番外編7 王子様との盤上遊び・後編
――数分後、盤の向こうには苦虫を
「くそ」
王子は盤上を睨みつけたまま短く毒づき、自軍の駒を進める。剣兵や斧兵、馬に乗った騎士などを前に出して接近戦をさせながら、後ろに配置した弓兵や魔導兵で支援する。基本をしっかりと押さえたやり方だ。
こちらがまだ不慣れだから合わせてくれているのだろう。独自ルールである「アレンジ」をもっと加えれば、更に戦略性が増すに違いない。
「お前の番だぞ」
「では失礼して。うーん、これはここかな……」
自分は返事をし、幾つかの駒をそれなりに動かしたあとで将――ヤルンに見立てた黒いそれを持ち上げ、近くに居た敵の一体を軽く蹴散らした。駒が減った代わりに、王子の眉間には
「確かに許可はしたが、やはりその駒は狡いな」
「ははは。そうですね」
具体的にどう狡いのか。それは個性を持たせたこの駒のえげつない能力にある。
……だって、この手のゲームで「どこにでも移動出来る」のは有利過ぎるし、しかも「それなりに強い」とくればバランス崩壊は必至だよねぇ。
王子はあの手この手で侵攻を阻み、戦線を持ち堪えてきたものの、こればかりはどうにもならないようだった。
「まぁ、今回は『アレンジ』を勉強するための練習ということでご
「かも、しれないな」
決して反抗的ではないのに思うままにもならない。それがあの黒い魔導師なのだ。だからこそ面白くて、ひと時も目が離せずにいる。
「で、その本人はどうしてる?」
「どうって、いつも通りですよ? 仕事して訓練して帰宅して寝てます」
他に対戦相手の候補は沢山いるだろうに、何故わざわざ自分のような「若いの」を指名するのかといえば、こうやって逐一報告をさせるためだった。後ろ暗い諜報活動ではなく大っぴらなものだ。
自分の立ち位置ならではの情報が得られるから価値がある、らしい。対価もそこそこ貰えるから文句はないし、言いたいことしか言わないけど。
「嘘を吐くと為にならないぞ」
「それは酷い。さすがに拷問は避けたいですね。しょっちゅうヤルンにされているので」
「お前達、少しは自重したらどうなんだ。……城だけは壊すなよ」
苦笑交じりに言うと、主人からは存外冷たい視線と忠告が返ってきた。あれ、大変な相棒に振り回される者同士の共感が得られると思ったのに、おかしいな?
けれども本当に事を構えても仕方ないので、差し支えない範囲で動向を伝える。
そうこうしている合間にも手元はカツンカツンと淀みなく動いていて、幾らもかからず盤面は予測通りの結末を迎えた。王子軍の総崩れである。
「く、駄目だったか。……今回だけだからな」
「了解です」
勝利の喜び? あるわけがない。アイデア賞がせいぜいかな。
◇◇◇
「……ってことがあってさ」
「お前な、人を勝手にゲームの駒にしてんじゃねぇ!」
翌朝、騎士寮の食堂で隣の席のヤルンに一連の出来事を伝えたら、怒りを買ってしまった。思いきり足を踏まれそうになったのでサッと避ける。ふー。
四人掛けのテーブルには自分達の他にココとルリュスが座っていた。ルリュスも騎士見習いになれてからは、こうして良く一緒に行動するようになったのだ。
「まぁまぁ、ただのお遊びなのですし。でも発想は面白いですね。私もやってみたいです」
ココが笑顔でそう言えば、ルリュスも興味があると同調してくる。
「じゃあ今度四人でやろうよ」
「やろうって、盤と駒がいるんだろ?」
「実は練習用のものを一揃え貰ったんだ」
貴族の子どもがルールを覚えるのに使う、木で出来たセットである。「普通に」強くなれと渡されたものだ。一人で黙々と取り組むのもつまらないし、対戦相手が居た方が楽しみながら上達出来るだろう。
すると、不機嫌そうだったヤルンも考えを改めたのか、にやりと不敵に笑った。
「良いぜ、やろうじゃねぇか」
怪しい。怪し過ぎる。しかし、それは彼だけではない。ニコニコしているココは絶対に妙なことを考えているに違いなく、まだ付き合いの浅いルリュスは底まで読み切ることが出来ない相手と言えた。
うんうん、これは今から楽しみだ。
あ、将をココにするって手だけは最初に潰しておこうっと。
《終》
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