番外編1 お姫様の拾いもの・後編

「はぁ、こんなことならせめて諜報員でも忍ばせておけば良かったわ」

「それは流石さすがに感付かれるかと。セクティア様のお心を砕いて選ばれた『お祝い』が喜ばれたのですから、今回は良しとされてはいかがです?」

「……まぁね」


 お祝いとは、二人が近い将来に結婚することが決まってからというもの、私が悩みに悩んで決めた贈り物だった。

 譲れない条件は「他の誰とも違うもの」だった。せっかく贈るのだし、仮にも王族が下賜かしするのに、他人と同じというわけにはいかない。


 だからって称号や勲章くんしょうはおかしく、ヤルンもココも喜ばないだろう。華美な宝飾品もきっと同じだ。あの子達の感覚は、普段私が付き合っている「貴族」とは全く違うのだから。


 あ、ココにはお茶友達として「お祝い」とは別に髪飾りを贈ったわよ。……ルルちゃんにも贈れば良かったかも? あぁ、ルルちゃんと言えば、少し前にココが物憂げに零していたことがあったわね。


『最近、ルルさんがどんどん綺麗になっているんです。私も嬉しいですけど、色々と不安にもなってしまって……』


 あれは遠回しの惚気のろけだったのかしら? 普通じゃない夫婦は、悩みも普通じゃないということね。

 私に言えるのは「自分を磨きつつ、相手をしっかりガードしろ」程度のことだけだ。それを新郎ではなく新婦に言うのが変なところだが。

 ……それはさておき、今はお祝いの件について考えていたのだった。


「もうほんと、あの時は悩み過ぎて頭が沸騰ふっとうしそうだったわ」


 そんな袋小路に風穴が開いたのは、窓から何気なく外を眺めていた時だ。抜けるような青い空の下で賑わう城下町を見たら、ふっとある考えが浮かび、私は完全に心をわし掴みにされてしまったのである。


 そうして贈ったもの。それは王城のすぐ近くに建つ、とある屋敷だった。かつてはある貴族が王都への滞在用に所有していた別邸なのだが、継ぐ者がなくなり、国が管理を代行してきた建物である。


「そんなに大きな家でもないのに、二人ともビックリしていたわよね」

「……そうですね」


 贈り物の内容を知らずに係の人間に案内され、綺麗に整えられた外も中も見てきたらしいヤルン達は、戻るなり開口一番「おそれ多くて頂けません」と言ってきた。

 近いうちに騎士寮を出て、王都の外れにでも家を探して住むつもりだから気を遣わないで欲しいと。


「こちらだって、『寮を出る』と聞いていたからプレゼントしたのよ。場所も大きさも丁度良いでしょう?」

「俺達は『騎士』っスよ。それも成りたての。あんな一等地の邸宅になんて住めませんて! っていうか二人で住むにはデカ過ぎでしょ!」

「周りは大貴族のお屋敷ばかりですし……」


 ヤルンより貴族の事情を知るココも青い顔で冷や汗をかいていたが、こちらにも「お祝い」以外にも受け取って貰わなければならない大きな理由があって引き下がれなかった。


「言っておくけれど、王都の外れなんて絶対に駄目よ。あそこに住めないなら、寮から出ることを禁じなければならないわ」


 新婚なのに、これまで通り別々の部屋に押し込めるなんて可哀想ではある。でも、騎士が夫婦で住めそうなところなど王城の敷地内にはないのだから仕方がない。

 案の定、ヤルンは「なんでスか!?」とみ付いてきた。やはり分かっていないようだ。


「なんでって。何かあった時、遠いと呼び出しにくいじゃないの。部屋の前に何度も兵士を配置されたことを忘れたの?」


 冷静に指摘すると、「うっ」と呻いて顔をしかめた。連絡さえ取れれば一瞬で来ては貰えるものの、距離は少しでも近い方が良い。


「他のことはともかく、シリルとディエーラのことで頼みに出来るのは貴方だけなのよ」


 魔力に関しては子ども達の専属医と言っても良く、遠くに住まわれるのは困る。目の届かないところに置いておくと、(誘拐の心配はなさそうにしても)またどこかから引き抜かれたりしそうだし。


 もしも姿が消えたら国中、いや、周辺国にだって捜索隊を派遣しなければならなくなってしまう。彼はそれほどの重要人物なのだ。本人が一番分かっていないだけで。

 オルティリトは魔術以外にももっと大事なことを弟子に教えるべきだと思う。


「……そうね。ならいっそのこと、私達の居住区域のすぐ近くに部屋でも作りましょうか」

「ええっ!?」


 手っ取り早いだろうと思ったのに、二人は揃って首を横にブンブンと振った。


「むむむ、無茶言わないで下さいよ! 屋敷だって分不相応なのに!」

「そ、そうです」

「もう、我がままばかり言わないで頂戴。あの屋敷に入るか、騎士寮に残るか、王宮に部屋を作るか。この三つから選びなさい」


 煮え切らない二人に苛々いらいらし、私はとうとう主人として「命令」するに至る。あまり偉ぶりたくなくても、譲れない一線はどうしても存在する。

 ヤルン達は言葉を詰まらせて視線を交わし合い、ぼそぼそと相談し――ようやく用意した屋敷を新居として受け取る決意をしてくれたのだった。


 キーマが「ちょっと待って。考えてみたら、自分はこれから朝どうやって起きれば良いのさ!?」と絶望していた――というのはまた別のお話である。


《終》


 ◇究極の3択ですよね。

  というわけで、2人は結婚後、豪邸に住むことになりました(笑)。

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