあまたな」
そう言って歩き出す。桐乃さんは何も言わなかったが手は振ってくれていた。再会を期待してもいいだろう。
こうして俺の濃密な高校生活初日は幕を閉じた。
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