番外編2 女騎士見習いの受難・後編

「あら、その子は先日から私の護衛を務めてくれているのよ」

「そ、そうなのですか? いや、騎士にしておくには勿体もったいないくらいに可愛らしいお嬢さんですね」


 あー、ココが監修した上で姫が太鼓判を押したのだから、それなりの見た目ではあるのだろうよ。でも、褒められても鳥肌しか立たないがな。


「勿体ない……そうね。先ほど『クビに出来る』、とかなんとか言っていたものね?」

「はは、何かお聞き間違えでは? セクティア様の護衛をやめさせようなどと考える者がこの城にいるはずがありません」


「何年もかけてようやくスカウト出来た優秀な、大事な、護衛なの。そんなに簡単に横からかっさらわれては困るわ」

「いや、ですから、その」


 男の下手な言い分など全く耳に入っていない様子で、姫は光の宿った瞳で獲物をひたと捕らえる。あぁ、怒りは半分で、あとはこの状況を楽しんでいるのだな。よし、ここは俺も仕返しついでに追撃してやろう。


「セクティア様。私には用などないのに、こちらの方が離してくださらないんです」

「なんですって?」

「い、嫌だなぁ。誤解だ。そんなつもりは」


 今や立場は完全にひっくり返ってしまっていた。攻撃する側に回っておいてなんだが、世の中とは理不尽で無常なものだ。冷めた気持ちで事態を見守っていると、姫はびしりと男を指さして言った。


「貴方ね、私の可愛いルルちゃんに手を出したら絶対に許さなくてよ。その命、ないと思いなさい」


 よっ男前、惚れる! ……じゃなくて、ルルちゃんはやめてくれっ!



「私のナワバリでウチの子をナンパするなんて、本当に許さないんだから……!」


 怖い、怖すぎる。姫の剣幕に恐れをなし、男は脱兎だっとごとく逃げ去って行った。だが、あれでこの人から逃げられるとはとても思えない。


 お付きの一人に身元の特定を命令していたし、改めてとっちめる気満々じゃないかと思う。社会的に生きていられるかも不明だ。ご愁傷しゅうしょう様である。


「はー、やっと解放された……。お世話になりました」


 壁に背を預けて盛大に息を吐き出すと、ようやく新しい空気が肺を満たした。魔力の揺れをなんとか抑え込み、忘れないうちに変装術を解く。

 あのまま助けが来なかったら、あいつは黒焦げで俺はクビになっていたかもしれない。改めて考えてヒヤッとする。


「いいわ、半分くらいは私のせいだもの。ちょっと面白かったし。けど、気を付けなさいよね。可愛い女の子が一人でウロウロしてたら、貴方だってお茶に誘いたくなるでしょ?」

「なりません!」

「そう? 意外と根性ないのね」


 あんな節操なしと一緒にしないで貰いたいし、ナンパを根性で片付けるのも大いにやめて頂きたい。


「今後は気を付けます。今後、あります……よね?」


 一応確認すると、「何言ってるのよ」と呆れられた。


「聞いていなかった? 何年もかけて手に入れた護衛を、簡単に手放すわけないでしょ。バリバリ働いて貰うから覚悟しておいて」

「はい」

「大丈夫ですか?」


 ドレスの長い裾をひるがえしながら姫が去っていくと、代わりに近寄ってくる人影があった。


「ココが気付いてくれたのか?」


 心配そうな顔でこくりと頷く。成程な、タイミングが良すぎると思ったらそういう絡繰からくりか。ココ・センサーが相変わらずの高感度で助かったぜ。


「ありがとな。もう帰れるのか?」


 ココがにこりと笑って頷き、歩き出す。う、今の笑顔は可愛かった。これは確かに誰でもお茶に誘うかもしれないな……。浮かんだ妄想を振り払うように俺も歩き出し、後悔と反省を吐き出した。


「これからはちゃんと術を解いてから退室しないとだなー」


 多分、魔導士だったらまとう魔力に気付いて不用意には近寄って来ないと思うが、そうでない人間には注意が必要だ。


「そうですね。それが良いと思います」

「つか、俺に声かけるとか頭オカシイだろ」


 思い出したらまたむかむかしてきた。あんな経験は二度と御免だ。自分もせいぜい気を付けることにしよう。声をかける側にも、かけられる側にもならないように!


「そんなことありませんよ。ルルさん、可愛いですもん」

「その名前で呼ぶの禁止っ!」

「あっ、次は私服も試してみませんか? スカートもきっと似合うと思いますよ」


 なんでだよっ!


「……そういうココは今までああいう目にったことはないのか?」

「私ですか?」


 魔術のこととなると時々思考がぶっ飛んでしまうけれど、普段は控えめで真面目で可愛いお嬢さんだ。勘違い男が湧いてもちっとも変ではない。


「いつもヤルンさんやキーマさんと一緒にいるので、あまり……。でも、何度かはありますよ」

「やっぱり。その時、どうしてたんだ? ……嫌なら無理に言わなくていいけどさ」


 経験してしまったから分かる。あれはすぐにでも記憶から消去したい出来事だ。嫌なことを思い出させてしまっただろうか? 心配しながら答えを待つと、ココはにっこり笑って言った。


「『魔術が私の恋人です!』ってお伝えしたら、皆さん、分かってくださいましたよ」


 一点のくもりもない笑顔が眩し過ぎた。


《終》


 ◇婚約前の話でした。

  ヤルンはかなり我慢していましたが、ココは笑顔でバチバチやりそうですね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る