番外編1 お姫様の拾いもの・中編

「で、最後がオルティリトね。えっ」


 私は紙面をり、老魔導師の情報を知ろうとして驚きの声を発した。そこには最近の動向が記されていたものの、「過去の詳細は不明」と書かれていたからだ。


 王族には情報をもたらす専属の部下が居て、彼らはエリート、一流である。その力をもってしても手に入れられないデータがあるなんて信じ難いことだった。


「絶対に何かあるわね。よしっ」


 知りたいことを知らないままで済ませる私ではない。命の危険でもあれば引き際も考えなければならないが、今はとにかく行動あるのみ! とばかりに夫の元へ突撃した。


 生まれた時からこのユニラテラ王国の王子として生きてきたスヴェインには、もっと緻密な情報網ネットワークがあり、国内外の情報に通じている。

 というより、私の得られる情報ってスヴェインや侍従長のシンに精査されてるのよね。まったく、信用のない。幾つだと思ってるのかしら。前みたいにお城をこっそり抜け出したりしてるわけでもな……あったわ。


 ヤルンやココに頼めばお城の門を通らずに出かけられるから、実は時々抜け出しているのよね。もしかしてバレてる? まぁ、面と向かって追及してくるまでやめるつもりないけど。


「たのもー!」

「お前はもっと普通に入って来られないのか」

「普通に入ったって面白くないじゃないの」

「面白い必要がないって言ってるんだ!」


 そうして緑の髪と瞳の青年――スヴェインの私室に(押し)入り、オルティリトに関する、王族のみに知らされる秘密の一端を得た。

 となれば、そんな人物の後継者に選ばれたヤルンの価値はますます上がる。これはなんとしても手中に収めなければと思い立った瞬間だった。


 私は半年に一度は「まだ? まだなの?」と手紙を書いてアピールし続け、同時にその手紙で他のスカウトを退しりぞけるように指示もしておいた。

 彼は自分の立場がちっとも分かっていないらしく、他の引き抜きなどないと高をくくっていたようだったが、果たしてその機会は訪れ、授けた策は功を奏したのだった。危ないアブナイ。


 それと前後し、頼みにしていた護衛役の一人が結婚を理由に退職することが決まったことで、私はとうとう待つことをやめた。オルティリトに連絡を取り、ヤルンを今度こそ手元に置くことに決めたのである。



「人を荷物みたいに突き飛ばしやがって」


 ヤルンに魔術学会から引き抜きの動きがあることを察知した私は、ウォーデン領にある魔術学院へ出向していた彼らを、強制的に王都へと移動させた。


「問答無用で転送術で飛ばすってのはどういう了見りょうけんだ、あぁ? 死ぬかと思ったんだぞ!」


 さすがに温和なシンにもいさめられたし、少々乱暴な移動方法にはヤルンも不服がありそうだった。が、三人揃って騎士見習いとして召し抱えると伝えることで、場を丸くおさめることに成功した。……したのよ。


 そこからの毎日は本当に楽しいものになった。オルティリトが愛弟子のために作った魔導具のカフスは飛ぶように売れたし、ヤルン達がいればちょっとしたお出かけも遠出も思いのままだ。

 こんなに心が躍ることは、他には乗馬くらいしか思い付かない。


 私の双子の子ども達――シリルとディエーラに魔力があるのを突き止めたことには驚かされたけれど、それだって彼がいなければ、せっかくの才能が一生分からず仕舞じまいだった可能性もある。


 常に人にかしずかれる立場の王族は、彼らを扱うすべを学びはしても、自身の魔力検査などしないからだ。事実を伝えたスヴェインも、目をいていた。


「なに、本当か?」

「私もすぐには信じられなかったわよ。でも、ヤルンが嘘をついているとは思えないの」


 幾つになっても相変わらず童顔な彼は、感情があからさまにその顔に出る。平民の中でも特に顕著けんちょな方だろう。

 これでも幼いころから貴族相手に表情を読む訓練を積まされてきた私に、嘘かどうか見抜けないわけがない。


「確かに先祖には魔導師も居たと聞いているが、とてつもなく昔の話だぞ」

「本当は貴方や義父おとう様達のこともチェックしたいのよね」


 ぼやくと、夫は眉間にしわを寄せて「くれぐれも言っておく」と忠告してきた。


「食事に魔力検査薬を盛ったりするなよ」

「わ、分かってるってば」


 実はチラリと考えたりもしたのだが、万が一にも反応があった場合、あの薬は魔力があればあるほど強烈なことになるらしい。

 そうなってしまえば、王族の暗殺未遂事件に発展して、料理人の首が物理的に飛ぶ恐れがある。それはさすがによろしくない。



 そして、ココに実家から縁談が持ち込まれたことに端を発し、ヤルン達は婚約し、フリクティー王国からの帰還を経て正式に結婚した。


 あれを「恋愛」と言っていいかは微妙だけれど、元から互いを大切には思い合っていたのは間違いないし、「友人」が「夫婦」になっただけのような気もする。これからだって、なんだかんだありつつも上手くやっていくのだろう。


「あーあ、結婚式に私も出席したかったなぁ」

「良く我慢されましたね」


 私室のソファに沈み込んで呟くと、シンがいつもの微笑で褒めてくる。そんな子どもっぽい賛辞より、私は何倍も何十倍もココのドレス姿が見たかった。

 顔立ちは可愛い系の美人で青い髪もツヤツヤ、毎日鍛えていてスタイルも良いし、着飾ったらさぞかし綺麗だっただろうな。


 そんなお嫁さんを前にして、ヤルンはどんな反応をしたのかしら? 絶対、真っ赤になってドギマギしたに決まってる。ちゃんと、夫として「綺麗だ」って褒めてあげたのよね……?


「あぁ、見たかった。悔しいっ!」

「ふふ、余程あのお二人にご執心なのですね」

「だって面白いんだもの」


 シンがれてくれた紅茶は口をすぼめて愚痴を零している間に冷めていて、私はそれをヤケ酒のようにぐびりとあおった。


 こんな時、王族という身分はとんでもなく窮屈だ。周りから許可された場にしか参加出来ないなんて本当に詰まらない。でも、式場のスウェルには自分だけでは行けないし、ヤルン達にも固辞されては我慢するしかなかった。

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