番外編8 魔術学院の幽霊・前編

 ◇こちらもキーマ視点。弟に加え、名前だけ出ていた妹も登場です。



「幽霊騒ぎ?」


 仕事が休みの日に訪れた王立魔術学院の食堂で、思わずそう問い返していた。今日は学院側も休日だったため、久しぶりに弟妹に会いに来たのだ。周りを見回してみても生徒の数もまばらである。


 窓を大きくとった構造の施設は全体的にパステルカラーに彩られ、日の光があちこちから差し込んでとても明るい。テーブルの向かいに座る、自分と良く似た顔付きの弟・ダールは困り顔で頷いた。


「校舎の端に物置として使われている教室があるんだけど、少し前から幽霊が出るって変な噂が立っててさ」

「え~、私はユウレイじゃなくてマモノだって聞いたよ?」


 今度はダールの隣に座っている妹のタドカが不満そうに口を挟む。ダールは卒業を間近に控えた11歳、タドカは入学してからようやく1年が経とうという8歳だ。


 どちらも自分と同じ金髪に鮮やかなオレンジの瞳をしていて、こうして三人で集まると色合いが賑やかで否が応でも人目を引いてしまう。ちょうど人気ひとけが少ない時で本当に助かった。


「魔物とは穏やかじゃないねぇ」


 いや、幽霊だって全然穏やかではないけれど、言葉から感じられる物騒の度合いが全く違う。すると、タドカが笑顔でとんでもないことを言ってきた。


「キーマお兄ちゃんは『きしさま』でしょ? かいけつしてよ」

「それはまた随分な無茶ぶりだなぁ。騎士は退治屋でもはらい屋でもないよ」


 妹の率直な「お願い」にはダールと揃って苦笑するしかない。剣を振るうだけが能の人間には、得体の知れない幽霊やら魔物やらのお相手は荷が重すぎる。悪者を追い払うのがせいぜいといったところだ。


 ……本当は他にも「多少の取り得」はあるのだが、面倒なことになるので彼らに披露するわけにはいかなかった。まぁ、二人ともまだ魔力感知の能力はないに等しいから、気を付けていればバレることもないだろう。


 そもそもオルティリト師や、彼の手解きを受けて能力を伸ばしてきたココが特殊なのだし、ヤルンなんて徹頭徹尾「規格外」だ。

 でも、これからはそのヤルンに頼んで隠して貰った方が安全かもしれない。魔力を縛られる時は痛むから、あまりやりたくはないんだけどねぇ。


「それで、具体的にはどんな噂? よくある音や声が聞こえる系?」


 詳細を問うと、今度も応えたのはタドカだった。ダールもそれに続く。


「だれもいないはずなのにガタガタッて物音がしたり、変な声が聞こえてきたりするんだって」

「ねぇ兄さん。騎士には無理でも魔導師なら……、ヤルンさんやココさんならどうかな? みんな怖がっているし、せめて何がいるのかが分かれば違うと思うんだ」


 ヤルンとダールが知り合った後に、彼ら四人には正式に会って貰い、すでに紹介を終えていた。だからこそ出た意見だろう。しかし、こちらとしては「どうかなぁ」と呟くしかない。


 これまでにも何度か所謂いわゆる「幽霊騒ぎ」には遭遇してきたものの、そのたびにヤルンはさっき自分が言ったのと同じ意見を発していたのだ。

 魔術と霊的なものは似て非なる次元のもので、魔導師に対処出来るかは分からないと。


 魔力を扱うようになった今では、自分にもその意味が分かるようになってきた。確かに今得ている力で「あれら」を退けられる気はしない。せいぜい逃げる時に役立つかも、程度じゃないだろうか。


「それを言うならダールたち三年生は全員、魔導書を得た魔導士だよね」


 そっくりそのまま反論してみると、弟は「無理だって」と首を横に振った。


「僕たちはまだ基礎をやっている最中の見習いだよ」

「……じゃあ先生たちは?」

「だめだよ。ただのウワサ話だって、取り合ってくれないもん。ひどいよねー」


 タドカはプクッと頬を膨らませ、まだ幼く短い腕を組んで怒ったのだった。


 ◇◇◇


「で、やっぱりこうなるのかよ」


 そして迎えた翌日の夜遅く。一行はくだんの教室の前につどった。げんなりした顔で呟いたのはヤルンで、今は魔術学院の三年生に変装している。

 その隣では同じく小さくなったココがニコニコと機嫌良さそうに笑っていた。きっと、彼女の大好きな「子ども」達に囲まれているからだろう。


 これまた縮んだ自分にまで目を輝かせて「ぎゅーってさせてくれませんか?」と言ってきたくらいだし。事件が解決したらね、とやんわり後回しにしたけれど……どうなることやら。

 ココの優しさや博識さに触れ、すっかり懐いたタドカが腕にひっついている間は大丈夫かな?


「あ~あ。お兄ちゃんもいいけど、ココさんみたいなお姉ちゃんもほしかったなぁ。そしたら一緒におかい物とかおしゃれとか出来るのに」

「私も弟しかいないので、妹がいたら楽しいだろうなと思ってました。今度、おでかけしましょうか」

「ほんとう? やったー!」


 小声ながらそんな風に話す様子は、髪や瞳の色が違うだけで本物の姉妹のようだ。

 貴族の出身で優秀な魔導師でもあるココとの付き合いは、男兄弟しか持たないタドカに良い影響を与えてくれることだろう。スウェルに住む両親も喜ぶに違いない。


「早くキーマさんがご結婚されて、義姉おねえさまが出来ると良いですね」


 んん、ちょーっと物騒なことを言っているかも? いや、全く考えてないわけじゃあないけどさ。タドカ、そんなキラキラした目を向けてこないでくれる?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る