番外編2 女騎士見習いの受難・前編

 ◇少し時期はさかのぼって、第八部に入れようとしてやめた主人公の女装ネタの一つです。

 時期は第四話の後あたり。過激な表現はない(はず)と思いますが、苦手な方もおられると思うので番外編に。



「お、キミ、その服装は……騎士見習いの子?」


 城の通路で声をかけられた瞬間、失敗したなと思った。話しかけてきたのは立派な身なりの二十歳前後の青年で、キザったらしい流し目がこちらを見ていた。


「そ、そうですけど、何かご用ですか?」


 おずおずと問い返すと、そいつは「キミ、可愛いね」と微笑んできた。げ、やっぱりだ! その碧眼へきがんに映る俺の姿は女のそれで、護衛の仕事を終えた後に変装術を解くのをすっかり忘れていたのだった。


「え、えっと」

「ねぇ、これからお茶でもどう?」


 まずい、うっかりしていた。でもまさか男の俺が、男にナンパされるなんて予想出来るか? っていうか、見習いとはいえ女騎士をひっかけようとする命知らずな人間が実在するなんて、実に驚きだ。その勇気だけは買おう。


「えっ。いやその、困ります」


 緊張から冷や汗がだらだらと吹き出し、背筋が嫌悪感でぞわぞわする。女子って大変だな。ココも今までにこんな目に遭ったりしてきたのだろうか。もっと気を付けてやればよかった。


「そんなに緊張しなくてもいいのに。ただちょっとお喋りするだけだって」


 ぎゃー! 近寄るな、俺は男だ! そう声高に叫んで、殴って蹴って魔術で吹き飛ばしてやりたくなる。

 でも、この男は服装からして身分の高い人間である可能性が高い。対応を間違えると後々面倒なことになるかもしれない。ここは穏便に済ませなければ……どーやって!?


「ひっ」


 男の手が伸びてきて、俺の肩に触れた。好きでもない相手に触られるのはこんなに気持ち悪いことなのか。肌に虫でもっているみたいだ。うう、やめろ、触るな、そんな目で見るんじゃない!


「触らないでください」


 そう言うのが精いっぱいで、どうすればいいのかわからない。頭がぐるぐるして気分が悪い。胃もむかむかしてきた。


「まぁ、そう言わずにさ」


 本当にしつこいヤツだ。多分、自信たっぷりでプライドも無駄に高くて自分が拒まれることなど考えもしない、要するに俺の大嫌いなタイプの人間なのだろう。


 ……うぅ、まずい。強い不快感と怒りのせいで、抑え込んでいる魔力のタガが緩みそうになってきた。もし溢れ出したら、それは目の前の男を格好のターゲットにするだろう。


「こ、これから仕事がありますので」


 嘘でもなんでもついてその場を去ろうとしたのに、男はしっかり肩を掴んで離そうとはしてくれない。それどころか、ぐいと引き寄せられそうになる。

 もっとも、自分のこの姿はあくまで見た目だけのことで、力は元のままだ。本気で抵抗すればこんな弱そうな相手に負けたりはしないだろうが……。


「やめてください」


 おいマジでやめろって、じゃないと命がないのはそっちだぞ。少しは気付けよ、鈍感!


「結構気が強いんだな。ここまで拒否されたのは初めてだ」


 ひえっ、な、何だ? ……おい、何をするつもりだよ。ちょっと待て、顔を近づけてくるな。まさか馬鹿げたこと考えてないよな? だ、駄目だ。もう無理、我慢の限界!


「なっ」


 ばちっ! 何かが弾ける音がして男が手を放した。漏れた魔力が「敵」を攻撃したのだ。あちゃー、とうとうやっちまったか。でも、我慢してても結局は時間の問題だったよなぁ。


「今の……魔術か?」


 男は呆けた顔で俺と自分の手を見比べている。正確には術ではないが、素人には似たようなものだろう。さて、どう出たものか。どうせ攻撃してしまったのだし、少しおどしてやるかな。


「やめて下さい。次はこれくらいでは済みませんよ」

「せっかく目をかけてやったのに。見習い風情に拒否権なんてあると思ってるのか?」


 どこまで馬鹿なのだ。本当に命が惜しくないと見える。こっちは今後の進退を考えて苛々いらいらに拍車がかかっているってのに。はぁ、こいつはかなりのボンボンみたいだし、俺はもうクビかもな。


「お前のような小娘、幾らでもクビに出来るんだぞ」


 ほら来た。いや、「小娘」じゃないけど! あぁ、あと少しで夢の騎士になれると思ったのにさ。自分の油断が原因とはいえ、こんなにもあっけない幕切れとは……涙も出ないぜ。

 いっそネタ晴らししてもっと怒らせてやろうか。そう半ば自棄やけになりかけた時だった。


「ちょっと貴方、そこで何をしていますの?」

「えっ」


 聞き覚えのある声がかけられ、男の肩越しに向こうを見ると、そこには何故かセクティア姫が立っていた。前や後ろに数人の人間を付き従え、厳しい目を向けている。


「せ、セクティア様っ?」


 俺を相手にいきり立っていたその男も、第二王子夫人の顔は知っていたらしい。どれだけ自信があろうが、王族には敵うはずもなく、声を上擦らせて固まった。お、助かった……のかな?


「何しているのかと聞いているのです。さぁ、お答えになって?」


 うわぁ、最初っからかなりイラついてるぞ。別の意味でこいつの命はないかもしれないな。後でこちらに飛び火してきませんように。


「いえ、私は少し、こちらのお嬢さんとお話をしていただけで」


 はぁ? どこが「お話」だ、散々気持ち悪いことしやがって。ちょっとばかり男の処遇に同情しそうになったが、なしだなし。俺はぶんぶんと首を横に振った。

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