番外編6 本当にあった怖い話・前編

 ◇師匠視点。全く怖くありませんので、ホラーが苦手な方もご安心を(笑)。



 よわい20になる弟子がいる。数年前に国の隅でたまたま見付けた小僧だ。

 適性試験の時に出会い、なかなかに魔力と負けん気が強くて面白そうだと思って拾ったが、まさかこれ程手を焼かされるとはその当時思わなかった。


 魔力の伸びは申し分ない。逸材と言って良い。商家の生まれで読み書きや計算も習得しており、術の覚えも思ったよりは悪くない。だが、制御力が幾つになっても追い付かないのである。


「ひょえっ」

「だ、大丈夫ですかっ?」


 先日も、そろそろ良い頃だろうと呪術とその解呪法を教えたら、込める魔力の加減を間違えて自分自身がかかっていた。全身、蛇のようなまだら模様になって、それはもう大騒ぎだ。

 もっとも、一緒に取り組んでいたココがすぐに治して事なきを得たのだが。


 ふむ、伴侶はんりょ選びは間違っておらなんだようじゃな。暫くは様子を見てるとするか。問題があれば、その時に対処すれば良かろう。


 ◇◇◇


「……今日はここまでとするかのう」

『ありがとうございましたッ』


 講堂に若者たちの高い声が一斉に響く。

 わしの主な仕事は、ここユニラテラ王都で新人や若手兵士の指導をすることだ。魔力や魔術の基礎をみっちりと教え込み、素人をそれなりに使えるようになるまで育て上げなければならない。


「オルティリト師匠せんせい、質問よろしいでしょうか。この部分が良く分からなくて」

「む? ここはじゃな……」


 理論と技術はいわば馬車の両輪の如きものであり、どちらも過不足なく教えるのが重要である。

 とは言っても、王都の魔導士は王立魔術学院上がりの者が圧倒的に多い。地方のように基礎の基礎から教える必要がほとんどないため、苦労の程度は雲泥の差だ。


 ……己で選んだ弟子だけは一から全て手解きしたいと思っておったから、スウェルでヤルンを拾えたのは僥倖ぎょうこうだったがの。


 その不肖ふしょうの弟子も、最近はやっとわしの「もう一つの仕事」を手伝えるまでになってきたところだ。それは、王城を始めとして国の広い範囲の城に設置された魔術陣を管理するお役目である。


 まぁ、自分で設置したものも多いから、その後も面倒を見るのは当然かもしれない。しかし、全てをこの老体のみで行うのは骨が折れる。

 だから幾らかは他の技師やかつての弟子に任せており、スネリウェルもその一人である。あれはわしの元からは去ったものの、古き魔導師としての役目を果たすつもりはあるらしい。


『ほれ、また依頼が来ておるぞ』

『またか! なんで俺が全部やらなきゃいけねぇんだよっ!』

『何度も同じことを言わせるでない。お主がわしの弟子だからじゃ』

『ムキー! ちったぁ自分でやれっつってんだ!』

『まぁまぁ、一緒に頑張りましょう?』


 ヤルンはいまだに仕事を振ると怒りはするが、次の瞬間にはブツブツと文句を言いながら今後の予定について考えを巡らせている。

 過去に反抗した時の経験から、わしに楯突たてついても無駄だと悟ったのか、或いは単に吠えるのが面倒くさいのかは分からない。ココがなだめ、共に在るのも理由だろうか。


 何年教えても、頭が良いのか悪いのか判断に困る奴じゃて。


 ◇◇◇


「む?」


 そんな弟子あやつは時折、あれやこれやと面倒ごとを起こす。傍に張り付くココやキーマが大抵は歯止めになるのだが、正しく機能しない場合もある。残念ながら、今回もそのパターンだった。


「……この感じは、『落ちた』か」


 王城敷地内にある兵舎の自室の窓を開け放ち、懐から魔導書を出す。何百とあるぺーじの後ろから白い一枚切り取り、さっと呪文を唱えた。


『我が一部、我が意を得て仮初かりそめのかたちとならん』


 紙は声を受けて動き、パタリパタリと折れて鳥の形を取る。追加で命令を告げればふわりと浮き上がり、薄い翼をばたつかせて町の方へと一直線に飛んでいった。


 しもべに命じたことは一つだ。ヤルンを見付け、わしの元まで導くこと。

 ――はたして、優秀な鳥はその命令を見事に遂行しきったのだった。


「なぁ師匠、俺、どこに居たんスか?」


 さっぱりとした私服姿のヤルンは、わしの顔を見るなり呆けた顔で呆けたことを言った。


「街に買い物に出てたら、変なところに入り込んじまって……」


 普通であれば意味が分からない発言だろう。良い年をした――もう酒をたしなむことも許される――男が、過ごし慣れた町で迷子になるわけがない。

 中には度が過ぎた方向音痴も存在するかもしれないが、ヤルンは違う。それに、多少道に迷ったところで転送術を使いさえすれば、一瞬で問題は解決だ。


「それはじゃな――」

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