番外編7 王子様との盤上遊び・前編

 ◇キーマ視点でセクティア姫の夫・スヴェインとの一場面を。淡々と酷いです。



「悪いが、また相手をしてくれないか?」

「はぁ、構いませんよ」


 緑の長い髪と瞳を持つ、上等な服に身を包んだ青年――ユニラテラ王国第二王子のスヴェイン殿下は自室に自分を招くなり、白いテーブルの上を指して言った。


 そこには長方形の石で出来た土台があり、滑らかに磨かれた表面にはマス目を示す線が均一に引かれている。チェスのような、要するに色々な種類のこまを操って対戦する陣取り遊びだ。

 貴族や騎士団の上層部の人間はいざという時のためもあって、普段からこれをたしなむのが普通らしい。


 自分はセクティア姫によってこの人の護衛役に任命されてから、時々呼び出されてはゲームの相手をさせられていた。

 ヤルンやココがセクティア姫主催のお茶会に呼ばれるのと似たようなものだ。あちらの方がのんびり出来そうだし、面白いことも起きそうだから羨ましい。

 まぁ、別に嫌いじゃないから良いんだけどさ。


「ルールはいつも通りですか?」

「そうだな……」


 席に着き、テーブルの右脇に設置された小さな台に目をる。

 そこには弓兵や剣兵、魔導兵を模した小さな石の駒が幾つも並べられており、中には撃つべき「将」となる駒もある。

 それぞれ出来ることや動ける範囲が決まっていて、他の障害を排しつつ進み、将を倒した方が勝ちだ。


 テーブルを挟んだ向かいには同じ台があって、そちらは対戦相手である王子殿下の扱う駒が置かれていた。


「基本は十分に飲み込んだだろう? なら、今回は少しアレンジしよう」

「アレンジですか?」


 こちらの質問に応える前に彼は一度立ち上がり、隣の部屋へと消えたが、すぐに何かを持って戻ってくる。見れば、それは手のひらからはみ出る程度の大きさの木箱で、美しい彫刻が施されていた。

 座り直してぱかりと開くと、中にはまだ見たことのない形や色の駒が並んでいる。


「これまで将は『王』でやってきただろう? 今日は違う駒でやる」

「違う駒……?」


 まだやり始めて間もない自分にはピンと来ず、首を傾げた。陣取り遊びは、簡単に言えば「戦争ごっこ」だ。敵陣に攻め入るなら、取るべき首は大将たる「王」一択じゃないのかな?

 すると、王子は「何でも良いんだ」と薄く笑んだ。


「キーマ、もしもお前が一軍の軍師を任されたら、誰を将にえる? ……そう固く考える必要はない。自分の陣営のかなめとして誰を置くかを思い浮かべれば良い」

「……」


 要と聞いて最初に思い浮かんだのは城の要、魔術陣である。見たのは空の城のものだけで、まだ地上では見せて貰えていなかった。

 この足の下にもあるんだよね、見たいなぁなどとついつい余所よそ事を考えてしまう。


「誰も思い付かないなら王のままでも、自分自身でも良い。次回までの課題にして置いてくれ」


 次に頭に浮かんだのはその要の管理者だった。

 名目上は王や領主といった城の主にはなるけれど、実際に維持しているのは一部の限られた技術を持つ魔導師達だ。


 万が一、彼らがその役目を放棄したり、王侯貴族に反旗をひるがえしたりすればこの国は簡単に落ちそうだな。……と、物騒なところまで思考を巡らせかけたところで、自然と言葉が口から零れた。


「誰を据えても良いんですよね? なら、ヤルンを」

「なに?」

「だったら、将はヤルンにします」


 言って、箱の中から魔導師に似た黒い駒を手に取る。うん、これが一番近い。

 しげしげと眺めてから、自陣の一番手前にポンと立て、周りを他の駒で固めていった。他に指示は受けていないし、数と初期配置は基本ルールのままで良いだろう。


「……それはずるくないか?」


 王子は美貌をほんの少ししかめて言った。さすがはゲーム熟練者、実戦には疎くてもこちらの意図に気付いたようだ。だが、「ズルい」とは随分と人聞きの悪い言い様である。


「何でも良いとおっしゃったのは殿下でしょう?」

「それはそうだが……ぐっ」


 その師匠にしなかっただけ、まだマシだと思いますけど? とは口にしなかった。

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