番外編8 魔術学院の幽霊・後編

「え……」


 想像した展開はなく、二人は確かに幼い姿のままで後ろに居た。ただし、胸を撫で下ろすことも出来なかった。揃って教室の奥を一心に見詰めていたからである。

 ――何か居るのだ。自分には知覚出来ない何かが。もっと魔力感知の訓練に真面目に取り組んでおけば良かったと後悔した。


「ね、ねぇ、何がいるのさ? ……っ!」


 背筋に冷たいものが伝い、途端、ガタリと音が鳴った。日頃の訓練で鍛えた体が反射的に動き、たずさえた鋭い刃が闇の一端を斬る。

 風を斬りつけたみたいに手応えはない。が、わずかに反応はあった。それが何であるのかを確かめる前に、ヤルンとココが畳みかける。


『――くらがりに潜みし闇の存在もの

『その姿、白日はくじつもとさらさん!』


 カッ! ほとんど夜闇に包まれていた教室が目を焼くほどの激しい光に包まれる。

 詠唱に覚えがあった自分は咄嗟とっさに目を腕で覆って防いだが、扉のところで事態を見守っていたダールとタドカは直視してしまったらしく「わっ」、「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げた。

 そして同じように、いや二人以上に閃光の直撃を受けた者がもう一人いた。


「うわぁっ、何なに? 目が、目が見えないっ!?」


 部屋の奥にうずくまって両目を開けられないままパニックに陥っていたのは、ダールよりも大きな体つきの少年だった。


 ◇◇◇


「ったく、人騒がせなヤツだぜ」

「まぁそうおっしゃらずに、話を聞きましょう?」


 腕を組んで怒るヤルンをココがいつものようになだめる。

 ここはすでにあの教室ではなく、魔術で「暴かれて」しまった少年――ラニエの部屋だった。

 魔術学院の校舎に併設された寮の中にあり、ダール達の部屋も同じ建物内にある。そんな寮生の部屋は大して広くはなく、六人も入れば息苦しさを覚えた。


 隠されたものを暴き出すために強い魔術を使ったため、人が集まってくる前に移動したのだ。一瞬とはいえ、かなり明るくもなってしまったし、誰かに見付かっては面倒なことになるだろう。


「これが転送術……」

「すごいすごい! 私も使えるようになりたいなぁ」


 光の衝撃から立ち直った弟妹は初めて転移を体験し、尊敬の眼差しを二人に向けた。

 ココは「では、お勉強を頑張って下さいね」と笑顔で言ったけれど、転送術って並みの術者には使いこなせないんじゃなかったっけ。魔力も馬鹿みたいに必要のようだし、気休めじゃないなら……鬼かな?


「あんなところで何やってたんだ?」


 問われたラニエは座ったベッドの上で体を震わせた。

 前は魔術を使って暴れていたところを取り押さえられたらしいから、ヤルンが苦手なのかもしれない。目付きも言葉遣いも悪いし、仕方ないかも。……おっと、こっちを睨まないでよ。

 少年はそれでも言い渋っていたが、黙っていてもやり過ごせないと思い至ったのか、ぽつぽつと話し始めた。


「特訓、してたんだ」

「特訓?」

「魔力を抑える、特訓」


 たったそれだけで、ヤルンには大体のことを察したようだった。怒りと緊張が走っていた視線を和らげ、髪を手でくしゃっとしてから「それでか」と呟いた。

 ココもラニエの腕にめられた青い石を見ながら頷く。


「それで外からでは感じ取れなかったのですね。強い魔力の気配をそこまで消せるなんて凄いです」

「え……」

「少しは反省したって解釈で良いんだよな?」

「……」


 声には出さず、こくりと首を縦に振る。そもそも暴れていたのだって、魔力の多さを持て余していたせいもあったのかもしれない。

 ヤルン達にはあの師が居たけれど、あれほどの先達せんだつは道端にゴロゴロと転がっているものじゃない。同程度の指導力を学院の教師に求めるのは酷だろう。

 身に染みて分かっているココがおずおずと提案した。


「ヤルンさん。私達でお力になれないでしょうか?」

「……仕方ねぇなぁ」


 言いつつも、表情は満更まんざらでもなさそうだった。



 それから数日しないうちに、ヤルン達はとある魔術に関する試案書をドゥガル学院長の元へと持ち込んだ。


 タイトルは「使い魔による魔力の制御法と魔術の習得について」である。

 つまり、強い魔力を持つ人間にテトラのような使い魔を与え、自分みたいに教えようというわけだ。エサは本人が与えれば良いので、魔力の増え過ぎも緩和することが出来て一石二鳥である。


 学院側は驚いたが、最後には長年の問題が解決するかもしれない可能性に賭ける決断を下した。

 同時に、被験者第一号となるラニエにはヤルンから茶色い子猫が与えられた。当然、定期的に面倒を見るという約束付きでだ。

 学院からの帰り道、おもむろに言う。


「それだけ向こうも困ってたんだろうぜ」

「提案者がヤルン達だったってのも、説得力があったんだと思うよ?」

「上手くいけば、国中にネコちゃんが広がるかもしれませんね!」

「いや、広まって良いのは『仕組み』であって『猫』じゃねぇからッ!」


 嬉しそうに言われ、ヤルンは足を止めてツッコんだ。いやぁ、今更焦ったって、この流れはもう止まらない気がするよ?

 予言できる。ユニラテラ王国が猫まみれになる日はそんなに遠くないと。


《終》

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る