番外編8 魔術学院の幽霊・中編
「来て下さってありがとうございます。他に頼れる人もいなくて」
「見るくらいは別に構わないけどさ。役に立つかは分からねぇぜ?」
圧の凄い視線を避けると、申し訳なさそうに礼を言うダールに、ヤルンが半信半疑な表情で返すところだった。それから、やおらジトっとした目で自分と弟とを見比べる。
「お前ら、そうやって並んだらマジでソックリだな。双子かよ」
『あははは』
ちなみに今回、最近よく行動を共にしているルリュスには内緒にしてきた。これまで魔術学院に関わったことがない上、場所的にも彼女の得意とする弓は役に立ちそうにないためだ。
でも、あとで教えたら声をかけなかったことを怒るかなぁ……。うん、黙っておこう。
「ココ、何か感じるか?」
目の前の教室は窓も扉も固く締め切られ、暗闇にひっそりと息を潜めている。ヤルンが淡い魔力の光で照らしてみても、噂に聞くような物音や声は聞こえてこなかった。
「いえ、魔力的なものは特には……。ヤルンさんはどうですか?」
「……駄目だな」
この中でもっとも感知に優れるココが濃い青の髪を揺らして否定する。問い返されたヤルンはそうっと手を伸ばして木の壁に触れたが、
やはり、実際に入ってみる以外には確かめる
「私にお任せ下さい。――『固く護りし戒めよ……』」
全員で教室の前側に移動し、ココが手をかざして小さく呪文を唱える。
魔術学院の名に相応しく、教員によってがっちりとかけられた魔術錠は、しかし王族の護衛役を務める魔導騎士の魔力と技術の前にあっさりと陥落した。
かちり、と開く音が辺りに響く。
「ココさん、すごい!」
「いえ、大した術ではありませんよ」
ダールやタドカは素直に彼女へ尊敬の眼差しを向け、自分も軽く触れてみて凄いと直感した。つい先日ルリュスの前で解いた南京錠とは、かかっていた術の難易度が段違いだ。
あれもある程度の心得がなければ開けられない鍵だったけれど、もしこのレベルの錠が仕掛けられていたら助けを待つしかなかっただろうな。
「……」
そんな中にあって、ヤルンだけは微妙な顔をしていた。どうしたんだろ、緊張?
……あ、分かった。この術で何年もの間、自室の鍵を開けられ続けてきた張本人だもんね。そりゃあそんな顔にもなるかー。指摘したら怒りを買いそうだし、そっとしておこうっと。
「この件を相談してきたのはお前だろ。後ろから援護してやるからさっさと行け」
「えぇ? 大丈夫かなぁ」
「さっ、ここはお兄さんとしての威厳をお見せする絶好のチャンスですよ」
ヤルンもぞんざいな言い分も酷いが、ココも地味にキツイ発言だ。そこにタドカが「キーマお兄ちゃん、がんばって!」と気合十分に追い打ちをかけてきた。
家の相続を放棄してもう数年が経つ今になって、「兄の威厳」なんてものを見せ付けても意味なくない? 別にダール達も「魔力なし」の自分を馬鹿にするわけでもないのに。ま、いいけど。
「なんだ、怖いのか?」
「幽霊に魔物だよ? 怖いに決まってる。ヤルンは怖くないわけ?」
「無駄な意地を張って死ぬのは御免だ」
「要するに怖いんだね」
きっと、この怖さは一般人が抱く恐れとは種類が違う。
恐怖心のない兵士や騎士は英雄になれる素質もある反面、戦闘であっさり死ぬ可能性も高い。
だから訓練では捨てるなと言い聞かされるし、怪奇現象が起きているのに魔力の気配がないことも拍車をかけてくる。ごくりと
「……じゃあ、開けるよ」
念のために腰の剣を抜いて軽く構えた姿勢で、ガララと恐る恐る扉を開けて顔を突っ込んでみた。
後ろからヤルンとココがさっと明かりで照らしてくれた感じでは他の教室と広さは同じで、違いといえば余りものの机や椅子などが奥に固めてあることくらいに思える。
「兄さん、どう?」
「うーん、パッと見は何もないかな。多分……」
時間が時間なだけに昼間の熱気こそないけれど、何とも言えない湿度と埃気が肌や鼻にまとわりつく。気持ちの良い場所でも、積極的に訪れたいところでもなかった。
「お二人はここで待っていて下さいね」
「え~、私も行きたい」
後ろからはココが言い聞かせている声が聞こえる。タドカは不満そうだったが、ココに大事な出入口を守って欲しいとお願いされ、渋々受け入れた。うん、退路の確保は重大な任務だね。
一方で、ダールには妹を任せていた。やっぱりココも弟を持つお姉さんなんだなぁ。……ヤルンへの態度も似たようなものだったりして。
「えぇと、こんばんは。誰か居ますか~?」
「なんだよ、その
「前にも言った気がするけど、お化けだかなんだかを脅してどうするのさ」
剣や魔術で倒せるかも分からないのに。
じりじりと数歩進むも、室内はしぃんと静まり返っていた。心なしか廊下よりも温度が低い気がするし、さっさと見て回って、こんな肝試しは終わらせてしまいたい。
「ヤルン、ココ。どう?」
『……』
外からは分からなくても、中に入れば気付くことがあるかもしれない。その思いから問いかけるも……二人の返事はなかった。
あれ、まさか
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